11.修行の成果と意味
ダイナと別れて修行を開始して、一週間が経過した。
なんというかとてつもなく早い一週間だったような気がする。……具体的に言うとクラリアさんに会ってから~魔王と戦い終わったくらいくらいの期間である。
……密度の違いが面白過ぎた。
まぁそんなこんなで。
今日は一週間ぶりの修行お休み日である。
示し合わせたわけではないけれど、ダイナの方も今日は自由に行動する日だったらしいので、久々に二人で食事をとっている。
互いの報告会というか……、情報共有の場みたいなものだ。けれどやっぱりダイナといると落ち着くな。実家のような安心感だ。
えっちなおでこがそうさせるのか、巨大な体が安定を感じさせるのかは分からないが、一緒に居るととても安心する。
「というわけでダイナ。久しぶりだな」
完全オフ日ということで、互いにラフなかっこう……なのだが、相変わらず色々とスゴい。
異世界に来てから毎日のように顔を合わせていたから感覚が麻痺していたが、やっぱコイツ、色々とパーツが目立つよな……。
光り輝くおでこは抜きにしても、コイツは乳・尻・太腿の性欲三点セットを露出させるべきではないのだと思う。ムチムチ好きの人からすると、とても目の毒だ。
同じシャツスタイルだというのに、(男女の違いはあるものの)俺との違いがこうも出るか。
「いやこれだと、俺自身が周囲からエロい目で見られたいみたいだな……。そういうことではないんだ……」
「ん? お前はお前で十分エッチな部位がある。安心しろ」
「ううん?」
謎のフォローを受けてしまった。
余計な独り言だったかもしれない。
ともかく。
ここはダイナとは初めて来るところだが、以前俺はクラリアさんに招待(?)されて訪れたことがあったレストランである。
今日もダンディーな通称「ごゆっくりオジサン」は、渋く二ッと笑って二人分のミネラルウォーターを出してくれた。
「うん。久しぶりだ。
お互い外見の変化はないみたいだが、成果はどうだ?」
「まぁ……、ボチボチってところだよ。修行内容が内容なだけに、どうしても申し訳なさのほうが先に立つかな……」
「そうなのか? どういう内容なんだ」
「い、いや、まぁほら、こっちのコトは良いじゃない……!」
そっちこそ、派手にやってるみたいだなと話題を変える。
……うん。俺の修行は良いんだ、俺の修行は。
今は触れないで欲しい。
ダイナはやや首を傾げながらも、「そうだな」と続ける。
「そこまで大したことはしてないさ。
しらみつぶしにE~Cランクのクエストを受けまくり、片っ端から制覇していっている」
「それは十分大したことだ。忘れてるかもしれないけど、俺たちまだEランクなんだからな」
「そうだな。だから行く先々で驚かれるよ」
「だろうな」
「全力で挑んでいるからな。仕方がないとも言える」
言いながらダイナはメニューへ目を落としていた。
……良かった。自分がちゃんと強い――――というか、『Eランクにしては異常なまでの戦闘力を持っている』ということを自覚していてくれて。
分からずに力を振るっていたら、パーティの人らにも嫌な顔をされるだろうからな……。
「意図が……見えないんだよ」
「ん?」
メニューから目を切らず、声だけをこちらへ飛ばすダイナ。
ただその言葉は、ところどころ歯切れが悪い気がした。
「私の修行はとにかく、『様々な経験をする・状況に慣れる』というものだろう?
