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6.おでこ、たぎる



 地鳴りに包まれたフィールドで、俺は混乱に襲われていた。

 僕の中の知識が寄り集まり、警鐘を鳴らしている。

 そしてそれは、より鮮明に形作られることとなる。


「……っ!」


 どうやらこちらのエイト(ぼく)は勤勉で、実戦での力は無いが知識だけはきちんと蓄えていた人間だったみたいで。

 だから。

 この状況が、理解できないということはつまり、規格外の何かが起こっているということに他ならないわけで。


「何――――」

「これは……! エイト、こちらへ来い! 招集系の魔法だ!」


 招集、系……?


「先ほどの男……、ここに大量のモンスターを呼び寄せた(・・・・・)ようだ」

「え?」


 立ち呆けている俺に、急いでダイナが駆け寄ってきて説明をしてくれる。


「呼び寄せたって……、それじゃあ」

「おそらく、四方八方から様々な魔物が集まってくるっ!」


 ザク、ザクと、大小様々な足音が聞こえてきた。

 草が踏まれる音。

 木々がかき分けられる音。

 空気が裂かれ――――凍てつく音。


 周囲の木々。その奥に。

 瞳という瞳。牙という牙。

 こちらを敵として認識するモンスターたちが、ずらりと立ち並んでいる。


 大、小、様々。

 ゴーレム型もいればオオカミのようなやつもいる。記憶の中でしか目にしていないようなものもいて、それらが一斉に襲い掛かってきたとき、俺たちではどうしようもないということが瞬時にはじき出された。


「ダイナ。確認なんだけど……」

「何だ?」

「…………ピンチ、だよね?」

「……あぁ、そう、だな」


 その歯切れの悪さが、全てを物語っていた。

 先ほどからほぼ無双状態にあった、ダイナの身体能力をもってしても厳しい。

 いや、けれど。

 もしかしたら、――――俺を置いて逃げれば、あるいは。ダイナだけは。


「ダイナ」

「見捨てない」


 俺が提案をするより先に、彼女はそう吐き捨てるように言った。


「パーティを組むと言った。

 だから、最後まで一緒だ」


 混乱で倒れそうになっていた俺を、彼女は言葉だけで支えてくれる。


「ダイナ……」


 ごめん。と、俺はぽつりとこぼす。

 俺が変な意地を張らなければ、少なくともダイナには危害は及ばなかったはずだ。


「謝るな。

 私も、それで良いと思った」

「……、」

「生きてここを出たら――――、正式にパーティを組んでくれ、エイト。

 お前は、強い(・・)やつだ」

「――――……、ありがとう」


 俺は自分のカラダに活を入れ、弱い心を一時だけ捨て去る。

 ただまぁそれでも、状況が好転したわけではない。

 むしろ猶予は失われていっている。


「もう……、逃げられない、か……」


 モンスターたちは、容赦なく俺たちと距離をつめてくる。

 一斉にとびかかって来たりはしなかったが、隙間を縫って逃げ出すことも難しい位置関係だった。


 死が近づいてきているため、神経がより過敏に反応しているのか。

 奴らの、草木を踏みしめる音がやけにクリアに聞こえてくる。


「ふぅ……。は、ぁ……」


 張りつめる。命の危機に、瀕している。

 心臓の音がとても大きく聞こえてきた。


「はぁ……。死ぬ前に、おでこを舐めたかったなぁ……」

「馬鹿なことを」


 はは、本当だよね……。

 ぽつりと、俺はそう、なんとなしにこぼして。

 はたと、気づく。


 俺、今なんて言った……?


「おでこを……、舐め――――」

「エイト? しっかりしろ」


 ダイナの言葉も無視して、俺は先ほどまでの記憶を思い出す。


「あ――――、」


 あ。あぁぁぁぁッ!?

 そうだった……ッ!


「ダイナ……ッ!」


 そうして。

 事態は好転する。

 いや、もしかしたら好転するかもしれない、が正しいか。とにかく。

 一気に脳内の靄が晴れた気がした。

 俺はあまりのテンションの上がり具合に、つい彼女の腰を掴んで言う。


「ひゃん!? なっ、何だエイト! 腰はちょっと弱い……、」

「そうだよダイナ! おでこだ! おでこなんだっ!」

「いや、そこは腰だエイト……」


 魔法をうまく使えたり、ダイナの戦闘スタイルをカッコイイと思うことに夢中で、すっかり忘れていた!

 そうだよ!

 俺が最初にダイナに言ってしまったあの言葉の真意!


 本能的な欲求ももちろんあったのだが。

 それだけではない。

 あの言葉はイコールとして、『パーティを組んで欲しい』という意図もあったわけで。

 それはつまり、どういうことかと言えば。


「ダイナの、お前のおでこを舐めさせてくれ! そうすれば、この状況をきっと打破できるはずなんだ!」

「お前ッ! 突然何を言い出す――――ひぅ!? 腰から、手を離せ!」


 よほどくすぐったかったのか。身をよじり、彼女は腰を曲げて、俺の手を無理やり振りほどいた。


「あ――――」



 何にせよ。

 俺の目の前に、ダイナの頭部がくる。



「ごめん……、説明はまた後でする。

 うまくできるか分からないけど、頼んだダイナ」

「え、は……?」


 困惑を遮る。

 俺は彼女の、ウェーブのかかった前髪をかきわけて――――おでこをむき出しにして、そこに自身の唇を当てた。


 そして。

 心の中で唱える。


「おでこ――――」



『あぁぁぁぁぁあぁああッッ!! おでこしゅきぃ!

