#5:MOON CHILD
110:二人をバカだと思っている。
310:二人をバカだと思っている。
510:二人をバカだと思っている。
そして5分後、三人はゴトーの部屋に居た。
時計を見れば、タブレットのスタートボタンを押してから3時間が経っていた。
「…強制ログアウトか」
「えっ、サトー君、いま、ログアウトって言った?」
「…あ?」
夢の時間は終わった。
床にはタブレットが転がっている。
電源は切れているようで、持っても振っても画面は真っ暗だ。
ゲームの世界。
三人はたしかにそれを納得していた。
だが、夢かなにかとして納得しようとしていた。
だからこそ情報を共有している事に驚く。
タブレットのボタンを押した。
ただそれだけで、デバイスやら端子やらを繋いだわけでもない。
幽霊すら信じていない三人には、到底受け入れられない事態だった。
「あら、あなた達まだ居たの? こんな時間まで遊んで、早く帰りなさい。お家の人も待ってるでしょ」
「…あ、はい。どうも。お邪魔してます。お邪魔しました」
「ドモ、お邪魔しました」
まだぐるぐると困惑を残したまま、二人は帰宅を余儀なくされた。
サトーの門限はもうとっくに過ぎている。
イトーだって同じだ。
#####
夕日も遥か、夜の帰り道。
辺りは暗く、電信柱に付属された街灯の下、影から影へと渡り歩く。
イトーとも別れ、一人になったサトーは今日を振り返った。
厳密に言えば、ゲームの世界の事を。
楽しかったけれど、心からは楽しめなかったような感覚。
未知に放り込まれた不安感。
二人は楽しんでいたと思う。多分心から。
けれどサトーの心は一歩引いていた。
無邪気に楽しむにはわからない事が多すぎた。
サトーには基本的に、わからない物を怖いと思う性質がある。
知らないから、怖い。
見えないから、怖い。
理解できないから、怖い。
得体の知れないものは怖い。
おばけとか、死後の世界とか、将来の事とか。
わからないという事は怖い。
ゴトーの部屋に戻った時、タブレットの電源は落ちていたが、ゴトーの非接触充電器を使えば充電できるだろう。
そしてまた、あの世界に行くのだろうか。
仮にもう一度行くとして、あの座敷牢からはどうやって出るのだろうか。
あのまま待っていれば、村長の言うように処遇が決まって出れるかもしれない。
ただ出られたとして、愉快で都合のいい方向には進まない気がする。
そんな気がする。
「…ただいま」
「今何時?」
「…、……ただいま」
家に帰ると出迎えたのは21歳の姉。大学生。
両親は、居ない。
「お帰り、今何時?」
「…7時40分」
「そうね。40分心配したわ」
「…ごめんなさい」
まるで静かになるまで3分掛かりました。とイヤミを言う教師みたいだと思ったが、サトーは何も言わなかった。
怒っている人間に余計な事を言うのは、ただの馬鹿か煽り屋だ。
なので素直に謝る。言い訳もしない。
サトーは姉に帰りが遅くなった理由を話さなかった。
何を話せというのか。
ゲームの世界で遊んでました?
そんな事、言えるわけがなかった。
中学生のサトーが荒唐無稽な事を言い放っても、おそらく冗談で済まされるだろう。
かと言って鼻で笑われて終わるのがわかっていたので、サトーは何も言わなかった。
嘘を吐くのもためらわれた。
「…親は? 今日も残業?」
「さあ? 今日も遅いんじゃない?」
どうやら両親は今日も残業で遅い帰宅のようだ。
偶に飲み会に誘われて遅くなる場合もある。
両親共に同じ職場の同じ部署で働いているせいか、帰宅のタイミングを合わせているのか、片方が遅い時は大抵両方遅い。
「…借金はもう随分前に返したんでしょ? なんでまだ連日残業してんの?」
サトー家は――サトーの親は昔、保証人という制度で借金を作った。
もう完済し終わったし、さほど大きな額ではなかったという。
だから貧困した訳ではないし、姉が生まれた時に購入した一軒家を売ることもなかった。
詳細を聞いた訳ではないので、詳しくは知らない。
ただ、その保証人の相手というのが親しい友人だったそうだ。
そんな親の背中を見て、サトーは他人を過度に信用することをやめようと思った。
自身にも経験がある。
騙すのではない。
状況が変わって、仕方なく裏切るのだと。
心変わりをするのだと。
「大人になればわかるわよ」
「…なんで今じゃ駄目なんですか」
