17.俺、あるいは僕を構成する三つの出来事・4
「A+……、以上だと!?」
「おぉー……、マジか、僕……」
発表された試験結果を聞いて、カーロとボルスは唖然とし……。
俺はといえば、ちょっと引いていた。
まぁ……、流石は努力の人。得意なことに特化すると、こんなにもすげえ――――みたいである。
いや、自分自身のことでもあるから、恐縮ではあるんだけども。
「しかし……、やりすぎだったか……?」
誰にも聞こえないようぼそりとこぼす。
けど別に、これに関して言えば元々俺に備わっていた機能だ。それを遺憾なく発揮しただけにすぎない。
そして……、この状況に対して待ち受けているのは……。
「イ……、インチキだろッ! 俺様がこんなクズに負けるはずがねぇっ!」
案の定カーロは、憤慨した様子で俺に怒鳴り散らしてきた。
それはそうだろう。せっかく用意して放っておいたダミーも、全て俺に見破られたんだから。
「オイ、エイトぉ! テメェどんなイタズラしやがったんだ、アァ!?」
「ぐっ……、」
胸倉をぐいっと掴まれる。
背格好はだいぶカーロのほうが上なので、ふわりと足が浮いてしまう。
……コイツ、細身なのにけっこう力あるな。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなァ! 高得点どころか、オレの分まで全部答えやがって!
そのせいでオ、オレ様が……、ジ、G判定、だとぉ……ッ!」
ぎりぎりと掴む右手に力がこもる。
左手にも力が込められており、今にも顔面を殴られそうだった。
が、そのとき。芯のある声が待ったをかける。
「やめなさいカーロ・フィットリオ! 今のは正当な結果です」
「……はぁッ!? おいおい、教員までコイツの肩を持つのかよ!
前回の成績はEランクだったんだぞ!? 一週間足らずで、ここまで成長するのはどう考えてもおかしいだろ!!」
「それはそうかもしれないが……、」
「オレは副校長を通して、学園長にも意見できるんだぞ! お前くらいの教師なんて、どうとでも――――」
暴言というか、悪態が鳴り響く。
けれどその言葉の続きが聞こえてくることは無かった。
「ムグッ!? ウグッ! ば、ばんだァッ!?」
「黙れ」
カーロの後ろに立っていたのはダイナだった。
その大きい手でカーロの口を塞ぎ、長い前髪の奥に光る獰猛な瞳で、圧をかけていた。
「ひっ……!」
あまりの重圧に自分の権力も忘れたのか、その場にへなへなと腰を下ろすカーロ。
それを見て、俺を後ろから嘲笑していたエミファーも「ダサ……」とぼつりとつぶやいていた。
「あのダイナが割り込んで来たぞ……?」
「なんだよ、エイトのやつ、ダイナに目をかけられてんのか?」
「でも確かに……、とんでもない技能だったよなぁ……」
一連の騒ぎは、周囲へも伝播していった。
そしてそんな騒めきを修めたのは、パルバ先生だった。
ぱんと大きく手を叩き、カーロに対して口を開く。
「良いですか、カーロ・フィットリオ。冒険者というものは、いつ、どこで才能が花開くか分かりません。
明日、明後日、もしかしたら一時間後に、何がきっかけでプロ級の実力を得るかは分からない世界なのです」
先生の教えに、騒いでいた周囲も耳を傾ける。
カーロも呆然と顔を見上げていた。
「エイト・ナインフォールドは、確かに落ちこぼれの成績でした。しかし私は、彼が日々努力していたのを知っている。
どんな環境でも、勤勉に、真面目に、研鑽を怠らなかった」
日々努力……かぁ。
そうだよな。お前、こんな状況でも頑張ってたんだもんな。
俺だったら絶対くじけてたというか、腐ってただろうよ。
「ですから、そんな努力が今、実を結んだのです。
これは彼の……、正当な努力の結果であると私は判断します」
おぉ、と感嘆の声が端々から上がる。
何だったら俺も、つられてちょっと言ってしまった。
なんだよ。めっちゃ良いこと言う先生じゃん。
「はは……。良かったな……、エイト・ナインフォールド」
俺は誰にも聞こえないように、そっとつぶやく。
お前のこと、見ててくれたやつ、いたぜ?
