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ヴァンパイアの集落にて





 ――ここは日当たりを考えたらやっぱりリビングに……。いや、でもこっちは窓からの景色がいいし。だったらこの部屋は客間にして、こっちは……。


 ぶつぶつと図面とにらめっこするラルベル。慣れない作業に頭がクラクラしそうだ。


 うーん、と伸びをしてこわばった体をほぐす。明日までにこの図面を渡してしまわないと、もう明日から本格的に職人さんたちが仕事に入るって言ってたし。


「もう少し頑張るか。その前にちょっと休憩っと……」


 先ほど淹れてまだ湯気を立てている紅茶と、ロルが差し入れてくれたラズリのプチタルトにかじりつくラルベル。その甘さとふわりと香るラズリに満足げに息をつくろ、よし、と再びテーブルに向かう。

 今ラルベルは、人生最大の大きな買い物をしようとしていた。もっともその代金を払うのはラルベルではなくて、ダンベルトだが。


 その提案をされたのは、海での一コマ。


『二人で暮らす家を建てよう!そして結婚しよう』


 頬を赤く染めて、勢いに任せて畳み込むようにそう言ったダンベルトの様子を思い出して、ラルベルはくすり、と笑い声をこぼした。


 今ラルベルの目の前にあるのは、その家の図面である。

 もうすでに建物自体はほぼ出来上がっているのだが、あとはそれぞれの部屋にあった内装と家具を決めなければならないのだ。大体部屋の割り振りは決めて建てたとはいえ、実際に出来上がってみるとどの部屋も素敵で、壁紙の色や家具もたくさんありすぎて迷ってしまう。


 大きな図面に、ちょこちょこと書き込まれた文字や絵。日当たりや動線も大事だし、それぞれにあった部屋の雰囲気を考えないと。


 本当はダンベルトも一緒に考えるはずだったのだが、急な仕事で先ほど出かけていってしまった。こんなふうに、デートが仕事に邪魔されることは珍しくない。

 でもこれが、第二師団を率いる団長としての職務なのだ。これまでもずっとこんなふうにこの町一帯を守ってくれているからこそ、皆が安心して暮らせるのだ。

 離れている時も一緒にいる時もダンベルトに守られているのだと思うと、心がじんわりするラルベルである。


「そういえば、そろそろ連絡がくる頃だと思うんだけど……まさか忘れてるなんてことはない、よね?」


 もうひとつ、ラルベルがその日のためにしなければいけないこと、それは――。




 ガサリ、と鬱蒼と生い茂った獣道をかき分けて、ヴァンパイアの集落へと向かう二つの影。一つは小柄な男、もう一人はすらりと長い手足をした、ほっそりとした女である。


「ここはいつ来ても変わらないわねぇ。こんな道、絶対人間には無理だわぁ」

「俺も最初ここを通った時は、もう人生終わりだと思ったよ。何しろ一歩でも踏み外したらまっさかさまだもんなぁ」


 あっはっは、と快活に笑う男の足元は、ようやく大人の足が乗る程度の崖状に切り立った場所で、そのはるか下には川が流れている。ヴァンパイアの集落に行くには、この場所を木の枝やつたをうまく使って通らなければいけないのだ。 

 

「もうすぐよ。やっぱり故郷の匂いっていいわねぇ。帰ったらすぐラルベルのとこへ行かなくちゃいけないけど、その前に皆に一通り挨拶しておかなきゃ」

「うんうん。すっかりみんなに世話になったからなぁ」


 すいすいと何でもないようにその危険な足場を渡り終えて、二人は木々の間をかき分けて奥へと入っていく。そして少し進むと、急にそこには開けた場所が広がった。いかにも手作りロッジ風の小さな家が、十軒ほどちんまりと並んだ集落である。


