4.アーチャースタイル、前途多難
「――――というように、私の弓矢は魔法で編み出すタイプのものだ。生成自体は魔力と体力もほとんど使わないので、残弾の心配はあまりしなくていいという優れもの。ただ、威力は普通の弓矢よりは劣ってしまうのが玉に瑕だな」
「あ、あぁ……、ソウデスカ」
何だかんだあったけれども。
今の狼三匹を倒したことで、訓練クリアのノルマに近づけたということもあり、俺たちは一旦休憩をとることにした。
ダイナと俺は手ごろな岩に腰掛け、水を飲みつつ話をする。
木々の合間から吹く風が、気持ちとは裏腹に気持ちが良い。
さてそれで。
現在、彼女の戦闘スタイルについての説明を受けているところなのだが……。
「俺が聞きたいことはそこではなくてですね……」
「あぁ、短剣捌きのことか。コレは昔とった杵柄というやつだな。割とコツを掴めば、お前くらいの筋力でも楽に扱えるから便利だぞ」
「お前、分かっててはぐらかしてるだろ」
淡々……というか、いけしゃあしゃあとテンションを変えず語るダイナに、俺はストップをかける。
コイツ……、ともすれば、さっきの状況を何の説明も無しにスルーするつもりなのか!?
「どういうことなんださっきのは?」
「ん? 弓のことか」
ホントに分かってなかったのかよ。
俺はコホンと一息ついて、仕切りなおす。
「いや……、俺だって強いわけじゃないから、別にダイナが強かろうが弱かろうが文句は言わないんだけどさ。
けど、さっきのは、ありゃあどういうコトなんだよ」
「……」
「なんかその……、めっちゃ、『弓を使うこと』にこだわってたみたいだけど……」
「……、……」
あ、たぶん触れちゃいけない部類の話だったっぽい。
不愛想に見えて意外と受け答えはハッキリ返ってくるから、ついつい踏み込みすぎてしまった。
「ごめん、ダイナ。言いたくないなら大丈夫だ」
「……いや、良いんだ」
そう言ってダイナは、大きな手のひらをこちらへ向けて軽く謝る。
そして静かにその手を降ろして、真っすぐにこちらを見据えた。
「パーティを組むと言ったのは私だ。なら、話しておかないとな」
「ダイナ……」
そこには力強い意思が込められていた。
ダイナは、「どこから話すかな」と顎に手をあて考える。
そして「まず、」と口にした。
「一番最初。お前を助けられたのは偶然だった」
「マジか」
「あぁ。うまくいって良かった」
俺がいじめっ子らから逃げ出して、そのあとゴーレムに襲われたときのことを思い出す。
ダイナ・グランバルドとの出会いのシーンだ。
流星のようなダイナの魔法矢が飛んできて、俺に襲い来るゴーレムを粉砕したのだが……。
なるほど確かに。先ほどの戦闘と照らし合わせてみると、奇跡的な結果としか言いようがない。
「矢が命中したという事実に、感動すら覚えたものだ」
「え、初めてだったの!?」
「そうだな。まぁお前に当たらないようにとは思っていたのだが」
まさか九死に一生を得ていたとは……。
颯爽と現れたヒーローみたいに思えていたのだが、内訳はちょっと違っていたみたいである。
「えっと……、なら、理由のほうに行っても良いか?」
「理由か」
「あぁ」
ダイナが、めちゃくちゃ弓の扱いが上手くないというのは分かった。
自他ともに認めるダメダメっぷり。……なのだが、それでも彼女は、弓を使いたがっているように思える。
「どうしてそこまで、弓を使うことにこだわってるんだ?」
俺の質問に、ダイナは少しだけ歯切れ悪く答えた。
「一族全員、弓術師の家系なんだ。
だから……、私もそうありたい」
言ってダイナは目を細める。
成程……。代々弓を扱ってきた、冒険者の家系だった、と。
「だが、どうしても当たらないんだ。私の弓は」
エイトの記憶を思い返してみると……、ダイナはどうやらこれまでの実技試験のときも、きちんと高位の成績を納めているみたいで。
けれど使った武器は、剣とか斧とか……。つまり、前衛職のものだけみたいだ。
「なるほどなぁ……」
腕を組んで「う~ん」と考える。
「目が悪いとか?」
「両目ともに、判定はA+だ。魔法も使ってはいない」
「そいつは凄い」
