#7:アイテムが欲しい
なぜなに三時間。
Q.
NPCにエッチな事したらどうなるの?
A.
ビッチペイン。
目ん玉が飛び出るような痛みの後、強制ログアウトになります。
最果てよりも更に奥。
村の端には森へと向かう細い道があり、横道に入ると開けた場所がある。
そこは少年少女たちの秘密の広場だ。
風は森が和らげ、雨が振れば木の下で過ぎるのを待つ。
何がある訳でもないが、少年たちには立派な秘密基地。子供達の聖域。
「オニさんこちら、手の鳴る方へ」
「待てー」
普段人の寄り付かないこの場所は、子供たちが親の目を盗んで遊ぶには適している。
村からの距離も近く、野生動物の驚異もほとんど無いために、子供たちはよくここで遊ぶ。
少年少女達は今日は鬼ごっこをしていた。
あまり広くない広場を、小さい子も少し大きくなった子も仲良く走り回っている。
「つまえたー。次、おまえオニな。わかるか? オニ。今度はぼくたちが逃げるから、おまえはぼくたちを追いかけるんだぞ?」
『ピニッ』
クエスト――ゴーレムを保護した子供――
「…なるほどね」
村長から受けた依頼を、再度【アカシック・ガイドブック】で確認を取る三人。
内容はこの前の襲来の時に子供たちが、一匹のゴーレムを保護してしまったということ。
理由はわからないが、そのゴーレムは人を襲わないらしい。
しかし、だからと言って安心はできない。
元々は人を襲う物で、何を考えてるかもわからないような物体だ。
それを三人にどうにかしてほしい。という依頼だ。
「面倒事を押し付けられてる感がすげーな」
「…依頼ってそういうもんだけど、大人って汚ねえ」
「動画と文章でクエスト見れるの便利だね」
村長達は恐らくこのゴーレムを処理したいのだろう。安全面を考えて。
しかし、そうすると子供たちの心を傷つけてしまう。
だから三人に丸投げしたのだ。
と、人を疑ってかかるサトーは睨んでいる。
イトーも。そしてゴトーも。
「もしかしてさ、自分ら以外ってゴーレムに無力だったりするのかな?」
ゴトーはふと、そんな事を思った。
三人にとって雪だるまは驚異と呼べる程の強さを持っていなかった。
にも関わらず、先の雪だるま騒動では村人が阿鼻叫喚の如く逃げ回っていた。
それに、今もこうやって三人に丸投げをしている。
もしかしたらNPCはゴーレムに対して無力なのでは? と。
「…雪だるま戦は数が多かったからじゃないのか?」
「仮に無力だったとしたら、緩やかに崩壊してくな。セカイ」
「そこで自分たちが世界を救うわけだね」
ゲームや漫画のシナリオだと偶にある謎展開だが、主人公たち以外は敵にダメージを通せない世界は控えめに表現して地獄である。
主人公たちにだけ活躍と責任を押し付けた世界。
被害者になることしか出来ない民衆。
きっと舞台の裏では、通用しない武器の開発をずっと続けているのだろう。
上司やパトロンに叩かれながら。
地獄である。
「つーわけで金も貰ったし、武器でも買いに行こうぜ」
「クエストは?」
「別に今すぐやらなくてもいいだろ」
「…そうか? 放置していい感じのクエストじゃない気がするが」
「武器買ってから行けば良いだろ」
お金が入ったイトーは買い物がしたかった。
限られた予算で、新たな道具を新調し、自身を強化する。
買い物はゲームの醍醐味の一つだ。
それにイトーは、ドームに貰った初期装備――朽ちた木の棒を武器としてあまり使いたくなかった。
もっと武器らしい武器が欲しかった。
「自分は魔法主体で行くつもりだからさ、武器このままでもいいんだよね」
これからの事も考えて、ゴトーは後衛を選ぶつもりだった。
魔法を主体にして、【アカシック・ガイドブック】を見て、情報を管理する。
そしてそれは座敷牢の中で、既に二人に伝えてある。
「サトー君は? サトー君も武器買うの?」
「…俺は武器よりも欲しいものがある」
「自分も別に欲しいものがあるかな」
サトーも現状は武器で困ってはいない。
なので武器を変えたいのはイトーだけだった。
別に新しい武器が欲しくないわけではない。優先順位の問題だ。
「じゃあ別行動だな。二人共、欲しいものがあるんだろ?」
「その方がいい感じかな?」
「…クエストも詰まってるしな」
