3話 パンデミック・ビアンカ
仔猫を拾って数日経つけど、学校では根倉に話し掛けていない、理由は至って簡単で、根倉の彼氏に遠慮してるからだ
もっとも根倉自身は、休み時間いつも携帯で漫画を読んでいるか、友達と駄弁っているかのどちらかなので、未だに彼氏に会った事がない
──というか、連絡している素振りもないんだよな……もしかして上手くいってないのか?
何故かイラっと来た
何故かじゃないな、根倉みたいな良い女を蔑ろにするとか、その男はクソかよ!
……っと、邪推はいかんな、単純に他校の生徒で携帯を持ってないだけかも知れないんだから……だけど気になるので探りは入れてみる
ここ連日で撮り溜めした仔猫写真をみんなに見せるついでに、根倉に話し掛ける作戦だ
いきなり根倉に行ったら、他のクラスメートに勘繰られるからな……誤解されても俺はいいんだけど、彼氏持ちの根倉に迷惑が掛かるのは避けたい
出来れば、ついでに学校でも根倉に話し掛けても怪しまれない関係を築きたい
というかこの写真、本当は里親を探す目的で撮ったんだけど、家族が家で飼うと言って聞かないから見せびらかす用になったんだ
因みに仔猫の名前はビアンカに決まった
イタリア語で白って意味の女の子に付ける名前らしい、志津が一生懸命に辞書を片手に考えた名前だ……若干中二病が入っているのはご愛嬌だな
お父さんのギンコやお母さんの銀時は、仔猫がメスなので却下した、白髪の漫画キャラの名前を付けようとすな!
おっといかん、つい儘ならない現実から逃避していたみたいだ
今は仔猫より根倉の彼氏だな、上手く行ってるか確認したい……本音は、クソ男だったら根倉をNTRしたいだが、根倉の幸せを考えると上手くいってて欲しいとも思っている……二律背反だな
とりあえずさっさと確認しよう
ちゃちゃっと携帯の画像ファイルを開いて、駄弁っている四人組の女子へと突撃する
ほとんど喋った事がないから、「へー」や「ふーん」で終わるだろうけど、めげない振りして次の女子……根倉に話し掛けて、仔猫の話題で盛り上がる作戦だ
これなら今後、猫に詳しい根倉に話し掛けても勘繰られないだろうからな
「なーなー、仔猫を拾ったんだけど見ないか?」
話し掛けると予想通り女子四人には怪訝な表情をされたけど、構わず仔猫の写真を見せつけてやる
交友関係ないから、めっちゃ不振そうに携帯を覗き込まれた
(よしよし良い感じだな)と思ったのだけど、仔猫の写真を見た瞬間に──女子が壊れた
「きゃわわわわわわわわっ!」
「てんすぃー!てんすぃーがいる!」
「いくら!?いくら出せばその写真を売ってくれるの!」
「五枚までなら出せるわよ!」
「後で払うから、携帯を寄越しなさい!」
あれ?予想していた反応と違う(汗)
何このデジャブ、家族に仔猫を見せた時並みの反応だ
携帯を取り上げられて勝手に連絡先を交換されて写真を送信されてるけど、鬼気迫る迫力で何も言えない、というか反抗したら殺られる
「何々どーしたの?キューーーン!」
「おかわわわわわわわわわわ!」
「私にも!私にも頂戴!」
「もう面倒だから画像ファイルごと転送して!」
騒ぎに集まった他の女子まで虜にしている
凄いなビアンカお前モテモテだぞ……何か怪しい電波出してない?もしくは魅了魔法
「ふぉわぁーーーー!」
「高幡、今日遊びに行ってもいいか!」
「俺も行く!コンビニで猫缶買うから待っててくれ!」
「ゲーム貸すから抱かせろ!」
「だあぁぁぁぁーー!写真で我慢しろ!魅了状態のお前らを連れて帰れるか!」
男子まで寄って来た所で、俺の忍耐はぶち切れた
これは会わせたら危険だ、錯乱状態のこいつらがビアンカに何をするか簡単に予想出来る
絶対に争奪戦が勃発して、どさくさに紛れて連れ去られる未来しか見えない!
