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#20:明日も遊びましょう


「…なるほど。

 なんで総出で宝石を探しに来ないのかと思ったが、そういうことだったわけだ」


 少女シュブニグラのクエストの事である。

 ここに宝石が落ちている事がわかっているのに探そうとしない村人に、疑問を抱えていたサトーだったが、そういうことだった。

 それでも捜索行ったらしい青年ヨグソトスはきっと、本物だったのだろう。

 自身の危険よりも、優先するべき物があった。


「なんか、どういうフラグで動くんだろうね。このゴーレムはさ」

「もっとちゃんと説明しろや。何のフラグだ」

「わかってるくせに。このモノリスが敵として動く条件だよ」

「…人数だろ。この黒いのをどかせるだけの人数が居るかどうか」


 もちろんクエストによるフラグが立った場合だけ動く、と考えるのが正しいだろう。


 だが、ゲームの中にも世界はあるので建前が必要だ。

 それがきっと人数なのかもしれない。

 ヨグソトスが探しにきた時は一人だったから、襲われる事がなかった。

 前に三人が来たときも同じ。

 少人数で来たから退かせないと判断して、このゴーレムは沈黙を保った。


 だが今は。


「……」


 背後から嫌な視線を感じる。

 その視線がゴトーには居心地が悪い。


 ナヴィ討伐の為に集まった村人達だ。

 20人居る。

 上ってきた一本道をふさいで、こちらを見つめている。


 三人はまるで、逃げ道を塞がれているような気分だった。


「いいねぇ。ちゃんとしたボス戦って感じだ」


 イトーは一人喜んでいる。

 今までの敵とは違い、生物からかけ離れた形をしたゴーレムだ。

 特殊な戦い方をするに違いない。


 元々戦う事を楽しんでいたイトーだが、スケールコングとの戦いで恐怖との付き合い方に慣れたからか、より戦う事を楽しめるようになっていた。


 事情を知った今、ゴーレムに怨みはない。

 いや、元々怨みはなかったが、懲らしめるという使命感のようなものが消えた。

 このモノリスに限って言えば、好感さえ持てる。

 だけど戦える。倒す事が出来る。


「…石が丸いのはこの為か」


 サトーは転がっている石が気になった。

 山の岩場なのに転がっている石が丸いのは、きっとここで戦う事を考慮した為だろう、と。

 尖った足場では、たとえ実際に躓くなどの影響がなかったとしても、気分よく戦えない事に対する配慮。


 どうでもいい所に気を使いやがって、と思う。

 あの少女のクエストで、クソみたいな宝探しをさせられた怨みは忘れない。ここに転がっていた悪意を忘れない。


「やろっか」


 ひとり渋っていたはずのゴトーが決心の声を出した。

 ここまで来たらもう引き返せない。


 本当は無茶をすれば引き返せるのかもしれない。

 けどしない。

 いつか自由度について語りはしたが、なんだかんだ言って、用意してもらったシナリオに沿って進めるのが一番楽しめるのだ。

 そういう風に出来ている。

 二人もそのつもりのようだ。


「準備できたぞ」

「あらためて見てもでかいよね、この敵。どれだけ削る必要があるんだろう」

「…数発で半壊したらギャグだな」

「あんま萎えるような事言うなよ。行くぞ?」


 篭手の上からハンマーを装備したイトーが、合図をして飛び込んだ。

 もう自分より大きい敵でも怖くない、といったら嘘になるが、我慢は出来る。

 むしろこの程度ならスリルとして楽しめる。


 面に表示されたイカの化け物は、その触手をうねうねと動かしていた。

 前に見たときと同じように。

 ただ前回のチュートリアルとは違い、今度こそちゃんと攻撃してくるだろう。


 飛び込んだイトーはそのまま殴りつけたが、思ったよりもダメージが出なかった。

 黒い壁がほんの少し欠けただけだった。


「ダメージ少なくない? これ、弱点があるタイプでしょ」

「…見りゃわかる」


 もし普通に殴って壊したり倒したり出来るのなら、ただの壁として立ちはだかっていた段階で壊す事が出来たはずだ。

 つまり倒すのに何か特殊な方法が必要で。


「こういうのは大抵、目なんだよ」


 表示されたイカの部分を殴ってみてもやはり反応が薄い。

 数mの壁から小石ひとつ分の欠片が削れ、落ちる。


「違うっぽいよ」

「わかってるわ、ボケ」

「…なんか手順でもあるのかね。強制負けイベントって事はないだろ」

「あれかな? 特定のタイミングだけ弱点が出てくるタイプかな?」


 様子を見ながら色々な場所を攻撃していると、突然、モノリスの表面が隆起する。

 ある程度盛り上がったかと思うと、そのまま触手が飛び出したように伸びてきた。

 速い。


 3人は咄嗟に避けたが、そのあと波打つように動いた触手にはじかれ、全員がダメージを受けた。


「触手が飛び出すのは想定してたけどさ、その後があるのはちょっと予想外だった」

「ゴトー、ダメージ」

「イトーくんは4。自分は7かな」

「…スケールコングよりはダメージ低いけど、避けにくいな」


 3人はしばらく様子を見ていたが、どうやらこのゴーレムは攻撃手段が触手しかないようだ。

 だが、10本もある。

 その10本すべてが同時に攻撃してくる様子は無いが、2本同時程度ならあった。


 縦に。横に。そして真っ直ぐ。

 意外にも一番遠くに立っているゴトーが、一番ダメージを多く受けた。

 惜しむ事なく、ポーションを使う。


「触手伸ばした後にうねうねするの止めて欲しいんだけど」


 波打つ触手は根元は小さく、先端にいくほどそのうねりが大きくなり、避けにくい。

 当然で当たり前の事なのだが、安全を確保しようとすると自然と距離を取ろうとしてしまう。

 

