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8/20

#8:猿の右手が石を掴む

110:虹『クロノトリガー』

310:ニードラー『HALO』

510:三連赤甲羅『マリオカート』


 色々ある中で三人が妙に好きなゲームの武器。







「実際問題どうなんだ? このクエ」

「どうなんだって、あれでしょ? 子供が子猫拾ってきました的な?」

「…この場合、猫ってよりワニみたいなものだけどな」

「即デスロール」

「…即保健所」

「みたいな?」


 それはつまり犯罪者予備軍みたいなものだ。

 まだ何もしていない。けどきっとする。だから心配。だから芽を摘み取ってしまおう。


 なんて身勝手で過保護なのだろう。

 標的にされた方からしてみれば、たまった物ではない。


「とりあえずマップあるし、行ってみるか」

「クエストにクリア条件が書いてないしさ、実際どうすればいいかわからないね」

「…答えは人の数だけあるんだよ」

「マルチエンディングか」

「本当にTRPGっぽい感じなのかな」


 【アカシック・ガイドブック】のクエストページにはマップがあり、どこを目指せばいいのかがわかる。

 今回は村の外れ、森の中。

 少年少女たちの秘密基地だ。


 秘密と言っておきながら大人も知っている。

 何も秘密ではない、秘密基地。


 三人はマップに従い村の端っこから森へと入る。

 低い木のようなブッシュが邪魔で、道幅が狭い。

 まるで獣道か何かのようだ。

 横に並んで歩くのは少々難しい。


「こうやって縦一列に歩いてるとさ、昔のRPGっぽいね」


 最後尾を歩くゴトーが木の棒でバッサバッサと茂みを叩く。特に意味はない。


「そーいや、昔のRPGってなんで縦一列になるんだろーな?

