特訓5
「俺が今欲しいスキルは『人化』だ」
俺の目的のためにはどうしても人が住む街に行かなければならない。ましてや復讐なんだから人目に着かないように動く必要がある。
街にドラゴンなんて出れば目立つどころじゃないからな。下手をすれば国の軍隊が派遣される可能性もある。
「あ、それなら私もリー達も使えるわよ!」
リー達も持っているのか
幸いなことにスカビオサもリー、ルリ、マツも他の魔物より遥かに強い。今のうちに学べるものは学んでおきたい。
「頼む!人化の発動のコツを教えて欲しい!」
頭を下げて頼み込む。
「そんなことしなくても、勿論教えるに決まってるじゃない!」
「そうやでフリージアくん!」
「もちもち!」
「見返り必要ない」
「だって私達、もう仲間でしょ?」
「…そうだな」
仲間……
╂╂╂╂╂╂╂
『おいおい!フロー!水くせーじゃねぇか!
おめぇのお母さん風邪なんだろ?残りの依頼は俺たちに任せろって!依頼の報酬は家に送っとくからよ!』
『そうだよ!フローさんが困ってるなら僕達が何時でも何処でも助けになりますよ!』
『もちろん!見返りなんて要らないからね♪』
『ありがとう…だがどうしてそこまでしてくれるんだ?』
『『『だって仲間じゃん!』』』
なら…なぜだ?
皆は、お前らは………
╂╂╂╂╂╂╂
………仲間…ね
「…?どうしたの?フリージア?」
「あ、ああ!いや、ありがとう!」
また、繰り返すのか?
『また、信じるのか?魔物達を…』
「よし!そうと決まれば早速始めるわよ〜!」
「いや、その前に寝てからにせえへんか?」
「むー」
「眠くなってきた」
「そう言えばもうこんな時間ね。じゃあ明日からまた始めましょうか。」
「んじゃ、また明日なー。わてらは谷に戻るわー」
「おやすみー!」
「ねむねむ…」
「フリージアもお休み〜。」
トコトコと寝床に戻っていくスカビオサの後ろについて行き、何時ものようにスカビオサの隣で眠りについた。
目を閉じると、ふと、リー達との戦いの時を思い出した。
あの時、自分の死を感じた。何をしても抗えない、圧倒的な"死"を。
その時気付いた。渦巻く闇を。行き場をなくした感情を。
思い出したんだ。
あの日の確かな"憎しみ"
あの日の確かな"絶望"
『思い出したのなら……動くんだ。憎しみのために』
でも、それでも。信じたい
人間が醜くく、愚かで、信じるに値しないことは理解した。
でも魔物達なら、って。
『……愚かだ』
そんなこと分かってる。
僕だってもう二度とあんな風になりたくない。それに、希望を持つことがどれほど苦しいことか知ってるつもりだよ。だけど。
何故だろう。君ならこんな矛盾が生まれる理由が分かるのかな。フロー。
『……』
少なくとも僕にはまだ分からないんだ。
だから、もう少しだけ。もう少しだけ見せてよ
優しい夢を
『………仲間…か』
――――――――――――
ある寝苦しい夜の日
あの時私に何が出来たんだろう。
もっと早く、あの質問に答えることが出来たなら何か変わったのだろうか。
もっと早く、より強くなっておけば何か変わったのだろうか。
こんな、あの子を利用しているという罪悪感に見舞われなくて済んだのだろうか。
胸を締め付けるような苦しみをせずに済んだのだろうか。
絶え間なく襲ってくる妖精の誘惑に耐え忍ばなくてもよくなったのだろうか。
分からない。
ただ一つ分かることは、私がとても愚かで利己的だということだけ。
ごめんなさい。
どうかこんな私を忘れて。
あの子の為だと真実を隠すのもきっと私の身勝手。
ああ、なんて自分勝手なのかしら。それでも私はあの子に
━━━━愛して、欲しい…………なんて。
――――――――――――
練習初日にスカビオサとリー達の人化を見せてもらった。
どうやら人化は顔や体型を好きに変えられる様だが、個別に好きな形があるらしい。
スカビオサは黒髪黒目の女性の姿だった。スレンダーな体型にキリッとした猫目、艶のあるロングヘアだったが独特なハネが猫耳のようになっている。
お世辞なしで美人だと思った。伝えてないけど。
リー達はなんと、人化すると3人に別れた。別人格があれば任意で別々になることが出来るらしい。
もちろん3人で1人になることも可能。とても便利。
リーの第一印象は茶髪の好青年だ。
顔は少し垂れた特徴的な目と、ハネてはいるもののボサボサではなくきちんと収まっている髪があの独特な話し方に良く合っている。体型は細マッチョかな。
ルリは声から想像していた通りの姿だった。
活発そうな女の子で、右側に1箇所だけ髪を括っていた。身長は130cmより少し大きいかな?
