19.力強き女戦士たち、登場
「……それで、卒業試験、か」
「そうなんだよね……」
理事長室から解放された、もしくは俺がオルディーナさんを解放したその足で、俺はそのままダイナの部屋を訪れた。
相変わらず整頓された、必要最低限のものしかない部屋で、簡素な椅子に座りあらましを説明する。
「エイトと私が二週間後の冒険者資格試験に合格するか否かを、派閥同士の賭け事にまで発展させるとはな……」
「本当にもう……、何がなにやら」
どうしてこうなったの極地である。
「まぁそれで……」
俺はダイナにぼんやりと現状を伝える。
現在は、カーロとその父親は謹慎中みたいな扱いになっているが、二週間経ったらオルディーナさんでもその情勢をとどめておくことは難しいのだということ。
「なるほど。だから立場が逆転となると……、今度は私たちが『悪』にされるわけか」
「そう……なるね」
カーロに歯向かった俺と、それに加担した女生徒というかたちになってしまうらしい。
「だから……、プロ資格の取得か」
「うん」
その二週間の間――――正確には十二日後に。丁度プロ冒険者になるための、資格試験が開催されるらしい。
本来俺たちが受けるべきタイミングは、今年の終わりごろのはずだった。ただ、資格試験自体は半年に一度開催されているため、ダイナの妹さんみたいに、タイミングが合えば受けて飛び級よろしく、そのままプロになることも出来る。
「そして……、その飛び級を……。俺みたいな凡人に、やれと……?」
「うーむ」
ダイナはたくましい腕を組み、渋い顔をする。
資格試験の内容は、実技オンリーだ。
知識やモラルなどは、養成学校生の場合は免除される。だからこの十二日間、徹夜で勉強しなければならないということは無いのだが……。
「むしろ、実技の方が問題だよなぁ……」
「あぁ」
俺の言葉にダイナは静かに頷く。
そりゃそうだ。
身体を動かす方が難しい。
いくら視野のテストでA+をとったからといって、それ以外の判定では妨害が無かったとしても下から数えたほうが早いくらいなのである。
「まぁ試験は、パーティでの参加も認められているからな。
私がお前を守りながらクリアすれば、二人とも資格をとることは出来る」
「え、そうなんだ?」
「結局はどこまでいっても、本人が生き残れるかどうかだ。
仮に覚悟のないままプロになった輩が居たとして、遅かれ早かれそういうやつは命を落とすよ」
「まぁ確かに……」
だいぶシビアな世界だったし意見だった。
「でもなるほど。
言い方はアレだけど……、ダイナが俺の分も働いてさえしてくれれば、突破することも出来るってことか?」
「極論そうではある」
うーん、そうかぁ。
「それじゃあここは、ヘタレで申し訳ないけれども。ダイナに一時でも頑張ってもらって、俺をどうにか合格に導いてもらうしかないかなぁ。
俺はどうにかして、後で実力をつけるよう努めるから」
「非常事態だ。それしか方法はないだろうな。
私はお前の……、パ、パーティの一員であり、頼れる相棒なのだから」
「……ダイナ、何かこの状況を嬉しがってない?」
「まぁ……、頼りにされるのは嫌いじゃない」
目を逸らしながらも、ダイナはその大きい手で俺の頭をぽんぽんと撫でた。
……ううむ、ダイナ選手。デレてくれるのは可愛いので良いんですが、もうちょっとピンチ感の空気も出していただけると気が引き締まるんですがね。
「ま……、まぁいいか。
それじゃあそういうことで――――」
俺が話を切り上げようとしたそのときだった。
「ちょぉぉっと待ったぁ~!!」
ダイナの部屋のドアが、大きな音と同時に蹴破られる。
隣近所、どころか女子寮の様々な生徒が「なんだなんだ?」と野次馬のように集まって来ていた。
「ダメダメ~! それ全然イケてないからネ、アンタら」
「サユキ、声がでかいぞい。
すまんのう、ぬしら。こいつ、ちょっと脳筋なのじゃ」
扉を開け放った、二つの人影を見る。
二人とも女性だ。
「お邪魔するよん☆」