「ああ、もう。ほんとやだ」


 ただでさえ後ろが気になって満足に動けていない。

 見られているという事が、こんなにも身体の自由を奪う。


「…そろそろ終わりにするか」


 伸ばしてきた触手をサトーが払いのけると、派手に触手が崩れた。

 どうやらこれが弱点のようだ。


 本当はモノリスが触手を伸ばしてきた時点でわかっていたけれど。

 それがもし駄目だった時、次が思いつかなかったので目をそらしていた。


 流石に一撃で部位破壊にまでは至らなかったが、武器次第で2発、もしくは3発で部位破壊が出来た。

 触手が崩れると、何故かモノリス自体も上部から欠けるように崩れていく。


 イカの触手は10本。

 もう大丈夫。後はポーションを使って、強引に攻撃を通していくだけ。


 それから。





#####




 10本の触手をすべて打ち破るとモノリスは、撒いた水が染み込むように地面に溶けて消えた。

 ナヴィを守っていたという事実を知った今、その光景に思うところが無いわけではない。


 かといって感傷的になるほどではなく、そういうものだったと納得できる。

 無機物だからか深い同情はない。



 モノリスを倒し、洞への入り口が開けたが、後ろで構える村人達が動く気配はないようだ。

 どうやら三人が中に入るのを待っているらしい。


 村人がナヴィを怖がっているのはわかるが、こうやって他人任せな面を見せられると良い気はしない。


「ちっ」


 これ見よがしに舌打ちをするイトー。

 それに対しての反応がないのはわかっている。

 案の定なんの反応も無かったので、三人は仕方なく先陣を切って中に入った。


 奥の浅い洞。たいまつ。土の壁。

 こんもりと山になったボロ切れ。魔女と呼ばれる少女。


 以前は世捨て人かのように見えたが、今はもっと別の何かに見える。


「君たちか……」

「ウス」

「…ちっす」

「こんにちわ」


 ナヴィはこちらを向き、村人の方へと視線を向け。

 それから何故か安堵の言葉を呟いた。


「そうか、ようやく終われるのか」


 他人には無い強い力を持って、しかしそれを人に向けることは無く、だが小さな迫害を受けた少女。

 両親はもう居ない。

 死んだのか、ただ別れただけなのか。


「悪質だな。イマサラだが」

「…本当にな」


 同情を誘うような事を言っておいて、ナヴィは終わりを望んでいた。

 村人も終わりを望んでいた。

 その上で状況は三人に選択を迫っていた。

 そして三人とも黙り込んだ。



 10秒ほどの長い時間が過ぎて、ゴトーは、二人がゴトーを待っている事に気づいた。


 きっと汚名返上の機会をくれたのだろうと思う。

 少女シュブニグラのクエストの時の。


 一人だけ引き止める事すら出来なかった失態の、やり直しをさせてもらっている。

 余計な気遣いはいらないけれど、ここは自分で言うべき場面だと、ゴトーも思う。


 なのに声が出ない。

 勇気が出ない。

 背筋が少しずつ曲がっていく。


 20をこえる視線がゴトーを待っている。

 そこに込められた感情は決して良いものではない。


 こういう時、喉がカラカラになるという表現をよく聞くが、むしろ喉に粘度の高い唾が溜まって、ネバネバする感触をゴトーは覚えた。

 沈黙が続く。


 洞の中は薄暗い。

 松明の明かりは外に比べ、暗くて重苦しい。


 頭の中で言い訳の言葉がぐるぐるとまわって、それから段々と、なんで自分がこんな事をしないといけないのだろう、という気分になってくる。

 気持ちが萎えてくる。


「…身内でもない他人の、一方的な言いつけを、俺は約束だとは思わない」


 いま、ゴトーの傍で誰かが何かを言った。

 いつものような口調で。どこかふてぶてしさを覚える声で。

 まるで背中を押されたような気がした。


 むかつく。


 きっと二人なら、こういう場面でも臆さず言えるのだろう。自分と違って。

 人には得手不得手があるのもわかってる。

 わかってはいるが、気に食わない。

 気に食わないが、心強い。


