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ご挨拶をいたしましょう

 本編完結後のラルベルとダンベルトのお話です。先に本編をお読みくださいませ。

 ※スピンオフ《噂のパティシエ編》もお読みいただくとよりお楽しみいただけます。


 数話で完結予定です。この作品にて『恋する偏食ヴァンパイア』は完全に完結となります。

 どうぞ最後まで、ほのぼのじれじれな二人をお楽しみくださいませ!


 

 ふんふふーん、ふふふふーん。ふふふーん。


 部屋の中から、ラルベルの調子はずれの鼻歌が聴こえてくる。とても機嫌がよさそうではあるが、残念なことにその音階は滅茶苦茶だ。


「ラルベル、用意はできたかい?」


 部屋の外からマルタが声をかける。ひょこっと開けたドアから体をのぞかせたラルベルは、スカートの裾を指でつまんでくるりと回って見せる。


「こんな感じでどう?変じゃない?」

「おやおや、こりゃかわいいこと!これならきっと気にいってもらえるに違いないよ」


 マルタのお墨付きをもらって、ホッとするラルベルである。


 実は、今日は特別な日なのである。


 先日買ったばかりのワンピースに袖を通して、おかしいところがないかじっくりと時間をかけて何度もチェックする。落ち着いた若草色の清楚なワンピースにレースの付け襟を合わせて、お嬢様テイストの完成である。あまり元気いっぱい過ぎるのも、張り切りすぎるのもどうかと散々悩んだ結果である。

 髪はいつものように後頭部の高い位置でひとつに結んで、リボンを結ぶ。これはもはやトレードマークのようなもので、これ以外の髪形は自分でもどうにも落ち着かない。


 鏡の前でくるりと回転してみて、おかしいところがないか最後にもう一度確認する。


「よし!これでいこう。じゃあ、マルタさん。いってきますね!おみやげ買ってきます」

「おみやげなんていいから、いつも通りのあんたでいっといで。大丈夫さ、ラルベルなら」


 背中をぽんとあたたかく押されて、階段を下りていく。下宿の玄関先では、すでにダンベルトがそわそわしながらラルベルの支度ができるのを待っていた。


「お待たせしました、ダンベルトさん。行きましょうか!」

「……あぁ、うん。その、そのワンピースもよく似合っているな、うん」


 女性へのほめ言葉など、ダンベルトにとって難易度の高い高等スキルである。どうやら最近周囲の者がラルベルに愛想を尽かされないように努力しろ、とはっぱをかけているようで、こうしてちょいちょいほめ言葉をくれるのだが。

 その度にもちろん嬉しくはあるのだが、その時のダンベルトの困惑と照れが混じり合ったこわばった顔がどうにもおかしく、笑いをこらえるのが大変だったりする。


「ダンベルトさん、その顔。もう少しリラックスしてくださいね」


 笑いをかみ殺しながらも、なぜかラルベルよりも固い表情でゴブリン化しているダンベルトの顔をのぞきこむ。出発前からこんな様子で大丈夫だろうか、と先行きが心配になるほどの緊張感が全身から漂ってくる。


「わかってる。わかってるんだが、な」


 ダンベルトの手をぐいと引っ張るように歩いていくラルベルとそれに慌ててついていくダンベルトの姿を、マルタは下宿の玄関からやれやれ、とあきれ顔で見送った。


 ――ラルベルの方がしっかり者じゃないか。ダンベルトのだんなもしっかりおしよ、まったく。ま、尻に敷かれるくらいがちょうどいいけどねぇ。




 町を出た二人は、乗り合い馬車に揺られていた。


 二人のかたわらにはいくつもの袋が積まれている。これらはすべて、これから行く先へと渡すおみやげである。ラルベルが選んだロルの店のスイーツの他に、マルタや海猫亭の店主ノールから渡されたものも混じっている。


 『この町の親代わりみたいなもんだから、娘の義理の両親になる人におみやげをもたせるのは当然だよ』


 そう言って渡してくれたのだ。その思いがなんとも嬉しくて、じんときてしまったラルベルである。

 ちなみにロルには、引かれない程度に食べる量は抑えておけとアドバイスをもらった。余計なお世話だと言いたいところだが、実際少し控えようとは思っている。


 なぜこんなにも大量のおみやげを持って、朝から緊張感を漂わせているのかというと。

 そう。今日はダンベルトの両親の住む町に結婚の挨拶にいく大切な日なのだ。


 ダンベルトは王都から少し離れた町の出身である。実家は日用品を扱う店を営んでおり、子どもたちが家を出て以来、今は両親が二人で暮らしているのだという。


「楽しみですね。ダンベルトさんはお父さん似なんでしょ?お母さんってどんな感じ?」


 ラルベルも当然、緊張はしている。もし気に入ってもらえなかったらどうしよう、とかヴァンパイアであることを怖がられたらどうしよう、とか色々と不安はある。ちなみにヴァンパイア、もといヴァンパイアと人間のハーフであることはすでに知られているらしい。特にそのことについて反対はしていないとは聞いているが、やはり心配ではある。

