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「ベルナ。次この洗濯物を厩舎によろしく」


「はーい」


ベルナは籠に入った洗濯を受け取って机の上に置いた。

王宮の侍女の職にコネで入って早3年。

貧乏男爵令嬢のベルナは実家に仕送りするために働いている。

一応貴族という身分にはなるが実家は貧乏なうえに地位も無いため、ベルナは侍女の中でも下っ端の仕事をしているが、その分給料もいいので文句は一切ない。

下っ端侍女たちはほとんど同じ意識を持って働いているため人間関係もいいのでベルナは楽しく毎日働いている。


「ねぇ、ベルナ知ってる?ディートリッヒ様の事」


同じ下っ端侍女のサノエがニヤニヤと笑って言ってきた。


「ディートリッヒ様は噂話が多いから・・・どの話?」


ベルナが聞くと、サノエは声をひそめる。


「ディートリッヒ様、とうとう結婚されるそうよ。隣の国の姫様と」


「それは大変ね・・・。寝込んでいる人が居るんじゃないかしら?」


ベルナが心配するほど、ディートリッヒは女性から人気がある騎士だ。

第二王子の護衛騎士を務めているが、神様が美を極めて誕生させたのではないかと言われるほどの美形の男性だ。

プラチナブロンドの髪の毛は長く三つ編みにして前に垂らしている姿はまるで絵のようだと言われ。長い前髪をかき上げただけで女性達から黄色い悲鳴が上がる。

エメラルドグリーンの瞳と目が合えば呼吸が出来なくなる女性が出るほどの美形なのだ。

いつも無表情で、感情の起伏もなく何を考えているのか分からないところがまるで美しい人形のようだと女性達にかなりの人気だ。

そのディートリッヒが結婚するなど噂がたてば、彼に憧れていた女性達は倒れて寝込んでいる人も出てくるだろう。


「寝込んでいる人もいるけれど、退職届を出した人もいるらしいわよ」


サノエの言葉にベルナは軽く笑う。


「そんな大げさな・・・」


「大げさではないわよ。貴族のお嬢様達は結婚相手を探しに侍女として城に居るんですもの。私達みたいにお金を稼ぎに来ているのとは違うのよ」


「なるほどねぇ。それでも、仕事はちゃんとしてほしいわね。ディートリッヒ様は結婚したら隣国へいくのかしら?」


「さぁ?姫様がディートリッヒ様にべた惚れで、断れないって話を聞いたわよ。美男美女でお似合いだとは思うけれど」


サノエの言葉にベルナは首を傾げる。


「姫様は美人なの?」


「絶世の美女らしいわよ。でも性格は最悪なんですって。いいわねぇ、美しくて」


うっとりして言うサノエにベルナは肩をすくめた。


「美しいと色々大変だと思うけれどね」


「自分が美しいわけでもないのに解ったようによく言うわよ」


サノエはベルナの顔をじっと見て鼻で笑う。

どこにでもいる茶色い髪の毛と瞳、平凡なベルナはお世辞にも美人とは言えない。


「失礼ね。美人ではないけれど、この大きな二重は自慢なのよ」


ベルナは自分の目を指さしてサノエに見せた。


「そうね。瞳は可愛いわね、犬みたいで」


「よく言われるわ。私には凄い美人の姉がいるんだけれど、美人すぎて可哀そうよ。変な男に付きまとわれたり、勝手にこういう人だろうと想像されて落胆されたりしてね」


「あんたの姉さんが美人?」


信じられないとジロジロと顔を見てくるサノエにベルナは肩をすくめた。


「それもよく言われるわよ。姉さんと本当に血が繋がっているのかって。私はねぇ、お父さんとそっくりなのよ」


「可哀想・・・」


「失礼だってば。私は別に自分の顔を気に入っていますから。可愛いでしょ?」


自信満々に言うベルナにサノエは頷いた。


「よく性格がひん曲がらないで成長したわね。犬みたいで可愛いわよ。そう思うと、ディートリッヒ様はあの見た目で苦労しているのかもしれないわね」