 おでこが、大しゅきいいいいぃぃッ!!』



 そう思う気持ちが、ここに軌跡を呼び起こす。

 俺の身体の中からすべての魔力が抜け出し、神聖な箇所(おでこ)を通って彼女の中へと入って行く。


「なん――――」

「じゅるっ! じゅるるるっ! ぺろぺろ!」

「うぐぐっ!?」


 乱れていく、柔らかくもふもふとした髪の毛。

 それらを頭ごと両手で押さえつけ、掴み、俺はとにかく一心不乱に彼女のおでこに舌を当てる。

 当てるというか、――――舐める。


「……くっ!?」


 これは。

 神聖な儀式。

 大切に思う、愛おしい気持ちが力に変わるという、とてもドラマチックなパワーなのである。


「コレ、は……!」


 魔力は流転する。

 魔性が展開する。


 中に入り、奥へ進み、循環し、躍動し――――、沸騰して血肉に変わる。

 俺の全てをもってして、ダイナを何段階も上の強さへと押し上げる。


「じゅるっ、じゅるっ!」


 吸って。

 そして入れろ。

 魔力を循環させ、強さの因子を全部明け渡せ――――


 あの女神の言葉を信じるのならば。

 これでやり方は間違っていないはずで。


『テメェがおでこを思う気持ち。それがそのままパワーとなる』


 女神の言葉を思い出す。

 そうさ。

 俺がおでこを強く想う限り、

 コレは。絶対の力となるものなのだ。


「……はぁ、……はぁ」


 モンスターたちが接近しているのが分かる。

 けれど。これならもう、負けることはない。

 バケモノのような人間に。神聖なる力を送り込んだのだから。


「ぷはっ……!」


 そうして。

 久しく吸っていなかった空気を、肺いっぱいに取り入れた。


 それは、行為が完了したという証左。

 ここに儀式(まほう)は成立して、俺の役目は無事終わりを告げる。


「ダイ、ナ……、」

「なんだ、これは……? この、無限にあふれる様な、力は……」


 彼女のおでこを舐めるのをやめ、俺はその箇所を見る。そこには――――

 先ほどまでは無かった、神聖なる紋様が浮かんでいた。

 形の良いおでこにそんなものを浮かべるのも、また違った趣向があっていいものですねぇ……。


「ハ。

 あとは、頼んだ……」


 外見に変化はない。

 けれど、ダイナは確実に、何かの力を感じ取っているようで。

 ふぅ、とため息をついて立ち上がり。

 ぽつりと言葉をこぼした。


「……質問は、後回しだ。

 それより――――」


 俺は薄れゆく意識の中、彼女の雄姿をこの目に刻む。

 彼女の全身へ駆け巡る魔力。

 浅黒い肌が震えを上げ、それに呼応していく。

 ぐるりと見渡し、敵の位置を補足。今の一瞬で、全ての位置関係と距離をインプットしたのだろうか。


「今なら……、たぶん、できる」


 ぽつりともらし。

 弓を。

 構える。


 あふれ出る力に呼応するかのように。

 一層強く、おでこの紋章が光り輝いた気がした。


「――――『姫風(クイーン)』」


 ダイナがそう呟くと、彼女の空の右手に、どんどんと大気が収束していくのが分かる。

 先ほどまで作っていた魔法矢とは、種類も質も違う。

 大きさも、形状も、禍々しさ(・・・・)も違う。


 ふわと、数十本の光の矢が、彼女の周囲に舞っている。

 長く、鋭く、モンスターを仕留めるには十分な凶悪さを持つものだった。


「射る」


 そう呟いたと同時。

 彼女は矢を、放つ。


 光速とも言える速さと、とてつもない破壊力を持った矢は、防御態勢をとっていたゴーレムの大きな腕ごと、頭部の核を破壊していた。


 貫いたのではない。

 文字通り、破壊だ。

 核どころか、二メートル大の身体の約半分が、消滅しきっていた。


「射る」


 俺たちの居る場所を中心点に、三百六十度様々な方向へと、超速で中空の矢を放っていくダイナ。


「射る。射る。射る――――」


 動作は見えない。

 何が行われているのかも分からない。

 俺の視界は、いや、この森全域は。

 無限にも思える魔法弓によって、包まれていたのだから。


 飛び交うまばゆい閃光らは、これまでの(エイト)の知識を超えていて、理解という理解が追い付かない。


 けれど。明確に分かっていることは、二つ。

 周囲のモンスターたちの悉くが、次々と消滅していったことと。


 この試験会場の地形が、変わってしまったということだった。



 そうして俺は、

 最後の集中力を使い果たし、意識を失った。



 最後に見たのは、ダイナの心配そうな表情と。

 たなびく髪の奥にある、綺麗でカッコイイおでこだった。






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