#16:ちゃぶ台返しの後のアレソレ
なぜなに三時間。
Q.
リキャスト前に魔法を撃ったらどうなるの?
A.
色の違うセット球が出ます。
もちろん撃った方向によりますが、ゴーレムや物体に吸着して、クールタイムが終わると通常の色に戻ります。
他の魔法を撃つと消えます。
「なんか違う」
「…まさか、こんな形でクエスト達成になるとはな」
「オメーが言うのかよ」
結局、少女シュブニグラは売られていった。
今頃馬車に揺られているのだろう。
青年ヨグソトスと一緒に。
だが、クエストは達成になっていた。
どうして達成になったのか詳しい事はわからないが、クリアする事ができた。
もちろんすんなりと納得は出来ない。
「なんか自分さ、深く考えすぎなのかな? クエストの度に貧乏クジ引いてる気がする」
「NPCに入れ込み過ぎなんだよ、オマエ」
「そんなつもりはないんだけどね……」
「…それだけ本気なんだろ」
変なミスが出るのは、視野が狭くなっているからで。
視野が狭くなるのは、集中しているからで。
集中しているのは、本気だからで。
本気になるという事は、楽しんでいる証拠なのだろう。
サトーは、なんとなくそう思った。
「仮説の話が一つあるんだけど。ちょっと聞いてもらっていい?」
「…駄目だ」
「でも聞いてやる」
「…言ってみ?」
駄目だと思っていたクエストが、思いがけない形で達成となった三人は、露骨に気が抜けていた。
たった一時間程度の事なのに、随分と長い時間が掛かったような気がする。
密度があった訳でもないのに。
「えと……多分だけどさ、NPCには感情値みたいなのがあって、それが一定値を上回るとクエストクリアになるんじゃないかな? とか思ったり」
「?」
「…なるほど、わからん」
もしかしたらゴトーは説明をするのが下手なのかもしれない。
一息で説明しようとしすぎているのかもしれない。
「だからね。この世界って自由に動けるから、イエスorノーだけじゃ進まない事ってあるでしょ?」
「…そうか?」
「イエスとノー以外ってなんだ」
「だって、そうじゃないと説明つかなくない? どこで、どうクリア判定満たしたのかまったくわからないよ? 今回のクエスト」
クエストが発生するという事は、NPCはネガティブな感情を抱えているという事で。
それを解消出来ればクエスト達成になるのではないか。どんな形であっても。
要約すると、NPCのご機嫌を取ればクエストは達成になる。
ゴトーは今回のクエストから、そんな仮説を組み立てた。
「…判定って、離れ離れにならずに済んだじゃないか」
「あ、そっか」
仮にゴトーの考えが正しければ、ゴーレム保護のクエストはサトーの所為で失敗した事になる。
終始突き放したサトーの態度がなければ、子供達の感情はもう少し穏やかな物のハズだった。
今更、確かめるすべは無いが。
子供のご機嫌を取った所で、どういう形でクエストが収まっていたのかもわからないが。
とにかくそういう事になる。
「いわゆるアレか。駆け落ちエンドって事になんのか? コレは」
「駆け落ちとはまた違うんじゃないかな。逃避行ってのも違うし」
「…働き盛りがガンガン減ってるけど、大丈夫か? この村」
「それをサトー君が言っちゃう?」
結果的に、青年ヨグソトスと少女シュブニグラは村を出た。
駆け落ちとはまた違う。逃避行というのも違う。
形で言えば、村を出る少女を青年が追いかけた事になる。
その後の事は分からないが、クエスト達成になったのだから幸せになるのだろう。二人で。きっと。
「つーか、男を売った方の金貰ってねーぞ?」
「…どうして貰えると思ったんだ?」
「貰う理由が無いすぎるんですけど?」
クエストの報酬はもらったが、青年を売ったお金は貰わなかった。貰う理由がなかった。
そもそも青年ヨグソトスはその場で馬車に乗り込んで行ったが、家族への連絡等はよかったのだろうか。と三人は思う。
