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01:はじめてのへんしん

 衝撃の事実を知ってしまった。


 『魔法少女は実在する』


 とある春の日、夕暮れに、筆者は目撃してしまったのだ。なんとも摩訶不思議な事態に巻き込まれてしまった彼女の決断とその結果を。


 彼女の本名はプライバシーの観点から伏せさせて頂きたい。この文章が世に出るのかは分からないが、そうなってしまえば彼女らに心無い人間の誹謗中傷ひぼうちゅうしょうが集まるとも限らない。このレポートを書いている筆者が言える事ではないとも考えるが、やはりそれは倫理的に許されることではないだろう。可能性は出来る限り排除すべきだ。

 代わりに彼女の事は友人達が用いる愛称、『マイちゃん』で統一させて頂く。以降、彼女の他に登場する個人名も同様の処置とさせて頂きたい。


 彼女、『マイちゃん』さんは小学生である。


 あどけない笑顔、元気一杯の声、赤みがかった茶色の髪をショートに揃え、普段はふんわりゆるやかな物腰で、しかし時には年相応に、背にしょった赤色のランドセルを揺らしながら駆け回る。


 その姿はどこをとっても極一般的な、大人が見守り、健やかに育てていくべき子供であった。


 ほんの少し前までは。


 4月10日。時間にして夕方5時頃の話である。

 帰宅途中であった筆者は、猛烈な腹痛に襲われ、半分泣きながら近くの公園のトイレに駆け込んだ。そこである意味至福の時を過ごしていたのだったが、それは唐突に打ち切られた。


 トイレの壁が根こそぎ崩れたのである。破片が筆者の方に飛んでこなかったことは不幸中の幸いだったが、いや、だからこそ素っ頓狂な悲鳴が上がったことに誰も文句は無いだろう。


「シッツボーン!」


 謎の掛け声とともに現れたのはまるで漫画やアニメから出てきたような謎の存在だった。怪物というほどには恐ろしくなく、ペットというほどには可愛らしくもない。


 その姿は、目覚まし時計にか細い二足二手を申し訳程度に生えさせ、上部の鐘のあたりに適当な目のマークをつけたという、子供向けアニメにでも出てきそうなコミカルなものであった。どうやら掛け声と同じく、シツボーンという名称らしかった。


 見た目だけだと騙されそうであるが、ほとんどの人間は見た瞬間に逃走を選択するだろう。姿はともかく、巨大過ぎた。人間五人分、軽く見積もって7、8メートルはあるだろうか。


 その化け物とにらみ合うように立っているのは一人の少女だった。彼女こそが『マイちゃん』さんである。


 彼女は子犬のような、しかし明らかに通常の犬とは一線を画す茶色い生物をその胸に抱いていた。ぬいぐるみと言えば誰もが信じるであろう姿をした子犬がぐるる、と喉を鳴らしながら吠えたとき、筆者は驚きのあまり開いた口がふさがらくなった。


「マイ!シツボーンだ!あれがさっき話した異世界からの侵略者だ!」


 しゃべったのだ。しかもやたらと渋い声で。


 その場にいた筆者はあまりの事実に思考放棄に陥ってしまったのだが、よくよく考えてみればあれこそが魔法少女のお供である妖精という存在なのだろう。非現実的な存在を認めることにいささか抵抗があるとはいえ、そう考えればいろいろとつじつまが合うのだ。


 さらにその子犬は『マイちゃん』さんに力を授けると続け、『マイちゃん』さんは一も二もなくそれを承諾してしまった。

 子供というのは幼さゆえか、時に恐ろしいほどの即断即決を見せる。いい大人であるはずの筆者はあまりの現実にパンツを履きなおすことすら忘れていたというのに、素晴らしい状況適応能力であった。


 そして、彼女は変身した。


 きらめく空間の中で彼女自身の体もまたきらめき、服が次々と魔法少女の衣装に代わっていく。ゆったりとした布のようなものが彼女を緩く包んで、気づけばひらひらとした布が目立つデザインの衣装がその身を包んでいた。

 白地をメインに据え、アクセントとして桃色を散りばめた色使い。白桃の天女。その時思い浮かんだ言葉だ。


「ゆるやかに揺れる安らぎの抱擁!キルティワータ!」


 その間、おそらく時間が止まっていたのだろうと思う。敵からすれば絶好の機会であったにもかかわらず、まばゆい光が放たれている間、シツボーンは微動だにしなかったのだ。


 どういう理論が働いているのかはさっぱりわからないが、それも魔法少女の力なのだろう。

 実際、変身後の『マイちゃん』さんの力はすさまじいものだった。


 飛び跳ねれば簡単に家の高さを超え、力を籠めれば数百キロは超えそうな崩れた瓦礫すら片手で押しのける。そのような力を与えられた人間がどうなるか。簡単である。まずは戸惑うのだ。