まったく。これから先の俺に、重圧かけてくれやがって。
エイトの残したこの能力を。
腐らせないようにしないといけないじゃないか。
リャーヴェ様と、魔法映像を見終わったあとの会話を思い出す。
エイト・ナインフォールドが的確に指示を出し――――残念ながら無視されてしまった、あの映像だ。
俺が過去の映像を、どこかしんみり見ていたことに気づいたのだろう。
リャーヴェ様は言う。
「これまでのエイトのこだわりを、捨てられるか? テメェは」
「こだわりを……」
捨てる。
それはつまり、前衛で剣を振るうことを、諦めるということだ。
呟き、俺は考える。
エイトの記憶と共に、考えてみる。
俺とエイトは、これまで違う人生を送ってきた。
エイト・ナインフォールドは、何かにこだわって前衛職を続けてきたけれど、それに対する想いというものは俺の中には無い。
「どう……なんでしょう。
エイトの気持ちを汲むのであれば、前衛職をやり続けたいというのが正直なところです」
けれど、このままではだめなのだ。
少なくとも。
それを打開できるための能力が、今の俺の身体には備わっていないわけで。
そして当然、俺自身は、こだわるポイントも違う。
だから。
「俺は新しい生き方を選びます。エイトには、悪いけど」
「そーかそーか。
……ま、良いんじゃネ? それで」
「そうなんですか?」
「というか、テメェが決めたんならそれが正しいんじゃろうなって」
仮にと、女神は続けて意地悪そうに笑った。
「立場が逆なら、エイト・ナインフォールドも、おでこへの異常執着をやめていたであろうよ。
だってなんか、キモいし」
「失礼な!」
「いや失礼じゃねーよ。今回ばっかりはまともじゃよ、わっち」
そんな馬鹿な。
……まぁともかくとして。
確かにエイトなら、そうしただろうな。
人に迷惑かけること、嫌いそうだし。
「要は……、自分の中で、何が一番強いこだわりなのかってところじゃろ?
テメェはこれから冒険者として生きていこうと決めた。なら、命がかかっとるからの。戦闘スタイルを変更していくのも、個人の勝手じゃ」
「確かに」
「死かおでこか。もしそういう状況になったら……、そのときにはまた、そのときなりの選択もあるじゃろうし、ネ」
「……確か、に」
あまり遭遇したくないけどなぁ。
「まぁでも、そうですね……」
「ん?」
「俺は今、戦闘スタイルは諦めましたけど……。
これから先会う人たちで、どうしてもソレを貫きたいやつがいたとしたら……、そいつの気持ちも、分かってやれるわけじゃないですか」
「あぁ、そうじゃネ」
「だったらたぶん、背中を押してやれますよ。
好きとか――――こだわりたい気持ちって、嫌というほど分かりますから」
そうしてあの日。
エイト・ナインフォールドは、本当の意味で死を迎えた。
代わりにその身に入ったのは、九重 英斗という、おでこが好きなだけの、冒険者としての信念なんて持っていないやつだった。
ごめんなエイト。こだわりを捨てて。
けど俺は、お前を十全に活かしたい。お前の努力をきっちりと形にしてやりたい。
それでも。
前衛職を貫くことが正しかったのか、それとも、向いている職業に鞍替えした今が良かったのかは、分からない。
「ま、自己満足だったけどさ……」
俺は呟いて、腰を落としたままのカーロを見る。
コイツから……、何を言い渡されるんだろうか。
まったくダイナも、最後の最後で首突っ込んできやがって。
俺は呆れつつも、どこかちょっとだけ嬉しさもあり。
けど……、そうも言ってられないよな。
「くっ……、た、退学だお前らッ! オレから父さんに言いつけてやる!
ここまで人をコケにしたんだ! 覚悟しておけよッ!」
「ッ……」
「カーロ・フィットリオ……!」
「クソ教師! てめえもだ!
学年主任だか何だか知らないが、オレが一声上げればすぐだからなァ!」
はっはっはっはっは! と高笑いをして、カーロは去って行った。
「あの、先生……、俺は」
「きみのせいではない。私の判断だ。
このA+の判定は、覆らせないさ。意地でもね」
「……、」
くそ。
最後に一泡吹かせることも出来なかったのかよ。
そうしてもやもやした気持ちを抱えたその日の夜。
俺は理事長室へと呼び出された。
「あぁ、カーロなら退学にしといたわよ。ついでにその親、副校長もね」
「ええええええええッッッッ!!?」
まさかのスピーディな展開に、俺は驚愕の声をあげていた。
その様子を「クックック」と笑い。
妖艶で、美しく引き締まった顔をした女性は、改めて口を開く。
「このあたりの地域の学園を取り仕切っている、国家学園機関長をやっています、オルディーナ・ミスリルファヨンよ。
――――軍神って言ったほうが、分かりやすいかな? エイト・ナインフォールドくん」