姉はサトーのヌードル髪とは違ったタイプのくせっ毛で、しかし結構な長さに伸ばしている。
そしてよくヘアアイロンでしゃーしゃーしている。
朝の身支度に一時間近くかけることもある。
姉の知り合いによれば姉はクールビューティーらしい。
どこが? とサトーは思う。
「今日はビーフシチューだから」
「…匂いでわかってた」
「嫌なら作り直すけど」
「…嫌じゃないです」
そんな姉とサトーだが、実はそこそこ仲が良い。
姉の方が一方的に擦り寄っているような気がしないでもない。
きっと姉には、7歳も離れた弟が可愛くてしょうがないのだろう。
もちろん、サトーの方もそんな姉が嫌いではない。
ただ、うっとうしいと思うことがよくある。
「もしかして彼女でもできた?」
今みたいな時とか。
「…出来てないけど、なに、急に?」
「帰ってくるの遅かったから。よもや、って」
「…出来てないけど」
姉は割と他人の恋愛事情に首を突っ込むのが好きだ。
自分自身はとんと、なのに。
とにかく知人友人の恋愛事情を知りたがる。
「ほら、あの子は? あの子。付き合わないの?」
「…エンドウの事? それ、ただ俺と共通の知り合いの名前挙げてるだけでしょ」
「そう……仲良くはしてるんでしょう?」
「…いや、それよりご飯にしませんか?」
本当にどこがクールビューティなんだ、とサトーは思う。
いつもと違った日の夜は、いつもと同じような会話をし、程々に長く感じた一日が終わりを迎えた。
#####2日目。
月曜日。
日曜日の次の日。
月曜日の子供たちは学校へ行く。
三人の通う中学は公立校で、理科の先生が好きで育てているために、花が沢山咲いている。
今の時期はアヤメによく似た燕子花が、その藍色を咲かせている。
「おはー」
「ウーッス」
「…おいす」
公立校であるこの学校は当然、小学校からの繰り上がりで同じ顔ぶれが多い。
三人は同じクラスで、イトーとゴトーがいつものように朝のHRの前にサトーの席へと寄ってきた。
サトーが移動するのを面倒臭がるため、大抵いつもこういう形に収まる。
「早速なんだけど、昨日のゲームさ、あれ、自由度ってあると思う?」
「自由度? 何言ってんだ? コイツ」
「…昨日、俺らがどんだけ怖い思いをしたと思ってるんだ。教会行け事件を忘れたのか」
サトーは昨日を思い出すと少し身震いをした。
村人が揃って同じ事を言うという出来事は、想像以上に怖い。
まるで人が急に虫か何かになったような。
生物でありながら無機物に精神を乗っ取られてしまったような。
意思の統一という言葉はよく耳にするが、実際に統一されている状態がここまで怖いとは思わなかった。
「思うんだけど、アレってTRPGみたいなものだと思うんだ。
ストーリー上のシナリオ進行はあるけど、やろうと思えば多分無視もできた」
洞から村に向かう森も同じだ。
露骨なまでの茂みに邪魔をされたが、それはつまり見えない壁を用意していないという解釈も出来る。
ということは強引に茂みを乗り越えることもできたはずだ。
頑張れば。
そんな感じの事をゴトーは言う。
「…『行動の指定』はあったけど、『行動の強制』はなかった。と」
「会話が成り立つ以上さ、絶対の強制ってのは中々ないと思わない?」
「そーか?」
「…会話、成り立ってなかったんだが?」
たしかに会話が成り立っていた部分もあるが、成り立っていなかった部分もある。
最初に会った村人などがそうだ。
ここは何の村だ。どこへ行け。
とにかく伝えたい情報を伝えるばかりで、会話になっていなかった。
だが、そういうタイプの人間は現実の世界にも割と居る。
「つまりアレか。村の事情とかナヴィの事とか無視して、次の街にだって行けるぜ。って事か」
「そう。そんな感じ」
「…本当に自由なら、出会った瞬間ナヴィを殺したり出来たのか。
その場合シナリオはどうなるんだ?」
「発想が怖いよ」
あの世界のキャラクターは外見上、人間と同じだった。
多少崩してあるのか、人形よりも人間に近い顔立ちで会話だって成り立つ。
その人間と見紛うキャラクターを殺すのはどうだろう。
どこまですれば死ぬかもわからないのに。
順番が逆になるが、仮にも世話になったナヴィを。
「なに? ゲームの話?」
「おっと、班長サマだ」
「あ、班長さんどもー、おじゃましてますー」
「アタシ、あんたらの班長じゃないんだけど」
「…エンドウか」
三人の話に混じってきたのは、昨日、サトーと姉との会話にも出たエンドウだった。