「本当。性格の悪い姫様と結婚するなんて可哀想よね」


ベルナは頷いて洗濯物が入った籠を抱えた。


「ディートリッヒ様かぁ、一度は話してみたかったわね」


息を吐きながら呟くサノエにベルナはにやりと笑った。


「ふふっ、私はお話したことあるわよ」


「嘘!どこで!」


身を乗り出して聞いてくるサノエを避けながらベルナは洗濯物が入った籠を持って歩き出した。


「今から行く厩舎にたまーにいらっしゃるわよ。馬の世話をしに」


「知らなかったわ。馬の世話なんて厩舎でする騎士なんて居ないじゃない。馬の世話をする騎士を引退したおじいさんしかいないと思っていたわ」


「そのおじいさんにこの洗濯物を届けに行ってきます」


「待って、替わって。私も最後にディートリッヒ様との思い出が欲しいわ」


洗濯物を奪おうとするサノエの手を避けてベルナは部屋を出る。


「嫌よ。サノエは廊下の窓拭きでしょ。それに毎回会うわけではないわよ、たまーにお見掛けするぐらいよ」


「私は何回も、馬小屋に行くけれど一回も会ったことは無いわ!」


「それはご愁傷様―」


ベルナは早歩きで廊下に出ると、厩舎へと向かった。

ディートリッヒには恋愛的興味は無いが、綺麗な人を見ることは目の保養にはなる。

たまたま馬小屋で見かけたときは、珍しい動物を見た気分になり今日は運がいい日かもしれないと、ベルナはディートリッヒを見かけることが楽しみになっていた。

きっと今日もいるような気がして、洗濯物を抱えて城の外へと出る。

冷たい冬の風に身震いをして速足で馬小屋へと向かった。


騎士の訓練場から少し離れた裏庭にひっそりと建っている馬小屋は、馬の世話をする騎士を引退した年を取った人以外誰も近づくことは無かった。

城に居る侍女たちは貴族の女性も多く、馬の糞の匂いが立ち込める場所は嫌がって近づくこともない。

馬独特の匂いは田舎の実家を思い出し、落ち着く気分になるベルナは馬小屋の中を通って繋いである馬の顔を見てから裏にある馬の世話する人達が待機している待合室へと向かっていた。

そこで馬の世話をしているディートリッヒを見かけたのだ。

騎士達は朝早くや夜遅くに馬の世話をしていることはあるようだが、ベルナが洗濯物を届ける時間帯に騎士を見かけることはほとんどなかった。

洗濯物を届ける係になることは数日に一回なので毎回ディートリッヒを見かけることは無かったが、一番綺麗な馬を眺めている時に話しかけられたのだ。

人間離れした美貌の持ち主の乗る馬も、美しいのだなとベルナは妙に納得したことを今でもよく覚えている。


ベルナは昔を思い出しながら厩舎の中へと入った。

馬小屋の中に繋がれている様々な顔の馬を眺めながら歩いていると、一番奥にキラキラと輝いているディートリッヒが立っているのが見えた。


(今日は居たわ。きっといいことがある日になりそうね)


城の中でもほとんど見かけることがないディートリッヒの姿にベルナは嬉しくなる。

黒い騎士服姿のディートリッヒはベルナの姿を見て微かに唇の端を上げた。


「こんにちは」


ベルナが挨拶をすると、ディートリッヒも軽く頷く。


「久しぶりだね」


馬の鼻のあたりを撫でながらディートリッヒが言う。

直接太陽が当たっていないのにブロンドの髪の毛はキラキラと輝いて見える。


(美しい人は髪の毛一本でさえ輝いて見えるのね。姉さんも輝いていたわね)


一年以上会っていない、嫁いだ姉を思い出しながらベルナは頷く。


「そうですね。洗濯物を届ける仕事の担当は久しぶりなんです」


抱えていた洗濯物を持ち上げて言うベルナにディートリッヒは頷いた。


「そう。大変な仕事だね」


「そうですか?洗い終わった洗濯物を各方面に配ったり、掃除したりするだけでいいお給料がもらえるので私はいい仕事だと思いますけれど。それより、ディートリッヒ様はご結婚されるとか?」


