#3:リアルの話、ゲームの話
イトー:ベトベトン
サトー:マタドガス
ゴトー:アーボック
三人の好きな初代の毒単タイプ。
「マジか」
「…でけえ」
「や、あの、すみませんでした」
目の前に現れた壁一面のモンスターは端的に言って、怖かった。
想像の中でならクマとだって戦える男の子だが、実際に目の当たりにすれば、そんな想像はあっという間に霧散した。
見ればわかる。
自分よりも大きいということはそれだけで強いと。
それだけで怖いと。
「オイ、やるぞ」
「…へいへい」
「あ、うん。……え? やるの?」
イトーの掛け声にサトーは頷き、二人はまず持っている武器を投げつける。
するとモノリスに当たって落ちた。
縦が3m、横が6mはありそうなモンスターに効果があるとは思えない。
けれど何もしないという訳にも行かず。
かといって近づくこともできず。
武器を投げ、その後は洞窟内に落ちている石を拾い、投げつける。
二人より1歩離れて気後れしていたゴトーは、少し迷った後、二人に続いて石を投げつける。
三人共、ただ困惑と恐怖を抱えていた。
そして石を投げつける。
もう一つ。もう一つ。もう一つ。
しばらく投石を繰り返すと、モノリスの様子がおかしい事に気づく。
「…、……?」
「動か……ない?」
表示されたクラーケンは、にゅるにゅると触手を動かすが、特定のパターンに動かすのみで何かをしてくる気配がない。
ファンタジーらしく、平面な画面から何か出てくるかと思ったが、そうでもないようだ。
投石によるダメージは無さそうだが、驚異も無さそうだった。
「……ヤるか」
「大丈夫? イトー君、やれる?」
「ヤる。ヤれる」
反撃がないと判断したイトーは、勢いをつけて飛び蹴りを食らわせる。
反動で離れられるように。
すると、あっさりと、モノリスは二つの意味で倒れた。
外が開けて、青い空が見えた。
「クソッ、こんな見掛け倒しにビビって。オレとしたことが」
あの大きさに物怖じするのはしょうがないとは思いながらも、イトーは自分の中のプライドが静かに傷ついたのを感じた。
「なんていうか、よくある巨大だけどHP低くて、たいした反撃も無いモンスターって感じ。
まさしくチュートリアルだね」
「いやゴトー、お前は魔法を使えよ」
「いやいや、とっさには無理だよ」
「…俺もだけど、魔法なんて得体のしれないもん、いきなりホイホイとは使えねえわ」
イトーは元々魔法の詠唱を恥ずかしいと思っており、使うつもりはなく。
サトーは最低限の検証も終わってない魔法に頼るつもりはなく。
魔法を喜んでいたゴトーも、魔法の事はすっぽりと頭から抜けていた。
人は新しく得た手段を、すぐに、しかも咄嗟に使うことは中々できないのかもしれない。
「…それで、これからどうする? …ログアウトか?」
「はえーよ」
「まあまあ、サトー君。こんな経験二度とないし、楽しめる間は楽しもうよ」
ログアウトはいつでも出来るようで、それならいつログアウトしてもいいはずで。
話し合いの末、三人はしばらくゲームを楽しむ事にした。
しかし洞窟を出ようとしたところで、ナヴィに呼び止められる。
「ちょっと待ってくれ。これを」
「…?」
「なんだコレ」
ナヴィに呼び止められ、三人は謎のカードをもらった。
黒くてカードにしては固く、曲げればペキッと折れてしまいそうなカード。
一人一枚の三枚だ。
「これはキャッシュのカードだ。名義を変更して使って、お金は入ってないけれど」
「…………」
「…、…………」
「うーん、情緒がないねー」
何故ナヴィが三枚も持っていたのか、とかはこの際気にしない方がいいだろう。
ゲームなのだから。
そもそも武器もいっぱい出てきたし。
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三人は釈然としない気持ちのまま、洞窟を後にした。
すると床に置いておいたカバンが瞬間移動をし、何故か腕の中にあった。
「びっくり」
驚く三人。
おそらく一定以上の距離をとると強制的に手元に来るようだ。
もしそうなら戦闘時にどう扱うかが重要になってきそうだ。
仮に今後も戦闘があり、戦闘をするつもりなら。
「…そういや、ホームレスは置いてきて良かったのか?」
「さあ? ゲームなんだし、そういうキャラなんじゃない?
