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世の中には絶対に相容れないものがある。
例えば水と油のように。
例えば犬と猿のように。
例えば嫁と姑……はちょっと違うか?
兎に角、不倶戴天とは俺とこの男の事を表していると言われるくらいの仲なのに、これはなんの悪夢なのだろうか──。
「ルーディ、愛している。結婚してくれ!」
今日も飽きもせず、美貌の騎士は片膝をつき愛を乞う。
その愛がまやかしの物だとは気付かずに……。何とも滑稽な事だ。だから、俺は笑顔でこう応えるのだ。
「一昨日来やがれ、クソ野郎」
端的に返事をしバタンと扉を閉めると、戸の向こうで「今日も辛辣だな! そういう所も好きだ!」とかほざいている。煩い黙れ。
元々は愛想の悪い男で、もうちょっと愛想良くすればいいのにと思ったこともあったが、無駄に機嫌が良い今のこいつは気持ち悪くてしょうがない。……早いとこ元の己を取り戻して欲しい。
何でこうなってしまったのか……。未だ騒がしい戸を背に、俺は求婚男──アドルフォ・ベッカーとの出会いに思いを馳せた。
◆
俺とアドルフォが出会ったのは8年前、王立の寄宿学校に入った時だった。
この国では平民、貴族問わず希望すれば学ぶ機会を与えられる。学費は当然かかるが、平民は割安だし成績優秀者は免除されることもある。
俺は地方の商家出身で地元では神童と呼ばれていた。勿論、学費も免除された。
当時の俺は図に乗っていた。勉強でも、剣術でも、魔術でも右に出る者はなく、おまけに千年に一人の美少年と謳われる程の美貌を誇っていた。人生チョロい。この世は俺を中心に回っていると本気で思っていた。
そんな俺の鼻っ柱を折ったのがアドルフォだった。
アドルフォは首席で入学し、俺がやると思っていた新入生代表挨拶を堂々とこなし、入学直後に行われた実力テストで一位を飾り、華々しい学園デビューを果たした。因みに俺は二位だった。
愕然とした。代表挨拶も、入学早々一位をとって目立つことも本来なら俺がやって然るべきなのに──。
成績順が張り出された掲示板の前で固まる俺に、アドルフォは呑気に「お前が二位のルーディ・フックス……? お前、すごいな」と話しかけてきた。
はぁ……? すごいな……? すごい……? どこが??
俺は二位なんだぞ? それをお前が言う??
この台詞で一気に俺に火が着いた。
「アドルフォ・ベッカー! 貴様には絶対負けない!!」
そうして俺たちの因縁は始まったのだ。
俺もやられっぱなしではなかった。最初こそ躓いたものの、その後の成績は抜きつ抜かれつ、俺が一位を取ればアドルフォが次の試験で一位を取り返す。そうしたら、次は俺が巻き返した。
勉学だけでは勝負が付かず、剣術、馬術、魔術……etc.様々な分野で競い合ったが勝負は付かなかった。
学内での人気も二分していた。抱かれたい男ナンバーワンがアドルフォで、抱きたい男ナンバーワンが俺……男しかいない学校だというのは深く考えないことにする。
そう、奴はモテた。千年に一人と言われた俺と張るくらいの美少年だった。千年に一人の奇跡は一人だから良いのであって、二人もいらないのに。いちいち人の地雷を踏んでくる奴だ。
男子校である我が校は、年に二度、姉妹校である女子校と合同行事を行う。そこでもアドルフォは注目の的だった。
女子に囲まれてもアドルフォはスカした顔して全く相手にしていなかった。
俺に勝っても、負けても、周りが面白がって俺とアドルフォの勝負を焚き付けても、表情が変わることはなかった。だから、その顔を歪めたいと思った。
「お嬢さん。そんな無愛想な奴放っといて、俺とお茶でもしませんか?」
アドルフォにまとわりついている女の子にそう声をかければ、簡単に俺に乗り換えた。
結局、顔の良い男だったら誰でも良かったのかもしれない。
全く相手にしないアドルフォに焦れていたのかもしれない。
あまりの手応えのなさに溜め息を吐きたくなったが、それを飲み込み、表情を取り繕ってふふんと見下してやると、眉を寄せこちらを睨みつけるアドルフォがいた。
初めて見る表情だった。もしかして、振られるのが初めてだったのか? 俺に横取りされるとは思ってもなかったんだろう。精々悔しがれ、ざまぁみろ。内心笑いが止まらなかった。
しかし、優越感に浸れるのも数日で終わった。
同じようにやり返された。真面目なアドルフォがこんな仕返しをしてくるとは思わず、今度は俺が呆気に取られた。しかも、奴は意地悪そうな顔でニヤリと笑ったのだ。そんな表情も出来るのかと二度目の衝撃を食らった。
そんなわけで、俺とアドルフォは第三者を混じえつつ、不毛な争いを寄宿生活の6年間繰り返した。
俺たちの腐れ縁は寄宿学校を卒業してからも続いた。
成人してからは酒を飲み比べたり、ギャンブルで勝負したり、時には花街で女に優劣つけてもらうなんてアホなこともした。
──そんなアドルフォが結婚するという。
耳を疑った。
女遊びをする事はあっても、誰にも本気にならなかったコイツが!
驚き、根掘り葉掘り聞いてみると、上司の娘に一目惚れされ縁談をもちかけられたと言う。
娘の一方的な気持ちではあるが、アドルフォは優秀で将来性もある。上司にとっても持ってこいの話だったのだろう。
「お前はそれでいいのか?」
「特に断る理由がないからな」
「ふーん、へぇ……そう……」
何となく、面白くない。
コイツも本当に結婚する気あるのか? 祝い事の報告なのによく見なれたすまし顔で、ちっとも幸せそうに見えない。
「おい、アドルフォ」
「何だ?」
「その婚約者様に俺も会わせてくれよ」
「は?」
俺の言葉の裏を考え、アドルフォは怪訝な目を向ける。
俺がいつものをすると思って疑ってる。そうやって、俺に対してだけ表情が歪むのは見ていて気分が良い。
だが、いくら俺でも人の婚約者に手を出すほど屑じゃないぞ。
……その御令嬢がまともなら、の話だが。
「そんな目で見るなよ。友人として挨拶したいだけだ」
「そ、そうか……! 親友として……!」
アドルフォは友人という言葉が嬉しかったのか、パァッと表情を明るくさせた。レアな表情だ。
鉄面皮のコイツにこんな顔をさせるのも俺だけだなと、自尊心が満たされ、つられて俺も笑顔になる。
だが、俺はお前の親友になった覚えはないぞ?
【あまり役に立たなかった設定】
●ルーディ・フックス(21)
176cm / 細身
薄めの金髪、碧眼。黙っていれば儚い系美人。
高慢。プライドエベレスト。
卒業後、魔術師団に所属。
●アドルフォ・ベッカー(21)
191cm / がっしり
黒髪、金色の瞳。無表情、口数が少ないクールな印象の美青年。
基本真面目だが、ルーディの無茶振りには割と付き合う。
卒業後、騎士団に所属。
【初対面時の回想】
✕「お前が二位のルーディ・フックス……? お前、すごいな」
〇「お前が二位のルーディ・フックス……? お前、すごい綺麗だな」
見蕩れてしまって言葉を間違えたアドルフォ少年(13)
「貴様には絶対負けない!!」( `ᾥ´ ) グヌヌ…
「嫌われた…? 何故だ…」(´・ω・`) ショボン