#4:神、即ちクレアトゥール
イトー:妹がいる。
サトー:姉がいる。
ゴトー:一人っ子。古いゲームが好きな叔父はいる。
「貴方達は創造主の存在を信じますか?」
教会に入ると落ち着いた様子でそんな事を言う人がいた。
魔法職のような黒色のローブを着た、風格のある面持ちの初老。
白混じりの灰髪。垂れ気味の眉毛。こけているのとは違う、痩せた身体。
おそらく司祭と呼ばれる役職の人と思われる。
「創造主? 誰が作ったのかわからないけど、かなりのオーバーテクノロジーだよね」
「…何人位で作ってるんだろうな」
「オレ、そもそもゲームって何人で作るもんなのか知らねーんだが」
「ゲームによるけど、スタッフロール見ればわかるよ」
中は特に語ることもない、ありきたりな教会だ。
祭壇があって、通路があって、向かい合うように椅子と机が並べてあって。
天井が高く、十字架があり、紫を基調としたステンドグラスがある。
オルガンはない。
「クレアトゥールはこの世界をお造りになった」
(……クレアトゥールって、つまりクリエイターなのでは?)
気取った言い方をしているが、つまりはそういうことだ。
誰かがこの世界を作った。ゲームを作った。意図はわからない。
きっと楽しませる為に作った。
三人は今、それを享受している。
「クレアトゥールはこの世界を作るのに、二年の歳月を掛けたと言い伝えがあります。
最初は真っ暗だった世界に、文字が生まれ、光が生まれ、音が生まれたと……」
司祭は三人をよそに、そのままペラペラと話し続ける。
最初は三人に問いかけていたはずなのに、気が付けば一人で喋っていた。
「あー、でたでた、こういうの」
「強制イベントでスタートボタン押してんのに、スキップ出来ない系な」
「…? Xボタンだろ?」
「○ボタンでしょ」
三人は既に聞く耳をもっていない。
まるで、夏休み前の学校の朝礼のような。
声という音が右の耳から左の耳へと素通りする。
場合によっては左の耳から右の耳だ。つまりそれくらいどうでもいい。
どうやら司祭は、この世界の成り立ちを説明しているようだ。
だが、偶然手にしたこのゲーム。
説明書も、事前知識も、思い入れも無い三人にはただただ苦痛だった。
「そして創造主は命を創られた。肉の身体を持つ我々動物を。そして人も創ってしまった土の身体を持つ――」
『ゴーレムだー! ゴーレムが出たぞー!!』
三人が苦痛に頭を悩ませていると、司祭の言葉を遮るようにイベント発生の悲鳴が響いた。
あるいは作為的とも呼べる程のタイミングで。
まさに天の声だった。
三人はその声に導かれるように、教会の外へと出る。
「オッシャア!」
すごく嬉しそうなイトー。
「…じゃあ、そういう事で」
「失礼しました」
正直な話、司祭の長話から逃げたかった面もある。
そして外に居たのは――
『ピニッ』
成人男性の半分程の大きさしかない、雪だるまなゴーレムだった。
雪の大玉が2段重ねの。
中にスピーカーでも仕込んであるのか、どうやら発声するようだ。
潰れた饅頭が反動で戻るように、跳ねながらぴょこぴょこと移動をしている。
足も無く、枝の手すらない、だが、ひょうきんな顔がある。
その雪だるまはどう見ても雑魚モンスターだ。
『ピニッ』『ピニッ』『ピニッ』『ピニッ』『ピニッ』『ピニッ』『ピニッ』
しかし数がそこそこ居る。
「なんか、思った以上に雑魚そうだな」
「…2戦目にしては数多くね?」
「最後ぼんやり聞いてたけどさ、司祭の人が言ってた土の身体ってこいつらだよね? ……雪じゃん。【アポーツ】」
【アカシック・ガイドブック】を取り出すのは、もちろんモンスターの情報を見るためだ。
前回のモノリス戦後に気づいたのだが、【アカシック・ガイドブック】には戦闘用のページが有り、そこにエネミーの情報や戦闘ログが書かれていたりする。
「――雪だるま――だってさ。多分なんの特徴もない敵だと思う」
「よし、じゃあオレが行く」
「…待て待て。数も多いし、ここは連携して少しずつ減らしていこう」
最初の敵は何もしてこなかった。
だから実際にはまだ何も経験していない。
何があるかもわからない。
「こいつら弱いよ?」
と見せかけて、雪だるまは普通に弱かった。
一つ叩けば欠け、二つ叩けば砕け、三つ叩けば崩れ落ち、地面の雪と同化した。
そして中から一枚のペラ紙が覗く。
「…なんだこれ」
「サトー君。そういうのは後にした方がいいと思う。まだ敵居るから」
落ちた紙を拾おうとしたサトーをゴトーがたしなめた。
サトーは初見や不思議には慎重だが、それが取り除かれると途端に油断がこんにちはする。
そんな二人を尻目に大暴れを続けるイトー。
「3体目ッ!!」
イトーには破壊衝動があった。