 ここはヴァンパイアの集落、そしてこの二人はラルベルの両親、キィナとドムである。

 ラルベルがかつて両親とともに暮らした久しぶりの我が家で、ひととき疲れを癒す二人。


「えっと、これはジョルアさんにあげる毛生え薬でしょ。あと、これはトーアちゃんにあげる石鹸でこっちは……」


 次々と先ほどまで背負っていたリュックから中身を取り出して、仲間たちに渡すおみやげを並べていく。


「キィナ!戻ったんだって?元気そうじゃないか」

「キィナ、それにドムも。この前会った時よりさらに日に焼けて、真っ黒じゃないか。顔色もすっかり良くなって!」

「おかえり!ドムのご両親は元気だった?この間はゆっくり話をする間もなかったから、旅の話もあとでたっぷり話を聞かせておくれよ」


 仲間たちが次々にやってきては、嬉しそうに声をかけていく。キィナとドムは、それぞれにおみやげを渡しながら久しぶりの仲間との会話に花を咲かせた。


「すぐにラルベルちゃんのとこにいくのかい?もう色々準備しないとねぇ。式も挙げるんだろ?」

「そうなの、まだ日取りは決まってないらしいんだけど。今家を建ててるらしくて、その完成披露も兼ねてるのよ。素敵よねぇ」

「この毛生え薬で、少しは式までにふさっとするかなぁ?せっかくのラルベルちゃんの結婚式だもんなぁ」


 ジョシュアはさっそくそのたゆんたゆんした顎を揺らしながら、おみやげの毛生え薬を頭に振りかけている。効果のほどは定かではないが、隣国で今大流行の品だ。市場で見かけて、これは頭の寂しくなったジョシュアにぴったりだ、と買い込んできたのだ。


 この集落の仲間にとっては、ラルベルは自分の娘同然だ。だからこそ、ドムが不治の病で命が残りわずかとわかった時、娘をこの集落に残して夫婦で医者探しの旅に出ることができたのだ。もっとも旅するうちにみるみる元気になって、医者も健康そのものです、と首を傾げながらお墨付きをくれたのだが。


 一時はこのまま先立たれてしまうのだと、キィナは気も狂わんばかりだった。ヴァンパイアは人間より長い時を生きるのだから、ともに暮らす人間を見送る定めであることは覚悟していた。……つもりだった。

 だが、やはり実際に直面してみると、どうにも耐えがたく、絶望したのだ。愛する人を失って、それでも長い時を生き続けなければならないなど、拷問と同じ。いっそ一緒に命を終わらせようかとすら思ったのだ。


 キィナは、日に焼けて今は健康そのものといった夫を見つめて、あらためて安堵する。


 ――ヴァンパイアならば必ずいつか直面することだけれど、ラルベルもいつかこんな思いをするのかしら。それを思うと、いっそ人間ではなくて同種のヴァンパイアと結婚した方が……。


 思わずそんな思いが胸をよぎる。

 だが、同じ苦しみを娘に味あわせたくないという母心と同時に、娘を思うからこそ口出しすべきではないこともあるとも思うのだ。でもいつかその苦しみに直面した時に、母としてできることはきっとあるだろう。

 そう考えなおして、頭によぎったその思いを封じ込める。


 ――どうか幸せに。かわいいかわいい私の娘。いつか耐え難い悲しみを味わう日が来るかもしれないけれど、それは誰にもわからない。でもいつだって私が味方だからね。ラルベル、幸せになるのよ。




「さぁ!行きましょうか。かわいい私たちの娘が待ってるわ。きっとまた旅に出ちゃったんじゃないかとか考えて、顔を青くしてる頃よ」

「そうだな。ダンベルト君も私たちと会わないと落ち着かないだろうしねぇ。娘はやらん!とか言われそうで。言わないけどねぇ」


 ドムの言葉に、ヴァンパイアの仲間たちはあっはっは、と楽しげに笑う。

 大切な仲間であり娘でもあるラルベルの門出を、皆があたたかく祝福していた。


 ダンベルトとは一度事件のあとに会ってはいるのだが、ゆっくり話をする前にキィナたちはあの町を離れてしまったのだ。キィナとドムには、娘の結婚の前に済ませておかなければならないことがあったから。


 キィナとドムは駆け落ち同然だった。キィナがヴァンパイアであることも話さずじまいで、相手の親に挨拶もせずに結婚してしまったのだ。

 でもラルベルがヴァンパイアであることを町の人にもダンベルトの両親にも伝えて結婚すると聞いて、自分たちが隠していたままでは格好がつかないと、ドムの実家に挨拶に行ってきたのだ。

 もちろん、ドムの両親には最初は苦い顔をされた。それも仕方のないことだ。ある日突然失踪するようにヴァンパイアの集落に移り住み、息子とも長年会えずにいたのだから。責められても仕方がない。

 が、酒を酌み交わしながらいろいろな話をするうちに打ち解け、許しを得ることができた。キィナにとって長年の後悔を下ろすことができて、安堵しかない。


「ラルベルちゃんによろしく伝えておくれよ。式には自分たちも駆けつけるからって、言っておいておくれ」


 仲間内でも特にラルベルをかわいがってくれ、今回の事件でも盾となり見守ってくれていたジョシュアも、安堵した様子でとてもうれしそうだ。

 ちゃんと伝えておくよ、と答えて、両親は娘の待つ町へと来た道を戻っていく。


 きっと今頃、まだかなぁ?と口をとがらせているであろう娘のかわいい顔を想像しながら、険しい山道をすいすいと下りていく。

 親子の再会は、もうすぐ――。







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