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受け継ぐ思いと母の味



 

 家の中に案内されてすぐ、ラルベルはあるものに釘付けになった。この家には大きすぎるくらいのテーブルの上に

は、中央の大鍋には湯気の上がる煮込み料理が、そしていくつもの大皿には魚や肉料理、パスタや野菜たっぷりのサラダなどが所狭しと並んでいた。


「これ、どうしたんだ?すごい量の料理だな」


 思わずダンベルトも驚きの声を上げて母親を見る。ぽっちゃりとしたその体を揺らして、母親のテスラは快活に笑う。


「そりゃかわいい息子がお嫁さんになる子を連れてきてくれるんだもの。ごちそうくらい用意するよ。ラルベルちゃん、いっぱい食べるんだろう?遠慮せず、たーんと食べておくれねぇ」


 そう言って、嬉しそうな顔でバン、と息子の背中を叩いて父親を呼びに出て行った。


 

 ラルベルのいる町は、王都にほど近い商売の町である。港から入ってきた輸入品があの町に集まるため、食べ物は異国情緒あふれたものが多い。味付けやスパイスといった意味でも、どちらかといえば王都寄りなのだ。

 それに対してこの町は、昔ながらの家庭の味を守ってきたこの国の伝統料理が主である。ラルベルにとっては、いわゆるおふくろの味との初めての出会いといってもいい。


「いい匂い!あの町では見たことのない料理がたくさん。お母さんお料理上手なのね!」

「まぁ、あの見た目通り食べるのも作るのも好きなんだ。遠慮せずたくさん食べてやってくれ、きっと喜ぶよ」


 おいしそうなのはもちろんだが、どれもたくさんの種類の野菜や食材がバランスよく使われていて、彩りも鮮やかだ。きっと家族の健康も考えて、愛情をこめて作ったのだろうということが伝わってくる。

 ダンベルトはそんなあたたかい愛情に包まれて、ここで育ったのだろう。


 ダンベルトもまた、いつも以上にはりきっている母親の姿に、照れ臭さと同時に嬉しさを隠しきれない。一生独り身かもしれないと思っていた息子が結婚相手を連れてくると聞いて、よほど喜んでくれたのだろう。気合いの入れようが違う。


 少しして、家の奥から父親のデントが姿を見せた。

 その姿を見て、ラルベルは理解した。大きながっしりした体と眉毛は父親似なんだな、と。目の前にそびえたつようなダンベルトとその父親デントの大きさに圧倒されるラルベル。熊が二人、ゴブリンが二人である。


「やぁ、いらっしゃい。狭い家だけどゆっくりしておいき」

「大熊みたいだろ。この二人がいると家の中が狭っ苦しくてね。でもだからこそ、この子が師団に入るって出て行った時は、急に家ががらんとして寂しくってねぇ」


 その時のことを思い出したのか、寂しげな顔でしみじみと話すテスラ。ラルベルに向き直ると、その目に小さく光るものをにじませながらほほ笑む。


「それがこんなにかわいい子と結婚するっていうんだから、私はもう本当に嬉しくってねぇ。噂は聞いてるよ。ヴァンパイアだってことも、いっぱい食べるってこともね!あの町には知り合いも多いからね。海猫亭には私も以前何度か行ってるんだよ」


 思いもよらない接点に嬉しくなるラルベルだ。海猫亭の話でひとしきり盛り上がる女二人である。


「こんなところで突っ立ってないで、せっかく母さんが作ったんだ。あたたかいうちに食べよう」


 デントの一言で、テーブルにつく四人。


「おかわりもあるからね。子どもたちが出て行ってから二人分しか作らないからさ、久しぶりにたくさん料理ができて、嬉しくってねぇ」


 これはダンベルトが子どもの頃大好きだった料理だとか、昔はニンジンが嫌いでいつも最後まで残して泣きべそをかきながら食べていたとか、エピソードをまじえてひとつひとつ料理を説明してくれる。