一方は、映画なんかで見る女騎士のような格好を――――なんだかチャラめに改造したような鎧を着た、エネルギッシュな女性。
肌はダイナのように自然な黒ではなく、焼いたのではないかという黒さだった。
陽の気を発する彼女はなんというか……、うん、ギャルですね、これ。
レイチェルもだいぶ軽い感じではあるけど、明確にそれよりユル軽い。
一気に現代っぽい感じが増してきた。身長も百六十センチと、シルエットだけ見れば普通だ。
けれど。
そんな普通に不釣り合いな、左目にはめられた黒い眼帯が、ウェーブのかかったセミロングの金髪の奥で、異質なものとして浮き上がっている。
「失礼するぞ」
もう一方は、とても小さな少女――――幼女だった。
身長は僕よりもだいぶ小さい。けれどどこか堂々とした存在感を醸し出していて、近づきがたい『気』のようなものを発していた。
耳が長いことからエルフなのかなと、自分の中の知識と照らし合わせて考える。
自身の身長ほどもある真っ白な長髪をなびかせて、目を閉じたままこちらへ歩いてくる。
右頬から鼻筋にかけての一本傷が目に入る。あどけない顔に不釣り合いなその禍々しいまでの刻印は、隙のない所作も相まって、どこか歴戦感を感じさせた。
「突然すまぬのう、エイト・ナインフォールド。それとダイナ・グランバルド。
時間がないと聞いたのでな。夜分に申し訳ないが、用件を伝えに参った次第じゃ」
身長と質量差のある二人が、僕らの前に対峙する。
こちらも同じく差のある二人なので、なんだか二対二の試合みたいだった。
「お客様か。
お茶を用意しよう」
けどまぁ、もちろん戦うわけではなくて。
「あ、そうだね……。俺も手伝うよ、ダイナ」
「いや大丈夫だ。先に座っていてくれ。
私は湯を沸かしながらドアをなおす」
「ゴメンゴメン。ちょっと派手に登場してやろ~って思ってやったら、力入りすぎちった☆」
「蹴とばすからだろう。それは開けるとは言わん」
「お叱りあざます♪」
ダイナは湯を火にくべた後、ため息と共にドアのほうへと歩いて行った。「騒がせたな」と野次馬たちにぽそりと言い、一人でドアを持ち上げ無理やり押し込んでいた。ううむ、イッツ・パワフル・ウーマン。
「……で」
俺はとりあえず予備の椅子を出し、彼女らと共に卓につく。
「その……………………、えー、何事です?」
沈黙からの質問に、眼帯黒ギャルさんの方が「んー」と笑いながら考える。
「何から説明しよっかね~……」
足を組み、両手を頭の後ろに回して、俺をまじまじと見ながら黒ギャル騎士さんは考える。そして「よし」とこぼして口角を吊り上げた。
「単刀直入に言うね。
キミ、アタシらについてきてよ」
「はい?」
「冒険者資格、取りたい系だよね?
取らせてアゲル☆」
そんなわけで、訳の分からぬまま。
野外クエスト編、スタートです。
サユキ・テンペラント。
リュリュサル・リドル。
そう、二人は名乗った。
「実戦修行と実績作り?」
「そ♪」
明るいギャルな方、サユキさん――――通称『ユッキーさん』は、腕を組んで改めて説明をする。
「プロ試験での評価には、色んな方法があってね~。
『養成機関それぞれに定められた試験で高評価を修める』とか~、『所定の機関にて何名かの立ち合いの元、手練れの兵士を倒す』とか~、『武力・魔法それぞれの知識を完全に記述のみで答える』とかとか~。――――まぁ色々あんの」
アタシも全部は知らね~と言って、彼女は言葉を続ける。
「で、その中にね。アタシらプロ冒険者と共に、上級クエストをクリアするっていうものもあるワケよ。
だから試験で、どちゃくそラクショーに通過したけりゃ、ついて来いってハナシなのね。わかる?」
「なるほ、ど?」
その、上級クエストとやらがどれくらいの時間かかるのかは分からないが、それが本試験の前までに終わるのであれば、これほどありがたい話は無い。
ただ心配なのは……。
「それ、めっちゃハードル高いんじゃないですか?」
「ん? そうだね。
たぶん学生レベルだと、入口で死ぬ系だね~」
「やっぱり!」
そりゃそうだよね!
