13.神の太腿
Eランクのクエストといえば、モンスター退治のものもあれば、採取系のものも多く存在する。
いわゆる、『ナントカ地域』の『ナントカ草』を摘んできて欲しい~みたいなクエスト内容のものだ。
ユッキーさんが離脱してからは、Eランクの俺たちだけでは高ランククエストを受けることは叶わず、そういったものも多く受けていた。
「しかし今日はよく晴れていて良かった。移動だけでもだいぶ時間が違ってくるからな」
「そうだねぇ」
今日は経費削減のため、その場所までは徒歩で行くことに。
ディスクルの街から出て、冒険者の足で二時間くらいのところにあるサルトの丘へと足を伸ばす。
しばらく行った先の川沿いを歩いて行けば、目的地までたどり着く。雲の流れと共に、俺たちは半ばピクニック気分で歩みを続けていた。
「ふむ……」
「ん? どうしたの、ダイナ?」
「いや、後ろから見ていて思ったのだが。ちょっと歩き方が変わったか?」
しばらく歩いた道中、ダイナはそんなことを言いながら、俺の肩や腰をぺたぺた触ってきた。
俺はやや得意げになり、「ふっふっふ」と笑う。
「そうなのだよダイナさん。俺はこの一週間で、身体の使い方をどんどん冒険者用に変化させることに成功したのさ!」
一般人と冒険者とでは、同じ五体でも使い方が違う。
その最たるものとして挙げられるのが、やはり『歩方』だろう。
冒険者は長期間・長時間、歩き続けることが多い。
なので、あまり体力を消費しない身体の動かし方や、そもそもの持久力を上げる訓練なんかを行っているのである。
「まぁその知識は、ヘリオスでなくとも、初歩中の初歩なのだが」
「はっはっは! まぁね!」
知らなかったんです!
いやその、僕の知識の中にはあったんだけどね!
というよりも、僕自身は、いわゆる『冒険者歩き』自体は、技能としてマスターしていたみたいで。ただ意識が俺になってからは、俺の方の身体の癖で使っていたから、『冒険者歩き』になっていなかったというわけなのです。
まぁこの情報は誰にも言えないので、出来るようになった理由までは話さないんだけど。
「それ以外にも色々と、鍛えたほうが良い部分とかを教えてもらっててさ。
若干だけど身体がその……、何だかイイカンジなんだよ!」
「とても曖昧だな。
だがうん、良い傾向だぞエイト」
えらいえらいと頭を撫でられる。
おお……、ダイナの方から俺のおでこに触れてくるとは……。これはもう結婚式みたいなものだろう。
「幸せにするよ」
「ん? よくわからんが、頼んだぞ」
よしよし、これで俺の方からダイナのおでこを触ることで、結婚の儀は完了となるな。
慎重に行わなければなるまい。――――とまぁそんなアホなノリも久々だなと、緑豊かな道を歩きながら、のほほんと考える。
「時にエイト、お前の修行ってどんなものなんだ?」
「ん? えっとね……、何と説明したら良いのやら……」
聞かれ、俺は若干口ごもる。
俺の修行のゴール地点は、敵を一人でも倒しきれる能力を得ること。
それが物理攻撃でも、魔法攻撃でも、方法は何でも良い。
そしてクリスさんは攻撃魔法を教え込むことを選択した。
「そこまでは……、ある意味普通だったんだよ……」
幸い魔法の知識自体は、僕側の知識の蓄えにより、理論だけは分かっていた。
適性や魔力の使い方、身体への流し方などで、使用できる魔法が違うらしい。……のだけれど。
「そこでクリスさんは――――匙を投げたんだ」
「なに……? どういうことだ?」
「その理由は不明なんだよ。スパルタで地獄みたいな訓練も、その日一日で終わっちゃったんだ」
いやまぁ、これについては非常に助かったんだけれども。
あのまま続けられていたら、こうしてダイナと共に歩けていないかもしれない。
ロリ十二天魔団とやらと戦う前に、命が無くなっていた可能性だってある。そんな訓練内容だった。
「生命って意外としぶとい……。そんな内容でしたね……」
「どういうことだ」
さておき。
そんな地獄のような訓練で何を感じ取ったのか、彼女はそれを無意味なことだと切り捨て、違う訓練方法へと舵を切った。
そう――――快感訓練方である。
「……エイト」
「違う! 俺が発案者じゃないんです! あとお前が想像している内容は、半分くらいしか当たってないと思う!」
「半分も当たっていれば十分じゃないのか」
仕方がないので内容を話してしまおう。