 一人のシンボルを動かすんじゃダメなんか? 今のゲームみたいに」

「さー? なんでだろうね。馬車みたいなシステムもあるし普通にできると思うけど」

「…一人旅感が嫌なのでは?」

「なるほど」


 少し歩くと横道を見つけた。道が曲がっていて先は見えない。

 マップの位置関係からするに、この横道の先が子供たちの秘密基地なのだろう。


 三人は深く考えることもなく、まっすぐ足を進める。


「こういう道ってさ、先が行き止まりで宝箱があるよね、普通」

「大抵クソみたいなアイテムだけどな」

「…ゲームとしては普通だけど、リアルで考えたらすごいぞ。宝箱落ちてるって」


 結果からいうと宝箱はなかった。

 道の先、1分ほどの距離を歩くと開けた場所に出た。小さな池がある。


 池の広さは50m四方程度。さらに開けた場所の広さは80m四方程度。

 道は今来た一本しかなく、ここが行き止まりのようだ。


『ギィ』


 だが、池の(ほとり)にはサル型のゴーレムが一匹いた。


「来た! エンカウント!」


 降って湧いた新しい武器を使う機会に、イトーは喜んだ。

 急いで鞄に手を入れる。


 持ち歩くのに不便だったイトーの二つの新武器は今、ボンサックの中に入っている。

 二本が絡み合って、取り出すのに少し手間取る。

 しかもナヴィから貰った木の棒が邪魔だ。


「くらえ、【ノック】!」

「…【ノック】」

「オイ! オイ、ふざけんな! くらえ、じゃねえ! 人の心がねえのかオメーラ!」


 その間に魔法を撃つ二人。

 しかし、その魔法はあっけなく避けられた。


「…マジか。3戦目にして、もう避ける敵とは」


 モノリスに雪だるま。そしてサルとまだ三戦目。

 モノリスと雪だまるは本当に弱かった。おそらくあれまでがチュートリアルなのだろう。


 ノックの魔法は大体1秒で4mほど進む。

 時速にするとおよそ15km程で、小学生のドッヂボールよりも遅い。

 サルが小学生よりも上等かどうかはわからないが、避ける位はするようだ。


「オッシャ、行くぜ! オレが殴る前に撃ったら殺すからな!」


 準備の出来たイトーが飛び込む。

 サトーも朽ちた木の棒を抱え飛び込む。

 ゴトーは構える。


 サルのサイズはおよそ1mと少し。

 人よりも大分小さい。真っ直ぐ立てばへその辺りまでしかない。

 毛もなく、どこかデフォルメな感じさえする。だから威圧感はない。恐怖はない。


 サルはぴょんぴょんと跳ねる。

 ステップを踏みながら前後に飛び、攻撃の当たる位置に来ると殴りかかってくる。


「コイツ……イイねえッ!」

「小さいし、動くし、避けるし。ってか、当たらないんですけど」

「…実践してる感出てきたな」


 数発殴れば、殴り返される。

 痛みはやはりほとんどないが、それでも殴られるという恐怖に一瞬怯んだりもする。


「オ?」

「左手が……砕けた?」

「…部位破壊?」


 幾度かのやり取りの後、雪で出来たサルの腕が砕け、サルが大きく距離を取る。

 それから何故か、残った手を雪の中に突っ込む。


『ギィ』

「オっと……ッと!」

「…あぶな」


 そしてサルが雪から手を戻すと、いつの間にか石が握られており、その拾った石を投げつけてきた。


「セット――」


 だが、それが最後。

 その隙にゴトーの魔法がサルを撃ち、サルは崩れ落ちた。


 避けられるなら近寄ればいい。

 それからもう一つ。

 【セット】で【プレイヤー】以外には見えないようにすればいい。






#####






「…何だこれ。金か?」


 サトーは崩れ落ちたサルの雪から紙ペラを拾った。

 日本のお札位の大きさで『emeth』と書いてある。


 が、手に持った途端、頭の文字が消え『meth』となった。


「あ、それ、もしかしてemethの札?」

「知ってんのかよ」

「…聞いたことのない御札だ」

「えっと。簡単に言うとゴーレムのコアかな?」


 ゴーレムは元々土に『emeth』と書いた札を混ぜる事で作られている。と、知られている。

 これはゲームなのでどう設定されているかわからないが、この札があるという事はそういう事なのだろう。


「…なんで一文字だけ消えたんだ?」

「元ネタがあれだからでしょ?

 ゴーレムの機能を停止させる時に、『e』の文字を消して『meth』にするからじゃないかな」


 『emeth』とはヘブライ語で『真実』を意味する言葉で、『meth』は『死』を意味する言葉である。

 そしてゴーレムは『胎児』を意味する。


「…もしかして、ゴーレムには全部これがあるのか?」

「そーいや、雪ダルマやった時にもあったな」


 雪だるま戦でサトーが拾い損ねたものだ。

 戦闘から座敷牢の流れで忘れていたが、たしかにあった。


「…要らないな」

「あ、じゃあ貰っていい? なんかで必要になるかもしれないし。 売ったらお金になるかもだし」

「素材集めゲーか」

「…俺、ゴミみたいな素材集めて道具作るゲーム嫌い」

「オレは結構好きなんだが」

「自分も割と好き」


 戦闘の終わった三人は池の周りを探索してみた。

 元々ここに来た時にさっと見回したが、何もなかったので期待はしてない。

 池を覗き込んでも何もない。


 稀にあるのだ。

 序盤にあって序盤には決して手に入らない宝箱が。


 中盤のすっかり忘れた頃に何らかのアイテムで潜水できるようになり、ようやく手に入る系の宝箱。

 何故か序盤配置なのに強いアイテムが入っている。

 しかし終盤に思い出して取りに行くと、中盤位の強さのアイテムが入っていてがっかりする。

 そんな宝箱が。


「あ、そういえばさ、イトー君って盾使わないの? っていうか店に売ってた?」


 戦闘が終わり、探索も終わり、来た道を歩いていると、ふとゴトーが疑問の声をあげた。


「何で?」

「戦ってて思ったんだけどさ、これから敵ってどんどん強くなるわけじゃん?

