〇七五〇
東名徹。その名前を聞けば、この町の人間は大抵顔を明るくする。彼は人気者で、そして有名人だ。彼の通う学校内はもちろんの事、町内でも彼を知らない者はいない程に。
目立ちたがりで奔放な性格である為、校内外、老若男女問わず友達がいる。それも理由の一つではあるが、彼の知名度が高い最たる理由は、その容姿にあった。
彼は北欧産まれの母親の血を濃く継いでおり、日本人離れした目鼻立ちと綺麗な黄金色の髪を持つ。観光客が珍しいこの地方都市。それも比較的外れの町では、黙っていても目立つ存在。それが東名徹という少年だった。
乾いた風が徹の頬を鋭く掠めていく。北国では無いとはいえ、二月の外気は恐ろしく冷たい。このまま呼吸を続けていたら、肺が凍り付いてしまいそうだ。寒い、寒いと誰に言う訳でもなく呟きながら、徹は鼻の先までマフラーに顔を埋めた。
見慣れた通学路を歩いて行くと、住宅街から大通りに出た所で「おう、徹」声を掛けられた。同じ学校の、別のクラスの男子生徒だ。
「おっす。ってお前、まだそのキーホルダーつけてんの?」
彼の鞄にぶら下がっている絶妙に不細工なそれを指差すと、男子生徒は得意気にそれを揺すってみせた。
「いまいち人気出ないよな、それ」
「そうか? 周りには結構好きって奴いるぜ? まあ、それでも親のお前の方がまだ有名だけどな」
「親って」
約一年前、町興しの為に考案されたローカルなキャラクター。そのデザインを担当したのが、誰あろう東名徹本人だった。その実情は彼の言う通り、皮肉にも生みの親の方が高い知名度を誇っているという有様である。
しばらく談笑しながら歩いていると、徹の携帯電話に着信が入った。一言断りを入れ、徹はそれに応じる。
『あ、徹? 大丈夫? もう家は出たわよね?』
「ああ、もう向かってるよ」
『ハンカチは持ってる? ティッシュは?』
「持った持った」
『今日体育あるけど、体操服は? 玄関に置いておいたんだけど』
「それも持った」
『今日もしかしたら雪が降るかもって。折り畳み傘は』
「ああもううるさいな! お前は俺の母ちゃんか!」
堪えきれず徹が携帯電話に叫ぶと、電話口の向こうでは『みたいなものでしょ』と淡々とした返答が返ってきた。
幼い頃、彼の母親は交通事故に遭ってこの世を去った。父親は主に海外での仕事が多い人だった為、残る徹は必然的に一人になる。そんな徹の面倒を見てくれたのが、隣に住む白妙家。そして、今通話している白妙姫紅だった。
「大体、そんなに気になるなら一緒に出ればいいだろ?」
『そ、それは』
「何だよ」
『い、一緒に登校して、噂とかされると恥ずかしいし……』
「お前は何年前のヒロインなんだよ」
それから一つ二つ言葉を交わし、徹は半ば強引に通話を切った。全く、と独り言のように愚痴をこぼすと、隣を歩く男子生徒が目を輝かせて覗き込んできた。
「なあ、今の白妙か?」
その眼差しに気圧されながら、徹は「ん、ああ」と曖昧に返事をする。
「いいよなあ、白妙が幼馴染だなんて」
「何で?」
「何でって、わかってねえなあお前。白妙姫紅っていったらうちの学校でトップの人気を誇る女子だぞ?」
「ええ? 結衣ちゃん先輩の方が可愛いだろ」
「哀れな奴だ、徹。近過ぎるが故の弊害だよ」
勝手に哀れに思われ、徹は何だか腑に落ちない。
「そしてそんな白妙に愛されてるお前はどれだけ恵まれている事か」
「愛されてる? 本気で言ってるのか……? あいつ、俺に足でビンタしてくるんだぞ……?」
「いや、あれはお前のセクハラが原因だろ……」