1.ウィル・ユー・レット・ミー・リック・ユア・フォーヘッド?
ダイナ・グランバルドという、いわゆるゴリウーな女戦士と出会ったのは、今から一ヵ月ほど前のこと。
まだ俺が僕で。
逆に、僕が俺だったりとか。まぁ、色々あった時期のことだ。
その頃の俺と彼女は、ヘリオス学園という、いわゆる『冒険者育成学校』という機関に身を置いていた。
そんな折。
右も左も分からなかった俺を、ダイナは颯爽とヒーローのように現れ。
救ってくれたのだった。
「次ぃ! 番号三百一から三百三十まで、フィールドに入れぇっ!」
教官からの号令が、張りつめた空気の控室へと響き渡る。
大きな鉄の扉がゴゴンと開き、俺の目には光が飛び込んできた。
「おお……」
外は、まるでジャングルみたいな模擬戦場で。
体温は高鳴り、鼓動は荒ぶり、視界は狭まる。
頭はどこか冷静なままなのに、「落ち着け、僕」という言葉だけをループしてしまう。
「これも……、前の身体のクセかな」
ぐっぐっと両手の感覚を確かめる。
常に皮手袋をつけているという感覚にそもそも慣れないが……、もう試験開始の号令が上がろうとしている。今更後には引けない――――というふうに考えて、一応この残念な頭でも、思考くらいはできるなと確認をする。
――――大丈夫。落ち着いている。
――――言われなくとも、言わなくとも、俺は十分落ち着いていて。
――――あとはもう、やってみるだけだ!
良い結果だけを信じろ、僕。いや、俺!
この身体には慣れているけれど、状況には慣れてないからなぁ……。
せめて一日だけでも時間が空けばよかったんだけど……、仕方がない。
「それでは、試験開始ぃ!」
震える足を無理やり動かし、俺は他の試験者たちと共に進んだ。
五人で簡易パーティを作っている俺たちは、岩と木々に囲まれた森の道を行く。空は見晴らしが良いけれど、流石に横は木々が重なってしまっていて遠くまでは見渡せないっぽい。
「……、…………、」
思考を、凝らす。
――――木々に覆われたフィールドということは、どこからモンスターが飛び出してくるか分からないということで、今こうして少しずつ足を進めているときにも、何かが進行中かもしれなくて、もしかしたら知恵のあるモンスターが罠を仕掛けているかもしれなくて……、……、……。
……うーん。
この、『常に最悪を想定するクセ』自体は、もしかしたらいいことなのかもしれないけれど……。
「この考え方じゃ、明らかに……」
俺がぽつりと漏らしたと同時。
がさりという音が響く。
「おわっ」
その瞬間、僕の身体は勝手に背後に大きく飛びのいていた。
「あ、しまった……」
そしてその場に置いて。
その行動は当然悪手だ。
飛びのいた衝撃で、持っていた杖を、俺はその場に落としてしまう。
そして目の前の光景を見ると、他の試験者たちは森から飛び出してきたモンスターたちと戦闘を開始していた。
やべぇと思い俺は杖を拾い上げる。……が、もう遅い。
目の前にいた四名が四名とも。負傷はほぼなく、身ぎれいなままにモンスターらを一掃していた。
あぁ……、また、やってしまった……。
そんなマイナスなことを勝手に思考してしまう脳に一括を入れ、気持ちを入れなおした。
「ふぅ……。いや、次だ次」
俺は頭の中で反省をしつつ、杖を握りなおす。そうやって体制を立て直そうとしていると、モンスターから剣を引き抜いた男が、こちらを一瞥して吐き捨ててきた。
「はっはっは! やっぱり逃げ腰エイトは流石だなァ!」
背の高い男の嘲笑が降り注ぐ。
それに続くようにして、周りの奴らも、罵声と思しき言葉を浴びせてきた。
「今日も華麗な回避行動、見させてもらったぜ!?」
「あははっ! かっこわるぅ~。あんな尻もちついちゃったら、アタシだったら冒険者目指すのとか、やめちゃうわ~」
「ホントこいつ、何のために実習来てんだろうな」
「今日は武器を剣から杖に変えたみたいだけど、やってること全然変わんねぇジャン」
げらげらげらげらと、
すげぇ笑われている。
「うるさいな、仕方ないだろ。この身体に、逃げるのが染みついちまってんだから」
ぱんぱんとマントについた泥を払い、俺は立ち上がる。
「……は?」
「何だコイツ? なんか、いつもと違わねぇ?」
「だな。いつもならここで、無様に泣き喚いてドロップアウトするってのに」
僕……というか俺、いつもそんなだったのか。
そりゃあ虐められもするよなぁ。
何だったら、その言葉だけでもけっこう泣きそうだし。
転生に近い状態とはいえ、メンタルが強くなってるわけじゃないんだからね!?