 ダンベルトは恥ずかしそうにうろたえつつも、もう完全に母親の独壇場である。


 和やかに食事は進む。ラルベルもいつも食べている料理とはまた違う素朴な味付けに、ロルの忠告などすっかり忘れて大いに食べた。

 デントは口数は少ないが、ずっと嬉しそうににこにこしていてその表情はとても穏やかだ。


 ラルベルは、テスラとデントのあたたかな人柄にすっかり心もほぐれて、この両親の元ダンベルトが育ったのだということがなんだかとても嬉しくなる。


「これは、この辺りの伝統的な料理でね。ホロ鳥をトマトと香草で野菜と一緒に煮込んでるんだよ。ほぐした肉をパンに挟んでも、おいしいよ。そしてこっちはこの子が子供のころから大好きな、ゴルド肉のオーブン焼き。本来はスパイスを利かせて作るんだけど、小さかった頃のこの子に合わせて蜂蜜で甘い味付けに変えてあるんだよ。だからこれは我が家特製さ」


 ラルベルにとっては珍しいものばかりの料理を、ひとつひとつ説明して皿にどんどん取り分けていくテスラ。あっという間にラルベルの前には、小皿に取り分けられた料理がたくさん並ぶ。


「おい、母さん。いくらなんでもそんな一気に取り分けたらラルベルちゃんだってすぐおなかがいっぱいに……」


 心配したデントがたしなめるも、ラルベルはぱくぱくとその小皿を次々に空にしていく。あっけにとられてその食べっぷりに目をみはる一同。

 一口、また一口と口に運びながら、どんどんラルベルの目が輝いていく。


「……っおいしい!全部おいしいです。特にこのゴルド肉のオーブン焼き!ほんのり甘くて、でも香草の香りがふわっと鼻に抜けてすっごくおいしいです!」


 テスラの手をがしっと握り締め、鼻息荒くラルベルは申し出た。


「このお料理!私に教えてください。私お料理はまったくできないんですが、これを私もダンベルトさんに作ってあげたいんです!お母さん」


 その勢いに押され、一瞬しんと静まり返る一同である。


 ラルベルは嬉しかったのだ。自分たちのためにこんなにたくさんのおいしい料理を用意してくれたこと、そしてこんなにあたたかく迎えてくれたことが。

 そして何より、ダンベルトがこの町でこの家でどれほど愛情深く育てられたのかを知って、その思いに応えたいと思ったのだ。母親の愛情が詰まったこの料理を、今度は自分の手で作って食べてもらいたい。そんな思いが、自然にラルベルの中に湧き上がったのだ。


 ラルベルに手を握られた体勢のまま固まっていたテスラが、ふっとその固まった表情をやわらかく崩して笑い声をあげた。


「……ふふふっ、あっはっはっ!もちろんだとも。伝授するよ。これは嬉しいねぇ……。ダンベルト、大事にするんだよ。こんないい子はそうそういないよ。うんと幸せにしておやり。ううん、二人でうんと幸せにおなり」

「まったくだ。もうお前は独り身を貫くんだとばっかり思ってたけど、こんなかわいくていい子を見つけたんだな。本当にこんな嬉しいことはないよ。しっかりやれよ」


 テスラとデントがお互いに顔を見合わせて、嬉しそうに笑いながら頷き合う。


「……あぁ。分かってる。ありがとう、母さん。父さん」


 ダンベルトもまた同じようにその表情を崩して、ラルベルと見つめ合う。あたたかな空気で満たされる室内。互いが互いを思うあたたかな思いが、それぞれの心の中を満たす。

 心もお腹もあたたかく満たされる食卓である。ラルベルはこの幸せと呼ぶ以外言葉が見つからない思いに、胸がいっぱいになる。


 ――私もこんなあたたかな食卓を作るんだ。私とダンベルトさんで。ずっとずっとあたたかくお腹も心も満たしてくれる、こんなあたたかな食事を何度も繰り返して、毎日を生きていこう。おいしく、楽しく、あたたかく。これからもずっと……。ダンベルトさんと一緒に。


 ダンベルトの生まれ育った家と町で、ラルベルは満たされたあたたかな時間を過ごした。


 そして、花嫁修業もまたゴルド肉とともに始まったのだった。

 とはいえ、包丁など持ったこともないラルベルである。食べられる程度の料理になるまでは、相当に時間がかかったのはいうまでもない。

 焦げたゴルド肉、生焼けのゴルド肉、ぱさぱさのゴルド肉。そのどれも、ダンベルトが一口も残さず食したのは愛ゆえである。


 きっといつか、おいしいゴルド肉のオーブン焼きが食卓に並ぶ日がくるだろう。ラルベルの思いがいっぱいに詰まったオーブン焼きが。

 それはまだもう少し先のお楽しみ――。





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