「おい女子!こっちにも写真寄越せよ!」
「うるさいわね!今堪能してるんだからあっち行きなさいよ!」
「なら高幡の携帯寄越せ!クラスの連絡網に画像ファイルアップするから、欲しい奴はそこから落とせ!」
「いいけど、これからも写真が増えるかも知れないから同期させときなさいよ」
「おう任せろ!高幡には毎日投稿させる!」
「投稿させるじゃねーよ!勝手に同期させるな!俺にプライバシーはねーのか!」
「は?無いぞ」
「お猫様が優先に決まってるじゃない」
「昼飯奢ってやるから写真撮ってくれよ、つか撮れ」
「なんならお弁当作ってあげるわよ、猫缶とカリカリで」
「猫を連れて来いよ、そしたら同期は解除してやる、解除してやるとは言っていない」
「鬼かお前ら!」
真顔で鬼畜な事を言うな!
こいつらマジでヤバい、冷静に狂ってやがる、なんとかしないと本気で家に突撃されかねない!
思わず根倉に視線を送って『助けて』と訴えてしまったけど、首をブンブン振って『無理、無理』と返された
「おーい何騒いでるんだー、もうチャイムは鳴ってるぞ、早く席に着けー」
ナイスタイミングだ先生!
いつの間にか休み時間は終わっていたようで、担任が教卓をファイルケースでトントンと叩いていた
このLHRが終わったら今日の授業は終わりだから、何とか逃げられたか
……そう思っていたのだけど、一人の女生徒が担任の前まで行き携帯を差し出した
移動する時にチラッと見えたが、多分ビアンカの写真を見せているのだろう
「先生、高幡くんが猫を飼い始めたみたいなんですけど、連れて来るのも見せるのも拒むんです」
「は?何を言って……今日のロングホームルームは予定を変更して猫の飼い方について話し合おう、高幡は明日仔猫を連れて来るように」
「なんでやねん!」
思わず担任だというのも忘れて全力で突っ込んでしまった
「高幡、これは情操教育と言ってな」
「自分が会いたいだけだろ!だいたい授業中はどうする気だよ!」
「そこは先生が責任持って預かるから安心しろ」
「安心できるか!仕事しろ!」
あかーん、先生まで魅了された!
ビアンカ本当にお前何なの?しっぽが二股に別れてないよな?
だいたい連れて来ようにも、根倉から仔猫にはストレスは厳禁だと言われたばかりなんだぞ…………そうだストレスだ!またストレスで乗り切ろう!
スーっと深呼吸して心を落ち着かせてから、ノートを片手に持って立ち上がると
「先生、仔猫にストレスは大敵なんです、只でさえ捨てられて体力が低下しているのに、大人数で構っては仔猫の身が持ちません」
さも偉そうに言ってやった
更に無意味にノートを開いて、パンパンと叩きながら適当な事を言ってやる
「統計的にも捨て猫は環境の変化に戸惑っている事が多いのです、それなのに仔猫の体調も考えずに連れて来いだなんて、先生に猫を愛する資格はありませんよ!」
「うっ……し、しかしだな…」
「しかしではありません!仔猫が可愛いなら我慢して下さい!ストレスで病気になってもいいんですか!」
「わ、わかった……私が悪かった」
勝った、第三部完!
落ち込む担任 (とクラスメート)を見てガッツポーズを取る、気分は正にコロンビアだ!
コロンビアを知らない人は「コロンビア ガッツポーズ」で検索してくれ、凄いドヤ顔が見れるぞ
危なかった、家族同様ストレスを盾に拒めたから良かったけど、失敗してたら殺される所だった
うちの家族はビアンカにベッタリだからな、先ず学校の時間に自分が世話出来ないという理由でお母さんに殺される
その後はお父さんと志津が、自分も職場や学校へ連れて行くと言って口論になって、巻き込まれて殺される
ふぅー、家庭崩壊待ったなしだったぜ
担任が未練がましく携帯でビアンカの写真を眺めているけど、もう脅威は去ったと思っていいだろう
くるりと周りを見渡したら、他のクラスメートも携帯を見ながら落ち込んでいる、知った事じゃないな
落ち込んでないのは根倉だけだ、何故か恥ずかしそうに携帯を見ている
「ハァー、ではロングホームルームを始めるが、もう今日は連絡事項だけでいいだろ、プリントを配るから各自勝手に読んでくれ」
やる気の無さを隠そうともせずに、担任が前の席にプリントの束を配っていく
時折こちらを見ては『待て』を言われた犬みたいに切なそうな顔をしているけど、そんな顔をされても仔猫は連れて来ないからな!チラッチラッとこっちを見るんじゃない!