 んでさ、攻撃も大げさなものになってくると、例え痛くなくても怖いでしょ?

 するとさ、盾って結構重要度大きいと思うんだよね」


 盾はダメージだけでなく、恐怖も軽減してくれるのではないか。

 そうゴトーは考えた。


 先ほどの石を投げられた時のように、たとえ痛くないと知っていても、身が竦んでしまうことだってある。

 そういう時に盾があれば、きっと怖くない。

 受けると晒されるの違いだ。


 別に鎧でもいいが、たぶん盾の方が怖くない。


「…そういや盾って、盾で防がなきゃいけないのか?」

「? どういうこと?」

「…盾で防がなきゃ効果は発揮されないのか?」

「あ、そういうことね」

「トンファーキックか」


 これがゲームであり、数値が設定されているのなら、どこかで反映されるわけで。

 盾を装備しているだけでダメージ減になるのなら、背負ってるだけでも効果があってもおかしくはない。

 見た目的には明らかにおかしいが。


「どうなるんだろうね」

「されないんじゃねーか? こんだけのリアル志向でその辺無視にしてると思わないんだが」

「…それもそうか」

「でも、可能性としては残しておきたいね。なんかいいじゃん、そういうシステムの穴」

「…わかる」


 三人は裏ワザとか、そういうのでしてやったり感を楽しみを見出す探求者である。

 製作者の虚を突いて、裏を突いて、暗い優越感を得たい中学生だった。


「どっちにしても、盾は持たないだろーな。オレ、二刀流するし」

「怖くないの?」

「…イトーは勇気の回避盾だからな」

「イヤ、タンクはやんねーぞ」

「えっ?」

「…えっ?」


 イトーを除いた二人が揃って驚きの声をあげた。

 てっきりイトーは前衛志望なのでタンクかと。

 そう思っていた。

 そう思い込んでいた。


「なんでオレがお前らのお守りをしなきゃなんねーんだよ」

「言われてみれば……」

「…お守りしてよ」


 ゴトーが後衛で、サトーは中距離。

 今はまだ武器を用意していない為、前衛に近い位置に居るが、中衛の予定のサトー。


 そしてイトーが前衛なので、てっきりタンクをするものだと思っていたが、よく考えてみればそんな義理はなかった。


「まあ自分ら、勝手にイトー君を盾にするんで」

「…どの道そうなるしな」


 魔法を使わないと公言しているイトーは、ゴーレムに接近しないといけない為、壁になりやすい。

 つまりそういうことだ。






#####






 今度こそ秘密の広場にたどり着くと、数人の子供に一体の雪だるまがいた。


「なんだお前ら!?」

「…なんだろ?」


 子供たちは三人をひどく警戒していた。

 雪だるまを保護する事が悪いことだと自覚しているようだ。


 雪だるまが村を襲った時、子供たちは村にいた。

 建物の中に居たのか、どこに居たのか三人のことは見ていないようだが、雪だるまの事は知っている。

 危ない存在だと知っている。

 だから秘密基地へとつれて来た。

 大人たちに知られれば処分されるとわかっていて。


「こいつは渡さないぞ!」

「キーキー喧しいガキだな。サルか」

「なんかさ、すぱっと終わりそうなクエじゃない感じがしてきたね」


 近づこうとすると雪だるまの前に立ちはだかる子供たち。

 蹴散らしてみた。


「やめろぉ!」


 すがりつく子供。

 正直な所このまま蹴散らすこともできそうだったが、サトー達も鬼ではないので話を聞くことにした。


「こいつは別におそったりしないんだ。悪い奴じゃないんだ」

「…今のところはな」

「……大人はずるい」

「は? どーいう意味だ」

「大人は自分たちばっかり楽しんで、それでぼくたちにはあれこれダメっていうんだ」

「…いや、それとこれとは話が違うだろ」


 どうやら子供には子供の言い分があるようだ。

 どうにも説得には応じない態度を貫いている。


 子供が感情的なのは普通なのだが、ゲームとして考えたら少々おかしい。

 このまま説得に応じない場合、どうやって攻略するのだろう。

 強行突破でもすればいいのだろうか。

 だが、これ程の抵抗を果たして突破しても良いのかどうか。


「僕たちは知ってるんだ。昔はあっち、あっちにもっと広い場所があって、池があって。みんな、あっちにある池の方で遊んでたって」


 あっち、というのはどうやら先ほどの、あの池のある広場を言っているようだ。


「でも危ないからって、行っちゃダメだって。大人たちは……自分たちだけは楽しんだのに」


 今の大人が子供だった頃。

 もっと世界は自由だった。

 子供たちは本気でそう信じている。


