4話 マスターは見た!
「お、お待たせしたでゴザル」
「お、おう、なんかキャアイ……気合いが空回りしてるけど、大丈夫か?」
三日後の土曜日、昨日連絡があって、今日の昼過ぎに来ると言うのでバイト先を手伝いながら待っていたら……なんかお洒落してやって来た
薄手のデニムっぽい生地のロングのジャンスカに、肩出しの白いブラウス、前髪はいつも通り目を隠しているけど、髪全体に軽くウェーブが掛かっている、ネックレスなんかの小物も根倉を引き立てるように配置されていて
――思わずドモるくらいに、綺麗だ!
特に肩出しがヤバい!首は襟で隠れてるんだけれど、肩から二の腕が丸見えで、なんかエロい!
ギクシャクと席に案内して、ドタバタとおしぼりとお冷やを持って来たのだけど、ドキマギしてそれどころじゃない!
「だ、大丈夫でゴザルよ、空回りなんかしてないでゴザル」
「そ、それならいいんだけど……そ、そうだ!シュークリームがあるから、ちょっと待っててくれ!」
「お、お構い無くでゴザル!」
おしぼりとお冷やを置くのも忘れて厨房に逃げ込むと、トレイをそこら辺に置いて、料理をしていたマスターの肩をガシッと掴んだ
「うおっビックリした!どうした、何かあったのか」
驚いたマスターが問い掛けて来たが、心臓がバクバクいって耳に届かない
両手を伸ばして、マスターの肩に体重を掛けるように身体を預けると、顔だけ上げて心の丈を語った、というか語りたい!
「マスター、俺は肩フェチだったみたいです!」
「そ、そうか、分かったからその手を退けろ」
「肩って最高ですね!俺もう新しい扉が開きましたよ!」
「いいからその手を退けろぉぉぉぉ!!」
邪険に手を払われて支えを失った身体は床にベチッと倒れる、だけど脳内麻薬がドバドバ出ているのか全く痛くない、むしろ床の冷たさが心地好いくらいだ
このまま床と一体化したい……って、根倉を待たせてるんだった!
ビヨンと起き上がって何をしに来たか思い出す、えーと、確か紅茶となんだっけ?……そうだ紅茶とシュークリームだ!
慌ててちょっと濃い目に紅茶を作ると、冷蔵庫を開けてシュークリームを取り出した
「マスター、昨日言ってた彼女が来たのでシュークリーム持って行きますよ」
「お、おう、出来ればお前の肩フェチは、その彼女にだけ向けてやれ」
「は?当たり前じゃないですか、今まで他の女にトキメいた事はありませんよ!」
「そ、そうか、それを聞いて安心した」
「?」
なんかマスターが意味不明な事を言っているけど、まぁ後で聞けばいいか
紅茶を入れるのに時間待掛かったから、さっさと持って行こう
「お待たせ、これがこの前のお礼な」
「は、はい、ありがとうでゴザル……って、デカっ!」
置いたシュークリームの山に、根倉が素で驚いた
それもそのはず、小さなシュークリーム六段重ねだ、高さは二十センチはある、およそ手首から肘くらいの高さだ
それに、上からメープルと蜂蜜入りの特製シロップがたっぷり掛かっているから、見た目だけはボリュームたっぷりだ
「マスターに根倉の事を話たら、これが良いだろうと作ってくれたんだ」
「これが良いって、山盛りの月見団子がですか?……私どれだけ食べると思われてるんですか」
月見団子?……ああー、確かに見た目は月見団子だな、シロップのせいで、みたらし団子にも見える
マスターの名誉は置いといて、訂正しておこう
「それシュークリームだぞ、マスターは腕はいいんだけど美的センスがアレでな……新作は大抵こうなる」
「え?このお団子がシュークリーム……本当だ!よく見たらシュークリームです!という事はこれ、クロカンブッシュなんですね」
「そうそう確かそんな名前、ハンマー……小槌だな、これで崩して食べてくれと言ってた」
言いながら掌サイズの小さな木製の小槌を置いてやる
ついでに紅茶を注いでからティーポットも置いて、根倉の対面に座った
「ハンマーでですか?……あっ」
小槌を持って何かに気付いたのか、根倉の顔は次第に赤くなり、顔を伏せた
……照れているみたいだけど意味がわからない、もしかして小槌に何か書いてあったのか?
「えーと、いきなり恥ずかしがられても困るんだけど」
「あの……そのマスターさんに、私の事を何て説明したんですか?」
「何てと言われても……普通に説明しただけだけど」
──最高に良い女だとな!
