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揺れるスカート

 放課後、爽太はホウキを手に持っていた。今日は掃除当番、4年1組の教室に面している廊下に立っている。爽太以外にも2人の女子がいた。クラスメイトの高木と、アリスである。


 爽太は、近くにいるアリスにチラッと視線を向けた。

 アリスは身振り手振りを交えて、高木と楽しそうに話している。

 どうやらホウキの使い方を教わっているみたいだ。

 無邪気なアリスを、爽太は強ばった表情で見つめていた。


 今日、俺がやらなきゃいけないんだよな……。


 アリスの隙をついてやる『遊び』を思うと、爽太は緊張で喉元が鳴った。


 クラスの男子達の間で流行っていた『遊び』。だが、外国人の美少女であるアリスが来てから、ピタッとなりを潜めていた。爽太を含めた男子全員、アリスに嫌われたくなかったからだ。しかし日が経つにつれ、男子達のそんな思いは少しづつ薄れていき、アリスに対して気が引けたことに、身勝手な敗北感を抱き始めていた。それと同時に、『見たい』という好奇心が彼らの背中を後押しした。


 そして、その思いは爽太に託されたのだった。


 元々クラスで一番やんちゃな爽太が始めたのがきっかけだったこと、さらに席が隣同士、しゃべったことがある、今日の掃除当番が一緒、そもそも俺達のリーダー的存在、と周りの男子達にのせられ、『俺に任せろ!』と胸を張って宣言してしまった。


 なんで俺、そんなこと言っちゃったんだろ……。はあ~……。


 深いため息とともに、つい視線が下にいってしまった。その先には、アリスの水色のスカート。ひらひらと可愛げに揺れている。


「うっ……!」


 爽太は慌てて視線を外した。落ち着きを取り戻そうと、周りを見渡したが――、


「ちょっと~! 早く帰りなよ~! 掃除のじゃまなんだけど!」

「いいだろ別に! ちょっとくらい!」


 4年1組の教室の騒がしい様子が目に飛び込んできた。今日だけ男子の居残りがやけに多い教室。掃除当番の女子達が男子達を追い出そうとしてやっきになっている。男子達はそれに抗いながら、その内の何人かは、チラチラと爽太に視線を寄せていた。まるで何かを期待しているみたいに。そんな男子達に気づいたのか、クラスにいる掃除当番の女子達も、爽太に視線をよこす。その目はとても冷たい。


 爽太の額に嫌な汗が滲む。


 ぎこちなく視線を廊下に戻すと、近くにいた高木と目が合ってしまった。鋭い目つきに見据えられ、爽太の全身に緊張が走る。すると高木が、静かに口を開く。


「ねえ、爽太」

「ん……!? な、なんだよ?」

「ここらへんは、アリスちゃんと私が掃除するからさ、爽太はあっちの方やっといてよ」


 高木は手にしているホウキの柄の先で、爽太の後ろを指し示した。

 どうやら廊下の掃き掃除の範囲である一番端に行け、と言っているようだった。


 爽太の鼓動が大きくなる。


 今は、アリスから離れるのを何としても阻止したい。

 爽太は強ばった笑みを浮かべながら、口を開いた。


「いや、あのさ。3人で固まって掃除した方が良くないか? そのほうが早く終わりそうだしさ。そ、それに、アリスが、今日初めての掃除当番だろ? 俺もそばにいたほうが良いんじゃないかなあ~って。ほ、ほら、なにかあった時、アリスの助けになれるというか――」


 と、爽太は高木に訴えたが、途中で言葉をつまらせた。


 高木が急に満面の笑みを浮かべたからだ。だが目は笑っていなかった。笑っているのに、笑っていない。とても恐ろしい現象に、爽太の体が固まる。まるで金縛りにあったみたいだった。


 クイッ。


 んっ!?



