魔王とバイト そしてサプライズ
転移してこちらの世界の生活にもかなり馴染んで来た魔王はアルバイトを始めた。
そんな魔王の元に軍資金が入り込む。
魔王の次の企みが遂に決行される!
あれからアルバイトを始めた。
いつも通りに更衣室で制服に着替えて、お店のホールに向かう。
「おはようございます」
「おは~、雫っち~」
このユルい感じでマイペースな女性は香野志穂。
ここ[喫茶コーノ]のマスターの孫娘でバイトの先輩だ。
店は小規模で木造の建屋になっている、店内は小ぢんまりしていてお世辞にも若者向けの喫茶とは言えない地味な赴きである。
『だが、そこがいい』長年使っている木材の匂い、ゆったりと落ち着いた雰囲気の店内が気に入ったのだ。
「今日はこの時間からなんだなー、てか堅い」
「えー、だって仕事中ですし」
「大丈夫、大丈夫、私と雫っちだけだし~」
そう言う香野はカウンター席に座りクルクル回って居る。
「はぁ、じゃあいつも通りで」
「うむうむ、素直でよろしい」
店内は16時になっても常連のおじいさんと時間調整の為にたまたま立ち寄ったサラリーマンの2人だけ。
ほとんど香野と話して時々接客、それが流れとして定着している。
いつもの雑談に普段私に質問はしてこない香野が初めて聞いてきた。
「雫っちてさー、学校とかどうしてるの?」
一瞬返事に困る私に香野が続けて発した。
「私はさー、学校好きじゃなくて早退して良くここの手伝いさせて貰ってるんだー」
「へ、へぇ・・・」なんでかなんて聞くのは野暮だろう、だけど・・・どうしよう、この間持ちそうにない。
「やっぱり雫っちは理由聞かないねー」
「だって嫌だろ、そう言う事話すのって?」
「んー、いやー、単に行っても楽しく無いし~、あ~けどべつに苛められてるとかじゃないからね!」
それから香野は色々と話してくれた。
学校で話をしていても楽しいのだが、いつも周囲と距離を取り心から楽しめていない事。
喫茶店でバイトを始めてた理由。
香野は一通り話を終えたのかその顔はいつもより晴れ晴れとしていて、いつもより笑顔が輝いていた。
「ありがとね~ごめんね~雫っち、柄にもなくこんな話しちゃってさ」
「いや、問題ない、すっきりしたか」
「あぁ!なんか、すっげぇすっきりした」
「なら良かった」
「よし!明日からまた頑張るぞ!・・・って、「「うわ」」
そう言いながら二人で時計を見ると、もう19時を過ぎていた。
「ごめん雫っち、もうこんな時間!上がっていいよ!」
「いや、話を聞けてよかった、お疲れさまでした」
「うんうん!おつおつ~」
私は香野の意外な新たな一面に触れて人は本当に面白いと思った。
更衣室で着替えて帰路に着いた。
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今日は初めての給料日!
私はこっちに来てから世話になっている奏衣にお礼をしようと決め、駅前の時計台に呼び出した。
「もぅ、一緒に住んでるのにどうしてわざわざ外で待ち合わせ?」
そう言う奏衣は嬉しそうだ。
「コホン、本日はなんと・・・私の初給料日です!」
「おめでとう!おつかれさま」
奏衣は微笑みながら拍手をしてくれた。
なんだか急に恥ずかしくなって来た、バレないようにそっぽを向き目だけで奏衣を見た。
奏衣は本当に嬉しそうに喜んでくれた。
私は恥ずかしかったがちゃんとお礼をしたいと思いを告げると
「そんなー、いいのにー」
「いや!それじゃ私の気が済まない!」
すると少し考え込んだ様子の奏衣。
「それじゃあお言葉に甘えてエスコートはおねがいね」
待合せがお昼だったのでサイデリアでランチにすることにした。
「何にする」
「んー、私あまりファミレス入らないからなー」
ふたりでメニューを見ながら何にするか話しながら、私も入ること事態初めてだからどれが美味しいとか分かんないんだよな・・・。
香野が前に迷ったら日替りランチが無難って言っていたのを思い出す。
私が切り出す前に奏衣が言った。
「私、シズと一緒にしようっと」