容姿を褒めるとえへへー!とクルクル回っていた。そして目を回していた。
マツは少し髪が長めのショートカットの少年……だと思っていたらまさかの少女だった。
いや、まあ確かに3人の説明を受けた時にスカビオサはマツが男とは言っていなかったが……
声も少し低めの子供声だったし完全に男かと思ってた。…すまん。
前髪は目に被るくらい長くて顔がよく見れなかったので退けてみると、…可愛かった。というか普通に整っていた。
ちなみに可愛いと伝えると、うるさいと言われたが顔が赤くなっていたのを俺は見逃さなかった。
全員の人化を一通り見終わったところで気付いたのは、皆魔物の頃の特色が何らかの形で発現していたということ。
例えばスカビオサなら爪が鋭くなっていたり、ルリ、マツなら体の一部に鱗が見えていた。
リーだけは片目が重瞳となっていた。
これは人化の唯一の弱点らしくどうしようも無いらしい。それぞれつけ爪をしたり服で隠したりしている。
皆の人化を見てますます意欲が上がってきたところでレッツ特訓!!
……と意気込んだのは言いものの、全員が全員教えるのが下手だった。
スカビオサも戦い方を教えるのは上手いのにスキルになると語彙力が劇的に低下した。
「えーっとね。お腹の方にあるモワモワをぐーっと伸ばしてフィーーン!ってするの!」
伸ばすところまでは良しとしよう。後半!フィーーンってなんだフィーーンって!説明はしょりすぎだろ!
「すーちゃん!だめやってそんなアバウトな説明やったら!
自分の理想の形を考えてな、グワワワーーーンやで!」
いや、もう一緒!!
「フワワーシュルルルルル!だよ!」
「いや、ズズズズーーーーンって感じ」
………どうしろと?
そんなこんなで2週間かけてようやく人化を獲得した。
2週間のうちの6日は言葉の解読に使った。
「よし!じゃあいくぞ!」
人化!!
スキルを発動しながら自分の理想の形を思い浮かべる。
なるべく人の頃とは違う見た目の方がいいよな。
あの頃の俺は黒髪黒目だったから目立ってしまって仕方がなかった。なので今回は黒以外の色にしよう。
ひょろひょろ過ぎると舐められるので適度に筋肉は付けて、それでいて屈強な感じは出さずに。
「出来た!どうだ?」
「「「「おー!!」」」」
「かっこいいわよ!フリージア!」
「うむ、白髪もええなー」
「白と青の目も綺麗だよー!」
「クリスタルの髪飾りもいいと思う」
なかなかの好評だったので、土魔法でカガミを作って確認してみる。
これは皆の人化を見る時に編み出した物だ。
本人達が自分の姿を水面でしか見たことがないと言っていたので、土魔法を応用した。
結果、水晶みたいに透明な物体と色つきで自分が映り込む物体が出来たのでそれぞれ、ガラス、カガミと名付けた。
「おお…人化って本当に凄いな」
ほとんど自分が思い描いた通りの姿だった。
髪飾りは想定外だったがこれは俺の特色が発現したものだろう。ちゃんとカッコイイ系の髪飾りで良かった。
それにしても生前に比べてこの姿はかなり整った顔をしている。ちゃんと男性寄りの顔だがイケメンと言うよりは綺麗という方が似合っているかもしれない。
色白だがちゃんと筋肉も付いているので、冒険者と言ってもそんなに違和感はないはず。Eランク辺りにいそうな感じだ。
「ふーー。なんとか間に合ったわね。」
「そうやなぁ。あと一日遅かったらアウトやったもんな。」
「セーフ!」
「無理かと思った」
そう、実はこの特訓にはタイムリミットがあった。
明日は皆既月食なのだ。
俺が今住んでいるのは無慈悲の森。
その名前になった理由が2つある。
1つは周りの環境に比べてこの森の内部だけ異様に魔物のレベルが高いこと。最もカーストの低い魔物でさえこの森のそとでは圧倒的な捕食者となる。