「自分、ちょっとこの子たちに賛成かも」

「オレたちも公園を追いやられた立場だしな」


 そして今、ここに居る。


 三人の境遇と子供達の境遇は決して同じでは無いが、大人に対して思うところがあるのは同じだった。

 ずるい、と。


「ほら、昔の遊具って危険だからを理由に撤去されたけどさ、面白そうなの多いよね」

「遠心力に頼った遊具が多かったんだろ?」

「…もっかい言うけど、それとこれとは話が別だろ」


 子供達の言い分に、ゴトーは少し心が揺れた。

 理屈では大人が正しいと思っている。しかし心情的には子供たちの味方をしたくなっていた。


「…言いたい事は言い切ったみたいだし、処分するか。セット――」


 でもサトーは問答無用だった。


「ええっ、やるにしても、もうちょっと位躊躇しようよ」

「容赦ねえな、このメガネ」


 話が少し複雑になってきたが、三人は当事者としての意識が薄い。

 ゴトーも子供の味方をしたいとは思うが、肩入れしてもいいかなと思う程度で、真剣にはなれない。


 だが真剣ではなくても、同情の気持ちが少なからず芽生えてきていた。


「結局どうするの? なんかこのまま討伐して終わりって感じのクエじゃなさそうなんだけど」

「…別に討伐していいだろ」

「でも、子供達は? それで納得する?」


 納得と言うのは大事だ。

 どんなに不条理に見える事でも、納得さえできれば受け入れられる。


 しかし子供達は危ないという理屈だけでは納得してくれない。

 まだこの雪だるまは何もしていない。


「…まず雪だるまを攻撃するだろ? すると反撃を受ける。そしたら手を出したってことで処分する」

「えー」

「サイテーな発想だ」


 それはまるでヤクザのような手口だ。


「ゴトーはなんかこういう話しらねーの? 童話とかで」


 イトーとゴトーの二人は、既に別の手段を取るつもりでいた。

 それならそれでいいけど、とサトーは処分する案を諦めた。


「うーん……、可哀想なゾウとか動物ものってだけなら知ってはいるけど、こういうパターンはちょっと浮かんでこない」


 飼うことのできなかった動物をなんとかする話は何処かにありそうではある。

 だが、三人には思い浮かばなかった。

 頼みのゴトーも思い当たる節はないようだ。


 仮に可哀想なゾウという童話を参考にすると、ゾウは死ぬ。


「…どっちかってと、泣いた赤鬼の方が近いんじゃないか?」


 泣いた赤鬼とは、鬼を怖がる人間と仲良くなりたい赤鬼の為に、青鬼が憎まれ役を買って出る話である。

 最終的に赤鬼は人間と仲良くなれるが、青鬼は姿を消す。


「その場合、オレらが青鬼役をやる必要があるな」

「雪だるまが赤鬼の役通りに動いてくれないと思うけどね」


 そもそもの話、雪だるまがそんな役をやってくれるとは思えなかった。

 見るからに知能の欠片もない外見をしている。

 具体的に言うと、上から下まで全部丸い。


「じゃあ、どーすんだ?」

「…どうするって言われてもな」

「……とりあえずここに居てもなんだしさ、村に戻ろっか」


 三人は問題を先延ばしする事にした。






「実際問題どうなんだ? このクエ」

「どうなんだって、あれでしょ? 子供が子猫拾ってきました的な?」

「…この場合、猫ってよりワニみたいなものだけどな」

「即デスロール」

「…即保健所」

「みたいな?」


 それはつまり犯罪者予備軍みたいなものだ。

 まだ何もしていない。けどきっとする。だから心配。だから芽を摘み取ってしまおう。


 なんて身勝手で過保護なのだろう。

 標的にされた方からしてみれば、たまった物ではない。


「とりあえずマップあるし、行ってみるか」

「クエストにクリア条件が書いてないしさ、実際どうすればいいかわからないね」

「…答えは人の数だけあるんだよ」

「マルチエンディングか」

「本当にTRPGっぽい感じなのかな」


 【アカシック・ガイドブック】のクエストページにはマップがあり、どこを目指せばいいのかがわかる。

 今回は村の外れ、森の中。

 少年少女たちの秘密基地だ。


 秘密と言っておきながら大人も知っている。

 何も秘密ではない、秘密基地。


 三人はマップに従い村の端っこから森へと入る。

 低い木のようなブッシュが邪魔で、道幅が狭い。

 まるで獣道か何かのようだ。

 横に並んで歩くのは少々難しい。


「こうやって縦一列に歩いてるとさ、昔のRPGっぽいね」


 最後尾を歩くゴトーが木の棒でバッサバッサと茂みを叩く。特に意味はない。


「そーいや、昔のRPGってなんで縦一列になるんだろーな?

