13
走る馬から振り落とされないようにディートリッヒの胸にしがみついていたベルナは顔を上げた。
「ディートリッヒ様、姫様が私たちに術をかけたようですけれど・・・・何か変わりましたか?」
もしかしたら、ベルナのことなどなんとも思っていないと言われるのではないかと不安な気持ちでディートリッヒを見上げた。
ディートリッヒは前を向きながら軽く唇の端を上げる。
「なにも。自分の心に素直になりすぎて、サイア姫が生理的に受け付けないことを理解したぐらいだ」
随分な言われようだが、心からそう思っているのだろうかと眉間に皺を寄せてディートリッヒの顔を見た。
エメラルドグリーンの瞳が一瞬ベルナを見つめた。
「ベルナへの想いは変わっていないから安心してほしい」
「そ、そうですか」
真っ赤な顔をしたベルナが頷いた。
獣道を駆けること一時間弱、木々の間に小さな村が見えた。
「ディートリッヒ様、ソミール村ではないですか?」
「多分そうだろう」
ベルナが指さした先を見てディートリッヒが頷く。
山の麓の村はひっそりしており、家も多くはなさそうだ。
ディートリッヒは山の上から馬を器用に操って村へと降りていく。
ベルナは後ろを見るがサイア姫の姿は見えない。
山を降りるディートリッヒに気づいたのか村の家から人が集まってベルナたちを指さして見ている。
山を降り切ると、村人らしき男がディートリッヒの馬の前に立った。
「山から馬で降りてくる人など初めて見た。それも騎士様か」
「緊急事態で申し訳ない。ソミール村の術師にお会いしたいのですが」
ディートリッヒは丁寧に言って馬を降りた。
「それなら、その道の奥の家にいますよ」
鍬を担いだ村人がディートリッヒの美しい顔を見て驚きながら教えてくれる。
ディートリッヒは頭を下げて馬を引いて歩き出した。
「その人が私を元に戻してくれればいいですね」
小さな体は不便すぎるとベルナは自分の体を見下ろしてため息をついた。
子供に間違えられるのも、お風呂も満足に入れない状況もかなりストレスがある。
「僕も、幼女趣味だと思われたくは無いから早く戻ってほしい」
「誰も幼女趣味だなんて思っていないですよ。ディートリッヒ様の似ていない子供だと思われていますし」
畑が広がるのどかな村に美形の騎士が馬に幼女を乗せている風景に畑仕事をしていた村人か手を休めて遠くから眺めている。
ディートリッヒは気にしている様子が無いので、ベルナは軽く頭を下げる。
ベルナを乗せた馬はゆっくりと村の一番奥の家へとたどり着いた。
木でできた門には“術師 なんでも受けます”の看板が立てかけられている。
ディートリッヒは適当に馬を繋ぐと、ベルナの脇に手を入れて持ち上げた。
「普通の家ですね。術師というからもっと怪しいかと思っていました」
ディートリッヒに抱っこされながら術師の門を入り玄関へと向かう。
薬草らしき草が植わっている庭を通り、塗装が剥げている木のドアを叩いた。
直ぐにドアが開き初老の男が顔を出した。
白髪の髪の毛は一本に結び、白い顎髭を長く伸ばしていて見た目からして何らかの術を使いそうな雰囲気だ。
男はディートリッヒと腕の中に抱えられているベルナを見て肩をすくめた。
「悪い術に当たっているな」
「見てわかるんですか?」
目を丸くしているベルナに男は頷く。
「こう見えても修行して研究もしている天性の術師だからな。まぁ、立ち話もなんだ、入れ」
「失礼します」
ディートリッヒは頭を下げて室内へと入った。
広いリビングに通され、ディートリッヒとベルナはソファーへと座るよう言われた。
ディートリッヒの膝の上に座っているベルナは部屋を観察する。
壁には枯れている薬草らしき草や花が吊るされていて、紙に書かれた呪文が張り付けられている。
男は温かいお茶をディートリッヒとベルナの前に置くとソファーに座った。
出されたお茶はどす黒く臭いが漂い、ベルナは顔をしかめた。
「俺はドネックというがマスターと呼ばれている」
「マスター」
妙な仇名だなと思いつつベルナが呟いた。
「そうだ。それで何があったんだ?」
