13.三角関係・1
そういえば昨日のクエストはどうなったのだろう。
そんなことが気になったのは、遅めの昼食をとった後のことだった。
「ハーレム騒動でばたばたしていて、すっかり頭から抜け落ちてたな……」
衝撃に対しては衝撃による上書き。
うむ、恐ろしきはおでこなり。
というわけで|訳を知っているであろう人の元へ俺は向かうことにした。
向かう先は、彼女の行きつけの食事処。
まだ部屋を出ていなかったダイナも誘い、二人で向かうことにした。
基本的にこのギルドは、朝~昼までは全員自由時間で、食べるものや店選びなどもバラバラになることが多い。
ただこの街に根を下ろす以上、ある程度の行動範囲は把握しておくと、そういう暗黙の了解になっているみたいで、俺もそれを聞かされていた(今会った事あるメンバーの分だけだけど)。
「あぁそれなら、クラちんが報告してくれてるハズだよん」
そうして合流して、席を共にし、食べ終わる。
食後のミルクを飲みながら彼女は答えてくれた。
ちなみにダイナは「ちょっと装備を見てくる」と言って先に店を出ているので、テーブルには俺と二人きりだ。アイツ成人男性の一食分を、ものの一分で食べ終えるからなぁ。
ちなみに二人とも|(俺もだけど)、今日はクエストではないので普段着だ。
そしてこの二人、服のセンスもけっこう真逆で。
ダイナがめちゃくちゃラフなシャツ(チュニック?)とフュゾー(ぴったりしたズボンみたいなもの)なのに対し、ユッキーさんはかなりお洒落だ。
ゆったりめなチュニックは派手過ぎず地味過ぎず。それでいてお洒落さもある。そしてそれを邪魔しない、シンプルで動きやすそうなキュロットパンツを履いている。
アクセント程度にバングルや小物を散りばめていて……、何だかダイナとの女子力の差を感じる。全体的に華美になりすぎない、バランスが取れたお洒落センスだった。
「二人はお洒落に興味なさすぎ~。
今度二人まとめて面倒みるから、一緒に強制買い物地獄ね☆」
「地獄なのは確定なんですね……。
でもまぁ分かりました。お金が安定して入るようになったら、よろしくお願いします」
で、そのお金の回収の件でござる。
昨日の報酬はどうなったのだろうか。勿論事の顛末も気になるけれど。
俺がそう質問すると、ユッキーさんは「そーそー、その話だった」と話題を戻す。
「昨日エイちんが起きて来なかったからさ~。
夜に、アタシも一応報告に行っといたんだよ」
聞くところによると。
昨日俺たちが向かったB+ランクのエリア、パガラの森でのクエスト内容は、クエスト斡旋所のリサーチ不足であったことが判明したらしい。
異常なオーガが発生したという内容であるにも関わらず、その実態は更にランクの高いミノタウロスであったりとか、更に言えば異常性の危険度ももっと上だとか、ツッコミどころがかなり発覚。
慌てて俺たちの救助に向かわせたのが――――たまたま通りかかった、勇者クラリアさんだったのだとか。
「B+ランクだと思ってたけど、蓋を開けてみたらびっくり、A+ランクの事案だったワケよ」
「そんな高ランクだったんですか」
「というか、向こうのリサーチ不足だったらしいからネ。
状況を説明したら、A+ランク相当のクエスト内容だって判断されたよ」
相当焦ってたよ~とユッキーさんは気楽に笑う。
「まぁ……、ランクだけ見たら俺たちって、Bランク組織の団員なんですもんねぇ」
「だね~。フツーだったら全滅してるネぇ。仲介ギルドのその子、めっちゃ謝ってたよ~。リサーチしたの自体は、その子じゃないんだろうけどサ」
もちろん許しといたけど。と軽い調子で言うユッキーさん。
俺も別に……怒ったりはしてないけどな。
「謝礼金ももらったし」
「そこですか」
まぁでも、先立つ物は必要ですよね。
「クラちんが先に報告してくれてたのが決め手になったっぽいネ。
たぶんその証言と合致したのと……、一応アタシも証拠品として、ミノタウロスから角のカケラを回収しといたからさ」
「そうだったんですね」
「ま、備えあればってヤツ? わりとしっかりしてるのが強みの、サユキお姉さんなのサ♪」
満足そうに、ふふんと立派な胸を張る。
やっぱ冒険者歴長い人は、しっかりしてるというか抜け目ないというか。
イレギュラーが起こったときでもきちんと対処が出来る。とても頼もしい。
「そんなワケで臨時収入も入ったことだし、少しだけ豪勢にパーッとやれちゃったりもするけど――――お?」
足をぶらぶらさせながら明るく言うユッキーさんだったが、途中で言葉を止め、店の外を見る。
そこには、丁度今話題に挙がっていたクラリアさんの姿があった。
彼女は俺たちとは違い……昨日と同じ、冒険へと赴く格好だ。
もしかしたら彼女には、オフの日なんて存在しないのかも――――なんて、ちょっと怖いことを考えてしまう。
「めっちゃ……、目立ってますね……」
「そりゃぁ、勇者だしねぇ」
それでもみなが遠巻きに見ているのは、彼女がとてつもなく近づきがたい空気を出しているからだろう。
超わかる。
気品はあるけど、どことなく攻撃的だもんね、あの人。
ちやほやしてたら逆に噛みつかれそうな、悪態をつかれそうな、そんな気配を持っている。
俺がぼんやりとその様子を眺めていると、窓越しに、はたと目が合った。
隣ではユッキーさんもひらひらと手を振っている。……え、もしかして、この席に呼んでる? そんなことする?
