特訓6
この日は寝苦しい夜だった。
森の中でも最も大きい谷でとぐろを巻いているのは誰もが恐れる伝説の魔物。
周りの生き物達は恐れのあまり自らの縄張りを捨ててどこかへ行ってしまった。
そんな魔物に近づく影が1つ…
「起きてんだろ。リー、ルリ、マツ」
その影は滲み出る怒りを隠そうともせずに言った
「………どうしたんや。眠いんやけど」
「…どうしたのー?」
「…まだ暗い」
普段騒がしい3人は静かに影を見つめている
「今日、スカビオサが魘されていた。」
「…すーちゃんが?珍しいこともあるもんや。
早く傍に寄ったって安心させてあげや。」
「スカビオサに異常がないか確認するためにステータスを見た。」
「!…」
「俺が何を言いに来たか分かるよな。」
「……いや、まだ話が見えへんな」
魔物の言葉は何処か冷たく、白々しかった。
「とぼけんなよ?」
ガッと拳を打ち付ければ巨大な崖が崩れていく。この数ヶ月の間に彼のステータスは著しく成長した。
この世界に於いて、強者か弱者かと問われれば強者の部類であると見なせる程には。
そんな彼を乱しているのは無くなったと思われた筈の心。
「お前らが知らねぇ筈ねぇだろ!なんで、あんな状態に…!」
鑑定眼を持っているリー達がスカビオサの異変に気付けない筈がないと彼は根拠をもって考えていた。
その根拠は、鑑定眼は1度見て、体力と魔力を知ればその2項目だけは任意だが、その生物の真上に表示し続けることが出来る。
リー達は基本的に鑑定したものの体力は出し続けている言っていたことがある。それはスカビオサも例外ではないだろう、というものだ。
感情に任せて言葉をぶつける。
生前のフリージアは良くも悪くも表に感情が出ない人だった。
この体を受けてからより感情的になりやすくなった自分に振り回されながら稚拙に喚く。
「…なんや、フリージアはステータス見れたんか」
「知らなかった」
「でもそんなスキル表示されてなかった」
魔物はフリージアの隠蔽によって隠されていたステータスを見破ることが出来なかった様だ。
故にこの事がフリージアにバレると思っていなかったのだろう。
「お前ら旧友なんだろ?なんであんな状態になるまで放っておいたんだよ!」
本当に何故こんなにも取り乱しているのだろうか。アレを見たからと言って、驚きこそすれ取り乱す意味が分からない。
何故だ?と俺じゃない俺が聞いてきた。
「…フリージア、落ち着いて」
「そんなに興奮していたら話せない」
何故?逆になんで分からないのかと曖昧に溶けていた境目を感じながら喚く。
たった半年ちょっと一緒にいただけ。けど、そんな短い間を過ごしただけでも分かる。他人である筈のスカビオサは確かに自分を愛してくれていたと。
かつて僕ががあれ程羨望していたものを与えてくれていたと。
「落ち着いてられるかよ!もしかしたらまだ間に合うかもしれないんだ、一刻も早く動かないと!」
「落ち着け」
「っ!」
殺気が込められたリーの一声ではっと我に返る。
「フリージア、すーちゃんのステータスを見たんやったらもう分かっとるやろ?現実を見いや」
「まだ、分からねぇよ…」
まだなにかある筈だと、諦めるには早いと考えるが、リーが突きつける現実は淡い希望を持つにはあまりにも明確で。
「……どこから話そうか」
「あの日は寝苦しい夜だった」
「僕達はすーちゃんに呼ばれてこの森に来た」
「そして、わいらが会った時にはもう手遅れやった」
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「にしてもすーちゃんに会うのなんて何十年ぶりやろなー!」
「楽しみー!」
「無慈悲の森も数十年ぶり」
神蛇ナーガは旧友であるスカビオサからの手紙を受け、数十年ぶりに無慈悲の森へ訪れていた。
「お、すーちゃんが言ってた洞窟ちゃうか?」
「いるかな?」
「あ!すーちゃんー!」
「リー!!マツ!!ルリ!!こっちよー!」
三又の尻尾をパタパタと振って、人化しながら跳び付いて来るスカビオサを3人は一緒に受け止める。
「「「久しぶりー!」」」
「皆、お久しぶりねー!あの時よりもさらに強くなったんじゃない?」
「そうだよー!凄いでしょ!」
「もう殆ど負けることはない」