そんな手段があるのならば、誰だって使ってるだろう。
ツテとかそういうのを抜きにしても、上級クエストというものに参加するなんてこと、普通なら考えない。
「同行者はアタシら二人。もちろんメインで戦うのはアタシらだけど……、キミらはキミらで『役に立たなければ』ならない」
「役に立つ……」
「ま~、アタシらの戦力に『必要』と思わせることをするってところだね~」
軽く頬杖をつき、ぱっちりまつ毛な右目で俺を見るユッキーさん。
可愛らしい愛称とは裏腹に、とてつもなく強い『圧』を感じる。
「えっと……、ごめんなさい。ちょっと話を整理させてほしいんですけども」
「うん、いいよん」
「そうじゃな。それはそうと、おぬしリザードみたいな顔をしておるのう」
「何で今そういうこと言ったんです!?」
「クッションとしてじゃのう」
「リズムが読めねぇ……」
ふーっと息を吐いて俺は脳を落ち着かせる。
もうなんというか……、今日という一日が激動過ぎる。
技能試験を受けたと思ったらカーロに絡まれて。
全力出して、めっちゃ疲れて、そしたらカーロに退学にしてやると脅されて。
そのあと理事長室に呼び出されて、何故か俺とダイナの退学が学園の権威問題の賭け事になっていて……。
「脳が安らぎを求めている……」
いかん。
本格的に、どっと疲れが押し寄せてきた。
「ム、いかんのう。こやつ寝そうじゃ」
「時間も無いから寝るのは勘弁してほしいかな~。横になりながら聞くのはアリだケド」
「エイト、私のベッドに横になっていいぞ」
…………ううん。
え……? うう、ん……。
そう、……する、か?
「す、すみませんお二方。あとダイナ。
眠気は来て無いんですが、本格的に疲労がヤバそうなので、お言葉に甘えさせていただきます……」
そんなわけでダイナのベッドにダイブ。
意外なことに、ちょっと柑橘系の香りがした。もっとこう、土臭いにおいがするものだと思っていた(自然系はそれはそれで好き)。
「ふぅ………………、………………」
仰向けになるとちょっとだけ意識が離れそうになる。
いかんいかん。目を覚まさなければ。
脳を無理やり覚醒させ……、ただちょっと目が疲れているのは事実なので、目を瞑ったまま口を開く。
「それじゃ……、説明の続きを、お願いします……」
「おっけおっけ、それじゃあ話を続けるね~」
「うむ」
「聞こう」
三人の言葉がとても近くから聞こえる。
……ん? とても近くから?
「…………わお」
「ん、どうしたエイト?」
「いや、どうしたというか……」
そこは、膝枕の上だった。
硬いような柔らかいような感触が、俺の後頭部を支配している。
「いつの、間に……?」
「さっき目を瞑ったとき、十分ほど寝ていたからな」
「え……、え!? うそ、寝てた、俺!?」
「疲れていただろうからな」
優しくわしゃりと頭を撫でられる。
ううん……、手が大きい。この感覚も久しぶりだ。
「寝顔、割とかわいかったよん」
「うむ。リザードが眠っているみたいだったのう」
「それはもういいですって……あんたらも近いな!」
確認すると、彼女らも俺の両側で寝そべっていた。
「このベッド普通よりでかいからさ~。三人寝転がってもイケるんじゃね? って思ったら、ビンゴだったね☆」
「なかなかに良いマットレスを使っておるのう」
右手にギャルを、左手にロリを。
発動効果は欲情ですか? イエス、おでこが近いです。
「いかん、脳が混乱と興奮を繰り返している……!」
「我々の今後が決まる話だ。もう少しだけ頑張れ、エイト」
いや興奮の原因には、お前の太腿も含まれているんですよダイナさん。
下から見上げると髪の毛の隙間からおでこがチラチラ見えるんだって! スイッチ入りそうになっちゃうんだって!
「よし、それじゃあこのままちゃっちゃと話しちゃいますかぁ」
「そうじゃな」
すりすりと、ユッキーさんとリューさんから腹部を軽くさすられる。
……どうやら俺はこの体制のまま説明を受けることになりそうだ。
おのれ、ダイナの大きな身体め。こんなに巨大ではなければ、ここまでの大きさのベッドを使ってはいなかっただろうに……!
俺が見当違いな怒りをダイナのベッドにぶつける中、
これから先の話は、進む。