というのも、前回根倉がこの店に来たときに、俺が珍しくマスターにケーキをねだったから、俺と根倉の様子を奥から覗かれてたみたいなんだ
今日来ると言ったら、どういう関係か根掘り葉掘り聞かれて、つい片想い中だとゲロっちまったんだよ!
「そ、そうですか……///」
「だから照れるなよ!こっちまで恥ずかしくなるだろ、何か書いてあるのかそれ」
小槌に手を伸ばしたら、うつむいていた根倉が「え?」と驚いて顔を上げた
同時に手も動いたので、目測を誤って根倉の手を握ってしまい……
俺と根倉の時が止まった
「……!」
「!?」
頭の中が真っ白になって、視線が自然と重なった手から根倉の目に移る、根倉もつられて俺を見詰めるけど──
「……」「……」
ツカツカ←マスターの足音
──まるで知らない女の子のようだ、前髪を上げればいいのに、せっかくの綺麗な顔がよく見えない
「「……」」
カシャッ←物陰から写真を撮った
息すら忘れるように見詰め合い、想いだけが強くなる……溢れた俺の心が勝手に口を動かして、溜め込まれた言葉を吐き出させた
「根倉、彼氏と別れて俺と付き合ってくれないか」
●REC←マスター録画中
言ってしまってから後悔したけど、もう後の祭りだ
バクバクとうるさいくらいに動き出した時間の中で、根倉はハッと息を飲むと、俺の手を強く握りしめ……何かを思い出したかのように焦り出した
「え……あ、あの…………ごめんなさい!」
ガゴン!←俺がテーブルにつっぷくした音
ぶわっ!←マスターが泣いた
ヒュー……ヒュー……ゼヒュー
「……そ、そうだよな、彼氏居るのに、ご、ごめんな……ヒュー……ヒュー」
「違っ、そういう意味じゃ……って、大丈夫ですか?今凄い音がしましたけど!」
「根倉は優しいな、俺なら大丈夫だ……ゼヒュー……ちょっと瀕死の呼吸をしているだけだから……ヒュー……ヒュー……コヒュー」
「それは大丈夫とは言いませんし、それで倒せる鬼もいません!」
「ゼヒュー……」
いいや倒せるぞ、志津の鬼いちゃんの元鬼や鬼望は虫の息だ、朝日を浴びるまでもなく滅びるだろう
「って、そうじゃなくてってですね……」
「ゼヒュー……」
根倉は言いずらそうに顔を伏せるが、決心を固めたのか顔を上げると、再度ごめんなさいとでも言いそうな表情で口を開いた
「彼氏が居るって言ったのは、嘘なんです」
「えっ!」
ガバッと顔を上げると、俺の中の希望が息を吹き返した
「あの時はああ言わないと……高幡くんにナンパされそうだったから」
「ごふっ!」
ガガゴン!←テーブルに頭からつっぷくした音
ぶわわっ!←マスターの涙が溢れた
そして続く言葉でアッサリと止めを刺された
告白する前に、すでに振られていたよ!
「ちょっ、今の音は流石にヤバくないですか!」
「だ、大丈夫だ……ぐふっ……ちょっと致命傷の呼吸をしているだけだから」
「悪化してる!って、だからそういう意味じゃ無いんです!」
「ならどういう意味な訳?」
もう失う物がない俺は、つい聞き返してしまった
心境としては、朝日を浴びて崩れていく鬼の気分だ……今昼過ぎだけど
「あの……告白は一旦保留にしてくれませんか……お互いの事を何も知りませんから……先ずはお友達からでは、駄目ですか?」
「……それって、遠回しなお断りの言葉だよな?……ぐふぅー」
俺は知ってるぞ、それはお友達以上にはなれないパターンだ
「そんな事ありません!」
「なら、お互いを知ったら付き合ってくれるのかよ?」
「そ、それは……」
意地悪な質問で恥ずかしそうに言いよどむ根倉に、肩肘をつきながら振られた腹いせに悪態をついてしまう
「ほらな、所詮口だけなんだ」
「ち、違います!ちゃんと高幡くんが理想の男性になってくれたら付き合います!」
「理想ってあーた……ちな、根倉の理想はどんな男だ?」
若干ドン引きしながらも尋ねたのは、もちろんワンチャン賭ける為だ
どんな理想かは知らないけど、頑張れば根倉と恋人になれるかも知れないんだ……俺の中の希望がまた息を吹き返した……しぶといな希望、ゴキブリ並だ
だけどそんな希望も、また根倉の一言で斬殺された
「私の理想の男性は、ハクセンの八百万くんです!」
ガっゴン!←顎からテーブルにつっぷくした
