3.クリスエルト・グリム(1)
斧使いと一言でいっても、実は色々と種類がある(らしい)。
あと、斧使いとハンマー使いは、だいたい一緒くたにされて説明されるというのも聞いた。たぶん戦闘スタイルの問題なのだろう。
一つは日曜大工で使うサイズくらいの、金づちやハンマー大の斧を使うもの。
人によっては両手に持ったりもする。短剣とか小刀二刀流みたいなスタイルだ。
剣と違って衝撃重視のため、ヒットさせるのは難しいが、当たれば衝撃は強い……、みたいな感じだったと思う。
もう一つは、けっこう大きめの、いわゆる大槌、大斧を使うもの。
自分の身長の三分の二くらいの長さが基本とされているらしい。ヘッド部分の重さはお好みだそうだが、あまり重すぎると、戦うどころか持ち歩くことすらも困難になるので、あまりにも重すぎるものは択ばないとされている。
「……の、だけれども」
ダイナとにらみ合う彼女を見る。
クリスさん(そう呼んで良いと道中言われた)が持っている斧は、どうあっても俺一人分くらい――――つまり百六十センチくらいのサイズがある。更に、刃部分であるヘッドもかなり重そうだ。
片側にしか刃はついていないものの、横薙ぎをまともに受けただけですりつぶされてしまいそうな重量感が見て取れる。
総合すると。
どうあっても、普通ではない。
しかもそれを日々持ち歩いているのだ。
クリスさんは見た目以上に、身体の中身に筋肉が詰まっているのかもしれない。
「それにしても……、」
二人とも、だいぶセクシーである。
クリスさんは前述のとおりシャツとホットパンツを着ているが、まくったりしばったりしているため、胸元、腹部、腕部と脚部の八割が見えている。白く健康的な肌がまぶしい。
「髪型で例えるならば、前髪をすいたことでおでこがちらちら見えている……と言ったところか」
意図していない、ところどころに見える無頓着さが織りなすセクシーさ。
うむ、大人の色気といったところですね。
対峙するダイナは、クリスさんとは逆。肌自体はそこまで出ていない。
が、ノースリーブの黒スーツは、力強いまでの爆乳は包み込んでいるものの、重みと丸みが伝わってくるくらいにはぴっちりしている。
下半身部分も、膝上までの黒スパッツみたいなもので覆われてはいるが、逞しい尻や股下のラインが見て取れてしまう。
「髪型で例えるならば、王道を貫くオールバック……といったところだな」
鍛えているわが身体に恥じるところなどない。
見るなら見ろと言わんばかりの力強さですね。
「ふむ……」
総評としては。
二人とも、ボディライン出しすぎ。
自身がある故のかっこうなのだろうが、なんだかだいぶセクシーすぎる絵面だった。
ただそんな呑気なことを言っている場合では無い。
両者の距離は三メートルほど離れてはいるものの……、俺がスタートの合図を言うまでもなく、すでに互いに襲い掛かりそうなくらいには、闘気が駄々洩れである。
クリスさんは、クール・冷静っぽいんだけどなぁ。正直、挑発に乗ってきたのが意外だった。
「おいガキ」
「エイト、まだか?」
「は、はぃぃっ!」
闘気を通り越して殺気が飛んでくる。
……えぇい、もうどうにでもなれ!
「せめて無事でいてくださいよ、二人とも! ……はじめっ!」
合図と同時に、まずはダイナが駆ける。
弓使いと斧使い。
本来ならば距離を取れる弓使いが圧倒的に有利なはずだが、その弓使いの方が距離を詰めるという異常な光景だ。
「聞いてた通りか……」
ぼそりとつぶやき、クリスさんは地面に刺していた大斧に手をかける。そして、
ごるん
と、大地ごと抉るような威力と速度で、斧が振り回された。
「クッ……!」
「遅いんだよ」
横薙ぎの一閃。
驚くことにクリスさんは、俺の身長ほどもある大斧を、一瞬の一薙ぎとはいえ、左手だけで振って見せたのだ。
「しかも……、速い……!」
ダイナが緊急回避しなければ、動体ごと切断されていただろう。
それはつまり……攻撃速度だけならユッキーさんよりも速い可能性があるということだ。
「そんな……、あり得ない」
ダイナの一番の武器は、実はあの筋肉量からくる力強さでも、打たれ強さ、ましてや弓の腕では決してない。
彼女の一番の武器……もとい、異常性は。
その、回避速度だ。
俺とダイナの戦闘スタイルは、似ているようで違う。
互いに『回避』というものに長けているけれど、その内訳――――そもそも根本の考え方が違うのである。
俺の回避は、予測と身体に染みついた動きによる、『回避することを前提とした』動きだ。だから、攻撃に転ずることなど一切考えていない。
逃げて逃げて、生き延びるためのスタイルだ。
いっぽうダイナの『回避』は、攻撃につなげるための、一時的な避け動作。
つまり経験則からくる回避行動ではなく、その場その場のひらめきだ。
敵がどんな行動をしてくるのかが分からない状態でも、コンマ一秒で判断をし、そしてその判断に身体のスピードもついてくる。
遠くへ逃げるのではなく、回避してその場に戻る・もしくは居続ける、ボクサーのようなスタイルに近い。
それがあるからこその、『近接弓』スタイル。
その超人的な肉体と反応速度があるからこそ成立する、奇跡のような戦闘方法と言っても過言ではない。
――――だから。
彼女のその超人的なスピードをもってしても、ギリギリでしか回避できない横薙ぎというのは、あり得ない。
ユッキーさんどころじゃないぞ、これ。
もしかしたら、あの魔王の攻撃速度に近いレベルなんじゃ……!