ガラスを思い切り叩き割ってみたい。
車をベコベコに凹ませてみたい。
人の身体を思いっきり殴ってみたい。
その少年ながらの破壊衝動は、きっと少なくない人が持つものだ。
スポーツや格闘技では満たされない"それ"。
モラルや法律を考えれば、現実の世界ではどうしても発散する事が出来なかった。
口こそ悪いが、感情に任せて"それ"をするほど倫理観は軽くなかった。
だが、ここはゲームの世界だ。
ゴーレムは退治しないといけない存在で、しかも生物ですらなく忌避感もない。
誰も困らない。
しかも先ほど悲鳴も聞こえた。助けを呼ぶ声だ。
理由をもらった気がした。
「そうだよな! 男は戦ってナンボだよな!」
雪だるまは小さく、遅く、脆く、弱かった。
モノリスと違って威圧感もない為、冷静に動けた。
三人は囲まれないように外側を位置取り――蹴り、殴り、武器を使い、魔法を使い、蹴散らす。
その度に雪だるまは崩れ、雪の塊となって地面と同化する。
無双したと言ってもいい。
「そうか、君達が――」
戦闘が終われば、どこからともなく現れた村長らしき――身なりの良い老人が呟く。
達成感と高揚感が三人を包んでいた。
そして三人は座敷牢へとぶち込まれた。
「は? ナンでやねん」
「…お縄ですやんか」
「言い方があれだったから、選ばれし戦士みたいな扱い受けるかと思っちゃったよ」
連行されるままに村長宅に来た三人は言われるままにホイホイと牢屋に入れられた。
抵抗する事も考えたが、三人の内の誰かが言い出す前に普通に入れられた。
「お前らの所為で村はゴーレムに襲われたんだ」
「アぁ?」
筋違いな事を言われ、キレるイトー。
NPCに凄んでみてもあまり意味はない。
「…俺たちの所為、って根拠がわからないんだが」
「そもそもの話さ、自分ら、ゴーレム自体今日が初めてだからね」
皆目検討もつかない三人は疑問符でいっぱいだった。
ゴーレムに襲われる条件も分からなければ、何故町が襲われたのかも分からない。
そもそも三人は教会に居たのだ。
更に言えば、ゴーレムを退治したのも三人だ。
牢に押し込められる謂れはない。
「こいつらだ。こいつらが洞の方から来るのを俺は見たんだ」
けれど村人は三人を糾弾する。
「コイツ、あとで殺す」
「あのさ、この人、最初の村人じゃない?」
「…こいつ、普通に喋れたんだな」
座敷牢に閉じ込められようが、ほとんど緊張感のない三人。
ゲームだとわかっていると、色々と危機感が失われるようだ。
もし何かをされるようなら抵抗すればいい。
それだけの力が三人にはある。はず。
「君達だね、あの洞から来たというのは」
「…違います」
「残念ながら、君達が洞の坂を通って村へ来たのは何人もの村民が見ておる」
例によって否定から入ってみたが意味はなかった。
一応会話のような形にはなっているが、まるで裁判のように一方的に話を進められている。
咎めるような口調が三人を刺す。
「あそこには魔女がおるのだ。この世界で唯一ゴーレムに襲われない、ゴーレムを引き寄せる魔女が」
「まじょ? ってことはナヴィって女だったんだね」
「女であの洞窟生活はキツいだろ」
「…俺、風呂に入らない系の女はちょっと……。NGなんで」
正直、三人はナヴィが女だったと聞かされても特に不思議はなかった。
中性的で何となく男だと判断はしたが、見た目も声も、言われてみれば女だったような気がしてくる。
その程度には女だった。
「そして、そこから君達が村に来た途端、村がゴーレムに襲われた」
「や、そんなこと言われても……。自分ら、ほんと、なんも知らないんで」
スタート地点のあの場所から村に来ただけで犯罪者と同罪扱い。
要するに詰みである。
というより、これは強制イベントのようだ。
「とにかく、君たちの処遇が決まるまでは此処に居てもらう」
そう言い残して村長らは消え失せた。
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「序盤の牢獄イベントだねー」
「…RPGにはよくあるよな牢獄イベント」
「牢獄って中盤のイベントじゃね?」
「そうでもなくない? 中盤での牢獄イベントは大抵お城のだよ」
座敷牢とは平たく言うとお座敷の牢屋、簡単に言うと軟禁部屋のことである。
基本的に住居の中にあるもので、懲罰や拷問を目的としない事が多く、あまり圧迫感を感じにくい作りとなっている。
その所為か、三人はのほほんとした様子だ。
捕まっているとは思えない程に。
「…それにしてもナヴィって重要なキャラなんだな。チュートリアルだけのキャラかと」
「また出番あるな、アレ。100%」
「なんか、敵っぽい感じじゃなかったけど、仲間になるパターンかな?」