先ほど聞いた噂話は本当なのだろうかと、ベルナが聞くとディートリッヒは美しいエメラルドグリーンの瞳を伏せた。

長いまつ毛が良く見える。


「・・・あぁ、そうだ」


「おめでとうございます?」


結婚すると言うのにちっとも嬉しそうではないディートリッヒにお祝いを言っていいものかどうか悩みながらベルナが言うと、彼は微かにうなずく。


「ありがとう」


「嬉しそうではないですね?あー、結婚前になると不安で憂鬱になるというやつですか?ウチの姉も結婚前は不安でメソメソ泣いていましたよ」


「お姉さまがいらっしゃるのか」


無表情を取り戻したディートリッヒが少し驚きを含んだ声で聞いてくる。


「凄い美人なんですよ。あ、ディートリッヒ様のお相手も絶世の美女らしいですね」


性格は最悪だって噂ですけれどと、言う言葉を飲み込んで、ベルナが言うとまた彼は瞳を伏せた。


「どうしてもと言われて断れなかった。王命だからな」


「王命!それは断れないですね」


美形だと色々大変だなとベルナは驚く。

浮かない顔のディートリッヒにベルナはガッツポーズを見せた。


「大丈夫ですよ。うちの姉も、冴えないお医者様に君しか居ないんだと何度も言われて嫁に行きましたけれど今は凄い幸せで、子供産みましたからね。今ではあの人と結婚出来てよかったと言っていますよ。きっと、ディートリッヒ様も結婚前に不安になっているだけなんですよ」


「・・・そう思える日が来るとは思えないが・・・」


いつも無表情のディートリッヒの珍しい浮かない顔に驚くベルナ。

ここまで込み入った話をするのは初めてだが、ディートリッヒが結婚を嫌がっていることはよくわかった。


(よっぽど姫様が性格悪いのかもしれないわね。結婚も自由にできないなんて美しすぎるのも大変ね)


ベルナはそう思いつつ、ディートリッヒを励ます言葉を探した。


「うちの姉も幸せに暮らしていますから。きっと大丈夫ですよ。結婚後はあちらの国に行かれるのですか?」


結婚をしてディートリッヒが城から去ってしまったら、退職する人も増えるだろう。

一時的に仕事が増えるかもしれないとベルナが考えていると、ディートリッヒは首を振った。


「サイア姫がこちらに来るらしい。・・・自国には居られないらしい」


「居られないとは?」


意味が解らず首を傾げるベルナの顔を見てディートリッヒは微かに唇の端を上げる。


「我が家の犬のような顔だ。特に首の傾げ方がよく似ている」


犬みたいだとはよく言われるので、ベルナは頷く。


「よく言われます。それで?姫様はどうして自分の国に居られないんですか?」


「・・・姫は古代語を操り、怪しい儀式をして人を貶めているらしい」


「はぁ?意味がよくわかりませんが・・・」


「僕もよくわからないのだが、それが原因でどこかで引き取ってくれる国を探していたらしい。どうしても、僕と結婚したいと言ってきかないと・・・」


また目を伏せてしまうディートリッヒにベルナはガッツポーズを作った。


「ウチの母が言っていました。人間惚れられて結婚するのが一番いいと。きっといい結婚生活ができますよ。応援しています」


「ありがとう。・・・ベルナとはもう会うことができないかもしれない」


「あーそうですね。姫様の手前、挨拶をするだけでも大変なことになりそうですね」


美しいディートリッヒに会うことが出来なくなるのは少し寂しいが、仕方ないとベルナは頷く。

縁起がいい人に会えなくなるのは非常に残念だ。

ベルナは洗濯物を抱えながら右手を差し出した。


「今までお話しできて楽しかったです。お元気で」


驚きつつディートリッヒはベルナの手を握った。


「僕も楽しかった」


珍しく微笑むディートリッヒの顔を見てベルナも微笑んだ。

あまりにも美しいディートリッヒの笑顔にベルナは一瞬目が離せなかった。

美しい顔の人が少し微笑んだだけで人の心を幸せにできるのだなぁと思いベルナは軽く手を振る。


「じゃぁ、仕事戻りますね」


「あぁ」


早歩きで去ってく、ベルナの背をディートリッヒはいつまでも見つめていた。





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