「じゃあ、40分後……位でいいか。集合で」
「ほーい」
「…あいあい」
三人はゲームの世界に来て、初めて単独行動をすることにした。
とは言っても大したものではない。
マップを見ればお互いの位置の確認は出来るし、パーティ情報を見ればHPなどの状態も見れる。
通信も出来る。
危険が迫ったらログアウトも出来る。
そういうことだ。
#####
――イトーの場合――
「1に武器、2に武器、3、4がなくて5に武器だろ。常識で考えて」
サトーが居たら、『…武器、そんなに要らないだろ』とでも言いそうな。
ゴトーが居たら、『3、4も何かあった方が良いよ』とでも言いそうな。
そんな独り言を呟きながら、イトーは武器屋に来た。
「どうするね。ん?」
なんだか道具屋と同じような喋り方をするおっさんだ。
教会に行く前、一度来た時は品揃えがどうとかで断られたが、どうやらお達しがもう来ているらしい。
道具屋と同じようにホログラムの展示とカタログを見る。
木と皮の篭手――ATK+1、DEF+1――200G
熊手――ATK+2――350G
ハンマー――ATK+3――400G
鎌――ATK+3――500G
鉈――ATK+5――750G
斧――ATK+7――1100G
桐の杖――ATK+2――300G
赤銅の杖――ATK+4――600G
鍬――ATK+7――700G
大木槌――ATK+8――1000G
ピッチフォーク――ATK+8――1350G
ワンド――ATK+1――450G
ロッド――ATK+3――700G
リクガメの甲羅――DEF+3――700G
「農具……か? コレ。どこで使うんだ?」
そこそこ商品があるように思えるが、少ないようにも思える。
流通の便が悪いとのことなので、他の町にはもっと良いものが売っていそうだ。
当然売っているだろう。
それに売っているものの大半が農具なのが少し気になる。
武器屋というより農具屋だ。
「盾は……亀の甲羅かよ」
武器には片手用と両手用が有り、片手なら盾も持てるようだ。
そのままカタログをよく見ると、注意書きがあった。
片手武器――魔法射程2m。
両手武器――魔法射程4m。
片手魔法武器――魔法射程6m。
両手魔法武器――魔法射程8m。
どうやら武器の種類によって魔法の射程距離が違うらしい。
ナヴィから貰った朽ちた木の棒は、魔法の射程が4m位あったように思う。
しかし分類は片手武器だ。あるいは片手魔法武器だ。
初期装備の癖に、少々特殊な武器らしい。
魔法を使わないイトーには関係ないが。
「二刀流したいな」
イトーは両手に一つずつ武器を持って振り回したいと思った。
ただし、そうなると破壊力の数値が低くなる。
実際のダメージ量はどうなるかわからないが、目に見える数値の方が大きい方が嬉しいのもたしかで。
両手武器、それもとにかく数値の高い物か。
それとも、やはり片手武器を二つにするか。
「手持ちが1000Gだから……コレでいいか」
イトーは暫く考えた後、一つを選んだ。
#####
――サトーの場合――
「…どう考えても服だろ。
二人はこんな格好で恥ずかしくないのかね。ファッション以前の問題だろうに」
袖の短いTシャツに、ハーフパンツよりも短いズボン。
どちらも無地の白。初期アバター。
サトーはこの世界に来てからずっと、この格好を気にしていた。
言葉にするまでもなく嫌だった。
ファッションにそこまで頓着があるわけでもないが、これはない。
よって服屋、もとい防具屋に来た。
「色はどれでも同じ値段だよ」
「…セットだと安いな」
防具はそこそこだが、服の種類が多い。
一種類二種類ではなく、それこそ普通にファッションとして楽しめそうな位に。
およそ棚一つから二つ分はある。
基本的に上着、下履き、靴があるが、セットで買うと1.5個分の値段で買えるようだ。
頭に被る帽子は見当たらない。
防具の方は革の胸当て、レザーコート、金属線維のエプロン、チェインメイル、キュイラス――。
「…チェインメイルは見た目が無い。それとキュイラスってなんだ?」
キュイラス、なんて妙にかっこいい名前をしているが、サトーには普通のブレストプレートのように見えた。
金属板で作られた板金鎧だ。
どうやら防具は上半身を守るものがほとんどのようだ。