……ヤッてることがヤッてることだけに、あまりダイナには話しづらいものがあるな。
「ダイナ。先に確認だ」
「何だ」
「お前はハーレム容認派だよな! 俺が他で、ちょっとエッチなこと感じても、変に嫉妬とかしないよな!?」
「お前何をしてきたんだ。というか、現在進行形で何をしているんだ」
「イエスと言わないままに内容を話すと、もしかしたら俺の胴体と首は離れちゃうかもしれないんだよ!」
浮気しても許せますか? ……まぁコイツ自体が浮気容認派なので、もしかしたら無意味な考えなのかもしれないけれど。
なんて。自分史上最低最悪の質問だった。
果たしてこの半強制的に行われている修行が、浮気というカテゴリに入るのかと言う話にはなってくるのだけれど――――、俺がもし嫉妬深い女子だったら、たぶん許すことは出来ないと思う。
「大丈夫だ。そもそもこちら側がすでにユッキーに手を――――あ、いやナンデモナイ。言うなと釘を刺されていたのだった」
「ほぼ言ってるよ!」
「……大丈夫だ。羨ましいと思いはすれ、嫉妬で怒り狂うようなことにはならないと思う」
それはそれで、これから先の関係的に不安になるけれども。
まぁいい……。俺も男だ。
男らしく腹をくくり、えっちなコトを話そうと思う。
「まずダイナ……、太腿ってヤバイということを、お前は知っていたか?」
「うん、なるほど。何となく察しがついた。
クリスの太腿の話題ということで良いのかな?」
「さすがダイナだ。察しが良い。
そう……、あの人の太腿はやばいんだ」
何だか男子同士の猥談みたいだった。
もっとも俺には友達がいなかったので、本当に男子同士でこういう会話が繰り広げられていたのかは定かではないのだけれど。
「あの人の太腿は神の領域でね……。鍛え上げられた筋肉の上に、ほど良く柔らかい脂肪が付属しているんだよ」
A級サーロインってああいうものなのかもしれない。
脂肪と筋肉の弾力のバランスが、とてつもなく神がかっている。
「確かにほどよい『ムチ』具合だった。
そこまでとてつもないものだったとは」
腕組みをしながら「うんうん」と頷くダイナ。
で、と、彼女は質問を投げた。
「クリスの太腿とお前の修行に、何の関係があるんだ?」
「あぁうん……。そこなんだけどね……」
クリスさんはあのあと、一通りの攻撃魔法を俺に教え込もうとした。
先ほどもちらりと触れたけれど、基本的に僕の知識により、理論だけは理解するに至った。
ただやはり、使用するには俺は不器用すぎた。
発動自体は出来るのだが、いかんせん、切り替えに時間がかかりすぎる。
「切り替えもそうなんだけど……、どうも二種類以上の魔法を同時に使うことが苦手らしくてね、俺」
「なるほど。例えば『身体強化』と『でこバフ』を平行使用することが難しい、と」
「そんな感じだね。
魔王戦のときの視力強化はユッキーさんからかけてもらったものだったし」
あぁそうだったのかとダイナは頷く。
そう。クリスさんも、一番の問題点はソレだということに気づいた。
魔法の威力の高さや種類は一先ず置いておき、まずは同時に二種類以上の魔法を使えなければ話にならない、と。
「……しかしエイト。分かっていると思うが、二種類以上の魔法を使い分ける魔法使い職は、普通に高ランクだからな?」
「分かってる。それは向こうも分かってるんだ。
ただ確かに……、これから先ダイナたちを強化していくにはさ。複数種類の魔法を複数人にかけていくのが一番いい方法なんだよ」
例えば。
それぞれが対峙している敵がいたとして。
ダイナは魔力が足りない。ユッキーさんは筋力が足りない。クリスさんは素早さが足りないとしよう。
そういう状況になった場合、今のままだと一人にしかバフをかけてあげられない。
ダイナに魔力アップをかけてあげて、見事勝利を収めたとしても、他の二人は戦力不十分なままなのだ。
その状況を作らないためにも、俺は複数の魔法を同時に使用する必要がある。
「というか、威力は後からいくらでもついてくるって言うんだよ。
だからこの『複数魔法使用』を覚えるのを優先させたんだ」
「なるほど。そこまでは分かった」
「あぁうん……。まぁ、俺もそこまでは、スムーズに理解できたんだけどね……」
まぁその。
それでいて、こんな会話があったのです。
とても幸せな、そしてある意味地獄のような。
回想に入ります。