「まだだ……!」
「ほう」
ダイナが態勢を整え、更なる突貫を試みる。
それに応えるかのように、今度は両手で斧を持つクリスさん。
荒野の乾いた大地が蹴られ、
多様なステップを織り交ぜつつ、蛇行しながらも距離を詰めようとするダイナ。それを迎え撃つため、一閃の構えのまま待ち受けるクリスさん。
土埃が舞うと同時、場の緊張感も一気に高まっていく。
戦闘が始まってまだ間もないのにも関わらず、すでに最終局面のような張りつめ方だった。
「はぁ――――ッ!」
「――――ッ、」
旋回し、曲がりくねる軌道は。次第にルートを確定していき、――――点と点は今、交錯する。
近づけば勝ち。
打ち落とせば勝ち。
互いが互いの勝利条件を掲げ、熱量が高まっていく――――のは、一先ずおいておき。
注目したいのはそこではない!
「なんて……、えっちなおでこたちなんだ……!」
「………………あ?」
「あ、しまった」
ついぞ、欲望を口にする。
俺の言葉に一瞬だけ、クリスさんの息が漏れた気がした。
「だって仕方ないじゃん……!」
ダイナはボウズ(正確にはバズカット)なので言わずもがな。おでこのカーブを汗がつたい、丸みの情報が伝わってくる。
クリスさんのアシメヘアーも、別に固定されているわけではない。
土埃が舞うというコトは風が怒っているというコトで。それはつまり、無防備な前髪を跳ね上げることと同義である。
彼女の傷一つない、白くクールなおでこは、神聖なる教会をイメージさせる神々しさだった。
「ナニモノにも触れられない聖域――――、秘匿されたエロスがそこにあるっ!」
「な、何……を、」
怪訝そうな顔でこちらを見る彼女の背後へ、金髪ボウズの巨体が迫る。
「なっ……、チッ……!」
「遅い」
同じ言葉を返すあたりが、ダイナの負けず嫌いを示している。
本能的に出てしまった俺の言葉で動揺させてしまったのは申し訳ないけれど、これはどうやらダイナの勝利で決着しそう――――
「『第一伐印・解除』」
ダイナがクリスさんへと近づき、弓を番えた……瞬間だった。
彼女の身体が。
消える。
「ダイナ――――、」
そこからは早すぎて、言葉を投げている暇はない。
俯瞰で見ていた俺だけが、かろうじて状況を把握することが出来た。
消えたと思ったクリスさんは、瞬間的にダイナの視界外へと飛び上がっていた。そして、それを彼女が認識するよりも早く、白い腕が彼女の頭部へと伸びる。
「ッ!?」
「だから言ったろう……。遅い」
その言葉は、コトが全て終わった後に交わされた。
クリスさんはダイナの巨体を、上から完全に組み伏せていた。
純粋なスピードとパワーだけではない『何か』を、俺はそのとき確かに感じたけれど……、詳細は分からない。
けれど、土埃が収束していくと同時。
ここに勝敗は、決した。
「約束どおり、修行をつける。各々、心構えと準備をしておけ」
クリスさんはそう言って、煙草に火をつけながらその場を静かに去っていった。
仰向けにごろりと寝転がるダイナへと、俺は慌てて駆け寄る。
「ダイナ……ッ! だ、大丈夫か!?」
「エイトか……。あぁ、完敗だ。まだまだ強いヤツがいるな、世界には」
「何で嬉しそうなんだよ。マゾかお前は!」
「ん? たぶんそうだと思うが」
「赤裸々すぎる!」
ともかく。
「……意地を張っていても仕方が無いだろう。『でこバフ』が無くても、一線級の奴らと戦えるようになる。今、それを目標にすることにしたよ」
「ダイナ……」
「お前と離れるのは寂しいがな」
そう言って彼女は状態を起こし、無造作に俺にキスをした。
……お前、タイミングが男らしすぎるんだが。
そしてかなり砂の味がする。唇にもすげえついてるからな。
「明日からは別行動だ。だから今夜は存分に、おでこすると良い」
「やめろ。そんなおでこビッチみたいな言い方をするんじゃないダイナ!
俺が言うのもなんだけど、おでこの安売りは良くないぞ」
「何を言う? 私がおでこしてほしいんだから、仕方ないだろう。
放置おでことか縛りおでことかでも……イイんだぞ?」
「そ、そんな過激なコトできるわけないだろ! まったく、変なこと勉強して!」
「――――オイちょっと一回黙れそこの変態共」
……あ。
俺とダイナがわちゃわちゃ話していると、クールに一回去ったであろうクリスさんが、背後に立ってストップをかけてきた。
「ど、どうも……?」
「どうもじゃない。お前らさっさと立ち上がって街に戻れ。人目が無いとはいえ、何をこんなところで、謎のプレイ内容を大声で話しているんだ」
腕組みをして彼女は俺たちを見下ろし、ため息をついた。
「……興がそがれた。色々と説明してやるから、さっさとついてこい」
「「はいー」」
「調子狂うなオイ……」
俺らの返事を聞くと、今度こそクールに去っていくクリスさん。
ダイナの身体を起こし、共に後姿を追った。
「そういえば……、『ローグズ・ネスト』だったなぁ」
荒くれ者の集団ではあるものの。
なんだかんだ、身内には優しいのである。