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「はじめまして、ルーディ様。お会いできて嬉しいですわ!」
8年来の悪友、アドルフォの婚約者──エミリアはとても愛らしい少女だった。
「はじめまして、エミリア嬢。俺もお会いできて嬉しいよ。アドルフォが夢中だっていう婚約者に是非会ってみたくてね。
こうして時間を作ってくれてありがとう」
「そんな。こちらこそ、素敵なお宅に招いて頂いて嬉しいですわ」
「それにしても、こんな可愛い子が奥さんになるなんて、アドルフォは幸せ者だな」
儀礼的な挨拶を交わし、ニッコリと笑みを作りながらアドルフォに顔を向けるといつも以上に無だった。
まぁ、無理もない事だ。先程俺と顔を合わせてからというもの、彼女はポーっと俺に見蕩れたまま婚約者そっちのけで俺から視線を外さない。
しかし、アドルフォも仮にも婚約者なのだから作り笑いくらいはした方がいいんじゃないか? 本当にこんなんでやっていけるのかと溜息を吐きたくなる。
「エミリア嬢、コイツ本当に愛想ないけど大丈夫? 今からでも俺に乗り換えない?」
アドルフォの片眉がピクリと持ち上がる。
彼女に手を出さないと言ったのに、早速俺が約束を破るからかイライラとした雰囲気を滲ませた。
「まぁ、そんなこと仰るなんて……噂は本当なんですね」
「噂?」
「ええ…その、昔からよく女性を奪い合ったと……」
「ああ、アドルフォと俺は女性の好みが似ているらしくて」
「君もすごく魅力的で困ったな」と優しく微笑むとエミリアは気分を良くしたのか分かりやすく頬を染めた。
「ルーディ様は悪い方ですわね」そういいつつも満更でもない様子に見える。
……つまらない。つまらないなぁ~、アドルフォ。本当にお前はこんなつまらない女と一緒になるつもりか? この子と、今までの子たちと何が違う? 美男二人に囲まれて自分がお姫様になったような気でいる。この後、俺がアドルフォに内緒で会おうと誘えば簡単に乗ってくるだろう。
それに上役と言ってもたかが子爵だ。いくらアドルフォが木っ端貴族の三男坊でほぼ平民だと言っても、これからのし上がる可能性のある男がここで焦って結婚するほどの相手とは思えない。
…………少し、イタズラをしてみるか?
「エミリア嬢、喉が乾いていませんか?」
今日の為に珍しい茶葉を持ってきたのだと、お茶の蘊蓄を語りながらティーカップに新しくお茶を注いだ。ついでにこっそりと【自分に正直になる薬】を混ぜて。
この子がアドルフォに対して一途であるならアドルフォの惚気を垂れ流すだけで済む。可愛いイタズラだ。
「どうぞ」
コトリとエミリアの前にティーカップを置くと、彼女がそれを手に取るよりも早く横からそれを奪い取られた。
「俺が味見をしよう」
アドルフォはそう言って、止める間もなくグビグビと飲み干してしまった。そして、ギロリと俺を睨んだ。
……薬を仕込んだのがバレたか? いや、でも無味無臭だし、角度的にもアドルフォからは見えてないはず。
コイツ、裏表ないし言動もそう変わらないだろう。とりあえずエミリアにもう一杯用意するか。
「アドルフォ、喉乾いてたのか? 全部飲んでしまったら味見も何もないだろう。
エミリア嬢、ごめんね。またすぐ淹れるから──」
「…………ぃ」
「は?」
「……美味い」
「あ、そう…。ありがとう」
「……エミリアに茶なんて淹れるな」
「アドルフォ様?」
「ルーディ、俺の為だけに毎日茶を淹れてくれないか」
……何言ってんのこいつ。
「お前の茶を毎日飲みたい」
何言ってんのこいつ。
「あ、はは……そんなに気に入ったの?」
「違う! そうじゃない、俺は、お前が……、お前を……、
…………お前を愛しているんだ!!」
アドルフォが真剣な顔でとんでもない事を口走った。
「アドルフォ様、何を……?」
「エミリアすまない。この婚約は無かったことにして欲しい」
「ルーディ様! 貴方、お茶に何を入れたの?!」
エミリアが恐ろしい形相で振り返り叫んだ。
俺が淹れたお茶を飲んだ直後にこうなったのだから、疑うのは当然だ。でも、俺が仕込んだのは【自分に正直になる薬】で…?? それで、何でこうなる??
