15.技能試験にて・2
6月24日分②
走法試験……、走法妨害などをされ、判定G。
瞬間暗記試験……、集中を乱されるなどをされ、判定G。
体力試験、回避試験、近接武器試験、遠距離武器試験、他……、全て妨害され、判定G。
あいつら……、本当にめちゃくちゃ妨害しまくってきやがって……。
それが全て教員からの死角になっているのか、カーロ達自身は注意を受けず、好成績を残していた。
「なんだナインフォールド。きみ、全ての試験判定が最低ランクではないか」
昼休憩にて。
途中経過を報告に行ったところ、身なりの整った教員・パルバ先生がエリート眼鏡を上げながら俺に言った。
「まぁその……、色々ありまして」
「そうなのか?
しかしこれは、相当だぞ。もっと頑張りなさい」
「はぁ……」
「午後からは私も直々に試験員を行う。
それで下手な判定でもとってみろ。一週間は座学の補習を受けてもらうからな」
「はい……。すみませんですー……」
うーむと唸り、足取り重く休憩所へ戻る。
その途中、ひそひそと噂話が聞こえてきた。
「さっきグランバルドと話してたヤツ、あいつだろ……? どんくせえなぁ」
「つーか妨害されててもあの判定はやばくね?」
「完全におもちゃにされてんじゃん。カワイソー」
うーむとまた唸る。
参ったなぁ。ぼっちだけなら別に良いけど、悪い噂をされるのは正直辛い。精神的に、そこまで強いわけではないのだ、俺も。
技能試験は大勢が見ている中で行われる。まぁ、運動会みたいな光景を思い浮かべてくれればいい。
だから、それを見ているやつには、俺の情けない成績が全部筒抜けなワケで。
どうやらダイナとは別班だったみたいだから、見られていないっぽいけども。
……あれ? だけど、カーロたちが妨害してるの、分かってるやつには分かってるのか。
それじゃあ何で教員は、その場で止めるなり注意するなりしないんだ?
俺が疑問に思いつつも足を進めていると、更に言葉は聞こえてくる。
「カーロもなぁ……。副校長の息子じゃあなけりゃあなぁ……」
「それのせいで教師らも下手に注意できないらしいぜ」
「副校長も副校長で、ちょっとひねくれてるからさ。
わがまま息子の言うことだと、すぐ聞いてやるらしいんだよ」
「うへ、まじかよ。目ェつけられたアイツ、ご愁傷様だな~」
「おいお前ら、カーロたちに聞かれたら面倒だぜそれ」
「あぁ確かに。
何にせよ、関わらねぇでおくか」
……分かりやすい解説、どうも。
しかし成程なぁ。そういう、権力者の息子ポジなわけか。
生前のエイトも、そういうのを知っていたからこそ、立ち向かえなかったのかもなぁ。
「……クソ」
あまり悪態はつきたくはない。
けど……、どうしても負の感情ってやつは出てきてしまうもので。
この一週間、ダイナと一緒でめちゃくちゃ楽しかった。
ひたむきに技能の向上だったり、出来の悪い頭に学問を叩き込んだり、プラス方向な大変さを経験した。
だから、冒険者を志すっていうこの環境が、とても楽しくて仕方なかった。
――――のに。
それが、嫌になるなんて。
「……はっ! やべ、もしかすると」
俺はとあることに気づいて、あたりを見渡した。
情けない結果は、ダイナには見られていないけど、もしかしたら――――
「いた、レイチェル!」
「は? 何?」
こいつは見てるかもしれないのだ。
「はっ、はっ、はっ、レイチェル……、良かった。……一人か?」
「うんまぁ。そろそろアイツら戻ってくるけど」
「良かった……。今のうちに、話しておこうと思ってさ」
「何を?」
「えーと……、お、俺の判定の、こと?」
とりあえず。
息を整えまして。
「……ふーん。やっぱ妨害されてたんだ」
「まぁ……そうなんだよ」
やっぱ気づいてたっぽいな。
ダイナは見ていなくても、レイチェルはほとんど試験内容と時間帯がかぶっていた。
各試験内容を、暇があったら見ていたかもしれないと思ったけど、ビンゴだった。
「んで? それが何?」
「あぁいや……。えっと、さ。そのことで、カーロに何か言ってない……よな?」
「まぁね」
きっぱりと言い切るレイチェルに対して、俺は大きく安堵の息を漏らした。
「はぁ~……。良かった~……」
「どういう安心なの、それ?」
「いや、お前さ……。寮で会ったときに、俺に言ってたじゃん。
今度なんかされたら言って……とかなんとか」
「あー……。まぁ……、言ったけど」
でも、それは、さ。と、レイチェルは気まずそうな顔をしていた。
何でそんな表情をするのかは分からないが、何もやってないなら安心だ。
だからさと俺は言って続ける。
「もしかしたらお前が妨害に気づいて、カーロに何か言いに行っちゃったんじゃないかって、すげえ心配になってさ」
「は――――」
「レイチェルって、意外と芯のあるやつだろ? だから、あぁ言っちゃった手前、変に義理立てして、無茶しちゃうんじゃないかって思って。でもよかった。何もしてなくて」
下手したら、権力を行使されて退学処分とかになってたかもしれない。
そんなことにならなくて、本当に良かった。
