#6:正義の話
イトー:前つむじの三白眼
サトー:ヌードル髪のメガネ
ゴトー:フワフワ短髪の眠そうな目
ゲームのシステムにより座敷牢から出た三人は教会にいた。
前と同じく紫を基調としたステンドグラスと十字架の下、少し離れた祭壇には司祭がいる。
何やらまた、その司祭の方から話があるらしい。
なに、面倒な話ならまた逃げればいい。
「貴方達は村の為に戦いましたね」
あの時の三人には、村の為という意識はほとんどなかった。
感じていたのは、司祭の話から逃れたいという気持ちと、ゴーレムに対する興味。
イトーも村人の悲鳴はただの口実で、言い訳だった。
「そんな貴方達を、村民は排除するべき存在として捉えました。その事を恨んでいますか?」
「くたばれ村民」
「…一度は許すけど、次はない」
「自分は、まあ、そういうシナリオなんだろうし、仕方ないかなって」
結果的には村の為に戦ったのだから、この仕打ちに怒ってもいいはずだ。
動機や意識はどうであれ。
そもそも初期地点が洞の中で、洞から出たら罪人扱いというのは酷すぎる。
「貴方達は善い行いをしました。村の為に戦いました。戦えない人達の代わりに立ち上がりました」
司祭はどうやら慰めてくれているようだ。
ゲームを始めた直後に、嫌なことがあったらやめてしまうかもしれない。とでも思ってのフォローだろうか。
それなら最初から愉快なシナリオにしてもらいたい。とサトーは思った。
「ただし正義という言葉に酔わないで下さい。
正義とは、誰かを傷つける後ろめたさから、身を隠す為の外套でしかありません。
あるいは、本当に善い行いというのは、一言では表せない物なのでしょう。
ですが戦いというのは避けられるものではありません。それはどの生き物でも同じです。
食べる為に戦う。居場所を守る為に戦う。
生きる為に戦うのです。
戦わない人が居れば、代わりに戦う人が必ず何処かに居ます。
だから、もし、貴方達が戦う事を選ぶのなら、戦えない誰かの為に。
けれど、決して正当化せずに。――ご武運を」
#####2日目、プレイ時間3時間。
「なんか、慰められたのか釘を刺されたのか、よくわからないね」
「…暴力に正義なんて言葉を使うな。って言ってるのはわかった」
「つーか、これで『じゃあ戦うの止めます』ってなったら、ゲームとしてどーするつもりなんだ?」
教会の外――村の中は肩透かしな程に静かだった。
三人が出歩いていても特に何も言われない。
村人はちらほら居るが、視線を向けてきもしない。
だからといって、村を練り歩く気にはなれなかった。
すると向かうべき場所がわからない。
「マジで村から出るか。こんな村」
「…その前にナヴィに話を聞きたい」
「ナヴィを連れて逃避行とかしちゃう? それも面白そう」
半ば元凶となったナヴィに詳しい話を聞いてみよう。
そういえば村長が言っていた、ナヴィは魔女だと。
魔女と呼ばれるのは何故だろう。
何をしたのだろう。
ナヴィと魔物の関連性もよくわからない。
何故ナヴィに魔物が寄ってくるのだろう。まるで誘蛾灯のようだ。
「…そういや昨日、雪だるまの攻撃喰らわなかったけど、こっちの痛覚ってどうなってるんだ?」
「あ、自分食らったけど、全然痛くなったよ」
「…そうなのか」
「まー、雪だるまだしな」
「実際問題さ、ダメージと痛覚ってどうなってるんだろうね」
もし、この世界に痛覚があるのなら、ゴーレムと戦うには大きな勇気が必要となる。
今はまだいい。雪だるまだから。
雪合戦のように、雪が身体にぶつかるのはあまり恐怖を感じない。
けれど、この先、もしモノリスのようなものが出てきたら。
それらが、本気で向かってくるとしたら。
「なんとかなんだろ。ゲームだし」
「だよねー」
「…というか、そこまでこっちの肉体に干渉してるのか? この世界のシステムは」
「そりゃあるでしょ。魔法なんてものもあるしね」
「…それもそうか」
「疲れも感じないし、スタミナも無限っぽいぞ」
このゲームのシステムは少なからず肉体に影響があるようだ。
必要なことかもしれないが、自分の肉体が普段と違う状態にあるというのは少々不安を覚える。
「ちょっと実験してみようぜ」
「? どうやって?」
「…イトー、ちょっと殴ってみ?」
この世界に痛みがあるかどうかを知りたければ、物理的に痛い事をすればいい。
そうすればわかる。確実に。
実験と称してイトーとサトーはボクシングの真似事をしてみた。