足元には攻撃が来ないということなのだろうか。
「…それにしても鎧、重そうだ」
普通に考えたら着たきりスズメか、持ち歩きになるのだろう。
そう考えると金属は重い。
そこで、ふと気づいた。
これ、鎧とかどうやって着るんだ? と。
当然だが、サトーは鎧など着たことが無い。
着ている人すら見たことがない。だから着方がわからない。
「…そういや、ガイドブックにそういうのがあったような?」
たしか【アカシック・ガイドブック】の装備に着替える項目があった事を思い出した。
おそらくワンタッチで装備変更出来るとかで、鎧を着るのも特に問題はない。はず。
だが、その瞬間を想像すると少し怖い。
ガイドブックのボタンを押した瞬間、何らかの方法で身につく鎧。
煙か光にでもなって、身を固めるのだろうか。
実際はわからないけど、イトー辺りは好きそうな演出だ。
「…とりあえずこれ欲しいんですけど、試着できます?」
「そちらに試着室があります」
鎧はひとまず置いておき、カタログから服を選ぶと、店員が物を持ってきてくれた。
そのまま受け取って、試着室に入る。
「…こんな感じか」
服は雪国仕様であまり着た事のタイプの服だったが、単純な作りだったので、普通に着ることができた。
上からすっぽり被ればいい。
サイズはフリーとなっていたが、普通に着ることができた。
「…これ、買います。色は……これで」
「まいど」
「…後、鎧は――どうするかな」
鎧を買うか、買わないか。
まずはそれから。
#####
――ゴトーの場合――
「いやいや、まずはカバンでしょ」
ゴトーは道具屋に戻っていた。
目的はカバン。
つまるところ、サンドバッグ風のボンサックカバンは邪魔で仕方がなかった。
「とりあえず、両手が自由になる奴がいいよね」
ゴトーは戦闘中に武器と【アカシック・ガイドブック】の両方を持つため、両手に自由が欲しかった。
今までのように戦闘中はカバンを地面に置くのも良かったが、後衛は動き回る範囲が広いので、ヘタに動くとカバンが手元に瞬間移動してしまう。
トートバッグ――容量20リットル――500G
リュック(大)――容量30リットル――700G
リュック(中)――容量22リットル――1000G
ショルダーバッグ――容量18リットル――1600G
ウェストポーチ――容量3リットル――3800G
ベルト――300G
ポーションポケット――900G
「ウェストポーチ、跳ね上がるなー。これ、買わせる気ないでしょ」
今使っているボンサックの容量は40リットルとなっていて、水が40リットル入る。
大は小を兼ねるというが、大は邪魔になるという不安要素を抱えている。
しかも小さい方がなぜか高い。
きっとカバンの強制があるから小さい方が便利なのかもしれない。
だが、所持金を考えるとショルダーバッグとウェストポーチは買えない。
特にウェストポーチは今後、当分買えないような気がした。
強気な料金設定だ。
「それはそれとして、リュックですよ」
リュックは大中二種類があり、表面にコンセントの穴のようなものがついている。
菱形のパッチワークにコンセントの穴。
リュックによく見かける、豚の鼻のような、これ。
たしか登山で使うものだったとゴトーは思い出す。
「これ、ステッキとかピッケルをくくりつけておくんだっけ?」
「そうだ」
「えっ、あっ、はい」
独り言に相槌を打たれて、ゴトーは驚いた。
とりあえずコンセントの意味はわかった。
カバンに入らない武器などをくくりつけておくものだろう。
今、三人の武器はボンサックからネギのようにはみ出ていて、少し邪魔だったりする。
武器は鉄甲や手榴弾みたいな物でない限り、大抵が棒状の物になっているので、くくっておける。剣とか。杖とか。
リュックを使わない場合はベルトを使うのかもしれない。
だが、ベルトはカバンに含まれないようだ。
別口に持つ必要がある。
ポーションポケットもカバンには含まれないようだ。
「よし、こっちに決めた」
#####2日目、プレイ時間4時間30分。
「うーす」
「…おーす」
「お、サトー君変わったねえ。でもなんか似合ってないね」
買い物を済ませ、三人は合流した。