体の記憶・知識を辿ってみると、一般兵士や冒険者は、DからCランクあれば十分という知識が出てきた。
つまりA+っていうのは、めちゃくちゃ驚異的な評価だ。例えが出てこないのが申し訳ないけれど。
ちなみに俺のランクはEだったみたいだ。
視力は悪くないみたいだけど、動体視力とか、それ以外の判定が悪かったみたいだな。
俺がそんな風に情報を整理していると、ぽつりとダイナがこぼす。
「おそらくは、センスなのだと思う」
「センス?」
ダイナの言葉に俺が首をひねると、静かに彼女は続けた。
「お前も分かるだろう? 努力ではどうにも埋まらない部分があるということが」
「…………えっと」
すまん、俺はそこまで死に物狂いで努力したことが無い人間だから、全然分かってやれん。……とは、流石に言わないけれど。
ただ、俺の申し訳ない気持ちは置いておき。
向いてないことでも、諦めずに努力できるというのは、めちゃくちゃ凄いことだというのは分かる。
ただ……、だからこそ彼女は。
限界に、センスという壁に、ぶち当たっているということなのだろう。
「単純な身体能力は凄い高そう……、というか、実際相当高いと思うんだけど」
「そうか」
「そうだろ。だってさっきの近接武器を使った動き、かなりレベル高かったよな」
単純に『強い』というだけでは無かった。
武器の扱いも慣れが見えたし、身体能力からくる力強さも見て取れた。徒手空拳の格闘だけでも、十分強そうだ。
スピードもあったし頭の回転も速そうだから、回避能力にも長けてるんじゃないかな?
「先ほども話したが、家族は全員弓使い。特に妹が、弓の天才でね」
「へぇ。妹がいるのか」
「あぁ。三つ下だが、もう既にプロの冒険者としてやっている」
「そいつはすごい」
「そうだな。…………自慢の妹だ」
そう言うダイナからは、やはりどこか静かな圧を感じた。
羨んでいる……というワケではなさそうだけれど。
一族(?)で、年下に抜かされているわけだからなぁ。引け目のようなものなのかな?
「妹の弓の練習に付き合うため、私は近接武器を扱っていた時期があった。
そのときに私は、近接職の『距離と思考』に、慣れてしまったんだと思う」
「へぇ……? え、っと……」
正直その感覚が『知識』としてしかない俺には、いまいちピンとこなかった。ただ、ぼんやりと言いたいことは分かる……気がする。
「ダイナの中でそのときに……、近接職の才能が開花しちゃったって解釈で良いか……?」
「そんなところだ。
今でも、自分が弓を構えて後ろにいることに、とても違和感を覚えてならないんだ」
「ふむ……」
なるほど。
おそらくそれはもう、戦闘スタイルがどうとかよりも以前の話。
戦う者としてどうありたいか。そこの根幹部分の問題だ。
たぶんダイナは、矢面に立って戦う方が『性に合っている』んだろう。
クールなように見えて、けっこう血気盛んっぽいからな……。あんまり表には出ないけれど、静かな闘志が溢れてるというか。
「このヘリオス学園に入ってから、私はようやく弓という武器を扱い出した。
それまでも独学で色々やってはいたが……、一番身近に居たのが天才の妹だったからな。参考にはならなかった」
「なるほど……。
それにそれを参考にしてたら、余計に感覚がおかしくなりそうだ」
「そうだな」
強者の理論というかなんというか。
「私は『的に当てるにはどうすればいいか』で悩んでいるのに対し、妹は『どう的に当てれば効果的か』で悩んでいるからな。
的には『当たる』ことが前提で話が進むんだ。そも、参考にはならない」
「お疲れ様だな……」
「近接武器なら……、大丈夫なのになぁ……」
色々なものを吐き出したからか、ダイナは大きな身体をややすぼめて、目を細めていた。
ちょっとカワイイと思ってしまったのは内緒だ。
俺は今のうちに、エイトの覚えている限りのダイナの記憶を思い出し、情報を整理する。
記憶の中の彼女は。
常に好成績を修めてきた彼女ではあるものの、いつも不機嫌そうというか、近寄りがたい空気を纏っていた。
それは殺気にも思えたし、敵意にも思えた。
だから周囲は、彼女のことを一匹狼系のヤンキー(こっちの世界にこの単語があるのかは分からないが)のような扱いをし、パーティを組もうとしたりせず……というか、そもそも近寄ろうとしなかったということか。