が――。
「…あれ?」
「触れてない。っていうかすり抜けてる?」
お互いに触れる事ができなかった。
「武器は? だめそう?」
「…いや、無理っぽい」
サトーは自分の武器をイトーに手渡ししようとしたが、それも触れる事なくすり抜けた。
一旦地面に置いてから、別の誰かが拾おうとしてもやっぱり出来ない。
すり抜ける物体の内側がどうなっているか見ようと三人は思ったが、そもそも光が届いてないハズなので止めた。
光が届いていなければ、何も見えない。
わざわざ物体の内側から外側を見えるようにする理由がない。
人で確かめるのは嫌だったし、拾えない物体に重なるように地べたを這うのも嫌だった。
「なんだろうね、これ。フレンドリーファイア対策?」
「…そういや、NPCってどうだった?」
「なにが?」
「…NPCに触ることって出来たかどうか」
今までを思い出してみたが、誰かに触れた記憶はない。
村人に連行される時も、たしか、触れなかったように思う。
「キャッシュのカードの受け渡しとかあっただろ」
「NPCはセーフなんじゃない?」
NPC自体には触れなかったが、ナヴィや銀行員とはアイテムのやり取りをしたので、きっとNPCは問題ないのだろう。
三人はそう判断をした。
「…面倒くさいシステムだな」
開発は何を思ってこうしたのか。
単に戦闘での同士討ちを避けたかったのか。
それとも何か別の理由があるのか。
「まあ、ゲームの世界でお触り出来るって、どう考えても悪用の匂いしかしないよね」
#####
三人はナヴィを目指し歩く。
今は村を出てすぐの坂の途中。
坂は短く、緩やか。
少し歩けばすぐに行き止まりに着く。
雪の坂道を終え、石の転がる少し開けた場所。
眼前にはナヴィの居る洞と岩壁、それから――。
「見えてたけどな」
「復活してるね」
「…そういやこいつ、リサイクルモノリスとかいう名前だったな」
「倒した後もなんか不自然に残ってたもんね。そういう事だったんだね」
洞はまたモノリスによって封をされていた。
今度は近づいても動く様子はない。
「今度は動かねーのか、コイツ」
「裏面だからじゃない?」
真っ黒なモノリスは洞を塞ぐように、壁に張り付くように立っている。
よく見れば、ほんの少しだけめり込んでいるようにも見える。
「…とりあえずどかすか」
つい昨日――ゲーム内の時間で言えばつい先ほど、この封を解いた事でひと悶着あったにも関わらず、開放を試みるサトー。
だが隙間も無く、取っ掛りも無いため力を込められない。
つまりどかせない。
「…無理くさい」
「だね」
「つーか、中にナヴィいんのか?」
「…えっ」
「いなかったらホラーだね」
「…えっ」
封の内には誰も居ませんでしたという恐怖。
しかし、リソースに限界のあるゲームだと本当にあるから怖い。
そういえば村の入口に居たはずの最初の村人もいなかった。
まだ村長宅にいるのだろうか。
もしイベントが終わったので消滅した。とかだったら恐ろしい世界だ。
役目を終えた誰も彼もが消えていく世界は怖い。
「声かけてみりゃいいじゃん」
「だね、おーい! おるかー」
返事はない。
だが、中の方で微かに物音が聞こえる。ような気がする。
気配を感じる。
「とりあえずは居るっぽい」
「…けど、返事はないな」
「居留守かよ。生意気に」
三人の頭に、ふと万年床でモソモソと寝転がるナヴィの姿が浮かんだ。
まるでアポ無しで来たセールスに意味もなく怯え、息を潜める引きこもりのような。
今日は宅配の予定はありませんし、出ませんよ。とでも言うような。
「コレは駄目なパターンだな」
「だね。次行こっか」
三人は踵を返す。
接触出来ないなら意味はない。
もう、ここに用はなかった。
「…じゃあ、村を出るか」
そして三人は座敷牢にぶち込まれた。
「だよねー」
「…大暴れするべきだったか?」
「ぶっそうだな」
「や、やっぱり人とガチンコバトルは抵抗あるよ」
モノリスの所から一本道の村へと戻ると、村人がすっ飛んできてまたしても囚われてしまった。
抵抗することも考えたが、三人はすんなりと捕まる事にした。
昨日の件でログアウトしてのエスケープが使えるとわかったので、昨日以上に緊張感がない。
「二回も牢屋にぶち込まれちゃった」
「…冤罪だ」
「冤罪じゃねーだろ」
三人は今、座敷牢の中に居る。
朝にエンドウに言われたばかりなのに。
捕まるような事はするんじゃないよ、と。
言われたばかりなのに。