しかし行く先々のクエストでは、どうあってもこれまでの戦い方で間に合ってしまっているんだ」
「なる……ほど?」
「つまり正直に言うと――――ぬるい」
「ぬるい、か……」
でも確かにそうだ。
E~Cランクと言ったら、魔王に会いに行った道中よりもランクが下がる。
正直、今のダイナであれば。
油断しなければ一人でも楽にこなせてしまうような内容だろう。
「クリスからの紹介のヤツらだから、皆、人当たりは良い。毎回快く受け入れてくれるよ。ただ……、」
「自分のレベルアップにつながっている気は、しないと」
「……あぁ」
彼女は目を逸らしながらもはっきりと首を縦に振った。
ダイナはダイナで、修行に付き合ってもらっている手前、無意味だとは思いたくないのだろう。そうすると、一緒に行動してくれていたパーティの人たちの好意まで、無駄だということになってしまう。
だから、この一週間を無駄だとは思いたくない。
けれど実際は――――
「まぁまぁ、そう思い詰めるのもよくないぜ、お嬢さん」
「『ごゆっくりオジサン』……」
「……オイぼうず、何だその変なあだ名は。
俺にはちゃんと、ジャルダン・ブレッドって名前があんだがなァ?」
「す、すみません……。心の中でずっとそう呼んじゃってて……」
「勘弁してくれよ」
言いながらジャルダンさんは「お嬢さんよ」と渋い声で続ける。
「詳しくは分からないけどよ。もしかしたら、『余裕のある時』じゃないと見えないものがあるのかもしれないぜ?」
「余裕のある時じゃないと……?」
その言葉に俺も同時に首を傾げる。
ジャルダンさんは「そ」と静かに頷いて、顎に手を当てる。
「聞いてる限りだと……お嬢さんは現在、常に余裕で勝利を収めまくっている。それが何の経験にもつながっていない気がすると。そういうことだろう?
ならハナシは単純だ」
言葉を一度区切り、ぴっと人差し指を上げて彼は言う。
「ソレは学んで欲しい内容ではないのさ」
ジャルダンさんの言葉に一度俺たちは息を止め、彼の言葉を確認するように復唱した。
「それは……、」
「学んで欲しい内容では、無い?」
頷いて「ま、推測だけどさ」と付け加えて続ける。
「つまりは、お題を出したヤツの意図は、勝つこととか、余裕をもってクエストを追えるってコトではないってこと」
その言葉に、二人して更に「う~ん」と頭をひねる。
「クリスさんがダイナにさせたいことの、真意……?」
「ふむ……」
ダイナも口に手を当てながら考える。
そして何かを閃いて口にした。
「私らには裏で懸賞金が掛けられていただろう? だから、私が派手に動くことで――――その犯人をあぶりだす、とか……?」
つまり修行自体がフェイクで、ダイナも知らないところで、その行動自体に意味があったというパターン。
俺も最初はソレかなぁと思ったのだが、それが違うことは、実は確認済みなのだ。
「それは違うんだよダイナ。ぜんぜん関係ないところで、俺もダイナの別行動はそれが理由なのかなって思って聞いてみたんだけど、ダイナの修行は、ちゃんとお前のためになるモノらしいんだ」
「そうなのか?」
「うん。これについては後で説明するつもりだった」
まぁこの話は、ロリ十二天魔団についての話と繋がってくるのだ。
今は脱線しそうなので、この話題は出さないでおくけれど。
「むむむ……」
「とりあえずお二人さん。まだ注文決まってなさそうなら、シェフの気まぐれランチにしちまうけどどうだい?」
悩む俺たちに、ジャルダンさんは明るめの口調で言ってくれた。
俺たちがお願いしますと頷くと、お茶目に了解と笑って「ごゆっくり」と奥へと去っていった。
……ううむ、渋過ぎである。
できるオトコってカッコイイ。
「何をもって修行になるのかを見つけるのも、きっと修行のうちなのだろうな……」
俺がジャルダンさんに見惚れていると、ダイナがぽつりとつぶやいた。
確かに。おそらくこの修行は、肉体的・技術的というよりも、精神的な部分な気がする。
「ダイナは……この一週間のクエストでさぁ、本当に一度も苦戦しなかったの?」
「そうだな。しなかったな」
はっきりとした答えが返ってくる。
苦戦しないというのがとても羨ましいが、今はそれは別の問題だ。おいておこう。
「……とりあえず、着地点が見えないねコレ」
「……まぁそうだな」
フー、と、俺たちは同時に一息ついた。
とりあえず、考えるのは後に回そう。
「それでエイト、そちらの報告とは何だ?」
「あぁうん、そうだね。伝えておかなきゃいけないことがあってさ」
料理が一通り運ばれてきたタイミングで、俺はジャルダンさんにお礼を言った後、改めてダイナにこう告げた。
「ロリ十二天魔団について話すよ」
「……そういえばなんか、そんな謎の単語を口にしていたな、クリスは」
うん……。なんかごめんな。
真面目な話をした後にこんなふざけた単語を出すのは忍びなかったが。
悲しいかな。
こいつらこそが、今の俺たちにとって、一番の脅威となる軍団なのだった。