 誰かが、爽太の服の袖を軽く引っ張った。爽太はぎこちなくそちらに顔を向けると、アリスの顔が間近にあった。


「なっ!? ええっ!?」 


 思わずビックリした声を上げる爽太。だがそんなことお構いなしに、アリスは小さな口元を開いた。


「そうた?」


 心配そうな瞳で、アリスは爽太を見つめる。

 突然のことに、爽太は何と言えばいいか分からなかった。


「あっ、いやその……」


 爽太が戸惑っていると、高木が口を挟んだ。


「大丈夫だよ、アリスちゃん。爽太は別に何ともないから」


 高木がそう言って、アリスを近くに引き寄せる。爽太の袖から小さな手が離れていく。


 「あっ――」


 爽太はアリスに声をかけようとしたが――、


 クイッ。


 高木が再度、手にしているホウキの柄の先で、爽太の後ろを指し示す。

 少し険悪な雰囲気、アリスは高木と爽太の顔を交互に心配そうに見つめる。

 アリスのそんな様子がなんだか申し訳なく、爽太の胸がざわつく。

 この場にいるのが気まずくて、つい口にした。


「わ、わかったよ、あっちに行けばいいんだろ」


 爽太は高木に投げやりにそう言うと、指示通り廊下の端へとぼとぼ歩いていった。


「そうた」


 背中越しに、アリスの呼び止めるような声が聞こえる。だが、爽太はそのまま歩みつづけ、廊下の端に辿り着いた。そして、すぐにホウキで掃き掃除を始めた。


 シャッ、シャッ、と乾いた音が辺りに響く。


 このまま、掃き掃除を続けて終わりにしたいと思った。でも、そういうわけにもいかないよな……。


 爽太はそう思うも、頭を悩ます。


 アリスから距離が離れた今、爽太がやろうとしていたことは、もう無理だった。

 なぜなら、近くにアリスがいないと出来ない『遊び』だから。

 そんな事を思っていると、ふと、さっきのアリスの顔がよぎる。

 自分のことを心配そうに見つめる表情。ただ純粋に心配してくれたアリスに、大きな罪悪感が爽太を襲う。

 自分が今日、アリスに何をしようとしているのか、そう考えてしまうとより罪の意識が重くなる。


 そんな時だった。


「アリスちゃん、ちょっとやめて。あははははっ!」


 急に、高木の甲高い笑い声が後ろから聞こえた。


 爽太はハッとし、何ごとかと、慌ててそちらに視線を向けると、


 アリスが、ホウキにまたがっていた。

 スカートは膝丈まで持ち上げられており、白くキレイな両足があらわになっている。

 一体何が起こっているのか、爽太が目を丸くしていると、


 ピョン!


 アリスが飛び跳ねた。


 ふわっと舞う水色のスカート。両足はくの字に曲がり、両手はホウキの柄をしっかり握っている。まるで『今から空を飛びます!』と言わんばかりに。だか実際に飛べるはずがない。そのまま重力に引っ張られ、アリスは廊下に着地する。


 その時の表情は、とても不満げだ。


 そこからアリスはまた、ピョン! と両足で廊下を蹴る。『今度こそは飛ぶよ!』 っといった意気込みで。


 その様子は、まるで見習いの魔女みたいだった。

 アリスが外国人のせいか、より雰囲気が出ている。


 アリスは高木の周りを、ピョン! ピョン! と飛び跳ねる。

 高木はそのたびに、楽しそうな笑い声を上げていた。


すると、そんな様子にクラスにいる連中が気付いた。アリスのそんな姿を眺め、楽し気な笑い声がクラスから聞こえだす。


 それに気付いたアリスは、とても嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。


 皆が笑うたびに、アリスは、ピョン! ピョン! と飛び回る。

 爽太はそんなアリスに目が釘付けだった。

 口元がゆるみ、思わず吹き出した。


「ぷっ、くくくっ、あははは!」


 爽太は思わず笑い声を出した。

 今までの暗い気持ちが一気に吹き飛ばされる。


「アリス、何やってだよ、あははは!」


 爽太が独り言のように口にし、楽し気に笑った時だった。


 くるり。


 えっ?


 アリスが爽太の方へ急に振り向いた。

 とても嬉しそうな表情で。


 そう思った時にはもう、アリスがこちらに小走りで駆けよってきた。


「なっ!? ええ!?」


 突如、間近にやって来たアリス。


「そうた!」


 アリスは元気にそう言うと、イタズラな笑いを浮かべ、ホウキにまたがった。

 水色のスカートがホウキの柄で押し上げられ、アリスのキレイな膝と、長く艶やかな両足が見える。


「いいっ!?」


 爽太の鼓動が早くなる。と同時に、


 ピョン!


 アリスが飛び跳ねる。


 ふわっと、さらに少し持ち上がるスカート。


 それを目にした瞬間、爽太の気持ちが掻き立てられる。今、目の前にアリスがいる。

 突然やってきた絶好のチャンス。だが、罪悪感が爽太を押しとどめる。

 どうしていいか分からず、爽太はクラスにいる男子に目線で助けを求めてしまった。


 だが、それがいけなかった。


 クラスの男子の目が色めきだっている。爽太に全力の期待を込め見つめていた。


 爽太の鼓動が大きくなる。


 もはや、逃れる事が出来ない。


「そうた?」


 ビクッ!


 アリスの呼ぶ声に、爽太の両肩が跳ねる。


 アリスに視線を合わすと、大きな丸い瞳が不思議そうに爽太を見つめていた。

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