俺は「えーっと……」と言葉を挟んで彼らに言う。
あんまり波風を立てたくはないが、立ち去らないともっと変なことになりそうだ。
こいつら自体のことは、知識としては知ってはいるが、いつもどういう対処をしていたのかまではまだ記憶がぼんやりしているな……。
「とりあえず、お前らとはあんまり相性良くないみたいだしさ。
違うやつらのところに入れてもらってみるよ。それじゃあ」
うん。決めた。
何かぼろを出す前に、さっさと立ち去るのが吉でしょう。
俺がちゃっと右手を上げておさらばポーズをとると、リーダー格っぽい男(名前はカーロっていうらしい)が面喰った顔で疑問をこぼした。
「は……?」
ううむ……、おそらくたぶん、『いつものエイト』とは違った対応をしてしまったんだろう。
けれどもうここまできたら、勢いで乗り切るしかない。
そもそも俺、前の世界ではずっとぼっちだったから、こういうイケイケ系のやつらとはあんまり気が合わない感じっぽいし。
「まぁ、それじゃあそんなところで……」
言って俺は踵を返しつつ考える。
確かこのフィールドには、他に二十五人の生徒が散らばっているはずだ。
誰とどういう行動しても良いわけだから、他とうまくやれるかとりあえず試してみよう。
その……、まだこの世界に来て、四時間ほどしか経過していないワケだしね。
「……オイ待てよエイト! テメェはボクらのパーティの雑用係だろうがよォ!」
「そうよ! この大量の荷物、どうやって運べっていうのよ!」
俺がパーティを抜けようとすると、リーダーの脇にいたガラの悪そうな二人がすごい剣幕で突っかかってきた。
「いやでも……、他のパーティは色々工夫して回してるっぽいじゃん? だったらそうすりゃいいだけじゃない……の?」
最後の方ちょっと自身無さげになっちゃったのは、俺がまだこの世界に来てパーティ行動というもののセオリーを理解していないからだ。
だったのだが……、どうやらこの二人には、俺が弱気で、それであるがゆえに発言を言い淀んでしまったように映ったらしく。
「ア? お前、誰に口答えしてンだよ」
「ひぃ」
凄みに対して普通にビビッてしまう俺。
いや、怖いものは怖い。
心根が超強いというわけでもないのだ。まだ前の思考のクセも残っているから、弱気な部分も反映されているし。
「と、とりあえずそんなところなんで……、文句は後で聞きますので~! さよならっ!」
「あ、待ちやがれッ!」
敵わないと決まったら……、そりゃあ逃げるしかないわけで。
幸いにも向こうは団体行動だ。一人で追いかけてくることはないだろう。荷物も結構あるみたいだから、それをもって四人全員で追ってくるということもたぶんない。
それくらい。
冒険者としてのエイト・ナインフォールドには、価値を見出していないだろうから。
娯楽として虐めている対象A。
もしくは、落ちこぼれの弱虫なモブ。
そういう認識だろうからなぁ。
そうして。森の木々をかき分けて、俺は彼らの元から離れた。
まったく……、自分の能力を試す前から、前途多難だ。
てきとうに誰か見つけて、協力してもらわなければ。
「ふぅ……。とりあえず一休みかな」
ずっと走っていたというのもあるけど、そもそも、この境遇にいまいち慣れていない。
たった四時間前までは普通の高校生だったのだから、無理もないんだろうけれど。
ふぅと一息ついて岩に腰掛ける。
けれどその瞬間だった。
「ん?」
ガサガサという、木々をかき分ける大きな音。
先ほど俺が通ってできた道から、ぬっと、大きな頭が飛び出てきた。
「なっ、何事ッ!?」
いや人間の頭部ではなく。
実習用の小型ゴーレムの頭である。
ただし小型と言っても十分でかい。
俺の身長が百五十五センチなので、それよりも五十センチほどは高いだろう。
二メートル以上ある岩人形モンスターが、こちらをじっと睨み、補足していた。
「うお……」
ぴたりと、動きが止まったかと思うと。
ガコンという、岩と岩がこすれ合うような音と共に、こちらへ歩みを開始してきた。
「ですよねッ!?」
慌てて立ち上がろうとするも、急なことだったのでうまく体が動かない。
あ――――マジでこれ、死んだな。
せっかく生き返った(?)っていうのに、また死ぬのかよッ……!