 でもそれ以上に、ダンベルトがどんな両親のもとに生まれて、どんな幼少期を送ったのかを聞けるのかと思うと楽しみでもあるのだ。


「親父は俺と同じで、不器用というか寡黙というか。おふくろはまぁいわゆる母親、というか」

「全然わかりません。何かもっと表現はないんですか?」

 

 口下手なダンベルトは、基本的に言葉での情報が圧倒的に足りないタイプである。まぁラルベルにはなんとなく考えていることがわかるので、今のところそれほど支障はないのだが。

 にしてももう少し情報はないものかと、苦笑するラルベルである。


 にこにこと嬉しそうなラルベルとは対照的に、落ち着かない様子でそわそわしっぱなしのダンベルト。


「どうして自分の家に帰るのにそんなに緊張してるんですか。私がそうなるなら分かるけど。私よりドキドキするのやめてください、ダンベルトさん」

「いや、そうはいってもな。こんなまだ年若い子を連れてくるなんて、お前には百年早いとか言われそうでな」


 呆れ顔で苦笑するラルベルである。


「私は長生きヴァンパイアなんですから、いつ連れて行ったって同じですよ。だからさっさと覚悟決めて下さいね!私、ダンベルトさんのお嫁さんになるんですから」


 その言葉にふと顔を赤らめて、ふにゃりとだらしなく表情筋を和らげるダンベルト。


 目の前の少女がまさか自分の奥さんになるなど、以前のダンベルトにとっては思いもしなかった展開である。でも事実なのだ。それを申し込んだのは、他でもない自分自身なのだから。

 小さな手をそっと優しく握るダンベルトに、ラルベルは頬を染めて微笑み合う。


 甘い空気を漂わせる二人。


 ちなみこの馬車は、乗り合い馬車である。ということは、他にも乗客はいる。客たちは、二人から漂う甘すぎる空気に当てられつつ、早く次の停車場に着くのをひたすらに願っていた。




「着いたぞ。ここが俺の生まれ育った町だ。特にこれと言って何もない町だが、いい所だぞ。町はあとで案内してやるから、まずは家に行こう」


 そこには、こじんまりとしたのどかな風景が広がっていた。

 小さな店や家がひしめくように並んでいて、どこかかわいらしい。小さな子どもたちが通りを元気に走り回って、かくれんぼをしている。そのそばでは、野菜が並んだ店先で客と店主がにこやかに談笑していて、王都に近いあの町とはまた違ったにぎやかさがある。

 それに、空気が違う。海に近いせいか、ほんのり空気に潮の香りがまざっている。


 穏やかであたたかい空気。

 この町でダンベルトが生まれ育ったのだと思うと、着いたばかりなのに愛着を感じ始めるのだから不思議なものだ。


 町で一番大きいという通りを歩きながら、あの店は幼馴染みの家でよく盗み食いをして叱られたとか、あの路地でいつも子どもたちが集まって遊んでいたんだとか、あの大きな木に登ってよく叱られたとか、思い出話に花を咲かせる。

 ダンベルトがここに帰ってくるのは年に一度がせいぜいで、ゆっくりと訪れるのは久しぶりらしい。それに加えて、ここのところあの事件で忙しかったため、両親にはしばらく会っていないのだという。


「あれだ、あの赤い屋根の家」


 指さした先に見えたのは、一軒のお店。店先には何種類もの鍋や皿などの料理道具の他、金づちなどの大工道具なども並んでいる。いわゆる日用品ならなんでも扱う商店のようだ。

 そこに、通りに背を向けて何かを片付けている恰幅のいいエプロンドレス姿の女性が一人。


「ただいま。母さん」


 ダンベルトの声にその女性がこちらを振り向いた。

 その動きに大きなお尻が棚の上の鍋にぶつかって、ガチャンと大きな音を立てる。幸い落ちることもなく、鍋は元の位置に納まったようだ。


「おやまぁ!待ちくたびれちゃったよ。楽しみに待ってたんだよ!」


 二人の姿を目にすると、その女性は大きく手を広げてダンベルトをぎゅむっと抱きしめる。ダンベルトがその力強さに、うっ!とうめき声を上げているのをみて、ラルベルは一瞬ひるむ。

 ふっくらした丸い顔に、にっこりと少したれ目気味の目を優しく細めて、今度は優しくラルベルを抱きしめる。そのやわらかなぬくもりに、一瞬にして緊張がほどけていく。


 ダンベルトは母親に抱きしめられているラルベルを見ながら、先ほどの固い表情からホッとしたような顔でほほ笑んでいる。


「あんたがラルベルちゃんね。会いたかったんだよ。よぅく来てくれたわねぇ。さ、中に入って」


 優しく促されて、二人は家と隣接した店の中に入っていく。



 いよいよ、ラルベルの初めてのご挨拶が始まる――。




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