10
屋敷への帰り道、ベルナはディートリッヒの腕の中でため息をついた。
「浮かない顔だな」
ディートリッヒは町の人達に見られていることを気にすることなく無表情で歩いている。
「小さい頃、綺麗な姉と比べられるのが嫌で避けていたんです。姉さん気づいていたんだなぁと思って」
「幼い頃だから仕方ないだろう。僕も、レナード王子にお前が居ると女性が寄ってこないから近づくなと言われたことがある」
「えぇぇ?レナード王子もかなりモテそうなのに・・・」
「お前なんて嫌いだ。僕よりモテてと、殴られたこともある。幼い頃は誰もがそう思うものなのだろう。気にする必要はないと思うが」
「レナード王子もそういう時があったのですね」
驚いているベルナにディートリッヒは微かに微笑んだ。
屋敷へ戻るとミレイユがニコニコと二人を迎えてくれる。
「どうだった?」
ディートリッヒとベルナを交互に見て不安そうに聞いてくる。
何と答えていいのかとベルナは口ごもっているとディートリッヒが微かに微笑んで答えた。
「ベルナの姉上にも僕とベルナが結婚することをお伝えしました」
「まだ結婚するとは言っていないわ」
ベルナの事を無視してミレイユは微笑んだ。
「そう、良かったわ。・・・夫が心配していることは無いのね?」
念を押すように聞かれて、ディートリッヒはため息をついた。
「何も心配することはありませんよ。ベルナ以外に僕が結婚したいと思う相手はいませんから」
「良かったわ」
ミレイユはホッとしながら懐から手紙を取り出した。
「これ、早馬で届いたわ。レナード王子からよ」
「何か進展があったかもしれない」
ディートリッヒは手紙を受け取って、封を開ける。
ベルナはディートリッヒから降りようとするが放してくれないため諦めて広げた手紙を覗いた。
“取り急ぎ、バージル王太子より連絡があったため知らせる。
サイア姫から取り上げた妙な魔術書は全く字が読めず解析が進んでいないそうだ。
古い魔術はどうやら我が国の辺境地で密かに語り継がれているらしい。師匠のような人が居ると言う噂があるようなので地図を同封しておく。
何かヒントになることがあるといいな!
追記 サイア姫が逃げ出したそうだ。
幸運を祈る レナード “
読み終えるとディートリッヒは手紙を握りつぶした。
「サイア姫が逃げ出しただと!ベルナに危害を加えたらどうしてくれるんだ」
無表情だが声が低い。
ベルナも手紙を読んで震えあがった。
「また変な術をかけられて今度は動物にでもされたらお終いです」
「人間を動物に変えることができるの?」
ベルナの言葉にミレイユも青ざめている。
「あの姫様少し可笑しいうえに、術だけは凄いみたいなのよ。お母さんたちも気を付けてね」
ミレイユは頷いた。
ディートリッヒは封筒の中から数枚の地図を取り出した。
「仕方ない、この地図にある術を使う師とやらを訪ねよう。もしかしたらベルナを元に戻せるかもしれない」
「そうですね。サイア姫より先に手を打たないと」
ベルナが頷くと、ミレイユも頷いた。
「よくわからないけれど、旅立つなら用意をしないと」
ミレイユはバタバタと廊下を走って行く。
ディートリッヒは同封されていた地図を広げた。
地図は数枚入っており、その一つに大きな丸がついている。
「ここからだと約三日の旅になるな」
「言っておきますけれど、お風呂は一緒に入らないですからね。湯船に入らなければ大丈夫ですから」
「そうか、残念だ」
ディートリッヒは軽く笑って歩き出した。
朝霧が立ち込める中、両親に見送られてディートリッヒとベルナは古い魔術の師が居ると言う村へと旅立った。
「寒くないか」
「大丈夫です」
小さなベルナはディートリッヒの前に座っている。
太陽が昇り始めたばかりで空気は冷たく、ベルナはコートのフードを被った。
「魔術をマスターしている師に会えるといいですね」
「そうだな。ベルナを元に戻してもらい、サイア姫の魔法を封じることができればすべて解決するのだが」
「サイア姫、凄く怒っていましたから、私かディートリッヒの所に来るでしょうね」
「迷惑な話だ」
「そもそも、ディートリッヒ様がサイア姫との結婚を承諾したからではないですか」
ジロリとベルナに睨まれてディートリッヒは軽く目を逸らす。
「王命だったからだ。僕は乗り気ではなかった。自分の心に嘘を吐けなくなった今では申し訳ないことをしたとは思っている」
馬を走らせながらディートリッヒは軽く息を吐いた。
「よく考えたらサイア姫は可哀想ですよね」
結婚したいほど好きな男に振られてしまい、その後兄に拘束されたサイア姫に同情をするベルナにディートリッヒは首を振った。
「全く可哀想だとは思わん。小さくなったベルナや妙な魔術をかけられた人達の方がよっぽど可哀想だと思うが」
「たしかに・・・」
我儘なサイア姫の噂を思い出してベルナは考えを改めた。
「とにかく、急いでソミール村へと向かおう」
ディートリッヒは手綱を引き、馬のスピードを上げた。
休憩を挟みつつディートリッヒが操る馬は森の中を走っていた。
ベルナは馬上で地図を広げる。
ベルナの故郷の村から集落は無く、ひたすら次の町までの一本道を走っている。
「今どのあたりですか?」
地図上では次の町まではあと少しだと思うが、今がどのありか見当が付かないベルナはディートリッヒに聞いた。
「あと2時間ほど走れば町に出る」
「夕方には着く感じですね」
どこまでも続く森に、もしかしたら野宿かと覚悟をしていたベルナはホッとして息を吐いた。
野宿でもディートリッヒと一緒ならば大丈夫だとは思うが、今は冬だ。
寒い中外で寝たくはない。
ホッとしていると、ディートリッヒが馬の速度を落とした。
「どうかしました?」
ベルナはディートリッヒを見上げると、険しい顔をして遠くを見つめている。
「剣と人の悲鳴が聞こえる。盗賊だろう」
「えっ、誰かが襲われているのかしら」
ベルナは驚いて道の向こう側を見るが、あぜ道が続いているだけで何も見えず音すら聞こえない。
「私たちも襲われるかもしれませんね」
青ざめるベルナにディートリッヒは頷いた。
「剣の音が聞こえるから誰かが戦っているだろう。その横を走り抜けるか加勢するかはその場で考えるか」
「えっ、通り抜けるなんて・・・城の騎士がそんなことをしていいんですか」
心配するベルナの言葉を無視して、ディートリッヒは馬の速度を再び上げる。
「できれば通り抜けようと思うから、ベルナは振り落とされないように掴まって」
「ひぃぃぃ」
先ほどよりも馬のスピードが上がり、ベルナはディートリッヒのお腹に掴まった。