「……あ、アンタ」
「え?」
「馬鹿、じゃない、の……。
いや……、ううん。違うか」
レイチェルはそう言うと一旦目を伏せて、俺に顔を向けなおす。
「私は何だかんだ言って……、そこまでの勇気はないからさ……。ごめん」
「あぁいや……」
しまった。何か変に追い詰めてしまったかもしれない。
むしろ俺は、何もしてないことを喜ばしいと思っただけなのに。
「レイチェル。良いんだ。
――――お前がそこまで友情に熱い奴じゃなくて良かった!」
「はぁ!?」
「お前はいつまでもそのまま、『ある程度話すくらいのクラスメイト』でいてくれ!」
「エイトお前何言ってんの!?」
いや、忌憚なき気持ちです。
「もしこれから先も、何かあってもさ。絶対に俺のために何もするなよ、レイチェル。
俺のために何か行動を起こしてくれたヤツが、そのせいで何か害を被るとか……、嫌だからさ」
「……自意識、過剰すぎ、だから」
「そっか? そりゃごめんな」
「……そだよ」
そのあとぼそりと彼女は何かを口にしたっぽいけど、俺には聞き取れなかったのでスルーすることにした、
「まぁなんにせよ一安心だ。……あ、向こうの角から、友達来てるっぽいな」
「は? どこ――――」
「それじゃあ邪魔したな」
「あ……、う、うん。
……ねぇ、残りも頑張ろうね」
「うん。お互いに」
そうしてレイチェルの無事を確認した俺は、午後の試験へと臨む。
その後も、試験結果は散々だった。
妨害。妨害。妨害に次ぐ妨害。
かろうじて魔法技能試験だけはF判定をとれたが、そんなもの雀の涙だった。
「ふぅ……」
これは……、思ったよりもしんどいぞ。
ただ言い返すことややり返すことは、難しい。よしんば上手くいったとしても、こちらが退学に追い込まれるかもしれないことを思うと、反撃をするべきではないとは思う。
ベンチにて肩を落としていると、向こうからカーロ一味がやってきた。
大男のボルスだけではなく、腰巾着のミド、ちょっとビッチっぽいエミファーも一緒だ。
企みが全て成功しているのが気分良いのだろう。大仰な口調でカーロは言う。
「はっはっはっはっ! 情けないねぇエイトぉ。どうだよ、自分の身の程を理解したかぁ?
オレに口答えした罰だよ罰ぅ」
「ゴミだな」
「大人しくカーロ様に従っておけばいいものを」
「ねぇカーロぉ~、エミおなかすいちゃったんだけど~。
こぉんなクズなんか放っといてぇ、何か食べに行こうよ~」
「まぁそう言うなよエミファー。
なんたって今から、面白いものが見れるんだからさぁ」
へらへらと笑っていたかと思うと、カーロは突然豹変し、冷徹な声で俺に言う。
「土下座しろ、エイト。そのうえでオレ様にこびへつらって、大人しく荷物持ちに戻ると言え。
そうすりゃ、最後の試験だけは妨害しないでおいてやる」
「――――、」
一歩前に出たカーロ後ろで、お供の三人が下卑た顔を張り付けて笑う。
……あぁ、くそ。
俺に選択肢は、無いのかよ。
こいつらのことだ。もしかしたら俺に関わっている、ダイナにも何かするかもしれない。
この学園を追い出されたら、ダイナはどこで弓を学べばいい?
あんなに凄い奴が、俺のとばっちりでいなくなってしまうだなんて。そんなこと、許されない。
「……俺、は、」
乾いた口で言葉を紡ぐ。
俺は貴方の荷物持ちになります。と、
そうここで言えば、全てが平和に終わるのだろうか。
頭を下げようとした瞬間。
カーロの言葉が俺を抉る。
「まったく、毎日毎日無駄な努力をしてさァ。
意味がないって分からせてやるのも、一苦労だよ」
「は――――」
それは。
ダメだ。
反則だろう。
頭にカッと、熱が灯った。
茹った頭で俺は、とても最低なことを思考した。
俺のことなら良い。ぼろくそに言ってくれ。
ダイナのことも良い。あいつはそれくらいじゃ折れないから。
レイチェルのことも良い。アイツは逃げ方を知ってるから。
だけど。
僕のことだけは、ダメだ。
俺は、僕自身が一番大事なクズ野郎だ。自覚はある。
だから、今までコイツがこつこつやってきた努力を。
踏みにじられながらも、強い心根で積み上げてきた、血のにじむような鍛錬を。
軽い気持ちで蹴散らして良いものでは、無い。
「僕を――――馬鹿にするな、カーロ」
「は?」
「ここから消えろ」
弱い者のイキりに見えようが、何でも良い。
言い返してやらないと、気が済まなかった。
意味ならある。
意味なら、きっとあるんだ。
「てめ――――」
「カーロ様、教員です」
「チッ……。まぁどうってことないけど、ケチがついた。
その言葉覚えてろよ、エイト……」
退学になろうが、知るか。
俺は僕を守る。
僕は僕の尊厳を、守り切る。
何があろうとも。
「ん? ナインフォールド、何をしている? きみもさっさと行け」
「え……? あぁ、はい。
生きますよ、俺は」
「ん? そうか?」
そうさ。
俺の心根は、殺されない。
あんなやつに、絶対に屈してなるものか。
エイト・ナインフォールドは。
そうして、拳を握りしめて、最後の試験会場へと足を踏み入れた。