 『マイちゃん』さんは力を籠めすぎて瓦礫を近所の家にぶつけてしまったり、飛び跳ねすぎて着地に失敗したりと、与えられた力の扱いに難儀しているようであった。


 やがて力の扱いに慣れ始めたのか、彼女は少年漫画のごとき肉弾戦を行い始めた。殴る、蹴る、頭突きする。女の子らしく、荒事に慣れていないためか微妙にへっぴり腰で様にならないので、ただ見ていたこちらとしても、緊張感よりも心配が先に立つような立ち回りが続いた。


 それでもどうにかこうにか彼女は怪物の撃退に成功した。撃退というか、消滅させた。いわゆる魔法少女の必殺技によるものである。


「滑らかなる抱擁がッ!邪を包みッ!静を与えッ!悪意は溶けッ!消えるッ!

 コンプレスドッハァァーーーグッッッ!!」


 掛け声と共に、ゆったりとした布が怪物を覆いつくし、ぎゅっと丸め込んで勢いよく収縮。最後はポンっと軽妙な音を響かせて消え去った。後に残ったのは闇色に輝く水晶のような物体だった。


 彼女の力はとんでもないものであることに間違いはないが、魔法少女と呼んでいいのだろうかという疑問が浮かんでしまう。

 数少ない筆者の友人にこのことをぼかしながらも聞いてみると、そういうものだと返事を受けた。昨今の魔法少女は物理で殴るのが当たり前だという。暴力的な女児が生まれないことを切に願う。


 話が逸れてしまったが、最後に残った闇色の水晶について述べておこう。


 妖精と思しき子犬こと、「ワフガル」氏が説明するところによると、それは人の失望が物質として具現化したものだという。


 明らかに超常的な力の介在を匂わすそれは、アクイールと呼ばれる敵組織が何がしかの秘法を用いて人間から取り出したものらしく、これを浄化するのも『マイちゃん』さんの役目だった。


 『マイちゃん』さんはワフガル氏を抱きしめながら話を聞いていたのだが、説明が終わると氏を地に降ろし、代わりに水晶を抱き寄せた。

 その際、浮かべた表情は大人である筆者ですらハッとするようなものだった。

 母性と優しさに溢れ、彼女自身がどれほど慈悲深いかを物語っていて、なるほど、確かに救世主と呼ぶべき神々しさを持ち合わせていた。


 やがて彼女は実際に神々しき光を放つ。


「失意に嘆く心にゆるやかな安らぎを────シルキィブレスト」


 その言葉は呪文のようなものなのだろうか。闇色が透き通るような色に変わっていき、輝かんばかりの宝石となったところで、彼女は抱きしめたものを解放した。


 水晶は彗星のように光の尾を伸ばしながら飛翔し、近くで倒れていた30代ほどの女性の胸にするっと入り込み、消えていった。その途端、気を失いながらも苦し気に呻いていた女性の顔つきが穏やかに変わったように見えたが、きっと気のせいではないだろう。


 女性だけではない。公園には痛々しい破壊の後が残っていたが、どういうわけか『マイちゃんさん』の神々しい光を受けて、ほぼ元通りに修復されていた。ほぼ、というは筆者が座っていた便器周りの壁がそのままだったからである。


 後ほど確認したのだが、別に筆者だけに嫌がらせをされたわけでもないらしい。

 戦闘によって破損した塀は瓦礫状態から戻ってもヒビが入っていたままであったし、抉れる前は整地されていた地面も凹凸が激しい状態で、砂場には砂利のようなものも混じっていた。

 遊戯具に至っては再点検せねば使用するにも危険だろう。ブランコの板など、鎖から外れたままであった。


 とはいえ、ある程度修復して頂けただけでも御の字である。

 『マイちゃん』さんの慈悲には感謝しかないが、それでも筆者は悲哀を隠さずにはいられなかった。なにせトイレにいたのである。下半身全裸である。しかも未処理である。動くどころか隠しようもない。


 その後、夕焼け空の下で半ベソかきつつ、幸いにもコンビニで買っておいたティッシュでお尻をふいた。人に見られなかったのが幸いである。なによりも、『マイちゃん』さんに気付かれなかったのが一番の僥倖かもしれない。


 ともかく、筆者的にはそんなギリギリの場面もありはしたが、それでも今日この日は人生最良の日であろう。


 伝説の魔法少女『マジカル☆クロゼッツ』。


 彼女達の再誕に立ち会えたのだから。


つづかない


他の連載が終わったら続き書きます。


※☆の部分は語り部の友人の強い要望でレポートにねじ込まれました。

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