3.ダイナ・グランバルドとクエスト
彼女と俺の身長差。
まぁ四十センチの差とは言ってはみたものの、大人も子供も冒険者をしているこの世界において、実はそこまで珍しくもないのではないかと我に返ってみる。
こっちの身体の記憶を覗き見るに……、たぶん俺より小さい男も女もいるみたいだし。先生の中にも二メートルを超える男性もいるみたいだ。
ただまぁ……。
それはそれとして。
大きいものは大きい。
もう一度言うが、四十センチ差。
俺の身体が小柄すぎるのもあるが、ダイナもでかすぎる。質量差だけでいえば、本当に二倍くらいあるんじゃないかという体格差だ。
傍からどう見えるかは一旦置いておいて、当事者になってみればまた考えは違ってくる。
「そこまで気にしなくても良いんじゃないか」
とは、ダイナの言。
彼女は彼女で、自分の大きさというものを気にしていないようだった。
身長の大きい人は、『邪魔にならないようにしよう』という考えからなのか、態度が小さくなってしまったり大人しくなってしまったりするという話を聞いたことがあるけれど……、ダイナはそういうタイプではなさそうだ。
「身体は大丈夫そうだな。行きながら話すぞ」
「そうだな」
言って彼女と俺は、改めて体制を整えた。
「荷物は……」
「これくらいなら誤差だ」
彼女は弓を持っていない方の手で、俺と自分の荷物を持ち上げる。
どさっと肩にかけると、服の上からでも分かる筋肉のボコボコが、嫌でも目についた。
「というかダイナも、わりと軽装なタイプだよね」
「そうだな」
いわゆるフルプレートと言われる、全身を鉄の鎧で覆っているタイプではない。
防御力よりも、動きやすさを優先しているのだろう。
「ちなみに俺は、それを着て動く筋力がありませんでした……」
「見ればわかる」
ダイナはおそらく、そういった重装備をしていても問題なく動けそうではある。
が、それよりも身軽さを優先しているってことか。もしくは、防御力を必要としていないか、か。
「しかし、やけにじろじろ見るな」
「え、あぁ、ごめん」
「別に構わんが」
いけない。『冒険者の装備』というものがつい珍しくて、つい相手が女性だということを忘れてしまっていた。
下手したらセクハラだ。せっかくパーティを組んでもらえたのだから、嫌われないようにしないと。
「初めて見るわけでは無いだろう?」
「あぁうん……、勿論。ただその~……、改めての、確認というか」
エイト側の知識を総動員しつつ、改めて俺は戦力理解のためにも、ダイナと自分の装備を見比べつつ確認していった。
ダイナは、いわゆる軽鎧に分類されるパーツを、ところどころにまとっている。
完全に装備をしてしまうと動きにくいからとのことで、関節部分や熱のこもりやすい部分などはあえて薄くしているみたいで。そのためワイルドで健康的な浅黒い肌が露出している部分もあった。
「おなかとか冷えないの? ……って、」
しまった! 俺のアホ!
ついさっきセクハラになるかもしれないと思ったばかりだろうに!
「あ、いや、その! 今のは……!」
「これくらいなら大丈夫だ。鍛えている」
すりすりと割れた腹筋に指を這わせて彼女は言う。
健康的な筋肉が若干呼応していた。
「えっと……?」
「何だ? お前が聞いたんだろう?」
「そ、そうなんだけ、ど……」
よ……、良かった。
どうやら事案は免れたようだった。
俺の心配をよそに、ダイナは「そろそろか」と、やや弓に視線を落とす。
とりあえず、装備についての確認は一旦置いておこう。
「って、あれ? そういえば弓は持ってるけど、矢の方は持って無いんだ?」
先ほどダイナが放った弓矢。
いつの間にか消滅していたけれども。
弓兵といえば、放つための矢を担いでいるようなものだと思ったのだ。……が、見たところそういったものは持っておらず、左手に持つ弓本体だけだ。
「私の弓術スタイルは、魔法矢生成タイプだからな」
「生成……」
「こういう風に――――なッ!」
ダイナは言うと同時。
今まで空だった右手にいつの間にか魔法矢と思われる物を持っていて、俺の視界がコマ遅れになったのかと思うくらいの速度で射出を完了していた。
フォン、と、一陣の風が巻き起こり、草木がガサガサッと揺れ動く。
「敵襲だったからな」
「す、すごい……! 今の一瞬で仕留めたのか!?」
これは……凄いものを見た。目にもとまらぬ速度だった。
俺が言葉を言い終えるくらいのあの一瞬で、弓矢の生成(たぶん魔法で作ったのかな?)と射構えと発射をほぼ同時に行い、敵に命中させたのだ。
彼女はもしかしたら、とんでもない技術の持ち主――――
「グォォォッ!!」
「あ、あれ?」
「ふぅ……、だめか」
ダイナの弓矢が消えていった方向の、草木の奥より。まったく無傷の獣人っぽい狼が三頭顔を出す。
え? え!? 何? どういうカンジのやつだコレ?