「あ、やっぱりー?凄いわね!私もそこそこ強くなったと思ったけどまだまだかなー。」
「すーちゃんもなかなか強いでー!」
軽く談笑をしていると既に日が傾き始めていることに気が付いたスカビオサは自らの寝床へと案内した。
それから2時間ほど会ってなかった数十年間の話をした。
話題が一段落した所でリーは本題に触れる。
「そういえば、手紙に書いてた頼み事ってなんや?」
そう聞くとスカビオサは少し間をあけて、真剣な表情になった。
その時リーは陰陰滅滅な気分となった。きっとこの時程、自分の良く当たる勘を恨めしく思ったことは無いだろう。
「実はね、私はもう死んでいるの。」
「…どういうことや」
「すーちゃん死んじゃった…?」
「お前偽物?」
突拍子もない衝撃の告白に3人は驚きながらも警戒を高める。今目の前に居るものが偽物なら戦闘になる可能性があると。
「こんな急に言われても混乱するよね。
私のステータスを見てもらった方が早いわ。見て。」
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名前:スカビオサ
状態:思念
種族:月夜猫
Lv93
体力:0/18000
魔力:13580/14000
物攻:9000
物防:9000
魔攻:13000
速度:9800
精神:9200
スキル
魔法:闇魔法Lv8
猫魔法Lv9
武術:影術Lv6
特殊:人化
心眼
身体修復(思念限定)
エクストラスキル
影魔法 残留思念
称号
記憶の介在者 誓いし者 妖精の贄
留まりし者
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体力という項目は高ければそれに比例してスタミナも高くなる。しかし、本質はその生物の生命力を示したものである。
体力が0。それが表すのは即ち、死。
だが、確かに目の前にいるスカビオサは確かに生きている。これは詳しく聞く必要がありそうだとリー達は思った。
「…順を追って話していくわ」
そしてスカビオサは自分に起こったことを話し始めた。
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「………そして、私はドラゴンのサンさんからフリージア(卵)を預かったのよ。」
スカビオサの過去を知った3人は惻隠の情を持ちながらも疑問を口にする。
「そこまではわかった。やけどなんですーちゃんは死んでもうたんや?」
「傷治ったのに!」
「その後にまた襲われた?」
「ううん。
あの時確かに傷は塞がったのだけれど、治ったのは表面上だけ。襲われた時体内の重要器官が傷ついてしまっていたことが直接的な死因よ。」
「そうなんだ…」
「ヒールフルッフでは回復不足だったってことか」
「私はどうしても死ぬ訳にはいかなかった。もし死んでしまったら魔物である私は魔石になってしまう。」
「フリージアがおったからってことやな。」
「その通りよ。強力な魔物の魔石は下手に放置していては魔物を引き寄せてしまう。
それに、フリージアを守る人もいなくなってしまうの。」
「やけど、死にたくないからと言って死から免れることが出来るほど甘くない。
恐らくその残留思念っていうスキルと留まりし者という称号が関係してるやろうが、どうやって?」
「…………」
スカビオサはしばらく黙りこくってしまった。そしてゆっくり口を開いた。
「……声が聞こえたの。川で流されていた時に聞いた声が。
私はそれに耳を傾けてしまった。」
リー達はまさかと焦燥に駆られる。スカビオサの話を聞く限り思い当たることは一つしかなかった。最も避けたかった一つの可能性。
「すーちゃん。[妖精の戯言]に応じたんか。よりによって闇の妖精に。」
「…分かっているわ。とても馬鹿なことをしたって。でもその時の私はその言葉に縋るしか無かった。
例え、その先が地獄でも、サンさんとの約束を果たすため、フリージアを守るためなら。」
リーは薄々感じていた違和感が気になった。
それはスカビオサの異様なまでのフリージアへの執着。
いくら死に際に託した子だとしても結局は赤の他人の子。
妖精と取り引きしてまでも守るなんてことをする者は居ない。それ程妖精との取引は恐ろしく、忌み嫌われているものだから。
