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「ねーちゃん、楽しかったぜ。また来いよな!」

「今度は聖女様も一緒にな!」


 ――月が中天から沈み出す頃。

 長かった酒場の賑わいは、ようやく終焉を迎えた。

 ご機嫌な鼻唄を口ずさみながら、次々と帰路へ就く酔っ払いたち。

「ええ、ありがとうございました。おやすみなさい!」

 最初は恐ろしく見えた人相の悪い彼らも、今ではすっかりお友達だ。セレナは満面の笑みで手を振ってそれに応える。


「愉快な夜になりましたね。音楽はもっぱら聴くことしかしていなかったのですが……声を揃えて大きな声で歌うのが、こんなに気持ち良いとは。良い経験をさせてもらいました」

「ライネル様も楽しめたなら、良かったです。今日はお付き合いいただき、ありがとうございました」

 まだ酒場の陽気な空気を引きずって、セレナは満面の笑みで礼を述べた。ライネルと並んで、星空を見上げながら家路につく。その何てことない行程が、不思議と心を浮き立たせる。

 彼のおかげで、今日はたくさんの勇気をもらうことができた。これなら明日サリュートに直談判するときも、声を震わせずに済むだろう。


 ところで、と勢い込むセレナの傍でライネルは不思議そうに首を傾げた。

「私たちが歌で盛り上がっている時……今思い返すと、店の中が随分と明るく輝いていませんでしたか?」

「言われてみると……」

 音楽に夢中でその時は疑問に思わなかったが、今振り返れば店は昼間のように明るかったように思う。セレナの感想はその程度であったが、ライネルはそうではなかったらしい。その場で足を止めると、彼はセレナへと向き直った。

「さらに言うならあの明るい光、奇跡のように黄金色に輝いていたように見えました。セレナさん、もしかして貴女は……」

 真っ直ぐな眼差しでセレナを見つめ、ライネルは真剣な声で尋ねる。

「聖女の力をお持ちなのでは?」


「私が? まさか!」

 あまりに思いがけない指摘に、慌てて首を振った。自分の演奏を高く買ってくれているのは嬉しいが、その可能性が絶対にないことは、自分もよく知っている。

「どうしてそう言い切れるのです? 聖女の力の発現に、決まったタイミングはありません。もしかしてセレナさんが気づいていないだけで、最近になって聖女の力が芽生えた可能性も……」

 食い下がるライネルに、セレナはキッパリと首を振った。

「いえ、それは絶対にないと思います。実は以前、サイモン司教にも同じように言われて、それで奉納の間でヴィロを演奏させていただいたことがあるのですが……」

「いかがでしたか?」


 あまり気にしてないことを示すように軽い調子で肩をすくめて、舌を出す。

「まるっきりでした。私に聖女の適性は全然ないみたいです。……ほら、最近始めたミサの前の演奏の時だって、実際何ともなかったでしょう? 多分、気の所為だと思いますよ。まぁ、サイモン司教やライネル様がそこまで私のことを評価してくれてるって言うのは、とても嬉しいんですけど」

「そうですか。確かに光っているように見えたし、セレナさんなら聖女でも不思議はないと思ったのですが……だとすると……」

 首を振りながら、何やら真剣な表情で考え込むライネル。

「お言葉はありがたいですけど、もう結論はしっかり奉納の間で出ちゃってますから。そもそも私のヴィロは、単独で聴かせるようなものではないですし」

 キッパリと断言してみせた。


 もし自分が聖女としての力があったら……と夢想したことがなかった訳ではない。でも、己にそこまでの才能がないことは自分が一番わかっていた。そしてもし聖女になってしまったら、エイリーンの伴奏者では居られないことも。

 ――私は、彼女の伴奏者であることが一番大事だったのだから。

 セレナはそう思い返して、一人で頷く。自分のこの生き方に、後悔はない。


 ――やがて、セレナの住むアパートの前までたどり着く。くるりと向き直って、セレナは改めてライネルに礼を伝えようと彼の目を見つめた。

「ライネル様。今日はコンサートの手配から『黄金の雄鶏亭』への同伴まで、本当にありがとうございました。さっき言ってたこと、私、本気です。明日サリュート様に会って、この状況を変えてみせます。彼は強情ではあるけれど、音楽に対しては人一倍誠実な方だから……きっとわかってもらえる。そう、信じてます。だから……」

 そこまで一気に述べてから、セレナは少し目を伏せる。この続きは、仕事仲間に向ける言葉ではない。そう、わかっていたからだ。

 それでも、この気持ちを伝えたい。正体不明のそんな衝動に突き動かされて、セレナは再び口を開く。

「……応援して、いただけませんか」


 ぽん、と優しい感触がした。

 少し目を挙げると、それはライネルの大きな手だった。勇気づけるように、同意するように優しいリズム(アマービレ)でライネルはセレナの頭に触れる。

 ――頭を撫でられるなんて、幼少期に家族にされたのを除けば誰にもされたことはない。でも、それが妙にくすぐったくて恥ずかしくて、でも終わってしまうのが寂しくて……セレナは目を閉じてじっとその感覚を享受する。

「ええ、もちろん。応援してますよ。どうか良い結果が得られますように。困ったことがあったら、いつでも相談してください。何があっても、駆けつけますから」


 その包み込むような温かい声に、セレナの心はどんどん満たされていく。

「私……ライネル様のその言葉だけで、どこまででも頑張れそうです」

 ライネル様ってすごいですね、と屈託なく笑うセレナに、何故か彼は呆れたような苦笑いを浮かべたのであった。




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