最初に出てくる王様みたいなもんで、てこでも動かない感じの」
「そもそもついて来る素振りもなかっただろ。ほっとけ」
洞窟を出ると、やはりそこは日本ではなく、ゴトーの部屋でもない。
山の岩肌をくり抜いて作ったような背後の洞。
小高い丘。両サイドに立っている木々。中に入るのも困難そうな森。
そして、白い世界。
「これさ、雪だよね。でも寒くないね。実は発泡スチロール的な?」
「つーか、洞窟の周りだけ積もってねーな」
スロープ状の道の先には小さな村がある。
村の中には建物がまばらに立ち、人口も少なそうだ。
小さな展望台のようなものもある。
「…ああ、これはどう見てもゴトーの部屋じゃないわ」
そもそも村の雰囲気が日本では無い。
雪で覆われていて大部分が白く、大部分の建物がドーム状になっている。
ゴトーはそれを見て、アラスカのイグルーを思い出した。
サトーはそれを見て、どこかの漫画の西の都を思い出した。
「サトー君、まだ言ってるし。そろそろ認めなよ」
「…わーてるけど」
ゴトーがキョロキョロと見回し、石を拾う。が捨てる。そしてまた拾う。
それを何度か繰り返し、見繕った石を二つ拾うとサトーに見せにきた。
「ほら見てよ、大きさはまちまちだけど、これとか完全に同じ形してるし」
「…ランダム生成じゃないのか」
一つ一つ進む毎に、この世界がゲームだということを実感させられる。
こうやって少しずつ納得させられるのだろう。
いくら荒唐無稽なこんな状況でも。
「あーーーーーーッ!!」
イトーは突然奇声を上げた。
安堵と興奮のバランスが変な所で釣り合ったのだ。
「行こうぜ、なあ! 余計なことは考えずにさぁ!」
「…はい」
「その本当に何も考えてない感じの返事、いいよね」
三人の眼下には村がある。
一本道なので迷子になる心配もない。
しかし横の森から、次の町かどこかへのショートカットを試みる三人。
だが、雪や茂みや木々に阻まれたので諦めた。
三人は中学生だった。
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「ここは最果ての村、ワンソンだ。お前たちは……、見かけない顔だな」
村に着くと入口――というよりも裏口には村人が立っていて、話しかけたわけでもないのに教えてくれた。
視線はちゃんとこちらを向いていて、三人に向かって話しているのは間違いないようだ。
だが三人は軽く村人を無視した。
あまりにもテンプレートな発言が少々気に食わなかった。
「村に寄ったらまずは銀行に行くと良い。その後は教会だ」
「…怪しすぎだろ」
無視をしても普通に話しかけてくる村人の露骨な誘導に、サトーは手足が震えた。
見ず知らずの人間――人間?――から、いきなり銀行に行けなどと。
確かにキャッシュのカードは貰ったけれど。
「銀行だってさ」
「…で、銀行と教会はどこに?」
「ここは最果ての村、ワンソンだ」
「クソAIかよ!」
どうやらナヴィは随分と上等なAIを使っていたようだ。
受け答えはしっかりしていたし、会話に生きた色があった。
インテリジェントなスーパーAIだった。
ただチュートリアルでの説明、誘導をするキャラクターにしては滑舌が悪すぎたように思う。
雰囲気を出したかったのだろうが、もう少しハキハキと喋る明るいキャラクターにするべきだったと、こっそりゴトーは思った。
「とりあえずさ、まずは適当に銀行を探してみようよ」
「それよりも道具屋とかを見て回りたいんだが、オレとしては」
「…俺は――まあ、なんでもいいかな。どこも新鮮だし」
「うーん、でも、道具を買うにしてもお金は必要だしさ、多分行けって言うならきっと必要なんだと思う。ゲーム的に」
納得のゴトー案を採用し、三人は銀行を目指す。
雪の上をさくさくと歩く。
ナヴィ貰った木の棒が、カバンからネギのようにはみ出ている。
「つーか、このカバン。マジ邪魔だな」
「かといって、置いて行こうとしても瞬間移動してくるからねー。
ちょっとした恐怖だよ。呪いの人形みたい」
「そのまんま呪いのアイテムってことか」
「…こういうのはいいけど、俺、不気味なのとか怖いのとか嫌いだから」
「知ってるが」
「あ、銀行あった」
BANKと書かれた看板の四角い建物を見つけ、三人は中へと入る。
「いらっしゃいませ」
中に入ると、カウンターと受付の人が居た。
服装は銀行員らしい制服では無く、羊を服にしたような、雪国の民族衣裳のような服装。
ここに来るまでに見た村人もそうだったが、もこもことした服で暖かそうだ。
それに比べて三人は初期アバターだった。