そして2つ目は1度この森に入るとある期間の間でしか抜けることが出来ないということ。
これが俺達が急いでいた理由だ。
この森の一番外側の木はプリズンウッドという特殊な木になっている。
この木は群で自生する植物で、サークルを作るようにして群生している。そしてサークル内に生物が入ると枝や葉を伸ばしてドームを作りそこに生物を閉じ込めてその生物の魔力を吸収する。
だが、連続的に魔力を吸収するために日の光や雨などドーム内をその生物が生きるために必要な環境に整えるため、プリズンウッドのサークル内では新たな生態系が出来ることが多いという。
そんなプリズンウッドがドームを解放する期間がある。
それが皆既月食だ。
皆既月食とは、月がこの星の影に覆われても完全に見えなくなるわけではなく、赤銅色に輝いて見える現象の事だ。
これは数十年に1度のペースで起きるため今回を逃せばまた数十年待たなければならなくなる。
無慈悲の森の外へ皆で出てから特訓すればいいと思ったのだが、2人ともここに残るそうなのだ。
魔物は基本的に数百年は生きるから10年ちょっとなんて誤差やで!なんだとか。
「これで人化も習得できたし十分強くなった。
あとは記憶を貰うだけだ」
とうの昔に条件なんて満たしているからな。
「ええ、そうね。
でもひとつだけ、お願いしてもいいかしら?」
「お願い?」
「渡す時に記憶をオーブの状態で渡すわ。それを持って記憶伝授って念じたらいいんだけど、記憶を貰うのはこの森を出て、最初の街に着いてからにして欲しいのよ。」
何か隠しているな。
「……分かった。約束するよ。
その代わり、今日のご飯は豪華にしてくれよ。」
「もちのろんよ!」
スカビオサが俺に隠し事をしてるのは今に始まったことじゃない。何か彼女なりの考えがあるのだろう。
ただ、何か引っかかるような感じがするが…
「よし!そうと決まれば食材取りにいくわよー!
フリージア、付いてきなさーい!」
「あ、おい待てって!」
上機嫌で駆け出すスカビオサのあとを追ってフリージアも森の深くへと入っていった
「………すーちゃん」
残された蛇の魔物は2人には聞こえないような声で悲しげに呟いた。
――――――――――――
その夜はとても寝苦しい夜だった。
「ん、うーーん、ふぁーあ。なんか眠れないな…」
寝ては起きてを繰り返していくうちに眠り方を忘れてしまった。
この体になってからは毎日よく眠れていたのに。このなんとも言えないもどかしさは、あの事件に追われていた時以来だろうか。
「それに比べて、本当にこいつはよく寝るよな。流石は猫ってとこか」
ふと、横で丸まって寝ているスカビオサに目を向けてみると、スカビオサが少し魘されていることに気が付く
「…………うう………」
呻くような呟きが暗い洞窟に消えていくのがどことなく物寂しくて。
そう言えば俺も怖い夢を見るのが嫌で、眠りたくないと泣いていた頃もあったな…
そんな時はいつも決まって母さんが手を握ってさすってくれたっけ。
そう思いスカビオサの前足を握って、翼で体を覆った。
「………あ……しい」
少しでも夢見が良くなったかな、と再びスカビオサの顔を覗き込むと、
「…っ」
小さな雫が滴り落ちた。
泣いていた。スカビオサが
そこまで酷い夢なのか…?
いつもでは考えられない異様な魘され様に焦燥が募っていく。
もしかして何処か体の調子が悪いのではないだろうか?そのせいで魘されている可能性は無くはない。
なにかしら状態異常になっているかもしれないし、スカビオサには悪いけどステータスを勝手に見せてもらおう。
そう思い鑑定眼を発動させる。
「は…?な……っんで…?!」