 一人のシンボルを動かすんじゃダメなんか? 今のゲームみたいに」

「さー? なんでだろうね。馬車みたいなシステムもあるし普通にできると思うけど」

「…一人旅感が嫌なのでは?」

「なるほど」


 少し歩くと横道を見つけた。道が曲がっていて先は見えない。

 マップの位置関係からするに、この横道の先が子供たちの秘密基地なのだろう。


 三人は深く考えることもなく、まっすぐ足を進める。


「こういう道ってさ、先が行き止まりで宝箱があるよね、普通」

「大抵クソみたいなアイテムだけどな」

「…ゲームとしては普通だけど、リアルで考えたらすごいぞ。宝箱落ちてるって」


 結果からいうと宝箱はなかった。

 道の先、1分ほどの距離を歩くと開けた場所に出た。小さな池がある。


 池の広さは50m四方程度。さらに開けた場所の広さは80m四方程度。

 道は今来た一本しかなく、ここが行き止まりのようだ。


『ギィ』


 だが、池の(ほとり)にはサル型のゴーレムが一匹いた。


「来た! エンカウント!」


 降って湧いた新しい武器を使う機会に、イトーは喜んだ。

 急いで鞄に手を入れる。


 持ち歩くのに不便だったイトーの二つの新武器は今、ボンサックの中に入っている。

 二本が絡み合って、取り出すのに少し手間取る。

 しかもナヴィから貰った木の棒が邪魔だ。


「くらえ、【ノック】!」

「…【ノック】」

「オイ! オイ、ふざけんな! くらえ、じゃねえ! 人の心がねえのかオメーラ!」


 その間に魔法を撃つ二人。

 しかし、その魔法はあっけなく避けられた。


「…マジか。3戦目にして、もう避ける敵とは」


 モノリスに雪だるま。そしてサルとまだ三戦目。

 モノリスと雪だまるは本当に弱かった。おそらくあれまでがチュートリアルなのだろう。


 ノックの魔法は大体1秒で4mほど進む。

 時速にするとおよそ15km程で、小学生のドッヂボールよりも遅い。

 サルが小学生よりも上等かどうかはわからないが、避ける位はするようだ。


「オッシャ、行くぜ! オレが殴る前に撃ったら殺すからな!」


 準備の出来たイトーが飛び込む。

 サトーも朽ちた木の棒を抱え飛び込む。

 ゴトーは構える。


 サルのサイズはおよそ1mと少し。

 人よりも大分小さい。真っ直ぐ立てばへその辺りまでしかない。

 毛もなく、どこかデフォルメな感じさえする。だから威圧感はない。恐怖はない。


 サルはぴょんぴょんと跳ねる。

 ステップを踏みながら前後に飛び、攻撃の当たる位置に来ると殴りかかってくる。


「コイツ……イイねえッ!」

「小さいし、動くし、避けるし。ってか、当たらないんですけど」

「…実践してる感出てきたな」


 数発殴れば、殴り返される。

 痛みはやはりほとんどないが、それでも殴られるという恐怖に一瞬怯んだりもする。


「オ?」

「左手が……砕けた?」

「…部位破壊?」