――――なるほど。これが周囲からの、ダイナ・グランバルドへの評みたいだ。
「えっと、それじゃあ……。今までの試験で、好成績を残していたのにもかかわらず。不機嫌そうというか、仏頂面だったのは……」
「本当にやりたいことではないから、だな」
「なるほどなぁ。それは嫌にもなる」
再び記憶をたどってみると……、これも合点がいく。
試験結果を思い返してみても、模擬クエストでも対人戦でも、彼女が使用していたのは近接武器だけだ。
ただ、仕方のないことだとも言える。
何せ、試験に受かり、一つ一つのランクを上げていかないことには、よりよいカリキュラムを受けられなくなるのだから。
ダイナの弓の腕前では……、最悪、退学もありえたかもしれない。その、ゴーレムのときみたいな、マグレの一発を連発でもしない限りは。
「まぁ僕も、人の心配できるほどの成績では無いっぽいんだけどね……」
俺が頭の中で情報を整理していると、ダイナはいつの間にやら立ち上がっていて。
凍てついた瞳で、僕の方を見ていた。
「どうせお前も、無理だと言うのだろう?」
「え……?」
「こだわりなど馬鹿馬鹿しいと、そう思ったんじゃないのか?」
ダイナのその言葉は。
どこか悔しそうでもあり。
どこか、駄々をこねているみたいでもあった。
その言葉の裏にある感情は、俺には分からない。
努力をあまりしてこなかった人間だし、そもそもこの世界の価値観も良く分かっていないから。
けれど。それが『こだわり』だという部分なのであれば。
俺だって理解は出来る。
「いや、別に。諦めずに頑張れば良いんじゃないかなぁ」
「……何?」
「俺も『こだわり』……っつーか、性癖なんだけど、変な部分あるっぽいからさ。
なんとなくわかるよ」
非常に遺憾ではありますが、どうやらおでこ好きってあんまり市民権を得られていないみたいだからな。
冒険者としての『こだわり』は早々に捨て去った僕ではあるが、性癖への『こだわり』に固執する気持ちは分かる。
「好きなモノや好きなコトに、嘘はつけないよな」
そう言って俺は笑う。
……いや、何笑ってんねんっていうツッコミは置いておいてください。
でもそいつが好きなことなのだ。こだわりたいと、熱をもって言えることなのだ。
捨てようと思っても捨てられないなら、捨てるという選択肢の方が間違っていると思う。その、人さまに迷惑をかけないのであれば、だけれど。
俺の言葉に彼女は、何かの言葉を飲み込んだようにして俯く。
けれど再び顔を上げ、こちらを睨む。
――――あ、いや、単純に見てきただけだった。
ただ、それくらいに、力のこもった眼差しだ。
熱が入っているのが、分かる。
「お前は、それで良いと言ってくれるのか」
「え、何で……? だってやりたいんでしょ?」
「そう、だが……」
「そもそもさ。才能ないと目指しちゃいけないなら、大半のやつはこの学園にいちゃだめってことにならないか?」
「……、」
……何だろうか。
なんか俺、間違ったことを言ってしまったんだろうか。
もしかしたら、この世界での冒険者って、何かしらの才能を持ってるヤツしか目指したりしないものなのか!? そうでなければ、そもそも学園に入れないとか?
仮にそうだったとしたら、あまりにも的外れな意見を言ってしまったことになるな……。
そもそも前提として、冒険者という『仕事へのこだわり』と、『性癖へのこだわり』を一緒くたに考えたことのほうが間違っていたのかもしれない。
そんな俺の心配をよそに、ダイナは「フフ」と笑った。
「そうかそうか……。そうだったか……。クックック……!
才能が無くても、良いのか……! あっはっはっは!」
「ダイナ、声がでかい……! モンスターが! モンスターが集まっちまう!」
俺は静かにしろというジェスチャーをとりつつダイナに言う。
けれど彼女は、その大きな手をポンと俺の頭の上に置いて。
「大丈夫だろ。この、才能のない私が、お前くらい守ってやるさ」
とても格好良く、笑って言った。
どこか吹っ切れたような顔つきの彼女を見ていると、何だか俺まで嬉しくなってしまった。