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スキトオル  作者: 咲佳名
二月二十一日
5/42

〇八二五

「姫紅っ!」


 教室の扉を開けた瞬間、徹の横から何かが発射された。何かというか、言うまでもなくわん子である。そして、彼女が文字通り飛んでいった先には一足早く教室に到着していた姫紅が立っていた。


「おはよう!」


「はいはい、おはよう」


 凄まじい速度で飛来したわん子を危なげなくキャッチし、姫紅は優しく笑う。毎朝の日課となっているこの微笑ましい光景だが、ドアを開けて姫紅の姿を捉え、そして飛びつくまで、一秒を切っている。それを涼しい顔で受け止める姫紅も含め、恐ろしい少女達である。


「本当、仲良いよなぁ」


 ぴったりとくっつく二人を眺め、徹は感心の溜息をつく。ただ、姫紅に抱きついてはしゃいでいる姿を見ると、どうしてもペットとその飼い主を連想してしまう。わん子には悪いが、徹がこの前遊びに行った友達の家の犬が、丁度あんな感じだった。


 しかし女の子同士とはいえ、改めて見るとやはりこれは過剰なコミュニケーションなのではないだろうか。この上無く幸せ! と言わんばかりのわん子を見て徹の悪戯心が疼く。


「実はお前らそっちの気があったりして!」


「うん、そうだよ?」


 あまりに堂々としたその態度に思わず凍り付く徹。茶化すつもりで吐いた軽いジョークだったのだが、わん子の目には一切の濁りが無かった。こいつは今更何を言っているんだ、と目が語っている。その真っ直ぐな眩しさに耐えきれず、視線を逃がす。それは自然ともう片方、姫紅の方へ。


「……へ!? ち、違う! 私は違うわよ!」


 疑惑の視線を向けられている事に気づき慌てて否定する姫紅だったが、寧ろお前の方が怪しい。と徹に一蹴された。


 さて、いつまでも突っ立っているわけにもいかない。そう思い自分の席に向かおうと振り返った徹は、何かにぶつかり歩みを止めた。視界に飛び込んできたのは、みょんみょんと揺れる白い綿毛。


「おっと、ごめんよ徹」


「タンポポが喋った!」


 下だよ下、の声に従って首を傾けると、わん子とほぼ同サイズの少年が不機嫌そうに徹を見上げていた。青い瞳に銀色の髪。それを覆い隠すように被った灰色のフードのてっぺんには先程の綿毛が右へ左へ存在を主張している。 


「何だ仁か。おっす」


「うん、おはよう」


 羽中(はなか)(じん)。徹達が二年に上がる時に転入してきた、いわゆる転校生。なのだが、彼の外見からも何となくわかるように普通の転校生ではない。


「お前さあ、いい加減これ外さない? ピコピコ鬱陶しいんだけど」


「それは出来ないよ。母船との交信が途絶えたら困るんだ」


 またこれか。徹は呆れて額を押さえる。そう、彼は留学生。ただし、海外からではなく、大気圏外からの留学生。本人曰く、宇宙人らしい。


「お前あれだろ、人とちょっと違うのが格好いいとか思ってるんだろ。悪い事言わないからやめとけって」


「僕は大真面目なんだけどなあ」


 やれやれと言った様子で首を振る仁。困ったタンポポだ。とはいえ、この電波な格好と言動を除けば、割と常識人(電波な時点で常識も何も無いような気もするが)かつ気の回るいい奴なので、徹はよく仁と行動を共にしている。 


 徹が席に着くと、仁も隣の席に腰を下ろした。特別仲良くなったのは、席が隣同士だった事も大きいのかもしれない。仁や周りのクラスメイト達と毒にも薬にもならない会話をしながら、徹はぼんやりと辺りを眺める。


 担任の教師が姿を見せないため、教室は未だ騒がしい。時計を見ると、ホームルームはとうに始まっている時間だった。賑やかなのはこのクラスだけ。両隣のクラスにとっては良い迷惑なのだろうが、生徒達にはそんなもの関係無い。教師がいない教室が無法地帯と化すのは万国共通だろう。


「我がクラスの女王様は今日も遅刻か」


「先生もいろいろ大変だからね。まあでも、そろそろ……ほら」


 仁につられて廊下を見ると、カツカツと音を立てて教室に歩いてくる女性が見えた。白衣をマントのように靡かせ、毅然とした表情、態度。近寄り難いその雰囲気は、なるほど女王のようだ。その姿を見て、騒いでいた生徒達も慌ただしくそれぞれの席に戻る。最後の一人が座るのとほぼ同時。彼女は教室のドアを開け――


「はぐっ!」


 ――切れず、そのまま衝突した。


 ぶつけて朱に染まった額を押さえ、一言。


「……あー、駄目だ。昨日の酒抜けてないなこれは」


 そのおおよそ教師とは思えない間抜けな言動に、教室はどっと沸く。先程とは一転。よたよたと教壇を目指す彼女は、未だ笑い続ける生徒達を不満気に睨みつけた。


「あのな、お前達は二日酔いの恐ろしさを知らないからそんな風に笑えるんだぞ? そりゃあ飲んでる最中はいいさ、楽しいからな。次の日になってみろ。頭は痛いわ体は重いわ腹の中は荒れるわでもう仕事どころじゃないんだよこっちはって話だよ。だいたい何でこの学校って奴はこんなに朝早くから始まるんだ。私の生活リズムが」


「ああもういいからわかったから!」


 このまま放って置くのは良くないと判断した徹が、立ち上がってストップを掛ける。このクラスを受け持つ教師、仲雨(なかざめ)美月(みつき)は徹の方を向くと、面倒くさそうに後頭部を掻いた。


「東名ぁ、お前さっき放送室ジャックしてたな。 あれは後で怒られると思うぞ?」


「ああ、まあそうですよね……というか本来は担任のあんたが叱るべき所なんだけど」


「そういうのは他の先生が勝手にやるだろ……ふあ」


「いやふあじゃなくて!」


 突っ込まずにはいられなかった徹。朝から教卓に突っ伏して寝る教師なんて世界中探しても彼女しかいないだろう。教壇に用意されているのは彼女専用であるキャスター付きの椅子。曰く「お前達は一時間ずっと座っているのに私だけ立っているのはおかしい」らしい。生徒の前ではしっかりしよう、なんて考えは微塵も無いのだろう。敢えて良い解釈をするのであれば、生徒達と同じ位置に立っているとも言える。と言うか、立っていて欲しい。せめてホームルームの間くらいは。


「連絡事項とかあるだろ? 仕事しろよこの給料泥棒!」


 突っ伏したままの状態で美月は目だけを徹に向ける。そしてじーっとしばらく見つめた後、彼女は不満を隠そうともせず盛大に舌を打った。「教師が舌打ち!」と憤る徹を仁が何とか宥める。


「白妙ー、白妙はいるかー」


「あ、はい」


 手招きをされ、姫紅は教壇に向かう。手渡されたのは、一枚の紙と大量の紙。


「連絡を頼む。そこに書いてある奴な。そっちはこの後の数学で使うプリント。悪いが配っておいてくれ。ちょっと、本当に寝る」


 それだけ言い残し、美月はカクンと事切れた。


「大丈夫なのかあの人……」


 こんな様子の彼女だが意外と生徒からの人望はあるようで、よく相談に乗ったりもしているらしいが、徹としてはいまいち信用ならない所。ホームルーム終了の鐘が虚しく響く中、呆れて溜息もつけない徹だった。


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