 幾度かのやり取りの後、雪で出来たサルの腕が砕け、サルが大きく距離を取る。

 それから何故か、残った手を雪の中に突っ込む。


『ギィ』

「オっと……ッと!」

「…あぶな」


 そしてサルが雪から手を戻すと、いつの間にか石が握られており、その拾った石を投げつけてきた。


「セット――」


 だが、それが最後。

 その隙にゴトーの魔法がサルを撃ち、サルは崩れ落ちた。


 避けられるなら近寄ればいい。

 それからもう一つ。

 【セット】で【プレイヤー】以外には見えないようにすればいい。






#####






「…何だこれ。金か?」


 サトーは崩れ落ちたサルの雪から紙ペラを拾った。

 日本のお札位の大きさで『emeth』と書いてある。


 が、手に持った途端、頭の文字が消え『meth』となった。


「あ、それ、もしかしてemethの札?」

「知ってんのかよ」

「…聞いたことのない御札だ」

「えっと。簡単に言うとゴーレムのコアかな?」


 ゴーレムは元々土に『emeth』と書いた札を混ぜる事で作られている。と、知られている。

 これはゲームなのでどう設定されているかわからないが、この札があるという事はそういう事なのだろう。


「…なんで一文字だけ消えたんだ?」

「元ネタがあれだからでしょ?

 ゴーレムの機能を停止させる時に、『e』の文字を消して『meth』にするからじゃないかな」


 『emeth』とはヘブライ語で『真実』を意味する言葉で、『meth』は『死』を意味する言葉である。

 そしてゴーレムは『胎児』を意味する。


「…もしかして、ゴーレムには全部これがあるのか?」

「そーいや、雪ダルマやった時にもあったな」


 雪だるま戦でサトーが拾い損ねたものだ。

 戦闘から座敷牢の流れで忘れていたが、たしかにあった。


「…要らないな」

「あ、じゃあ貰っていい? なんかで必要になるかもしれないし。 売ったらお金になるかもだし」

「素材集めゲーか」

「…俺、ゴミみたいな素材集めて道具作るゲーム嫌い」

「オレは結構好きなんだが」

「自分も割と好き」


 戦闘の終わった三人は池の周りを探索してみた。

 元々ここに来た時にさっと見回したが、何もなかったので期待はしてない。

 池を覗き込んでも何もない。


 稀にあるのだ。

 序盤にあって序盤には決して手に入らない宝箱が。


 中盤のすっかり忘れた頃に何らかのアイテムで潜水できるようになり、ようやく手に入る系の宝箱。

 何故か序盤配置なのに強いアイテムが入っている。

 しかし終盤に思い出して取りに行くと、中盤位の強さのアイテムが入っていてがっかりする。

 そんな宝箱が。


「あ、そういえばさ、イトー君って盾使わないの? っていうか店に売ってた?」


 戦闘が終わり、探索も終わり、来た道を歩いていると、ふとゴトーが疑問の声をあげた。


「何で?」

「戦ってて思ったんだけどさ、これから敵ってどんどん強くなるわけじゃん?