ディートリッヒは変な匂いのするお茶を遠ざけながら口を開く。
「古の術を使うサイア姫に、僕は“愛する人に正直に告白する”術をベルナは子供になる術をかけられた。術を解く方法が解らず困っています」
「そのサイア姫っていうのは聞いたことが無いのだが、古の術が使えるのが不思議だな。そんな弟子を持ったことは無い」
「古い本を独学で学んだようだ」
ディートリッヒが言うとマスターは眉をひそめた。
「あんな古い本をどこで手に入れたのやら。術が古すぎるなぁ」
マスターにじっと見つめられてベルナは不安になる。
「大人に戻れますか?」
「ちょっと手間がかかるけれど、戻れるよ」
「よかった」
マスターが戻れると言うなら手間がかかるぐらいどうってことは無い。
ベルナがほっとして、ディートリッヒを見上げた。
「ディートリッヒ様の術もとけますか?」
ベルナの言葉にマスターは首を傾げた。
「そいつの術を解く必要はないよ」
「えっ?」
ベルナだけが驚きディートリッヒは頷いた。
「そうでしょうね」
「ディートリッヒ様どうして?術を解かなくていいんですか?」
「必要ないと思う」
ディートリッヒが言うとマスターも頷いている。
「ディートリッヒ君はむしろ、自分自身にかけていた呪いを解いた状態だな。術というのは本来こうやって使うものなのだよ。自分の心に蓋をしてしまい上手く生きられない人間や、素直になれない人に術を施したりする。まぁ病気の人も治したりするが・・・」
意外な術の使い方にベルナは納得して頷いた。
「じゃあ。人間をカエルに変えたり、小さくしたりはしないんですか?」
「そんな術を普通はしない。その姫様はよっぽど才能があるようだな。人間を他の動物にかえるのは罪人に対して行う」
「存在はしているんですね」
サイア姫の国の行方不明になっている人たちが動物に変えられているのだとわかりベルナはゾッとした。
「さて、とりあえず嬢ちゃんを元に戻す手順を説明するかね」
「どうやるんですか?」
ベルナとディートリッヒが身を乗り出した時に、背後のガラスが割れた。
飛び散るガラスの破片を避けるために、ディートリッヒはベルナを抱えて床に転がった。
「なんだ!俺の家を破壊した奴は」
マスターが立ち上がって大きな声を出した。
ベルナもディートリッヒに抱えられながらも顔を上げ窓の外を見た。
壊れた窓の外からサイア姫の大きな声が聞こえる。
「ディートリッヒ様、出てきなさい!私と結婚すると言えば許して差し上げますわよ」
「サイア姫だ!」
震えながら言うベルナを抱えてディートリッヒは立ち上がった。
「追いつかれた」
舌打ちをしながらサイア姫から身を隠し外の様子をうかがう。
薬草が生えている庭を踏み荒らしながら歩いている赤いドレス姿のサイア姫は妖美に微笑んでボロボロの本をゆっくりと開いている。
「次は何をお披露目しようかしら。ディートリッヒ様には罰が足りないわよね」
「罰を与えるつもりですよ」
ディートリッヒの腕の中で小さく囁くベルナにディートリッヒは微かに眉をひそめた。
サイア姫が掲げている本を見てマスターが舌打ちをする。
「かなり昔に禁止された本だ。すべて破棄したという事だったのにまだあったのか。誰かが持ち出しやがったな」
「本を見ればできるものなんですか?」
人間の姿を簡単に変えることができる術が本を読めば簡単にできてしまったら大変だとベルナが言うと、マスターは首を振る。
「普通は文字が読めねぇから無理だ。誰かが姫様に専門の文字を教えたな」
「協力者がいるということか。王である父親のお気に入りの姫だ。殺すことも斬りつけることもできない。マスター、術で拘束できるか?」
ディートリッヒは剣の柄に手を掛けながらサイア姫の場所を確認する。
マスターは頷いて右手を握る。
「できないことは無いが、俺が後から王様に罰せられたら助けてくれ」
「そうならないように王子に掛け合う」
ディートリッヒの言葉を聞いて安心したのかマスターはにやりと笑った。
「じゃー。姫様もカエルになる奴の気持ちを味わってもらうか」
「それは面白いな」
ディートリッヒもうっすらと微笑んだ。