「えっと……、実は勇者さんと仲いいとかって……あります?」
「いや? 今はビミョ~じゃない?」
「じゃあなんで呼ぶんですか!?」
「え~? だって、話したいことあるのは事実だし」
「強メンタルすぎる……」
そう呟いたと同時だった。
カランカラン。
すたすた。すとん。
「そしてホントに来たよ……」
「何よサユキ。話でもあるの?」
「やほやほ。とりあえず何か頼みなよ。おごるよ♪」
そんなわけで、何故か二日続けて勇者とからむことになった俺だった。
というか席配置的に……、クラリアさんは俺の隣に座っているので、なんだか俺とクラリアさんが同じ陣営みたいに見えている。
まぁ元々、俺とユッキーさんが話しやすいように対面の席に座っていたところに、クラリアさんが来たのだ。
彼女はユッキーさんと話しやすいようにその対面、つまりは俺の隣に座るのは当然の流れでして。
円卓テーブル式だったらこんなことにはならなかったのかもしれないな……。
「おいおいあのガキ何者だよ……?」
「勇者と相席してる……よな?」
「その対面にいるのも、アレ、『ローネス』のサユキじゃないのか? Aランクの」
「だよな。あの簡単にヤらせてくれそうな外見に、特徴的な眼帯って、やっぱそうだよな?」
「……で、ヤらせてくれんの?」
「んなワケねぇじゃん。『ローネス』だぞ? 戦うことしか考えてねぇに決まってるよ」
なんかぼそぼそと聞こえてくるけど、ある程度は全部聞こえてるからね!?
「はは。散々な言われよう。クソうける~。
クラちんやっぱスゲ~ね」
「アンタの方が色々言われてるみたいだけど……」
「アタシらはほら、そういうのは日常茶飯事だし♪」
「日常茶飯事なんですね……」
まだ知らないことだらけだ。
まぁ自らを荒くれ者集団で脳筋軍団だと豪語している方々である。
変な目で見てくる人たちがいても、それはそれで仕方がないのか……。実際変だし、この人たち。
「ふぅ……。いいわ、とりあえず注文。
いちじくのタルトとりんごのタルト。ビスコッティは一皿に……三つ? じゃあ二皿ちょうだい。あとマドレーヌ三つ」
「……おぉ」
「相変わらず甘いもの食べるよね~」
「そう? これくらい普通でしょ。というか、昼食後にすでに食べちゃってたしね。腹八分目だから控えめにしといたわ」
「それで控えめなんですね……」
控えている人間の頼む量ではない。
普通だったら、最後に頼んだマドレーヌ三つは俺らの分を注文してくれたのかな? と思うところなのだろうが、これはもう間違いなく自分の分ですね……。
「今日はあの大きいの――――ダイナはいないのね」
「うん。先に店出ちゃってるよ。
何? 気にしてるの?」
「まぁそりゃあ気になるでしょ。だってワタシ、勇者だし」
やや一呼吸置いて、クラリアさんは言う。
「サユキ、気を付けてあげなさいよね」
「オッケ~。……ま、分かってるよ」
二人の会話を見て、俺はクラリアさんとの別れ際にした、とある会話を思い出す。
――――そうか。ユッキーさんも、気づいているのか。
やっぱ感覚が普通でない人は、そこに気づくものなのかもしれない。俺は言われてもあんまりピンと来てないんだけど。
「まぁ……、今日はその話はいいわ。勇者としての立場的には気にするけど、ワタシ個人からすれば、わりとどうでもいいもの」
本当にダイナの戦闘力――――というか在り方には、興味が無いみたいだ。理解を示せないと言ったほうが正しいのかもしれない。
まるで水と油のように。
まったく混じることの無い二人を感じながらも……、会話はこの後も踊るのだった。