特訓7 最終日
今日はいつもより早く目が覚めた。
朝だけ陽の光が入ってくるこの洞窟はフリージアを預かったあの日に見つけた私の家。
残された魔力は僅かだけど、フリージアが出発するまでこの体を維持するには十分な量。間違ってもフリージアの目の前で消えてしまうことは無いでしょう。
隣ですやすやと愛らしい寝顔を見せているこの子。この限られた時間で良くここまで強くなってくれた。それも私の想定を大きく上回るくらいに。
もう、思い残すことはない。後はこの子を見送るだけ。
ただ一つの心配事は【記憶伝授】。
記憶の受け渡しなんて聞いたことも見たこともやった事もなかった。サンさんの記憶に加えて私の知識も入れてしまったことが気になってしまう。
何故だろう。徹底するなら入れるべきではなかった筈なのに。
ダメね。とっくに決意した筈なのに、本当はどこかで望んでいたのかもしれない。忘れて欲しくない、と。
皆の記憶から私が消える。それがこんなにも恐ろしい事だったなんて。いざそれが目の前に迫ってくると抑え込んでいた恐怖がじわじわと内から込み上げてくる。
……いけないいけない!そんな事考えちゃダメ。
とにかく今日が最後の正念場なんだから絶対に気付かれないようにしなくちゃ!
「すーちゃん!フリージア!おはよう!」
「おはよー!」
「おはよう。」
「3人ともおはよう!今日は一段といい天気ね!」
「リー、ルリ、マツ。おはよう。」
本当に今日はいい天気。輝く太陽に、白く爽やかな雲が日陰をつくってくれている。風は旅人を後押しするようにゆったりと清々しく流れているし、まさに絶好の旅日和ね!
私達は人化してから無慈悲の森を抜け出した。今は今晩の皆既月食に向けてプリズンウッドが脱出を阻むことはない。
フリージアに記憶のオーブ、数日分の水と食料、それと人が使っているお金が入った巾着袋を渡しておいた。
この巾着袋は私が持っているアーティファクトの中でも1番珍しくて高性能。
アイテムボックスになっていて、その要領は不明。でも今までかなりの量の素材やらを入れてきたけど結局いっぱいになることはなかったからきっとこれからの旅に役に立つはず。
森の中では感じることの出来ない爽快感を味わいながら無慈悲の森を出て少し離れたところで皆と今後の旅路を確認する。
「わざわざ人化を覚えたって事はフリージアは人と接触してみたいんでしょ?なら、ここから南西をずっとずーっと行ったところにカンティニっていう国があるわよ。」
「カンティニかー。確かにあっこはなかなか大きい国やからそこら辺の村にはない施設が沢山あるし、人を知るにはもってこいやな。」
「カンティニ、イココの実!!」
「フルルの実も美味しい」
カンティニはマナティア大陸の中でも大きい部類の国だし、いろんな物が入ってくる。
しかも国が移民の受け入れをしているから常識が無くても遠くから来たのでって言えば誤魔化しやすいしね!
「そうだな。ひとまずそこに行ってから次の目的地でも探す事にする。」
フリージアがカンティニに行くことを決定したことを確認したので大まかな常識や振る舞い方など最低限のことを伝える。
街の中に入りさえすれば記憶のオーブを壊すだろうからそんなに詳しく教える必要もないよね。
「…街に入る時の注意点はこれくらいかしらね。
他に聞きたいこととかはないかな?」
「ああ、大丈夫だ。」
さっきから気になっていたけど、少し元気がなさそうね。私たちと別れるのが寂しいとかかな?ふふ、だとしたら嬉しいけどね。
でも他の何かが原因だとしたら心配。なにがあったか聞くべきかしら?
…と声をかけるか迷っていると、フリージアはおもむろに記憶のオーブを取り出した。
どうしたのかしら。フリージアはとても真剣な顔で私を見ているし、何故かリー達が急に戸惑い始めた。
「スカビオサ。俺が初めてあんたと会ってからだいたい6ヶ月たった。
今まで俺を育ててくれた事、こんな短期間で強くしてくれたこと、こんな俺を大切に思ってくれた事。改めてお礼を言いたい。
…本当にありがとう。」
突然の感謝の言葉に私は驚きながらもそれ以上の喜びが身体中を駆け巡る。鼻の付け根がツンとするのを我慢するのに精一杯でろくに返事も出来ない。
それと同時に後ろめたさも感じた。私は感謝されるような存在じゃないから。
「そして、俺は謝らなければならない。」
「……え?どうして。」
予想だにしなかった言葉に面を食らう。
「俺はスカビオサの"最期"の願いを叶えることは出来ない。」
「…っ?!」
え、え、なんで。今、"最期"って?
