0-1.はじまり
ご無沙汰しております、出入口 迷子です!
新連載開始いたしました! 楽しんでいただけましたら幸いです。
何卒よろしくお願い致します!
「エイト、準備は出来たか?」
女性にしては低く響く、凛とした声が聞こえてきた。
大きな身体で革袋を担ぎ、堂々たる姿勢でこちらに声をかける人影。
長くウェーブのかかった金の髪は、荒々しさと上品さを同時に備えている。同じく、長く伸びた前髪の隙間から、主張の強い切れ長の瞳が俺を捕らえていた。
ダイナ・グランバルド。
俺がこのギルド内でも、特に多くバディを組むやつだ。
不愛想な表情とは裏腹に、意外と面倒を見てくれる。
「ごめんごめん。靴ひもを結んだら終わりだよ」
このギルドに入った記念として新しく買ってもらったものだ。
良い品なのは間違いないのだが、まだ慣れない。
慣れないと言えば、中世だか西洋だかを思わせる、この世界にもか。
現代日本とは、作りも装飾もけっこう違っている。概念は同じだから、そこまで困りはしないけれど。
「貸してみろ」
俺がそんなことを考えながらも準備に手間取っていると、ダイナはわざわざ僕――――俺の元へと近づいてきてくれて、紐を手に取った。
「ありがとう」
「早く慣れろ。急場では命取りだ」
「そうだね」
大きな身体を丸め、膝元にかしずくような姿勢をとるダイナ。
体感、俺の質量の倍くらいある身体は、休憩で座れる中くらいの岩みたいだった。
健康的な浅黒い肌も相まって、自然の荒波に鍛え上げられた鉱石のようだとも思った。
「何だか失礼なことを思われた気がする」
「違うよ。巨岩みたいだなって思っただけ」
「そうか。褒めても何も出ないぞ」
鉄面皮な表情の中に少しだけ朗らかさを見せ(若干眉が上がるということに最近気づいた)、ダイナは「できたぞ」とその姿勢のまま合図を出す。
「ありがとう、ダイナ。……お、」
「ん?」
どうしたと正面からこちらを見る彼女。
小柄な俺の身体だと、今の姿勢で丁度目と目が合うのだ。
「いやぁ……、この体制だと、おでこを正面から見据えることができるんだなって」
「反応に困る」
綺麗だがやや毛量の多いダイナの前髪を見る。
目どころか、顔の半分以上を覆っている、綺麗な色の彼女のくせ毛。
その奥に。
国宝なのではないかと思えるほどの、美しく、荒々しい、最高級のおでこがあることを、俺は知っている。
「控えめに言ってムラムラするよ」
「平常運転みたいだな。出立するぞ」
やや警戒するかのように前髪を抑え、すっくと立ちあがるダイナ。
欲情する、から、俺は元気。
なるほど、間違ってない。
「おーい新人二人ぃ~!」
ギルドの先輩の声が聞こえてきた。
ダイナはやれやれという顔をして、分厚い岩のような手を俺に差し出して言う。
「さぁ。馬鹿やってないで行くぞ、エイト」
「うん」
ダイナの手を取り、今日も僕は立ち上がる。
エイト・ナインフォールド。
今日も冒険者チームのサポート役として、頑張っていく所存です。
「じゅるッ! ちゅるちゅる! べろべろ、べろッ!」
「…………、」
自身の唾液の音が、草木生い茂る空間に響く。
ここはドリック湿地帯。
俺たちが拠点を構える街から南東に位置するクエストポイントである。
パーティを組むギルドの二人は一区画先に行っていて、このあたりには、俺とダイナだけだ。
では、二人ここに残り、何をしているかというと――――
俺は今、彼女に
バフをかけている。
「べろっ!」
彼女の巨大な体が、僅かにぶるりと震えた。
それでも俺はおかまいなしに、彼女のおでこを舐めていく。
「いいぞ……、今日も素晴らしい輝きと仕上がりだダイナ……!」
「ふむ……?」
「れろっ、れろ!」
やや困惑する彼女に構わず、俺は一心不乱におでこを舐め続ける。
少しだけ煽情的な彼女の鼻息が、俺の首筋に当たった。身体をぞくりとした感覚が駆け巡る。
「よし……、もう、ちょっと……だ」
「うむ」
意識を集中して、おでこを舌で感じる。
もう幾度と舐めてきたこの額。
形が良く、ほど良い丸みで、障害物が何もない綺麗なおでこだ。
まるでこれはそう。
高台から見渡す、否、緑生い茂る高山から見渡す、雄大なる海だ。
今日のダイナのおでこ具合は、ソレのイメージだと舐めながら思った。
道なき道。
けもの道を、ひたすらに登る。
草木をかき分け、ゴールも見えない木々の中、一筋の光と、わずかな塩の匂いに導かれる。そして緑と緑の合間からは――――雄大なる青海が、広がっている。そんな、おでこ。
見てごらん、アレが俺たちの宝船。
新たな世界を見に行こう。さぁ乗船だ……!
