世話やきキツネの仙狐さん2
毎度だが前置きの方が長い。それは個別感想としては特に言うほどの量がこの作品書けないからになる。そんなの割烹で書いておけってレベルの物を書きたくない。
他者の目に付くってのを軽く考えてる人が多すぎる。こういったランキングは他者の目が多い。それに対して割烹などは自分のごく一部のファンが見に来るだけの小規模なスペースだと言える。だが多くの人はその事を認識できて無いから使い分けが出来ない。ある意味割烹はプライベート空間に近い事になるのだが、根本的にオープンスペースなので意識できないんだ。
一つ個々で提案だが、作者だけが知れるPVを割烹に適用して調べてた数字をもらえないか?とは思う。多分それはエッセイランキングなんかと比較にならない小規模なものだと分かると思うからだ。
前置きの前置きはここまでにして前置きの続きを話そう。前置きとなるのは現代流行が無いと思う。この作品は十分に流行の先端に居る。だが問題はそれが流行と言う形で数集められないんだ。多分さっぱり私のいう事分からないと思う。悪口ばかりが先行する人は、すべてつまらないで片付けてしまう
別に私が性格が良いわけじゃない。ただ悪口が先行する人は知的な言及が出来ない。馬鹿なわけじゃない。悪口が先行すると潜在能力がどれだけ高くても発揮できなくて馬鹿になってしまうんだ。つまらないで終るだけじゃない。これは流行の先端に居るが、その先端は流行を創れてないのが原因なんだ。
今きららっぽい人外日常系は流行の先端に居るのだが、それが多くの人を巻き込む形になってない。流行が終って次の流行に移るとき、大きなムーブメントが作れないと細分化して迷走状態に入る。この時期ってのは多くの人にとってつまらない時期になる。流行の先端で進化はしつづけてるのに、それが進化の袋小路に入ってるようにしか見えない。
それは細分化がもたらす。他にもいろいろこれらの形は迷走して進化している。ゾンサガもその1つに過ぎない。だからゾンサガを見てこれを真似れば良いのか?で実際真似ようとすると、ゾンサガって何がキーなの?で分からない事に陥るだろう。根本的には多くの失敗作と変わらないからだ。
そこで気がつくのは、実はつまらない作品もすべてゾンサガと同じ流行の先端に居ることはいるんだ。迷走状態とは何か?こういうものを作ったらヒットするってイメージの流行の軸がどの作品も結果がともなっても無いからだ。言ってみればゾンサガのヒットは作っていれば誰もが享受する偶然の産物でしか無い。
確率的に作っていれば誰かが当たるだけで、結果からどれだけ必然が感じられても、それを前もって計画的に狙えなければただの偶然でしかない。結果的にゾンサガのヒットの必然は幾らでも語れるだろう。だがそれは競馬が終った後の結果の解説でしかなく、当たり馬券を手にした解説じゃない。そんな解説は偶然の産物と変わらない。
現在の流行の先端は流行の軸が無く細分化してると言う事だ。細分化と流行は矛盾、相反する状態になる。流行とは集団の人の奉公が集中する流れにあり、細分化は逆に分散の方向にあるからだ。
根本的に癒しをかなりわざとらしく作ってるためそこがキーになってるが、作品の型として人外ヒロインって点では吸血鬼さんとも良く似た部分がある。その点複雑にはなってるが今作られる作品ってのは理解できる。