別に寒さは感じないが、周囲と違いすぎる格好に三人は居心地の悪さをおぼえる。
「名義変更ですか? ご新規様でしょうか?」
「あ、名義変更をお願いしたいんですけどー」
「はい、かしこまりました。ご利用頂きありがとうございます。ではご変更後のお名前をどうぞ」
「…俺は新規で作りたいんだが」
「ご新規の場合ですと、手数料が掛かるほか、発行までに一週間程のお時間を頂きますが」
「…あ、名義変更で」
お金のカードを作るのに、お金が掛かる。
つまりは強制的に名義変更をさせたいようだ。
何の意図があるのかは不明だが。
「では、カードをお預かりしますね。ご変更後のお名前をどうぞ」
「イトー」
「…サトー」
「ゴトー」
「畏まりました、では少々お待ちください………………はい、完了致しました。カードをお返し致しますね」
あっという間だった。
#####
三人はささっと名義変更を終え、銀行を出た。
「…ガイドブックに表示される名前が変わってるな」
先ほどまでログには???だった表記が今はサトーとなっている。
恐らく名義変更の手続きが起因だろう。
しかもよく見ると【アカシック・ガイドブック】にはポケットがあり、丁度カードが入るようになっていた。
今まで気づかなかったが、確かにある。
「なんかさ、さっきも言ったけど至れり尽せりだよね」
「それ言ったのオレな」
「…システム面であまり不都合を感じさせたくないんかね」
ガイドブックのポケットにカード入れ、トラッシュするとちゃんとカードも一緒に消えた。
そしてもう一度アポーツすると、ちゃんと中にカードはあった。
これで残る邪魔者はカバンと武器のみだ。
なんだかんだ言っても、不都合はある。
「ウッシ、とりあえずじゃあ次は道具屋に行くか」
すっかりと観光気分で歩く三人。
人も普通に居て、すれ違ったりするが話かけたりはしない。
この人達もいわゆるNPCなのだろう。
何となく雰囲気から、同じくゲームをしている人間とは思えない。
どこが――とは言えないが、やはりどこか違和感をおぼえるのだ。
「つーか、この風景で寒くないって違和感すげえな」
「だね」
頭上に日光が降り注ぐが、太陽はどこにも見えない。
道は雪を踏み均したように平らで固く、しかしアイスバーンのように滑るわけでもない。
現在の初期アバターは、靴もカンフーシューズのようなシンプルな物で、雪や氷の上を歩くようには出来ていないように思える。
なので、平らですべらない雪の道は少し有難かった。
「…こういう雪の町って電気ってどうしてるんだ? 電線とか見当たらないが」
ゲームの世界なのに細かい事にうるさいサトー。
先ほどの銀行には機械があったのだから、電気と電機はあるはずで。
だけど、そういう部分にツッコムのは野暮なのかもしれない。
たかがRPGに、いちいち町や村に発電所の用意なんてしていられない。
「ソーラーじゃあないよな? 雪積もってるし」
「…たしかガソリンで回す発電機はうるさいから違うし」
村は静寂を保っている。
どこかで発電機をぶん回しているような感じではない。
電線が地上に無く、地下にもないなら個人で用意する必要がある。
「雪力発電じゃないの?」
「…雪力発電?」
「初めて聞く単語だな」
サトーとイトーは初めて聞く言葉に聞き返した。
「雪力発電ってのはね――」
雪力発電とは、ペルチェ素子を使った発電システムだ。
合わせた2種類の金属板に『温度差』を与えると、電圧が発生するペルチェ素子を利用した発電方法である。
これを屋根に敷き詰める事で、屋根と雪の温度差により電圧を発生させる。
民家をモデルにした場合、生活の温度が屋根へと伝わる為、屋根の温度と雪で一定以上の温度差を得る事ができる。
ただし、ペルチェ素子による発電は多くの電力量を得られないので、一旦マイクロ波に変えて雪の結晶を振動させる。
雪の結晶、あるいは氷の摩擦により発生した静電気を電力に変換し、ご家庭に届けるのだ。
「…へえ、そんなんあるんだな」
「ないよ? 今考えたんだし」
「…ねえのかよ」
「なるほど、くたばれ」
ゴトーは割と適当な事を言う。
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「おっと、道具屋ここだ」
ふらふらと歩いていると、道具屋らしき建物を見つけた。
看板には袋から何かが飛び出している絵が書いてある。
そしてやはりここも四角い建物だ。
もしかすると四角い建物は店などの施設なのかもしれない。
「いらっしゃい。どうするね?」
店の中にはおじさんが一人居た。