細かい事を気にするようだが、気になる物は気になる。
少女シュブニグラの家族が見送りに来ていた事もあって、気になる。
「…けどまあ、これで良かったのかもな」
「何が? なんか良かった事なんてあったっけ?」
「…クエストが」
「なんだかんだでクリアになったしな」
「…そうじゃなくて」
クエストを終えて、サトーはふと思った事がある。
「…こういうのって、大抵誰かが損をして終わるだろ」
「そんな事ないと思うけど」
「…そんな事あるんだよ」
こういう場合、大抵は商会などの金貸しが損をして終わる事が多い。
解決策の一つに、貸した金をウヤムヤにするという物があるからだろうか。
だが、なんとかそうならずに済んだ。結果的に。
少女と青年は一緒になれたし、少女の家族は借金を返す事ができた。
そして商会の人間は損をする事なく正当な取引を完了した。
誰もが納得する結末ではなかったが、それでも誰か一人が負担を押し付けられるという事もなかった。
「オレらも宝石を手に入れたしな」
「そうだよ、普通に損してるじゃん、チンケなケチ。宝石なくしてるし。
それに、ヨグソトスくんの家族だって……」
「…二人が幸せならそれで良いんだ」
「範囲狭まってんじゃねーか」
綺麗にまとめようとしたけど駄目だった。
結局のところ、流れにそぐわない着地で足を捻りつつ、三人ばかりが得をした。
――閑話――
「あのさ、さっき馬を見てて思ったんだけど」
「また変な事思ったのか」
「…言ってみ?」
「昔、馬と人間がレースするってのがあったんだけど知ってる?」
「…なんだそれ。無茶だろ」
「長距離走のヤツだろ? アレ、何回かやったら人間が勝ったとか」
「そうそう。それそれ」
それは昔、イギリスで行われたというレースだ。
長距離であれば、人は馬よりも速いという主張の元に始まったレース。
何度かレースをした結果、25年目にして人が馬に勝つという記録が出た。
「でもさ、あれって馬の方は人間乗せて走ってたらしいよ」
「…そりゃ馬任せにしたらレースにならないからな」
馬に全てを任せたら、そもそも馬はレースをしてくれない。
もし走らせる為に人参をぶら下げたら、馬は全力疾走してしまうだろう。
そうなったら短距離走しか出来ない。
だとすれば実際には人を乗せて、人が制御するしかない。
「マジかよ、イギリス最悪だな」
「ちょっと待って、この流れは良くない」
「…カメラ止めてー」
――休題――
「オシ、じゃあ次はオレが本気出すとするか」
「スケールコングだね」
「オウ」
「…金も手に入ったしな」
「オウ」
釈然としない形ではあるが、身を売る少女のクエスト報酬が手に入った。
これでようやく準備が進められる。
「じゃあ、ポーション買いに行く? あと、宿も」
スケールコングという大物戦闘を控えた今、準備はしっかりして置きたい。
特にHP関連。
前衛であるイトーの防具は既に買ってあるので、後は回復手段が欲しい。
とりあえず、革の胸当てがダメージを3減らしてくれるようなので、スケールコングからのダメージは6になる。
レベル上げの際に検証した結果、やはり計算はそのままDEF分のマイナスでいいようだ。
「アレを宿と呼んでもいいのか、わかんねーけどな」
「布団はないけど雑魚寝は出来るよ?」
「…それを宿と呼びたくはないな」
三人が前に利用した宿は、HPが回復する宿ではあったが、寝泊りをするような場所ではなかった。
サトーが利用した松の部屋ならまだしも、特にイトーとゴトーが利用した梅の部屋は文字通り、ただの部屋だった。
「…そもそも松の部屋って泊まる意味あんのか?」
「どーいう意味だ?」
「ごめん。ちょっと何が言いたいのか、わからない」
「…だから――」
松の部屋で温泉に入れば、レベル分のHPが限界を突破するらしい。
それは前の利用でわかった。
つまり今のレベルならHPが8上乗せされる。
だが、これをしてもボス戦前にHPを減らしてしまえば意味がない。