大きな腕が俺の方へと突き出される。
暴力的なまでの質量を持つソレは、俺を掴むには十分な大きさで。
「……ッ!」
覚悟も決まらないままに息を飲んだ。そのときだった。
「衝撃に備えろ、そこの」
「え、」
空から。
何かが。
落ちてきた。
一撃。
そして衝撃。
砂埃で一瞬視界が覆われ、眼前に光る棒状の何かを認識した。
とんでもない速度で落下してきたソレが、大きな魔法矢だと理解するのには時間を要した。
俺とゴーレムの間に、その矢は突き刺さっていて。
それはつまり、ゴーレムの腕を切断――――どころか、粉砕していたということだった。
「ゴォォッ!」
腕を切断されたことにより、ゴーレムはひときわ大きくうなりを上げる。
それと同時。
ビュン、という一陣の風が巻き起こった。
「は――――、」
俺の脳と目が追い付かなかったけれど、どうやら彼女は中空からゴーレムの頭へと蹴りを叩き込んだようだった。
自重をプラスした着地と同時の蹴り込み。
それがとんでもない威力を持っていることは、素人目に見ても十分理解できた。
顔面部分にある『核』と呼ばれる宝玉が砕け散り、ゴーレムの巨体がズズンとその場に崩れ落ちていく。
その背後で、一撃目の魔法矢が霧散する。
服くハスキーな女性の声が、聞こえた。
「大丈夫か、お前」
声の主を、俺は心臓の鼓動を戻しつつ確認した。
「あ……、ど、どうも……」
まず、腰まで伸びた長髪が目についた。
赤みがかった茶色い長髪で、毛先が綺麗にウェーブしている。
次に背格好。
女性にしては背が高いなぁと最初思ったが、それは間違いだった。女性にしてはどころか、男性と共に比べても高い。
今のゴーレムと同じくらいだから……、たぶん二メートル近くある身長を有していることになる。
手足も長く、大きい。
発達した筋肉が目立つが……、けれど無駄に大きいということではなく、どこか均整のとれた、とてもきれいな体つきをしていた。
なんというか……、そうだな。
テレビで極稀に見る、とんでもなく身長が高くて綺麗な海外アスリート……、みたいな印象だった。
「すぐに立て。次がいつ来るかわからんぞ」
背中越しに綺麗に響くその声は、女性にしてはやや低く、武骨な音だった。
なんというか……、戦ってきた者の声って感じだ。歴戦感あふれる気がした。
「そ、そうです……ね」
「あぁ」
俺の体積の倍はあるんじゃないかという身体を綺麗に翻し、
こちらへと振り返る。
ワイルドな髪の毛が遅れて揺れ動く様の、何と美しいことか。
「……おぉ」
はっきりと、こちらへ顔が向く。
俺はあまりの美しさ・ワイルドさ・そして顔の持つ『強さ』に、感嘆の声を漏らしてしまっていた。
「すげ……」
日本刀だと、その目を見たとき思った。
そういえばこの世界にはその名称のものは無いんだっけ(ニホンっていう単語がないから当たり前か)。
長髪の合間から除く、鋭い切れ長の瞳。
そして、獰猛で主張の激しさも併せ持ったその眼差しに、僕は圧倒されてしまう。
薄い口も、高い鼻も、健康的なやや浅黒い肌も、それらを包む細い顎も。
あまりの格好良さに、俺は体制を整えるのも忘れて、まじまじと見つめてしまった。
こんなにも美しいのだ。格好いいのだ。
ということは。
それは。
つまり、もしかするとその奥も――――
「なぁ」
「はっ……! す、すみません……!?」
あぶないあぶない。
綺麗な女の人に目を奪われたことはこれまでもあったけど、それだけで秘部へと思いを馳せてしまったのは初めてだ。……あ、この身体は、初めてではないっぽいな。
ふむ……意外とムッツリさんなのは、どっちの世界でも変わらないってことか。
とりあえず気を取り直して、僕は改めて彼女に礼を言う。
二メートル近くある人と会話をすることが初めてなので、どれくらいの声で話せばいいのか一瞬分からなかった。
「た、助かりました、はい。ありがとうございます……」
「……気をつけろよ。それじゃあな」
左手に大きな弓を持ったまま、彼女は踵を返す。
あぁ――――行ってしまう。
美しく、そして格好良くて、とても強い彼女が、去ってしまう。
「あ……、ま、待ってください!」
このときの俺は、きっと冷静さを欠いていたのだろうか。
それとも、元から言おうと思っていたのだろうか。
よくわからないがともかく……、僕は、俺は、この身体は。行ってしまおうとする彼女を呼び止めてしまっていた。
「俺とパーティを組んでくれませんかッ!?」
俺は。
ほとばしる情熱と共に、こう言ったつもりだった。
間違いなくこう言ったと思っていたのだ。
俺の口も。思考も。もしかしたらこの空気を察した、彼女ですらも。
けれど現実は違っていた。
興味本位と本能と。
何よりムッツリスケベな本性の、劣情が勝ってしまっていた。
「あなたのおでこを舐めさせてもらえませんかッ!?」
「…………んん?」
これが。
学園一の一匹狼にして――――、冷静なように見えて超脳筋タイプの弓術師、
ダイナ・グランバルドとの出会いだった。