私の最期の願いって、まさか?
いえ、そんなはずは。フリージアにはステータスを見せてないし、気付けるはずが…
「俺が今からしようとする行動はきっとスカビオサ達から貰った恩を仇で返すことになるのは分かっている
けど、それでも、どうしてもこのまま別れることが出来ないんだ。
これは僕の我儘だ。僕の我儘のせいで辛い思いをさせる。だから謝りたい。ごめんねスカビオサ。
……もう全部、知ってるよ。」
そう言ってフリージアはオーブを、砕いた。
パリン!と高い音をたてて割れたオーブが粒子となってフリージアに取り込まれる。
私はただ呆然とその光景を見ているしかなかった。
全部知っている?
遅れてフリージアの言葉の意味を理解した途端私を支配しようとするのは恐怖、焦燥、安堵。
粒子を取り込み終えたフリージアは私の目の前に移動して、私を抱きしめた。
「僕…俺は傍にいるよ。最期まであんたの傍に。」
どうしていいか分からなかった。頭が全然回ってくれなくて、ただ涙だけが込み上げてきて。
霞んだ視界のなか、リー達の姿が見える。
リー達は穏やかな顔で言った。もう隠さなくていいんだと。
その言葉を聞くと体が動いた。急速に魔力が減っていくのを感じながらフリージアを抱きしめ返した。
違う、抱きしめちゃだめ。
私は…あなたにそんなことをしてもらうべきじゃないから。
「……ねえ、フリージア。」
「どうした?」
「…私がね、サンさんからフリージアを預かったのも約束を果たそうとしたのも全部、自分のためなの。
悲しみから逃げたくて、都合のいい理由を付けてあなたを利用した。だから、」
「…でも、愛してくれた」
「っ………!」
「スカビオサは、俺を愛してくれていたんだろ?」
「もちろんよ……!」
「それでいいんだ。
動機なんて関係ない。俺はあんたに愛を貰った。それだけで十分なんだよ。
だからさ、過去の自分を責めるな、卑下するな。もう、許してやれ。」
もう、いいの……?
私は泣いた。大声でみっともなく。
そんな私を、フリージアはずっと抱きしめていてくれた。
もう、いいんだ
その瞬間私の魔力が無くなった。
「……っ!」
「「「すーちゃん!!」」」
するとリー達も駆け寄って、私を抱きしめてくれた。
あれ、おかしいな。こんなに早く無くなるはずじゃなかったのに。
私、消えちゃうんだ。
やっぱり消えるのはまだ少し怖い。
でも大丈夫だよ。だって、こんなに暖かいんだから。
「ルリ、マツ、リー。そしてフリージア。
ありがとう
皆、大好きよ」
だから、泣かないで。
ああほら、せっかく綺麗な顔なんだから笑っていた方がいいのに。
結局、あの子が笑っているところは見れなかったなぁ。
いつか……見てみたい…な。
―――――――――――――
暗い暗いただひたすら暗いだけの空間。
その中にただ1人。透き通るルーンに映る映像を見ながら呟いた。
『…なんだ、あんまり面白くなかったなー。
もっとこう死にたくなーい!とか喚いて欲しかったのに!なんであんな幸せそうな顔して死んでるの?空気は読まなくちゃだめだよ!
てゆうか全然エネルギーも取れなかったし、パパに怒られちゃうじゃん。
つまんなーーい。』
―――――――――――――
俺はそこにあったはずの温もりを感じていた。
………記憶がある。
スカビオサの声も顔もあの涙も、最期の言葉も全て覚えている。
「あれ、どうしたんフリージア。なんで泣いてんの?」
「別れるの悲しい?」
「涙腺ゆるめ」
「………」
リー達は覚えていないのか。まだ分からないが俺以外は本当に忘れてしまったのかもしれない。
ふと手の中に何かがあることに気付く。それは紫色に輝く魔石と直径15センチ程の玉。
魔石ではない…。もしやこれは。
「あ、それ"玉"ちゃうんか?
どっから出てきたんか分からんけど良かったやん!」
「んんー?」
「なんか懐かしい」
…そうか、きっとこれがスカビオサの。
俺は玉を巾着袋に入れて立ち上がる。
「ルリ、マツ、リー。そろそろ行ってくるよ。」
「お、そうか!頑張っていってきー!」
「ふぁいとー!」
「迷わないように」
リー達に見送られながら進んだ。
紫色の花が刺繍された巾着袋を携えて。
第一章完結です。
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