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5.こだわりを口に



 休憩も終わり、俺たちは行動を再開することにした。

 ダイナの表情はどこか晴れやかになっているように思える。まぁ……初めて会って何時間も経っていない人に対して、何を言ってるんだかという感じではあるけれど。


「まぁでも、良かったのか……な?」

「何だ?」

「いや、何でも」


 ダイナの横を歩きながら、俺はそう呟いた。

 現在俺たちは、完全に役割を二分している。


 戦闘は主にダイナの役割。

 正直(エイト)が下手に手出しをしないほうが効率が良い。戦闘が終わったり、途中傷ついたりしたさいに、僕が回復魔法や支援魔法を行ったほうがいい。そんな風にダイナ側から提案があった。


 ……しかしどうも、冒険者的なことを考えるタイミングだと、脳の癖で一人称が『僕』になることが多いな。

 まぁ置いておき。


「戦闘経験は圧倒的にダイナのほうがあるからね。指揮権はそっちに任せるよ」


 俺がダイナを見上げながら言うと、「そうか」と短く返してきた。

 この身長差で下から見上げると、前髪の隙間からおでこが見えそうでめっちゃどきどきする。


「ムラムラすると言ったほうが正しいか」

「聞こえているからな」

「馬鹿な、口に出ていただと」

「ふぅ……。まぁいい。

 こだわり、なんだったか」


 やれやれとため息をつきつつダイナは辺りを警戒し、ぴたと、足を止めた。


「ゴーレムだな……。先ほど蹴散らした数と合わせると、アレを倒せば高成績のランクにかなり近づけるはずだ」

「なるほど……」


 小声で話しつつ、草木の影からターゲットを確認する。

 ゴーレムは全部で三体。

 あの大きくて凶悪な腕はちょっと怖いが、ダイナがいれば心強い。


「今は試験クリアのことを優先で考える。私の戦闘方法は、ナイフと徒手空拳でいくよ」

「勝算はあるの?」

「これまでもそれで勝ってきている。十分だ」


 そう言ってダイナは、大きな手でくしゃりと俺の頭を撫でた。

 ……なんかお父さんみたいだな。安心感というか、どっしりとした安定感がやばい。


「念のため、防御力上昇の魔法をかけてもらって良いか?」

「あぁうん。えっと……『硬質上昇(ハーデン)

 あ、あと……『基礎身体能力上昇(ストロンガー)』」

「助かる」


 先ほどはある意味で初戦闘だったから戸惑ってしまったが、ちゃんと落ち着いていればエイト(冒険者)の知識から呪文を引っ張り出し、どうにか使うことはできるみたいだ。

 こっちの世界の俺が勤勉で助かった……。


「かけさせておいて何だが……、お前、魔力はなかなか高いのか?」

「どうなんだろう? まぁ、そう――――みたいだね?」


 この肉体になる前に、女神サマから色々とレクチャーしてもらってるからな、とは言わないでおいた。

 それにどうやらダイナの言う通り、元々の魔力は高めみたいだった。


「それでは、行くぞ」

「……おう!」


 そう言って俺は杖を握りしめ、

 ダイナと共に、敵へと向かう。


 この異世界に来てから、体感、三時間が経過した。

 俺は。明確に敵意を持って。

 モンスター(てき)を倒すという行いを、開始するのだった。








 拳が炸裂する。

 蹴りが唸りを上げる。

 バン、バンと、単純にして明快な打撃音は、すなわちゴーレムの外皮を悉く破壊していく音だった。


「ナイフすらも使ってねぇ……」


 三体を同時に相手取り、その身にかすり傷の一つも作っていないダイナをみて唖然とする。

 身体能力上昇のパワーアップ魔法(バフ)も相まってか、先ほどのオオカミっぽいモンスターを倒したときよりも動きがキレている。


「こりゃあ、回復魔法も必要ないレベルだなぁ」


 ゴーレムのパンチを左腕で正面から受け止め、右手で強烈な突きを放つ。

 脆くなっていた外皮は瞬く間に粉々になり、はじけ飛ぶ。


「エイト! 頭上の核を狙え!」

「えっ、俺!? え、えーと……」


 攻撃魔法の記憶をあさり、該当項目を引き当てる。


「これで良いのかな……。

 フッ、『業火魔法(フレア)』ッ!」


 俺がそう唱えると、杖の先から自身の頭くらいのサイズの火球が現れ、対象へと飛んでいく。

 良い感じに曲線を描き、ゴーレムの頭部分に命中。どうやら核と言われる部分は破壊できたようだ。


「おぉ……。たお……、倒し……、た」


 俺の心の中でレベルアップの音が聞こえた。

 なんかこう……、一皮むけたって感じがするな、これ!