「れろっ! 船……! エンジンを回せ……! 行くぞ出向だ! れろれろ!」
「今日も脳内豊かだな」
「面舵いっぱい……! 見えたぞ新天地!」
あぁ、光が垣間見える。
彼女と俺の魔力の、混戦するところ。
ここが見えればラストスパートだ。
舐める舌先に力を込め、俺は心の中で、激しく想う。
『あぁぁぁッ、ああああああッ! おでこがしゅきぃぃぃぃッ!!』
気がおかしくなったのではない。これは詠唱である。
俺の気持ちの昂りを心の中で唱えることで、初めてこの術式は完成に至る。
興奮。快感。恍惚。慈愛。
感情任せに俺は自身の中にある魔力を、彼女の中に解き放っていく。
「……うむ。よし、入ったな」
「だね」
ダイナはおでこを拭きながら、大きな身体を立ち上がらせる。
百九十センチという大きな身体は、百六十センチも無い俺との身長差を十分に感じさせる。
けれど、俺はそれを情けないとは思わない。むしろ頼もしさを感じてしまう。
「今日は強めにって指示だったよね……。良いんだよねッ!?」
「あぁ、勿論だ。たくさん出してくれても構わない」
「……うん。ダイナはもうちょっと言葉を学ぼう」
(俺にとって)いやらしいことをした後だからか。そういう意味に聞こえてしまうので。
しかしダイナ。凄い気合いの入れようだ。普段は物静かで鉄面皮だが、闘気が溢れ出ている。
本日はいつもに比べて、ワンランク上のクエスト場所だからだろう。
「よし、行くとするか」
「うん。……おっと、と。ゴメンダイナ。ちょっと立ち眩みが」
「大丈夫かエイト? 強力なバフだったからな。身体への負担も大きかったか」
「そうなのかも」
「ゆっくり合流しよう」
静かに歩き出すダイナに続き、俺も歩みを進めた。
がさがさと草をかき分けて歩くダイナが、ぽつりと言葉をこぼした。
「今日も、その、私のおでこは『良かった』のか?」
「え? あぁうん。最高のおでこだったよ!」
「そうか」
再び草をかき分ける音が聞こえる。
少し分かりにくいが、彼女は怒っているのではなく、俺の言葉を事実として飲み込んでいるだけである。
あまり感情が表に出ない鉄面皮なので、最初は俺も困惑していた。
「しかしエイト。普通の男なら乳ではないのか? 巨大な乳が好きというなら、理解は出来るが」
言いながらダイナは、ぶにぶにと、己の巨大な胸を掴んだ。
筋肉ムキムキの身体に、俺の手では覆い切れないほどの乳が二つ実っている。今日の彼女の装備は軽鎧ではなく、動きやすいように冒険者用の布服だ。だからボディーラインがくっきりと際立っていた。
「おっぱいにはそこまで反応しないかな」
「ブレないな」
「えっちだとは認識するけどね」
「そうか」
「大丈夫。エッチだよダイナ」
「そうか」
不思議な会話だった。
とてもではないが、そろそろ二十歳になるくらいの男女の会話ではない。まぁ、ではいくつくらいの男女の会話だと問われても困るけれど。
少なくとも胸の事を、「乳」だの「おっぱい」だのと、大人の男は言わないものなのかもしれないと、思わなくもなかったり。
「まぁ私のコレは、巨乳というよりは筋肉による厚みだから、興奮する人間が多いかと言われると疑問ではあるが」
「そんなこと無いと思うよダイナ。
おでこが圧倒的一番っていうだけで」
「お前は誰にだってそうだろう」
「くっ! 論破されてしまったか……」
背の高い草木をかき分けながら進むダイナ。その後ろを、俺も足を滑らせないようについて行く。
「改めての確認だが」
「ん?」
「エイトは、おっぱいに興味がないワケではないんだよな?」
彼女の言葉に、俺は「そうだね」と頷いた。
「おっぱいに興味が微塵もないかと言われると、勿論興味はあるよ。けれど、おでこには絶対に敵わないんだよ」