と、までは言わないが、結局限界突破したままボスと戦う事はない。
30ポーションを一つ分温存出来るといった所だ。
290Gも余分に払っておきながら。
60ポーションですら200Gなのに。
「一応、持てる数に上限があるから意味はあるんだろうけど」
「つーか、ポーションも宿も高けーよ」
「90ポーションとか一個500Gだからね」
「…シュブニラグちゃんのクエストで3個買えないとか」
90ポーションは3個で1500Gもするので、少女シュブニグラのクエスト報酬の1400Gでは足りない。
一時間も費やしてポーションが3つ買えないのは――結構な徒労感を覚える。
「そういえば、サトーくんって防具どうするの?」
「…ん? ゴトーは?」
「自分はダメージ受ける機会少ないしさ、どうしよかなって。ポーションだけでなんとかなりそうなんだよね」
「…後衛だからって、特別防御力の低いゲームでもないしな」
「そうそう」
レベル8になった今、三人の防御力は0のままだった。
防具を着込んだイトーだけはその分加算されているが、3しか増えていない。
ダメージを受ける回数が増えていけば、その3という数値も影響力があるのだが、後衛でゴーレムから離れた位置で戦うゴトーにはその頻度が少ない。
なので、今はまだ防具があまり重要でないように思える。
「…俺はやっぱりレザーのコート辺りかな。軽さとか考えて」
「金属繊維のエプロンは? 防御力も同じだし、多分軽いよ」
「…それは無い。見た目からして無い」
「けどさ、レザーのコートも合ってなくない? その服に」
「…他よりはマシだろ」
防具屋に売っていたレザーのコートは、セミロングのコートだ。
ライダースジャケットのような厚手の生地。
はっきり言ってしまうと、あまり打撃の耐性が無さそうな防具。
コートなので、ダッフルコートのような服の上に着るには合わない。
かと言って、革の胸当てやエプロン、鎧などが合うかと言われれば疑問が残る。
「…大体、鎧って邪魔すぎるんだよ」
「持ち歩くには大きすぎるし、かと言って着たまま歩くには重いよね。…重いの?」
「…知らん」
店にはカタログとホログラムしか無い為、重さについてはわからない。
試着を頼めば多分わかるが、何となくという理由にもなっていない理由で試していない。
だが、きっとそれなりに軽いのだろう。
例えば、この先フルプレートのアーマーが出てきたとして、現実に倣って20kg程もあったらたまった物ではない。
「せめて異空間収納出来たらいいのにね」
「…気持ちはわかるが、ゲームであまり便利すぎるのって好きじゃないんだが」
「どういうこと? 便利なのいいじゃん」
「…なんか、あまりお膳立てされすぎると萎える」
サトーはビデオゲームの過剰なお膳立てがあまり好きではなかった。
例えばワープとか。
コマンド一つで町から町へワープ。
とても便利だ。だけど、何か大事なものも省略されているような気がする。
無駄や苦労の中に、楽しむ為の何かがあったような気がする。
と、そこまで考えて思い出した。
ポーションの時に、ボタン一つで使えたら便利なのに。なんて思ったのだ。
今回とそれと何が違うだろう。
ポーションのそれは、無いと困る物だったという事だろうか。
あると便利なものと無いと困る物。
この場合はどっちだろう。
どっちでもいいか。
「なあ」
話の頃合を見計らったかのように、イトーが二人に声を掛けた。
微妙に頃合ではなかったが、特に続けたい話でもなかったので、二人はイトーに向き直って耳を傾ける。
そして茶化す。
「なに? あ、別にイトーくんの事を無視してたわけじゃないよ? ただ、なんか考え事してるなって――」
「なあ」
「はい」
誰もが薄々感づいていたが、マウントの取り合いになるとゴトーは弱い。
それはともかく、イトーの妙に真剣な態度にゴトーは身構えた。
「スケールコングだけど、オレ一人でやっても良いか?」
「……はい?」