「嘘よ! 私を落とそうと惚れ薬でも入れたのでしょ!」
「いやいや。惚れ薬使うまでもなく、君、俺に気があったよね?」
「はあぁぁぁ!? ちょっと見目が良いからって…失礼な!!」
あ、ヤベ。つい本音を言ってしまった。
「ルーディ、結婚しよう!」
「おい、お前はちょっと黙ってろ」
「アドルフォ様っ! ひどいっ!」
俺がエミリアと口論していると、合間にアドルフォがプロポーズして、ますますエミリアの火に油を注ぐというカオスな状態が暫く続いた。
「ルーディ様……その薬が本当に惚れ薬でないと言うなら、貴方飲んでみて下さらない?」
言い合いも平行線を辿り、三者とも疲れきってきた頃、エミリアが名案を思いついたと言うように手を打った。
「今なら本音を言っても、私怒ったりしませんわ。こんなことになったんだもの……アドルフォ様の言うことが本音であるなら、私も潔く身を引きます」
「ルーディ……。俺もお前の気持ちが知りたい」
おい、アドルフォ。どさくさに紛れてエミリアの加勢をするな。俺の本音を聞こうとするな。
しかし、エミリアにここまで言われては、この身をもって証明するより他になかった。
「……分かりました。どうなっても、恨みっこなしですからね」
そう前置きして、薬を混ぜたお茶をグッと飲み下した。
アドルフォとエミリアが固唾を飲んでそれを見守る。
「ど、どう? ルーディ様、私の事が好きになったり…」
「なるわけないだろ。これは【自分に正直になる薬】だと何度も言った」
「そ、そんな……。じゃあ、アドルフォ様は……」
「だから、俺はルーディが好きだと言っている」
うぅ……、くそ。俺も何かの間違いであって欲しかった。
「ルーディ、何故こんな事をした」
「っ、ぅ…あ……っ」
「抵抗すると辛くなるぞ。怒ったりしないから正直に話せ」
アドルフォに優しく窘められる。
口を開きたくないのに、尋ねられると薬のせいで抵抗しても勝手に口が動きだす。
……俺の作った薬が優秀過ぎて辛い。
「っ…エミリアの、本音を聞かせてっ、……結婚、壊したかった…」
「何故?」
「アド…フォ……ぅ、ぐ」
「俺……? 俺のことがそんなに嫌いだったのか……?」
「ちが…っ」
言いたくない言いたくない言いたくない言いたくない言いたくない言いたくない言いたくない言いたくない言いたくない言いたくない言いたくない言いたくない言いたくない言いたくないこんなことは認めたくない。
「~~っ、アドルフォが…好きだからだッ!!」
「!!」
「……アドルフォが好きなんだ…っ、昔から……!