 んでさ、攻撃も大げさなものになってくると、例え痛くなくても怖いでしょ?

 するとさ、盾って結構重要度大きいと思うんだよね」


 盾はダメージだけでなく、恐怖も軽減してくれるのではないか。

 そうゴトーは考えた。


 先ほどの石を投げられた時のように、たとえ痛くないと知っていても、身が竦んでしまうことだってある。

 そういう時に盾があれば、きっと怖くない。

 受けると晒されるの違いだ。


 別に鎧でもいいが、たぶん盾の方が怖くない。


「…そういや盾って、盾で防がなきゃいけないのか?」

「? どういうこと?」

「…盾で防がなきゃ効果は発揮されないのか?」

「あ、そういうことね」

「トンファーキックか」


 これがゲームであり、数値が設定されているのなら、どこかで反映されるわけで。

 盾を装備しているだけでダメージ減になるのなら、背負ってるだけでも効果があってもおかしくはない。

 見た目的には明らかにおかしいが。


「どうなるんだろうね」

「されないんじゃねーか? こんだけのリアル志向でその辺無視にしてると思わないんだが」

「…それもそうか」

「でも、可能性としては残しておきたいね。なんかいいじゃん、そういうシステムの穴」

「…わかる」


 三人は裏ワザとか、そういうのでしてやったり感を楽しみを見出す探求者である。

 製作者の虚を突いて、裏を突いて、暗い優越感を得たい中学生だった。


「どっちにしても、盾は持たないだろーな。オレ、二刀流するし」

「怖くないの?」

「…イトーは勇気の回避盾だからな」

「イヤ、タンクはやんねーぞ」

「えっ?」

「…えっ?」


 イトーを除いた二人が揃って驚きの声をあげた。

 てっきりイトーは前衛志望なのでタンクかと。

 そう思っていた。

 そう思い込んでいた。


「なんでオレがお前らのお守りをしなきゃなんねーんだよ」

「言われてみれば……」

「…お守りしてよ」


 ゴトーが後衛で、サトーは中距離。

 今はまだ武器を用意していない為、前衛に近い位置に居るが、中衛の予定のサトー。


 そしてイトーが前衛なので、てっきりタンクをするものだと思っていたが、よく考えてみればそんな義理はなかった。


「まあ自分ら、勝手にイトー君を盾にするんで」

「…どの道そうなるしな」


 魔法を使わないと公言しているイトーは、ゴーレムに接近しないといけない為、壁になりやすい。

 つまりそういうことだ。






#####






 今度こそ秘密の広場にたどり着くと、数人の子供に一体の雪だるまがいた。


「なんだお前ら!?」

「…なんだろ?」


 子供たちは三人をひどく警戒していた。

 雪だるまを保護する事が悪いことだと自覚しているようだ。


 雪だるまが村を襲った時、子供たちは村にいた。

 建物の中に居たのか、どこに居たのか三人のことは見ていないようだが、雪だるまの事は知っている。

 危ない存在だと知っている。

 だから秘密基地へとつれて来た。

 大人たちに知られれば処分されるとわかっていて。


「こいつは渡さないぞ!」

「キーキー喧しいガキだな。サルか」

「なんかさ、すぱっと終わりそうなクエじゃない感じがしてきたね」


 近づこうとすると雪だるまの前に立ちはだかる子供たち。

 蹴散らしてみた。


「やめろぉ!」


 すがりつく子供。

 正直な所このまま蹴散らすこともできそうだったが、サトー達も鬼ではないので話を聞くことにした。


「こいつは別におそったりしないんだ。悪い奴じゃないんだ」

「…今のところはな」

「……大人はずるい」

「は? どーいう意味だ」

「大人は自分たちばっかり楽しんで、それでぼくたちにはあれこれダメっていうんだ」

「…いや、それとこれとは話が違うだろ」


 どうやら子供には子供の言い分があるようだ。

 どうにも説得には応じない態度を貫いている。


 子供が感情的なのは普通なのだが、ゲームとして考えたら少々おかしい。