 二人が後ろに居ると思うと、あれほど出なかった言葉が出せそうだった。

 今なら見栄を張りたがるイトーの気持ちが理解できる。


「ナヴィは悪くない、と思う」


 なのに、思ったより勇気が出なかった。

 ぶつ切りの言葉が口から出ただけで、具体的な事が何も言えていない。

 意思を伝える事しか出来なった。


「魔女を連れて行くと言うのじゃな?」


 それでも十分。

 意思を伝えれば、あとはNPCが誘導してくれた。

 今までと同じように。


 ゴトーは頷く。

 村長の言葉に同意したわけではなくて、ただ、やりきった安堵から無意識に頷いていた。


 たった数十秒で疲れきったゴトーを見て、イトーは笑った。

 サトーも笑った。


「魔女を連れて行くというのなら連れて行け。それで村が静かになるなら、願っても無い」


 ざわめく村人を村長が黙らせ、三人と一人は洞を出た。








######




「ザマーミロ」

「…ばーか」

「滅びてしまえワンソン」


 少なからず村人には不満を抱いていたので、有無を言わさずに黙らせた村長に溜飲が下がった。

 三人から自然と歓喜の声が出る。


「なんかさ、村人と小競り合いでもあるかと思ったけど、なかったね」

「雑魚が集まっただけのボス戦とか、クソつまんねーからいらん」

「…連戦もだるいしな」


 ナヴィの救出に成功した三人は村を出る事になった。

 その事については何の後悔もない。


 むしろこういう風に追い出されなければ、定住してしまうかも知れない。

 人は一度居心地の良さを覚えてしまうと、次に進むのに意思と行動力が必要になる。

 だから、これで良かったのだと胸を張って言える。

 多分言える。


「すまない」


 それがナヴィの精一杯の感謝の言葉のようだった。


 後になって考えてみれば、ナヴィが本当に終わりを望んでいたのなら、こんな洞に隠れていないで、堂々と裁きを受ければよかったのだ。

 けれど、諦めきれないからこうして身を隠していた。

 そう考えることも出来る。


 結果的に洞から連れ出す事は出来たが、ナヴィが魔女な事は変わらないし、ゴーレムの問題も片付いていない。

 だから実際には何も解決していないのだが、とりあえずの目的は達成した。


 これから先の事はこれから決めればいい。

 とりあえずは次の町に進んで、そこでまたNPCにやるべき事を聞けばいい。

 きっとまた誘導してくれるはずだ。


「そういえばサトーくんさ。洞窟の中で『一方的な言い付けを約束だとは思わない』って言ってたけど、あれ、クエストの事だよね?」

「…知らん」

「何照れてんだ? コイツ」

「…うるせえ」


 思えばサトーにとって、ここまでのクエストで満足の行くものはなかった。


 最初のクエストは失敗したし、少女シュブニグラのクエストはお茶を濁した。

 白樺のクエストは語るまでもない。

 スケールコングについては、イトーが大部分を一人で終わらせてしまった。


 だから今回の、ナヴィの一件は初めて思うようにいった感触があった。

 ――サポート役ではあったが。


「…なんだか、スッキリしたな」


 いつの間にか危機感が薄れてきている事に、サトーは気づいた。

 あるいはスケールコングのクエストで、イトーが一人で戦う事を許した時には既に薄れていたのかもしれない。

 慣れというのはおそろしい。

 なにより、それでも良いと思えてきているのがおそろしい。


 だから、つまり。


 このゲームについて、まだわからない事だらけだと自覚した上で。

 イトーとゴトーの付き合いでやっている事を自覚した上で。


 この世界を、もっと楽しんでも良いと思えるようになっていた。


「…今から本気だす」


 ――Prrrrrrrrrr――


「…明日から本気だす」

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

これで終わりになります。

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