「そっかー・・・ん、ふぇっ、今なんと」
てっきり決まったものと思い込んでいた、まさか私と同じで良いそんな回答が来るとは。
「わたしシズと一緒のにするわ」
なんだと!責任重大じゃないか、下手なものを選ぼうものなら~・・・香野を信じよう。
そう覚悟した私は「じゃ、じゃあ日替りランチにしようかな」
思わず上擦った声になった、恥ずかしい。
「いいわねー!じゃあ店員さん呼びましょうか」
お昼を食べ終えサイデリアを出た。
「なかなか美味しかったな・・・」
「ほんと!美味しかったわね、たまに来るのも有りかもね」
そんな会話をしながら街を歩く、外はもう夕暮れになっていた。
ファミレスに長居し過ぎた・・・これじゃあ全然ダメだ、どうしたら・・・・。
失態への反省と挽回への1手を考えている。
ふと隣に視線を送ると隣に居るはずの奏衣の姿が見当たらない。
私は慌てて周囲を見渡し奏衣を探す。
すると後ろの方でポツンと一軒ある露店の前に奏衣が立っていた、私は急いで奏衣の元に駆け寄り声を掛けようとした。
奏衣がじっと見つめる先にはハート型のペアネックレスがあった。
「そのネックレス可愛いな」
夢中になっていたのか奏衣が珍しく顔を赤くしタジタジした。
「別に欲しいとかじゃなくて・・・、」
なんだこの可愛い生き物は。
「おじさん、このハートのネックレス欲しいんだけど」
私が店主の男に言った。
「なんだい、これかい?」
「そう、それいくら」と私が訪ねる。
「ふ~ん、なるほどね~そう言う~、嬢ちゃんたち・・・1万でいいぜ」
店主がニヤニヤしながらそう言った、私は特に疚しい事をした訳でも無かったので店主の反応を流してネックレスを購入した。
「奏衣こっち向いて」
こちらを向く奏衣はなんだか頬がほんのり赤くモジモジしている。
気にせず奏衣の首に片割れのネックレスを掛け、片割れを私が掛けた。
「いや~、あれだね!嬢ちゃんたちいいね」
店主がニンマリしている。
「いや、あの、わたしたちは@¥※%・・・失礼します」
奏衣が途中何を言ってるのか聞き取れなかった。
そう言い残し奏衣が走って行ってしまった。
「嬢ちゃん!追いかけんかい」店主が張った声で私に言ってきた、訳が分からないまま奏衣を追い掛ける。
はぐれてしまった奏衣を探す。
家の近くの公園のベンチに座る女性が居た。
「はぁはぁ、はぁ・・・やっと見つけたぞ奏衣」
息を切らしながら奏衣の元へ駆け寄る。
奏衣はうつむいたままベンチに座っている。
「なあ、奏衣なんかあったのか、あの店主になにかされたとか」
原因が分からず問いかける私に奏衣がやっと口を開いた。
「だって・・・このネックレス・・・」
このネックレスがいけなかったのか、私は買った事を後悔した。
「このネックレス・・・こ、こい」
ん、どうやら話しには続きがあるみたいだ、けど奏衣の声が小さくモジモジしている。
私は奏衣の隣に座り言葉を聞き取ろうとした。
「恋人が・・・相手に送る・・プレゼントよ・・・」
ん・・・恋人へのプレゼント・・・。私の脳内はフリーズした。
奏衣の言葉の意味が理解出来た、普段なら私も動揺してしまうが何故か今は自分でも驚く程に冷静だった。
「えっと、これまでのお礼と、これからもきっとたくたん心配かけたり迷惑かけたりすると思う・・・だから今のその気持ちの全部を形にしたかったんだ」
顔を上げてくれない奏衣に私はどうしたらいいのか分からない。
「シズらしいね・・・けどこれから心配はするかもだけど迷惑だと思う行為は自重して欲しいかなー」
奏衣の声が段々と明るくなって行った。
「うぅ、善処します」
「うん、よろしい」奏衣はいつものように微笑んでくれた。
「さあ帰りましょうか」
「そうだな」
この先、私は奏衣と一緒に居たい
そう強く強く感じた1日になった。
これまでの感謝を伝え贈り物をした魔王。
それは恋人が互いに身に付けるハートのペアネックレスだった。
魔王の考えを聞いて理解しつつも心に芽生えた魔王への思いは本物かそれとも幻か。
鈍感魔王に振り回される奏衣・・・次はいったい何が起こる!?