「ダイナ? た、倒したんじゃないのか!?」
「私の弓は全然当たらないんだ」
「マジでか!? ここ、めっちゃかっこよく敵を倒して能力の説明をするパートじゃないのかよ!?」
「さぁな」
うーんと余裕でいるダイナの元に、三匹の狼ヘッドが襲い来る。
ダイナの元にっていうか……、それはつまり俺の元にってことでもあるんだけど……ッ!!
「うわああああ! 来る! 来るってダイナ!」
「フッ!!」
ダイナはその弓から、五つの弓を生成し射出していた。
やはりとんでもない射出速度だったが、全部ハズレ。
……というか、逆にすげえよ。
距離は既に五メートルほど。やつらの速力なら、あと五秒もあればこちらに攻撃が当たるだろう。
「ふ!」
変わらず五射。が、それでも当たらない。相手は三匹固まってるのに。
器用なのか不器用なのか、三匹の合間を綺麗に抜けていくとんでもない威力の魔法矢。当たれば一撃必殺なんだろうけど、かすりもしていない。
「むぅ、当たらんか」
「そんな悠長な……」
ダイナはこの状況でも訝し気な表情をして、のんきなことを言っている。
「ゴアッ!」
「――――ッ!」
三匹の狂爪が振りかぶられる。大きな口を開き、完全に捕食体制だ。ダイナのほうが大きいとはいえ、あの爪と牙にかかればひとたまりも無いだろう。
「はぁ……、仕方ない」
「え?」
「フンッ!」
残念そうにつぶやくと、ダイナはいつの間にやら左手につがえていた弓を捨てていて、その代わりに、両手に鋭い短剣のようなものを持っていた。
そして素早く、斬撃。
斬撃、斬撃、斬撃。
俺の目で見えたのが三発。けれど傷口はもっと多そうだった。
「むん!」
「グアォッ!?」
そして最後に、獣人狼の腹部にボディーブローを叩き込んだ。
残りの二匹に対しても、前蹴り、ローキックと、徒手空拳とナイフを駆使して戦っていく。
そして傷だらけの三匹が、ふらふらと中央に集まった。
「離れていろ、エイト」
「あっ――――」
ダイナはこちらへと戻って来て、最初と同じように弓を構える。
すでにその手には大きな魔力を内包した矢がつがえられていて。
「終わりだ」
それを五メートルの距離から、思いっきりぶっ放した。
「ハァッ!」
放たれた魔法矢はとんでもない速度と威力をもって、三匹の方向へと着弾する。
「終了だ」
轟音いななく爆発を背にし、くるりと格好良く、ニヒルにこちらを振り向くダイナ。
えぇ……、これが彼女の戦闘スタイル――――
「ゴァァッ……、」
「って、当たってねぇ――――ーッ!!!!」
狼さんたち生きてる! ずっと傷だらけのまま、よろよろしながら生きてるんですけど!?
つーかさっきの魔法矢、だいぶ離れたところに着弾してませんか!? この距離で……っつーか、今のシーンと雰囲気で、トドメ差し損なうとかどういうことだよ!?
「フンッっ!!」
振り返ったポーズで残身をとっていた彼女だったが、まるで瞬間移動のような速さで三匹に蹴りを叩き込む。
「黙って消えろォッ!」
「り、理不尽ンーーッ!」
可哀そうな狼さんたちは、こうして一度もその身に必殺の弓矢を受けることなく、消滅した。
お前……、ちょっとどういうことだ。
今度はこっちが説明をしてもらいたい番だった。