「悪堕ちラスボス化のパターンだろ」
「…どっかで死んで、何かを託してくれるパターンってのもあるぞ」
牢屋の中で、メタな視点から先の展開を予測する三人。
すごく嫌なプレイヤー層だった。
「…今のうちにガイドブックの仕様を確認しておくか」
暇な時間ができた三人は、【アカシック・ガイドブック】の仕様を確認する事にした。
ナヴィの洞窟で見たっきり、詳しい情報はまだ見ていなかった。
「とりあえずステータスからだよね。こういうのは」
「…数字を見るのは好きだ」
「だよね。わかるわかる」
「オレにはわからん」
Lvは全員3。
最大HPは30。
攻撃力――はなく、破壊力表記で3(+1)。
防御力は0。
素早さの表記はないが、一秒間に攻撃が通る制限がある。今のところ1秒間に1.0回。
「このカッコ内は装備の上昇値かな?」
「…3+1で4が現状の攻撃力か」
「つーか防御力が0なんだが」
「…防具で変わるとか?」
戦闘のログは基本的に自分達のダメージが書いてあった。
ゴーレムのHPがわかるようなものはない。
ただ倒したとわかる文字が書いてあるのみだ。
「雪だるまからの攻撃は一回で2ダメージだね。15回くらったら死んでたね」
「…雪だるま戦はLv2だった気がするが」
「Lv1の時HP20だったぞ。たしか」
「えと……じゃあ、Lvが1上がるとHPが5上がるのかな?」
ゴトーの現在のHPは26になっている。
HPの自動回復はないらしい。
つまり別途回復する必要がありそうだ。店に売っていたアイテムとかで。
しかし、そこそこ良い値段だったように思う。
「村のマップとかもあるし、完璧にゲームのメニューだなコレ」
「…俺はタブレット形式の方が使いやすくてよかったな」
「この本タイプの方が、世界観的にあってて良いと思うけど」
「…それもそうか」
それからしばらく三人は【アカシック・ガイドブック】を読みあさった。
思ったよりも項目があり、一度には覚えきれない感じだ。
けれど、どれも直感的にわかる仕様だったので、特に困ることは無かった。
「…まあやることもなくなったし、そろそろ出るか」
「どうやって?」
「…どうやって?」
三人は此処に至って、ようやく困った顔を見せた。
物語を先に進める方法がわからない。
何かをしようにも、牢屋の中では出来る事が限られすぎている。
特に移動できないのが一番の問題だ。
「こういう牢獄イベントって大抵自力で出るか、時間が来ると誰かが出してくれるよね」
「ソレ以外の方法があったら、逆に聞きてーよ」
自力か他力以外で出る方法?
三人は首をひねった。
「…じゃあゲームらしく、抜け穴を探すとしますか」
たいして広くもない――5m四方程度の座敷牢から出る為の手段を探す。
が、通常の扉以外には何もなかった。
鍵、なんてものが落ちているわけでもない。
壁、床、天井。抜け穴のようなものもない。
それでいて状況の変化を期待できる門番すら居ない。
「オイ、出れねーぞ。どうなってんだ」
「扉を破壊すればいいのでは?」
「…無理だろ。頑丈っぽいし」
扉と言っても檻と同様に格子状で、一辺が15cm近いの木材でできている。
木製バットの太い部分の倍はある。
普通に考えて壊せそうにない。
「魔法でも無理か?」
「…、…………無理そう」
魔法も効果はなかった。
一応何度か試してみたが、びくともしなかった。
「オイオイオイ、マジ出れねーぞ。オイ! 誰かいねーのか、オイ!?」
………………。
しかし返事はない。
「あ、自分ちょっと焦って来たかも」
「…俺も大分焦ってきた。もう20分位此処に居るぞ。トイレ行きたくなったらどうすんだ」
三人は途方に暮れた。
鈍い不安感と焦燥感が漂う。
まるで、エレベーターに閉じ込められてしまったような。
右を見る。何も無い。
左を見る。何も無い。
上を見る。天井が見える。
前を見る。扉がある。鍵が掛かっている。
座敷牢が三人を覆っている。
――Prrrrrrrr――
あーだこーだと考えても何もなく、しかし突然、先ほど消したはずの【アカシック・ガイドブック】が現れた。
もちろん【アポーツ】も何もしていない。
「ナンカ出た」
「…まろび出た」
「ちょっとびっくりした。ガイドブックだね。ガイドしてくれるのかな?」
ゴトーは期待を込めて、ガイドブックを開く。
しかし【アカシック・ガイドブック】には、
――caution @5min.――
と書かれていた。
ステータスや数値の話。
最初は攻撃力とかダメージ計算とか色々考えていたのですが、こういうVRでリアルタイムなアクションするゲームの場合、数値の管理をするようなゲーム性は向かないと思いまして、極力カットしました。