LHRが終わると、俺は根倉にバイト先に来るようにメールした
前回のお礼と称して、彼氏の事を聞く為だ……欲張らずに最初からこうすれば良かった、そうすればビアンカで大騒ぎする事も無かっただろうから
そうだ、ついでにビアンカの魅了の件も相談しよう、あれヤバい、マジでヤバいから
……あれ?前回はすぐに返信あったのに、今回は返事がないな
気付いてないのか?と思い根倉の方を見ると──根倉の周囲を女性陣が囲んでいて、全員が俺をガン見していた
ヒィー
恐怖で思わずガタッと椅子ごと後退る
何!俺何かした?……って猫か!猫に会わせなかったから、クラスの女子が集まって暗殺会議をしているのか!
(──というのが経緯です、ですからこのメールもデートの誘いではありませんし、私が仔猫を独占している訳でもありません)
(なるほどなるほど、だいたい分かったけど……それはそれとして、高幡は絶対に気があるわよね)
(同意、私達には仔猫と会うのを禁止しているのに、玲奈だけ特別)
(そ、それは、さっき言ったように、仔猫を拾う時に私も居ただけで……)
(それだけで玲奈の写真を撮るの?)
(玲奈は、好きでもない人の写真を保存する?)
(そ、それは……)モジモジ
(そもそも仔猫の飼育方法を玲奈に聞く時点で、お察しなのよね)
(え?何かおかしいですか?)
(動物病院に連れて行ったのなら、普通は獣医さんに相談しない?)
(もしくはネットで調べる、少なくとも、ほとんど喋った事がない異性を家になんか呼ばない)
(あう~)
(ノコノコ行ってる時点で、玲奈もお察しなんだけどね)
(漫画を描くのが最優先だった玲奈にも、ついに春が来た)
(ち、違います!あれは高幡くんなら安全だと思って)
(のっ割には、高幡くんが撮った写真を嬉しそうに見てたわよね?)
(いい人だと思ってた人が、自分の写真を大切に保管してたら、どういう気分になるの?是非教えて欲しい)
(そ、それは……///)
(安心しなさい、上手くいくように協力するから)
(報酬は、高幡の仔猫に会わせてくれるだけでいい)
(あの、それは流石に……)
(とりあえず、今日のデートは延期してもらいなさい、持ってる服をチェックするからね、玲奈は服に無頓着過ぎるから)
(コーデには自信ある、いざとなったら姉の服を借りる)
ボソボソと喋っているからほとんど聞こえないけど、時折「高幡」「最優先」「保管」「報酬」とか聞こえて、生きた心地がしなかった
チラチラと女子達から見られてもいるんだけど、まるで獲物を狩る肉食動物みたいで、めっちゃ怖い!
よし、根倉からの返信がないから帰ろう、今日はきっと日が悪いんだろう
そう自分に言い聞かせて席を立った所で返信が来た
『ただいなる御迷惑を御掛けして
すみません、今日は都合が悪いので行
けそうにありません
て』
雑な縦読みが混ざっているのは気のせいだろうか?あと一行頑張れよ
女性陣が根倉を苛めているのかと一瞬思ったが、苛める所か、むしろ嬉々として根倉に構っているように見えるので、苛めではないだろう……正確には、知らない店に入ったら大量の店員に囲まれて、無理矢理商品を勧められているように見える
うん、問題ないな!
クラスでマルチ商法が流行ってるなんて聞いた事ないからな、きっと大丈夫なはずだ
俺は根倉のすがるような視線に『無理、無理』とぶんぶん首を振って答えると、一目散に逃げ出した
悪いな根倉、クーリングオフは調べておくから、なんとか耐えてくれ
あの状態の女性陣に突っ込むのは、トラックに突っ込むよりも怖い!
因みに翌日、写真代として集められたお金とお弁当(男子の手作り)(女子の猫缶とカリカリ詰め合わせ)は受け取り拒否をしてます
このクラスは三十四人の生徒がいます、即ち主人公と根倉を抜いて五枚✕三十三人、流石に受け取るのが怖いです……一人多いのは担任の分