「というか、初めて攻撃魔法放ってみたけど、俺ってけっこう才能あるんじゃないか? いきなり一体倒せるだなんて――――」


 テンション爆上げで目の前を見ると、俺が感慨に耽っている間に、脇の二体がダイナの蹴りによって地に伏していた。


「ん……? 何か言ったか?」

「……、……」


 フッ……、頭に乗るのは、早かったようだぜ☆


「すごいなぁダイナは……」


 ダイナが格好良く、ぱんぱんと手で埃を払っているのを眺めていたそのときだった。


「そうだよ。すげえのはあの不良女だ。お前じゃあない」

「ッ!?」


 背後で、どす黒い声がした。

 振り返るとそこには……、この試験開始時に俺と一緒にいた、虐めグループたちが立っていた。


 黒い魔法の残滓がわずかに舞う。

 これはどうやら……、気配遮断系の魔法を使っていたっぽいな。


 喉元へと剣を突き付けられ、俺は身動きがとれなくなってしまう。

 それに気づいたダイナがこちらへ近寄ろうとする素振りを見せるが、それを制するように虐めのリーダー格――――カーロは言った。


「おっと、お前とやり合う気はないよデカブツ女。

 将来オーガにでもなるような筋肉しやがって」

「褒められても貴様への嫌悪感は消えんぞ」

「褒めてねぇよ! どんな感性してやがんだ筋肉女ァ!」


 若干ペースを乱されたのか、コホンと咳ばらいをしてカーロは仕切りなおす。


 そして。

 明確に()に対して敵意を向けた。

 まるでさっき、俺がゴーレムの群れに向けたときのように。


「気にくわねぇなぁエイト……。ナニ調子に乗ってんだよ。

 お前は大人しくオレらの雑用でもやってりゃ良いんだよ落ちこぼれがァ……!」

「……っ、」


 記憶で。

 というか、身体の癖で。

 コイツのこういう圧の前では、蛇に睨まれた蛙みたいに動けなくなってしまう。


 泣いて許しを乞うてしまいたい衝動に駆られる。

 いつものように(・・・・・・・)土下座してしまいそうになってしまう。


 ――――こいつらが……。だから……、だから、エイトは……ッ!


 悔しさが。

 怒りが。

 情けなさとが、入り混じった感情が押し寄せてくる。


「謝れ。ここで土下座してオレたちの雑用に戻れば、許してやる」


 カーロの冷え切った言葉に、僕はぎりりと歯を食いしばる。

 後ろで仲間が、何かの球体を構えている。

 何が起こるかは分からないが、おそらくソレが、脅しの道具なのだろう。


「ほら、早くしろよ。

 逃げ(・・)るのは得意だろ? エイトぉ」


 逃げる。

 エイト・ナインフォールドの人生は、いつも逃げと共にあった。

 敵から逃げてしまう。

 立ち向かうことから逃げてしまう。

 それはつまり、諦めると言うことで。


 やりたいことがあったとしても。

 それらを、こだわりを、捨てると言うことだ。


 僕は――――俺は。

 そういうのは、嫌だ。


 エイトだってそうだった。

 俺はそれを踏襲してやれていないけど、冒険者としてのこだわりは持っていた。だからこそ不器用なやつだったんだ。


 それゆえに、どんくさくて、落ちこぼれで。

 だからこんなヤツにまで目をつけられて、虐められて。


 そんなものに、屈したくはない。

 俺は笑って、泣きそうになりながらも、震える声で言い放つ。

 カーロにではなく、この世界に対して。



「嫌だね。

 俺はいつも、こだわり(おでこ)と共にある」



「あ? おで、こ……?」


 ダイナ。

 たぶんこれから面倒に巻き込んじゃうのかもしれないけど、ごめんな。

 何をされるのかは分からないけれど、これが馬鹿なりの生き方みたいだ。


「へぇ……。ならいいよ。死ねよお前」

「カ、カーロさん! 本当にやるんですか!?」

「良いから砕け。さっさとしろッ!」

「は、はいぃっ!」


 脇に立っていたガラの悪そうな男が、持っている球体に力を込めた。

 透明だったソレは、瞬く間にどす黒く変色していき――――パリンと小さな音を立てて砕け散った。


「なに……?」

「あっはっはっはっはっ! それじゃあなエイト! それにそこのデカブツ女!

 コイツに関わったのが運の尽きだよ! 蹂躙されるといいさ!」


 カーロは声高に笑い、森の奥に消えていった。

 同じく脇にいたガラの悪そうな女が何かの呪文を唱えると、忽ち姿を消す。


「気配遮断系の魔法を使い……、この場から退避した……?」


 ということは。

 ココに、何か(・・)が来るのか?


 そう思考した、直後だった。

 ゴォォォッ! という大きな鳴き声と共に、周囲から地鳴りが始まる。

 木々がざわめき、溜まり池は波紋に揺れ、遠くで風車がわなないた。


「何が――――、」


 そうして。

 災厄が、ここに集う。






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