目の前で家族を皆殺しにされたトラウマか、それとも純粋な母性か。いずれにしても自分は一生分からない感情であるとリーは自傷気味に考えた。
「でも闇の妖精は特に強欲」
「少なくない代償がいる」
妖精は神秘的な力を授ける。しかし妖精に魅入られた者は皆、苦しみの末に死んでいくという。
「幸いにも闇の妖精の機嫌が良かったお陰で代償は1つはだけだったわ。」
「何を代償にしたんや」
「私に関する記憶全てよ。」
「「「…!」」」
「…ただしこれは私が魔力が尽きて死んだ時に回収するように頼んであるわ。」
「…すーちゃんは、」
リーはその先の言葉を発することは出来なかった。
リー達はこれ以上問おうとはしなかった。何故なら彼らは彼女の旧友であるから。
彼らは感じたのだ。我が旧友が全てを覚悟した上でその取り引きを受けたのだろうと。
全ての事象を考えた上で彼女はこの道を選んだのだろうと。
彼らは尽くすだろう。彼女の覚悟が無駄にならないように。それが彼女を苦しめることになったとしても。
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「お前さんは無事に強くなってくれた。しかもわいらの想定以上にな。これならすーちゃんも安心していけるはずや。」
「本当は黙っとくはずだった」
「明日ですーちゃんの魔力は切れてしまうから」
「………」
…なんでだよ。なんでそこまでするんだ?スカビオサにとって俺は孤児みたいなもんだろ。なんで身を呈してまで助ける必要がある?
…ああ。そうだった。俺は前にもそんな人を見たことがある。
そして何故だと聞いたんだ。
「助けることは出来ねぇのか…?」
「わいらも魔力ポーションを使ったり魔草を食べさせたりしたが無理やった。」
「妖精を倒せばいい」
「妖精は無理だよー!」
「妖精は実体を持たない」
「………」
俺は拳を握りしめる。強く握ったせいで爪と鱗が擦れ、ギリギリと音を発した。
その音で自分が感情的になりすぎて人化が解けかかっていることに気付く。
「なあフリージア。明日、別れる時にはなんも知らん振りをしてくれんか。
お前さんに知られたと知ったらすーちゃんはお前さんから忘れられる悲しさを思い出してしまうやろうから。」
そんなこと分かっている。
「分かったよ…。」
そう言って俺は寝床に戻り、スカビオサの隣で眠りについた。
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「なあ、あんた。なんで俺を助けたんだ?」
「んー。放っておけなかったからかな!」
「俺みたいなガキを助けたってなんの得にもなりゃしねぇぞ?」
「得とか損とか、そんなの関係ないわよ。私が助けたかったんだから助けたの。それだけよ。そんなの君だって同じでしょ?
ずっと見てたわよ。知ってるの。君は誰かのために自分を犠牲に出来る優しい子だってこと」
「…困っている奴を助けるのなんて当たり前だろ。俺は皆のために動かなくちゃいけないんだから」
「……そう。やっぱり優しい子じゃない。」
「お、おい!撫でるなよ!」
「あはは!ごめんごめん!
ねえ君、私の所にこない?」
「は?」
「私の子供にならない?いいじゃない、なりましょうよ!」
「……なんで」
「さて、なんででしょー?
ねえねえ、結局どうなの。なってくれる?」
「…分かったよ」
「わーい!そうと決まれば早速家に帰ろうか!」
「ちょっとまてって!おいあんた!」
「あんたじゃないわよ!母さん!わかった?」
「うっ。か…母さん」
「うんうん!ほら早く行きましょう!」
「だから待ってって!」
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俺が何故だと聞いたら結局はっきりと答えてはくれなかった。
とても懐かしい、夢だった。
フリージアが自分のステータスのスキルや称号の詳細を見れたのは鑑定眼[全]の効果なので普通は見れません。
そして基本的に鑑定眼の[]の中は見ることが出来る分野です。例えば[速]なら速度の値だけ、[称号]なら称号だけしか見れません。(この場合称号の詳細は見れる)
ちなみに鑑定眼をもつ者はかなり少ないです。