なんというかアンデスの麓で羊を世話していそうな、ちょっと小太りな感じの。
「…、……」
無視した。
「ま、気に入ったのがあったら買ってってくれな。な?」
カウンターにはメニューが置いてあり、中はカタログになっている。
商品の写真と名前、それと値段が載っている。
棚にも商品が陳列してあるが全てホログラムのようだ。
そして通過はGとなっていた。
「…飾ってある商品がホログラムなのは万引き対策か?」
「ゲーム内で商品が手に取れたら普通は泥棒するもんね」
普通に犯罪である。
「30ポーション。60ポーション。90ポーション」
「回復アイテムだね」
三人は適当にカタログを見た。
ホログラムもあるので、実寸で迷うこともない。
「…30が30%回復、60が60%回復、90が90%回復か」
「完全回復はないんか」
三種のポーションは色で分けてあり、30が青、60が黄、90が赤だった。
信号と同じ色分けのようだ。
まだまだ大丈夫の青信号。注意の黄信号。瀕死の赤信号。
HPを全回復させてくれるポーションはないらしい。
少なくとも、この道具屋には売っていないようだ。
「…ゲームの中だから当たり前だけど、普通に回復アイテムとかあるんだな」
「これってさ、飲んだ瞬間回復するのかな?」
「栄養ドリンク的な?」
「…俺の知ってる栄養ドリンクはそんな即効性ないんだが」
知らない世界の知らない商品カタログを見るのはそれなりに面白く、三人はあれこれ推測しながら語りあう。
考察は楽しい。カタログを眺めるのも楽しい。
ウィンドウショッピングは楽しい。
「…そういや金ってどうやって増やすんだ?
モンスター退治したらキャッシュが振り込まれるのか? んな馬鹿な」
「いやいや、多分お使いゲーだよ。
ギルド的なものがあってクエストを受けて、……振込まれる」
「振り込み式じゃねーか」
「そりゃキャッシュのカードもらったしさ、現金のやり取りはないでしょ」
例えば硬貨が基本だった場合、リアルのようにいちいち持ち歩くのは大変に面倒くさい。
なのでキャッシュのカードでのやり取りになるのは致し方ない。
だが、そうなると金はどうやって手に入れるのか、という話になってくる。
普通のゲームのように、モンスターを退治してドロップ――とはならないだろう。
「欲しい物は見つかったか? ん? 気が向いたら教会へ行くといい」
「どんだけ教会推しなんだ」
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「次は武器屋探すか」
「あれ? 教会は?」
「…気が向いたらって言ってただろ? 俺は気が向かない」
「オレも」
「反抗期だねー」
三人は武器屋を探すことにした。
マップを見れば武器屋のアイコンの付いた建物はあるが、見知らぬ土地なので方向感覚がまだ上手く働かない。
――あっちがナヴィの居た丘で、現在位置が道具屋で、つまり、だから――
そんな感じでウロウロしながら、三人は武器屋に着くことが出来た。
「欲しい武器があるのかい? 今日はあんまり取り扱ってねえんだ。教会へ行くといい」
でも追い出された。
――図書館。
「現在、本の貸出しはしておりません。教会から許可を取ってください」
――飲食店。
「すまねえ店じまいだ。教会へ行きな」
………………。
「オイ、なんだこれ、クソゲーすぎる」
「フラグの解放しないと、お店使えないんだね。道具屋はなんでセーフだったんだろ」
行き場を失った三人は村の中心部に近い場所、そこそこ広い通りの端っこで打ちひしがれていた。
辺りを歩く村人も居るには居るが、三人にほんの少し視線を向けた後、すぐ興味を失ったように通り過ぎる。
「…自分、発言いいっすか」
「サトー君、キャラ崩れてるよ」
「…いや、素で怖い。マジ怖い。台本を用意された世界って本気で怖いんだが」
理解できないものは怖い。
深海の生物とか。死後の世界とか。
何故そうなったのか。何故そうなるのか。
得体の知れない物は怖い。
そういうプログラムだから、で済ます事のできない恐怖が背中を這う。
「……うん、まあ、とりあえずさ……教会……行こうか」
ビビるサトーを促すように歩き出す。介護するゴトー。
うんざりする程聞かされたので、大体の方向はわかっている。
「…俺、そもそも教会って懺悔する以外に何する所かわからないんだが」
「死者の復活でしょ?」
「セーブ」
「…リアルの話をしろ」
そして三人は流されるように教会へ向かう事にした。
抵抗する気力は奪われていた。
※
雪力発電なんてものはありません。
実際にやったとしても多分温度差が足りません。