やがて悲しきエアーズロック
リアクションはオーバーにすべきかなのだろうか……?
窓のからの強い夕焼けの日差しので深い赤と黒に染まった放課後の生徒会室で、書紀のジュンイチ君と副会長の私は近日迫った運動会の資料まとめの作業をせっせとこなしていた。
「ねぇ、中学校二年の頃お前の隣のクラスの二組に小林マキって女子がいたじゃん?」
ジュンイチ君は先に売店で買ったコーラを飲みながら私にいった。
「え〜と、あぁ。あの子ね。あの時は同じクラスの女子がその子と男絡みの件でトラブってたのが印象として記憶があるなぁ」
その時私は学級委員長をしているからという理由でそのトラブルに巻き込まれたのだった。現在は男の子と年相応のお付き合いをしているが、当時の私は男の子という存在がいまいちピンと来なく、「何故これ程までにこんな下らない事に真剣になれるのだろう」と思いながら、なんとも漠然とした感覚でそのトラブルを対処していた。
「あいつ、確か三年の頃に転校したよな」
「あぁそうだったけ。オーストラリアに引っ越すって理由でだったけ。それで?」
「そのオーストラリアで、車の事故で死んだらしいぜ」
「小林マキが?」
「うん。小林マキが。一週間前程の話だよ。車でエアーズロックに向かう最中だったそうだ」
「(エアーズロック……)」
私は前方の机にランダムに転がっているエンピツを眺めながら、この話にどうリアクションをとれば良いかしばらく迷った。
ここはボディージェスチャーを盛沢山に込めて、思いっきりリアクションをしながら感想を述べるべきなのだろうか?
普段、淡白なリアクションしかとらない私だが、この話に関してはちゃんとしったリアクションはとらねばならない気が何故かした。
「エアーズロックってのは、これはまたひどく現実味が無い所ね」ホッチキスで資料を止めながら私はぼそっと呟いた。
これが私のReactions and answeredだった。我が発する言葉ながら、この言葉もまたひどく現実味がない気がしないでもない。
現実味のないエアーズロックという場所と私の言葉。それらは、カオスな動きの状態でらせん状に闇の深く下へ渦を巻いて消えてゆく。もしかしたら幼少のころから現在において私が今まで実際に肌で体験をやがてしていつしか消えていった悲しき感情は、ひょっとしたらそのらせん状の中で今も渦を巻いて私に本当の意味を理解してくれるのを待っているのかもしれない。
ふと私は思った。
「私は何処で死ぬのだろう?」
と。
はたして何処が私の死に場所に一番ふさわしいのだろうか?
私が今現在住んでいる家の部屋のベットの中? ノゥ。
独立して、一人自室の中で……。 ノゥ。
それとも、誰かの腕の中で? ちょっと違う。ノゥ。
ノゥ ノゥ ノゥ ノゥノゥノゥ。
死に場所は突然決まる。自分で選べるものではない。本来であればそれが一番自然なのだ。
彼女がエアーズロックへ向かう最中に死んでしまった事が正しかったのか正しくなかっかについて、私はおそらく結論を出すことはできないだろう。
「死」に確率や正しさや哲学性などは内包されていない。体験していない事を人は答えることはできない。全ての見解は憶測であり、病的だ。
それは わからない ものなのだ。「わからないもの」トルストイも人生論で言っていた。
すっかり放課後の生徒会室から心が離れてしまった私は、今まで信じて進んできた道がだんだんわからなくなる。何を信じてきたのもわからなくなる。
全ては私の勘違いで浅はかな妄想だったのではないか? という恐怖が私を後ろから徐々に圧迫する。
私が今まで師として仰いでいた方々の力によって、たまたま上手く道を進めただけなのではないのか? と圧迫感は私に暗く囁く。「そんな筈ない。私の力はある程度私自身が今まで構築してきたまぎれもない私自身のもの筈だ。」
しかし圧迫感は強まる一方で、とうとう全ては始まる前から手遅れだったのでは? と私は思い始めてきた。東洋の因果の考えのように、私の運命は生まれながらに決まっているのでは?
私はいつしかうす暗い体育館の真ん中でぽつんと椅子に座っていた。周りはだんだん暗くなり、そのうち私の後ろにぼんやりと浮かび上がってきた三人の知識人が独り言を呟き始めた。彼らは私の現在までの思考を構築してきた人だった。
そのうち一人の小説家は
「俺はたまたま世代が良かっただけだよ」
そのうち一人の評論家は
「俺はたまたま頭が良かっただけだからね」
そのうち一人の学者は
「俺はたまたま生まれたところがよかっただけだからね。」
彼らはそういった。私はだんだん頭が痛くなってきたので、その場で椅子から崩れ落ち頭を抱えてうずくまった。だれか助けて。
「――おい」ジュンイチ君のその言葉が私の思考を遮った。
助かった。
と私は思った。
「何、ずっと黙りこくってるの? もしかしてショックだった?」
「いや、別に。ただ、本当にひどく現実味が無い話だなと思って……」
気がつくと窓の向こうはすっかり真っ暗になっていた。先まで持っていたはずのペンの感触もずいぶん久しぶりな気がした。
「ごめん。当時、小林マキとそんなに仲がよさそう感じでもなかったし、単なるネタのつもりで話しただけなんだ。そこまで気にするとは思ってなかったよ」
ジュンイチ君は筆箱にシャープペンシルを入れ、机の上に散乱した運動会の資料を丁寧に整理して棚にきれいに戻した。
「さぁ、今日はもうこれくらいにしておこう。運動部の連中もとっくに帰っちまった。われわれもとっとと下校しようじゃないか」
そうしよう。今日はこれ以上資料のまとめは進行しそうになさそうだ。