俺がどんなに突っかかっても、受け止めてくれるお前が。
こんな歪んだ俺なことを、友人だって言ってくれるお前が。
俺の前でだけ、表情崩して怒ったり、笑ったりするのが嬉しかった。……お前が結婚して、そんな顔を相手に見せると思うと我慢できなかった。……いや、違う。そんな顔出来る相手だったらまだ良かったんだ。なのに、お前ちっとも幸せそうじゃないじゃないか。せめて俺より美人で、頭良くて、優秀で、お前の色んな表情引き出せる相手じゃないと認めない……! そうじゃないっ、お前のそんな顔は俺だけ知ってればいい…っ、違う、こんなことを言いたいんじゃない……ッ」
最後はもう、支離滅裂だ。
ああ……言ってしまった。 言うつもりなかったのに。
俺の心の柔らかいところを全部さらけ出してしまった。
一度口から出ると、止まらなかった……。
俺の作った薬が優秀すぎて(以下略)
恐る恐るアドルフォを見ると、顔を真っ赤にさせて硬直している。
多分、俺も同じようになっている。
熱いわ、汗びっしょりだわで散々だ。
「ルーディ」
そっと抱きしめられてアドルフォの熱が身体に伝わってくる。
今、汗がすごいからくっつかないで欲しい。でも、薬のせいで素直になってるせいでアドルフォの背中に腕を回して抱きついてしまう……。くそぉ……いい身体してやがる。
「お前がそんな風に思ってたなんて……嬉しい」
「お、俺は恥ずかしい……」
「俺にルーディ以上の人なんていない。……愛している」
「俺も……」
愛していると言われて、俺もと応えるなんて柄じゃない。こんな、甘い雰囲気醸し出すなんて俺じゃない。それもこれも薬のせいで(以下略)
視線が絡んで、自然と唇が重なる。もっと欲しくて、奥へ奥へと招いて、段々と深くなっていく。
気が付けば、もっと深く繋がりたいと一晩中お互い本能の赴くままに貪りあった。
◆
その後はというと、アドルフォとエミリアはあっさりと婚約を解消した。
婚約したとはいえ、一向に態度が軟化しないアドルフォが俺に対してあのように告白した事が衝撃的だった様だ。
まぁ、それはそうだよな。俺もあんなアドルフォは初めて見たし。
『良いものを見せて頂けました…お幸せに』
最後にはそう言ったらしい。
あの日、俺たちはお互いに夢中で気付いていなかったが、彼女は一体どこまで見ていたんだろう……。
アドルフォはというと、一度告白して吹っ切れたせいか、あれから毎日我が家にやって来ては求婚している。
その所為で俺の調子は完全に狂っていた。
俺とアドルフォは決して相容れない間柄だったはずだ。
それは水と油で、犬と猿で、嫁と姑で、不倶戴天なのだ。
だから、これは夢。俺は夢を見てるんだ──。
「ルーディ、愛している。結婚してくれ!」
今日も飽きもせず、美貌の騎士は片膝をつき愛を乞う。
あの日の出来事は、全部【薬】の所為だ。お互い素面だったら絶対に告白なんかしていない。ヤるはずない。全てまやかしなのだ。
だから、俺は精一杯いつも通りの余裕の笑みを取り繕ってこう応える。
「一昨日来やがれ、クソ野郎」
端的に返事をしバタンと扉を閉めると、戸の向こうで「今日も辛辣だな! そういう所も好きだ!」とかほざいている。煩い黙れ。
……ああ、顔が熱い。
きっと、さっき一瞬顔を合わせた時も真っ赤だったに違いない。
アドルフォのあの蕩けた微笑みや熱い眼差し全部が俺を好きだと訴えかけてくる。
あの表情を見ると胸の奥がザワザワして落ち着かない。
アイツは無表情で、たまに怒ったり、少し笑ったりするくらいがちょうど良かった。それくらいじゃないと、俺が自分を保てそうにない。
「ルーディ? 今日はもう会ってくれないのか?」
優しい低音が、扉越しの背中に響く。
「無理……。もう、帰れよ」
「分かった。明日また来る」
アドルフォが去っていく気配がする。
毎日求婚するから部屋は様々な花で埋め尽くされて、まるで花畑の様だ。そこに今日もまた一つ色が増えてしまった。
アドルフォの想いに素直に応えたい……とは思うのだが、筋金入りのひねくれた性格は中々直らないらしい。
「……俺だって、アドルフォのこと…愛してる」
ポツリと独り言を零すと、喜色満面のアドルフォが部屋に飛び込んできたのはそのすぐ後のことだった。
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