エンドウは肩より少し長めのストレート髪で、緩く一箇所だけ結わっている。
高校生になったら栗色に染めたいと思っているが、髪が痛むと聞いて怯んでいる。
顔は中々、背は中々、スタイルは中々、態度も中々。
ちょっとジト目気味の女の子。
好きでもない異性に告白されたら容赦なく断るタイプ。
「…話、聞いてた?」
エンドウの登場にサトーは少しだけ警戒した。
ゲームの世界に入った。なんて確信に繋がる事はないだろうが、聞かれてたら面倒だと思い、目つきが悪くなる。元々悪い。
「ちょっとだけね。なんか殺すとか、ぶっそうなこと言ってた」
「殺すってさ」
「…誰が? 誰を?」
「サトーくんがイトーくんをでしょ? ごめん、二人には後でちゃんと言い聞かせておくから」
「何で保護者ヅラしてんだ、テメーは」
「…殺すか」
「あんたら仲いいわね……」
エンドウはサトーと昔馴染みだが、サトーというよりもサトーの姉との知り合いになる。
一応、本人同士も友達だと言ってもいいかもしれない。
イトーとゴトーとはただのクラスメイトな関係。
話し位ならするが、その程度。
しかし何故か二人は班長と呼ぶ。
エンドウはサトーの班の班長であり、二人は関係ない。
「何でもいいけど、捕まるような事はしない方がいいわよ。親が泣くわよ」
三人にはタイムリーな話題だった。
なぜなら丁度昨日、ゲームの世界で村長および村人に捕まったからだ。
そして座敷牢にぶち込まれた。
「本当にね」
ゴトーは思わずそう呟いた。
声は完全に笑っていた。
イトーとサトーの二人も笑った。
「なによ」
何もおかしい事は言っていない筈なのに、笑われてエンドウはムッとした。
けれど、妙に楽しそうに笑う三人だったので許してやる事にした。
#####
週に3回の体育が月曜日にはある。
本日はサッカーだった。普段なら楽しい時間。
しかしイトーはその体育の間、ゴールポストの傍に立ち、ずっと変な動きをしていた。まるで舞踊のような。
きっと格闘技か何かのつもりだったのだろう。
ゴールキーパー役のクラスメイトに、怪しい人を見る目で見られた。
国語や数学の座学の授業中、比較的席の近いサトーとゴトーは文通をしていた。
もちろん内容はゲームの事だ。主にステータス等の考察。
当然のように先生に怒られた。
そんな風に授業にはまったく集中せず、授業の日程が終わると三人はそのままゴトーの部屋へと向かった。
「オシ、行くか」
「…てか、今日も行けるのか?」
「おいおいビビってんのか、サトーさんよ」
「…そういうんじゃなくて」
昨日タブレットが動いたのは偶然ではないのか? ということ。
またやれる。と断定するにはわからない事が多すぎる。
「電源なら、朝見たら入ったよ」
「おいコラ、一人で先走ってんじゃねーぞ」
「…あーあ、やっちまったな」
「違うって、やってないって。
ただ、ほらさ、充電できたのかな? って……。
だから、それで気づいたけど、充電出来てる状態でタブレットに触れると電源が入るみたい」
言い訳をするゴトーは早口でいっぱい喋った。
後ろめたさがある人間はよくこういう感じになる。
「とりあえず三人の時以外にゲームすんの無しな」
「あい」
特定の人間と協力プレイをしている時、誰かが勝手にゲームを進めると、取り残された人は驚く程に萎えてしまう。
そういう現象がよくある。
イトーはそれがイヤだった。
一応ゴトーの所有物だが、三人でプレイしている以上、勝手をするのは控えて欲しい。
「…問題はあの座敷牢からどうやって出るかだな」
「だな」
「あ、それちょっと考えたんだけど。
ステータスが攻撃力じゃなくて破壊力って設定だから、諦めずに檻を叩き続ければ壊れるんじゃないかな?」
それで実際に檻が壊れるかはわからない。
もしかしたら壊れるし。もしかしたら壊れない。
壊れないなら別の手段を探すしかない。
期待と不安に駆られながら三人はタブレットの【GAME START】を押した。
そして――
「おや、貴方達は。そうですか、出られたのですね」
――三人は教会にいた。
「オイ、ゴトー。オマエ実はやっただろ」
「ややや、やってないって。ほんと、本当に、これマジだから」
「…まさかリスタートで初期地点にワープ。からの脱出かよ」
自力での脱出。誰かの手によって解放。
そしてそれ以外。
ゲームならではの選択肢、システムに頼った変則ワザで三人は座敷牢を出た。