???←困惑するマスター
「アニメキャラじゃねーか!」
正確には原作小説なのだが、道路の白線からはみ出したら負けというルールで、同級生や他校の生徒と戦いながらゴールへ早くたどり着くという競技をしている、バカ系部活アニメのライバルキャラだ
「それの何処がいけないんですか?」
「さも不思議そうに言うな!俺に高校生のくせにロングコート着て、塀の上を歩いて登校するような変人になれとでも言うのかよ!」
「八百万くんを馬鹿にしないで下さい!彼は自己暗示で道路が溶岩に見えるだけの素敵な人なんですよ!」
「俺が馬鹿にしてるのはお前だよ!バカ系部活キャラを理想の男性とか言ってるお前だよ!」
「はぁ(怒)?何を言ってるんですか、推しキャラが理想でどこが悪いんです!だいたい推しにジャンルは関係ありません!」
「リアルの男に二次元キャラのカッコ良さを求めないでくれ!言っておくけどな、俺は白線から落ちたら死ぬという危機感で身体能力がアップしたり、踏み外しても自己暗示で火傷とかしないからな!」
「それは……『覚悟が足りないなら俺が教えてやる、ハクセンから落ちたら死ぬ覚悟をな』……むふー」
「キャラのセリフを言ってご満悦になってんじゃねーよ!だいたいそれ、アニメでカットされた原作の問題シーンじゃねーか!俺は自動車の前に突き飛ばされるのか!」
「安心して下さい、八百万くんが寸前で助けますから……『どうだ、死を感じたか』……むふー」
「むふーじゃねーよ、死ぬよ!……くそっこの女、性格はドストライクなのに、常識がデッドボールだ!」
「誰がデッドボールですか!……というか、ハクセン知ってたんですね、アニメどころか原作も」
「ん?ああ、コメディは好きだからな、原作二巻の時に友達に教えてもらってからハマった」
気が付けばいつものノリ
おっかしーなー、俺は告白したはずなんだけど、何で普通に会話しているんだろ?
もしかして、無かった事にされてね?
ぐおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!……これってやっぱり脈無しなのか!異性として見られてないのか!二次元キャラを理想とか言ってるのは、遠回しな拒絶なのか!
ここから恋人にジョブチェンジ出来る確率って何%くらいなんだろ……生理的に無理とか言われたら、俺は泣くぞ!
今更ビアンカの魅了を相談する空気でもなくなった俺は、根倉と居酒屋が開店するギリギリまで駄弁ってから別れた
魅了については明日動物病院へ行って聞こう、そう思ってバイトに入ったのだが……マスターから写真と動画が添付されたメッセージを受け取った
『これも人生経験だ、元気だせ』
添付されていたのは、俺が告白して盛大に振られている場面だった
ジト目でマスターを睨むと、目を逸らされた
「……盗撮してたんですか」
「いい雰囲気だったから、成功すると思ってな……その、ドンマイ」
「ドンマイじゃねー!……て言うか、マスターは既婚者なんだからアドバイス下さいよ!なんかあるでしょ、女性が喜びそうな事」
すがり付くように聞くと、マスターは顔もそむけて遠い目をした
「うちは参考にならないぞ……今も昔も、基本逆らったら負けだからな」
「えっと……ドンマイ」
「うるせー仕事するぞ!開店時間だ!」
「イエス・マスター」
入り口の電灯を点けて扉を開けると、お客さんが外で待っていた
少々お待ち下さいと言ってドアのプレートを『open』に変えて、対応を始める
席に案内した後に、携帯を持ったままなのを思い出した
画面にはマスターが撮った、俺と根倉が手を握り見詰め合っている写真が写し出されている
──この瞬間は、イケると思ったんだけどなー
今更ながら落ち込もうとしたら呼び鈴が鳴ったので、直ぐ様「はーーい!」と返事をする
慌てて携帯を操作して添付された動画と画像を一緒くたに保存してからポケットに押し込み、注文用の端末を取りに歩き出した……そういえば予約客多かったっけ、今日は忙殺されそうだ、落ち込む暇もないな
この時すっかり忘れていた……俺の携帯が、クラスの連絡網と同期している事を
携帯の画像ファイルを連絡網と同期出来るのかだって?
この世界では簡単に出来るんですよ(震え声)