「そうなのか?」
「もちろん」
力強いなと、彼女は前を向いたまま言葉を飛ばす。
ギルドの人達がいる区画までは、もう少し先。あの大岩を超えた先の崖を下ったところだったか。
ちょっと時間もあるみたいだから、説明しておこう。
「そうだな……。ダイナは野菜と肉、両方とも好きでしょ?」
「あぁ」
「よく食べるもんね」
ダイナの食事は小食気味な俺の五倍くらいはあるのだ。
肉も野菜も、その他諸々も、とにかく好き嫌いなくいっぱい食べる。その様はとても気持ちいい。
「じゃあ肉と野菜どっちが好き?」
「肉だな」
「それと同じだよ」
「どういうことだ」
「肉というおでこが好きなんだよ、俺も。けど、おっぱいやお尻、うなじや腹筋という野菜が嫌いなわけでは無い」
「…………………………うん」
訝し気な顔をしているのが伝わってくる。そんな返事だった。
しかしそうかぁ。伝わりにくいかぁ。
まぁ「おでこが好き!」という他の人に会ったこと無いからなぁ。意気投合をしたことが無いもんだから、この「好き」を説明するのに、どういった単語や言葉を使えば良いのか分かりかねる。
ううむと首をひねっていると、その、一区画先から。
強大さを思わせる爆発音が聞こえてきた。
「今回のターゲットか」
ダイナは進む身体を一瞬止め、やや俺をかばうような体勢を取ってくれた。ナチュラルに優しさと頼もしさを感じる。
「ユッキーさんたちだからある程度は大丈夫だと思ってたけど……、流石にのんびりしすぎたね」
「あぁ」
頷いた後、彼女は「よし」と俺の方を振り返った。
「抱くぞ、エイト」
「え、抱くって……」
ふわりと身体が宙を舞い、俺は彼女の逞しい二の腕の中へ誘われた。……あと背中に競り上がったおっぱいが当たっていた。
「抱くってそういう……、ってダイナ! おでこが、おでこが近い!」
「おでこ……、あぁ、顔が近いということか」
いいや、顔では無くておでこである。
つまり一番えっちだと思う部分が間近に迫っているのだ。それはもう……、えっちだろう!
「まぁいい。急ぐぞ。掴まっていろ」
「掴まると更におでこが近くなるんだってば!」
とても男らしいセリフを言う武骨な彼女に、俺は時々こうして不意打ちをくらう。
ううむ、キュン死にしちゃう。かっこよすぎて惚れ惚れするぜ。
「ってダイナ、モンスターが! 横から来てる!」
巨大な怪鳥モンスターが、背の高い草影から顔を出す。
鋭い爪を広げ、こちらへと一直線に飛来してきた。
「俺を降ろさないと――――」
「ふむ」
ダイナは一瞬動きを止め、「そうだな」とつぶやく。
そしてそのあと。
「え」
「ちょっと、舞ってろ」
「え……、うぉっ!?」
待ってろではなく舞ってろ。
そう言うと彼女は、俺をそのまま、宙へと放り投げた。
それはとても高く、高い。人間の力でこれほどまで高くに打ち上げられるのかと感心するくらいには、高いですね。
「ってオイダイナ……ッ、」
「フッ!」
垂直に投げられた俺がソラから見た光景は、武器も何も使わず、蹴りだけで怪鳥モンスターを一蹴したダイナの姿だった。
逞しい足が身体にめり込んでいくのが、なんとも衝撃的すぎてスローモーに見える。
しかしなるほど。彼女の身体へ、十全にバフが効いているのが分かる、良い一撃だった。
「……おわっ!」
「よし、キャッチ」
自重により落下してきた俺を、再びお姫様抱っこ状態で担ぐ彼女。
「行くぞ」
「……おぉ」
これが、俺がメインでバディを組む女戦士。ダイナ・グランバルドである。
武骨で。男らしく。冷静なように見えて、かなりの脳筋。
そんな彼女と俺が、この先どういう闘いに巻き込まれていくのか――――このときの俺たちは、知る由もないのだった。