サトーの服装が変わり、二人のアバター服がより周囲から浮いた感じになってしまった。
だが、サトーの服も似合ってるとは言い難かった。
民族衣装感が強く、コスプレか何かのようだった。
「…何を言う。この白に青と黄色はこの夏、最新のモードだぞ」
「どの夏だよ」
「雪積もってても、夏って言っていいの? 変な感じ」
サトーの買った服は、モコモコした白地に青と黄色のステッチが入っている。
村の雰囲気とは少し違う、明るめの色。
形状はダッフルコートをワンピースにしたような。
もちろん下には同じ色のズボンを履いている。
それに合わせた靴も。今度はちゃんと雪に適したような短めのブーツ。
ちなみに鎧は買わなかった。
レザーのコートを買うか迷ったが、何となくバカにされそうだったので買わなかった。
見栄っ張りな中学生には、実用性よりもメンツが大事だった。
なにより、お金が足りなかった。
「…それで? ゴトーはリュックか」
「見たまんまだな」
「うん、まあね。両手が塞がってるの嫌だったからね。
小さいのもあったけど、安めの大きいやつにした」
ゴトーの言い分は一貫して両手が空いているかどうかだ。
この際、豚の鼻がダサいのはしょうがない。
好みの話で考えれば、ショルダーバッグの方が良かったのだが、お金が足りなかった。
「…今まで使ってたカバンは?」
「引き取ってくれたよ。……10Gで」
「10Gかよ」
邪魔になる古いカバンは道具屋の方で引き取ってくれた。10Gで。
どうやら店としてもゴミ扱いのようだ。
初期アイテムなので仕方ないと言えば仕方ないが。
買い取ってもらえただけマシだと思う事にした。
「そーいや、なんか増えるとか言ってなかったか?」
「なんかアイテムとか増えてた」
「…そりゃ、アイテムしか増えないだろうよ」
道具屋には基本的にアイテムしか売っていない。
「だよね。とりあえず名称変更権とかは欲しいかなって思った」
「…名称変更権?」
いまいち直感で理解できなかったのでサトーは聞き返した。
名称を変える? アイテムの? なぜ?
「なんか、【アポーツ】とか【ノック】とかの名称を変更出来るっぽい。
なんて言うかさ、『ファイアー』って言いながら【ノック】が出る。みたいな」
名称変更はつまるところ、詠唱変更のようだ。
アクションを起こす為の詠唱を変更出来る。
なんとなくコテコテの詠唱がしたい人とか、逆にそういうのが小っ恥ずかしい人に便利。
他にもアイテムは増えていたが、ゴトーはいちいち覚えなかった。
「オレはまあ、知ってのとおり武器を買った。ハンマー。二本」
イトーは結局、ATK+3のハンマーを買った。二本。
柄の部分がそこそこ長く40cmほど。
ハンマーと言っても鉄鋼作業用では無く、四角いブロックを後付けしたような先端だ。
まるで肉たたきのような。
できればもっと武器っぽいナタかオノが良かったが、お金が足りなかった。
カマという選択肢もあったが、それに雪や土の塊のゴーレムが相手なら、斬撃よりも打撃の方が効くと思い、ハンマーにした。
実際にどうかはわからないが。
「あ、二刀持ちできるんだ」
「…そりゃできるだろ。ってかガイドにスロットあったし」
【アカシック・ガイドブック】には装備が適用されるであろうスロットがあった。
10本持っても、その分の破壊力は上がらない。
システムが最後に装備したと判断したものだけ、破壊力に加算されるようだ。
片手武器の場合は二本まで装備出来る。
ただし破壊力は+3と+3で+6になるわけではなく、+3と+3である。
「なんと攻撃速度が1.5回/secになってた」
「…2.0じゃないのか」
「2倍だと基礎攻撃力の分、強くなりすぎるからじゃない?」
「1.5倍でもつえーだろ」
ゲームでの二回攻撃というのはいつだってバランスが大変だ。
攻撃力が低いから、と侮るとバランスが崩壊する程に強かったりする。
#####
それから三人は別の店へ行って、次のものを買おう。とはならなかった。
それぞれに欲しいものは買ったし、そもそもお金が無い。
ウィンドウショッピングにしてもお金を得てからにしよう。
と、いうことで。
「じゃあ、皆欲しいものは買ったしさ――」
「…殺るか。雪だるま」
「だな」
ようやくクエストに手を付ける事にした。