 このまま説得に応じない場合、どうやって攻略するのだろう。

 強行突破でもすればいいのだろうか。

 だが、これ程の抵抗を果たして突破しても良いのかどうか。


「僕たちは知ってるんだ。昔はあっち、あっちにもっと広い場所があって、池があって。みんな、あっちにある池の方で遊んでたって」


 あっち、というのはどうやら先ほどの、あの池のある広場を言っているようだ。


「でも危ないからって、行っちゃダメだって。大人たちは……自分たちだけは楽しんだのに」


 今の大人が子供だった頃。

 もっと世界は自由だった。

 子供たちは本気でそう信じている。


「自分、ちょっとこの子たちに賛成かも」

「オレたちも公園を追いやられた立場だしな」


 そして今、ここに居る。


 三人の境遇と子供達の境遇は決して同じでは無いが、大人に対して思うところがあるのは同じだった。

 ずるい、と。


「ほら、昔の遊具って危険だからを理由に撤去されたけどさ、面白そうなの多いよね」

「遠心力に頼った遊具が多かったんだろ?」

「…もっかい言うけど、それとこれとは話が別だろ」


 子供達の言い分に、ゴトーは少し心が揺れた。

 理屈では大人が正しいと思っている。しかし心情的には子供たちの味方をしたくなっていた。


「…言いたい事は言い切ったみたいだし、処分するか。セット――」


 でもサトーは問答無用だった。


「ええっ、やるにしても、もうちょっと位躊躇しようよ」

「容赦ねえな、このメガネ」


 話が少し複雑になってきたが、三人は当事者としての意識が薄い。

 ゴトーも子供の味方をしたいとは思うが、肩入れしてもいいかなと思う程度で、真剣にはなれない。


 だが真剣ではなくても、同情の気持ちが少なからず芽生えてきていた。


「結局どうするの? なんかこのまま討伐して終わりって感じのクエじゃなさそうなんだけど」

「…別に討伐していいだろ」

「でも、子供達は? それで納得する?」


 納得と言うのは大事だ。

 どんなに不条理に見える事でも、納得さえできれば受け入れられる。


 しかし子供達は危ないという理屈だけでは納得してくれない。

 まだこの雪だるまは何もしていない。


「…まず雪だるまを攻撃するだろ? すると反撃を受ける。そしたら手を出したってことで処分する」

「えー」

「サイテーな発想だ」


 それはまるでヤクザのような手口だ。


「ゴトーはなんかこういう話しらねーの? 童話とかで」


 イトーとゴトーの二人は、既に別の手段を取るつもりでいた。

 それならそれでいいけど、とサトーは処分する案を諦めた。


「うーん……、可哀想なゾウとか動物ものってだけなら知ってはいるけど、こういうパターンはちょっと浮かんでこない」


 飼うことのできなかった動物をなんとかする話は何処かにありそうではある。

 だが、三人には思い浮かばなかった。

 頼みのゴトーも思い当たる節はないようだ。


 仮に可哀想なゾウという童話を参考にすると、ゾウは死ぬ。


「…どっちかってと、泣いた赤鬼の方が近いんじゃないか?」


 泣いた赤鬼とは、鬼を怖がる人間と仲良くなりたい赤鬼の為に、青鬼が憎まれ役を買って出る話である。

 最終的に赤鬼は人間と仲良くなれるが、青鬼は姿を消す。


「その場合、オレらが青鬼役をやる必要があるな」

「雪だるまが赤鬼の役通りに動いてくれないと思うけどね」


 そもそもの話、雪だるまがそんな役をやってくれるとは思えなかった。

 見るからに知能の欠片もない外見をしている。

 具体的に言うと、上から下まで全部丸い。


「じゃあ、どーすんだ?」

「…どうするって言われてもな」

「……とりあえずここに居てもなんだしさ、村に戻ろっか」


 三人は問題を先延ばしする事にした。

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