「つーか、この世界に警察っているのか?」
「…ポリス?」
「yes、ポリス」
警察を介さず、村長宅へ直行したことから考えて、警察機関は恐らく無い。
他の村や町ではどうか分からないが、少なくともこの村には無さそうだ。
【アカシック・ガイドブック】のマップにもそれらしい物は見当たらない。
「そういえばゲームで町は結構渡り歩くけど、警察署って中々ないよね」
「あったら大体イベント発生するよな」
「…パワー系のポリスとか?」
「サイキック系のポリス出てきたらやだなー」
段々とゲーム脳が深まってきているのを感じた。
「また君達か……、どうやって出たんだか」
「あ、村長さんだ」
座敷牢で雑談をしていると、身なりのいい老人――白髪に白髭の男が現れる。
村長だ。
杖を付き、お供は連れず、ゆっくりとした動作で三人の前に立つ。
「……もしかして君達は【プレイヤー】か?」
どうやらワープした原因に心辺りがあったらしい。
こちらが何も言わなくても話を進めてくれる所がいかにもゲームだ。
ある意味ありがたい。
「あ、そうです」
「と、すると魔女の洞の件も、自ら入ったのではなく――」
「あ、そうです」
「…、……」
自分に都合の良い事を言うと、罪悪感に似た匂いが立ち篭めるのはなぜだろう。
嘘は付いていないのに。
「(…………ごくり)」
訝しげな村長の視線に耐え切れなくなったゴトーが喉を鳴らす。
舌の奥になんだか酸っぱいような、苦いような味が広がる。
「君達が【プレイヤー】かどうかなど、別にどうでもよい」
「ええー」
「じゃあ聞くなや!」
「…ぬかよろこびすぎる」
「【プレイヤー】かどうかは別にして、君達にはゴーレムと戦う力があるのはわかっておる。そこで君達に依頼がしたい」
ゴーレムが集まってきて困るというのなら、ゴーレムを代わりに退治してくれ、という依頼。
そうすれば座敷牢から出してくれる。そういう取引。分かりやすい話だ。
「ああ、こういう展開か」
「自分は別にいいよ。どんなクエストになるのかも気になるし」
「…お尋ね者になるよりは」
「だね」
三人は依頼を受ける事にした。
もし面倒になったらバックレればいいだろう、という考えを片隅に置きながら。
「そうか」
そう言い残し村長は立ち去った。
「イヤ、ちょっと待てや」
「…出してくれるわけじゃないのか」
「でも、事態は好転しそうだね」
村長が立ち去ると、三人はまた暇になる。
何となく――何となくだが、この世界に来てからの大半が座敷牢の中にいるような気がする。
実際にはそこまで長くないのだが、暇な時間というのは普通に過ごす時間よりも長い。
「君達はキャッシュのカードは持っているかな?」
村長はすぐに戻ってきた。
謎の機械を持って。
黒に近い紺色で、およそポッキーやプリッツの箱位の大きさ。
どうやら言葉の内容的に、スタンガンとかその手の他人を害する物ではなさそうだ。
「…いえ、持ってないです」
「そうか、なら新しいのを用意させよう」
「いやいや、持ってます持ってます。サトー君、余計なこと言うのやめて」
「コイツ、マジめんどい」
いつものように咄嗟に否定して怒られるサトー。
間違った事はしていないと思いつつも、余計な事をしている自覚はあった。
だってお金の事だし。
「ではこれにカードを読み込ませて、『receive』のボタンを押すのじゃ」
そういって村長が差し出したのは謎のカードリーダー。
読み込み口とボタンが二つ。
pay――支払うと、receive――受け取るだ。
「これは君達が退治した、あのゴーレム達の分の報酬じゃ」
「…あれ、貰えるのか」
「当然だな。慰謝料も欲しいくらいだ」
「1000Gだって。結構な額だね」
三人はカードリーダーにキャッシュのカードを読み込ませ金を受け取る。
その際にサトーは内心渋ったが、そもそも無一文だった事を思い出して受け取る事にした。
受け取らなかったら勿体無い。
「それと村の店を自由に使うと良い。
もし前にも寄っているなら、品揃えも良くなっているじゃろう」
「どういうこと?」
「この村は知っての通り最果てに位置し、流通の便がよくない。
なので余所者には必需品以外をあまり売らないようにしているのじゃ」
だから色々と断られたり、品揃えが良くなかったりしたようだ。
本来はそういうのを許可するのは教会なのかもしれない。
納得、はあまりできない。
あの日の恐怖をサトーは忘れない。
「では、早速依頼したい」