#15:残り5分のヨグソトス
『そーいやオマエ。最初からこのクエスト乗り気じゃなかったよな』
「…別に、そういう訳じゃないんだが」
サトーは何かを借りた場合、借りた本人が返すべきだと思っている。
肩代わりなんてのは以ての外で、又貸しとかも嫌いだ。
親の過去の影響でそうなったのだが、理由の焦点はそこではなく。
「…返済に充てる予定の35万Gは懐に入れようと思ってる」
『大採用』
ネコババだった。
『そうだよな。35万を捨てて1400Gの報酬を選ぶのはバカだよな』
「…うむ」
宝石を探せとなった時に。監視の目が無いと気づいた時に。
ネコババしようとサトーは決めた。
どうせ落し物なのだし、1割ではなく10割もらおう、と。
『35万って事は、一人あたり11万ちょっとか』
「…やっぱり3で割ると結構減るな」
『11万もあれば十分だろ』
「…それもそうか」
この世界での金の主な使用先は、武器や防具の他に宿屋やポーションなど、HPに関する物だ。
良い武器、良い防具を揃えれば、それだけ回復に使う額も減っていく。
武器や防具の更新の頻度はどれ位だろうか。この先のインフレ具合はどれ位だろうか。
11万の金があれば、しばらくは――あるいは節約すれば使い切る事なく最後まで進める事が出来るかもしれない。
それほどの大金だった。モラルが吹き飛ぶほどの大金だった。
『ゴトーの方はどうする?』
「…説得する」
『説得の材料はでかいのがあるからな』
「…うむ」
二人はそのまま通信をグループ通信に切り替え、ゴトーを呼び出す。
そして喜々として、その旨を伝える。
『それはいいけど、どうやってロンダリングするの?
そもそもクエストアイテムって買い取ってもらえるの?』
「…なんてこった」
『ジーザス』
けれど一刀両断されてしまった。
無理の言葉。
期待した分だけ落ち込みの度合いも大きかった。
大雑把に計算してクエスト100回分の報酬。
今後のゲーム生活に大きな影響が出る程の大金が。
それが煙のように消えてしまった。
『それよりさ、ちょっとこっち来てよ。
時間もまだなのにシュブニグラちゃんが村を出ちゃいそうなんだけど』
「…もういい。もう終わったんだ」
『終わってないよ』
『もう終わったようなもんだろ、こんなん』
『とにかく来てよ。村の入口のとこだから。よろしく』
そう言い残してゴトーは通信を切った。
すっかりその気になっていた二人は静かに気落ちした。
クエストの残り時間は既に15分を下回っていた。
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冷静に考えれば、ゴトーの言う事はもっともなのだろう。
拾った物をそのままお金に変えるなんて、絶対にどこかで足がつく。
そもそも、この宝石が35万で売れると考える方がおかしい。
もし本当に35万の価値があるとしたら、商会の人間が探しに来ない訳が無い。
つまり、宝石自体にそれだけの価値はない。
きっとわらしべ長者のパーツだったのだ、とサトーは自分に言い聞かせた。
「…で、なんだこの状況」
ゴトーが待っていたのは村の出入り口。
最初に三人が通った裏口では無く、正規の出入り口。
そこそこ道幅があって、両サイドがやっぱり森で囲まれている並木道。
途中でカーブを描いていて、先は見えない。
そして馬車。
「車じゃないんか。馬車とか初めて見た」
「…車で送迎する世界観か?」
「スタッドレス履いた、タクシーやバスで送迎されても困るもんね」
馬車は馬一匹で引くタイプの馬車だった。
小さな荷車に太めの車輪が4つ。
布の屋根の質素な作り。
詰めても四人乗るのが精一杯そうだ。
対して、馬は小型な馬車と並んでいるせいか、相対的に大きく見える。
サラブレットとは違う、牽引用の頑丈そうな馬だ。
体格が良くて、足が太くて少し短い。首も太い。
「ぶっちゃけ、ゴーレムより強いんじゃねーのか? アレ」
「…無双出来るポテンシャルを感じる」
「知ってる? 馬って二馬力なんだよ」
「…レモンにはレモン4個分のビタミンCが含まれてるぞ」
「もうワケわかんねーな」
もちろん三人共、品種の違いや計測方法のせいでこのようなズレが起こっているのは、わかった上で言っている。
――それよりも。
「…あれはヨグソトス君だけど、他にも居るな。7人位? なんだあの団体」
馬車の他、思っていたよりも人が多い。
当事者である、少女シュブニグラ。
その彼氏の青年ヨグソトス。
それから商会の人、チンケなケチ。
他にも何故か7名程の村人がいる。
村総出にしては数が少なく、関係者にしては数が多い。
村長も居なければ、クエストを依頼した道具屋も居ない。
謎の人たち。
「あれは多分、シュブニグラちゃんの一家だよ」
「…まあ、家族の見送り位はあるわな」
「多くね?」
「…予想外な大家族設定だ」
「そーいや、『私が我慢すれば、"皆が"』とか言ってたな」
「でしょ? 一人だけなら足止めできると思ったんだけど、あんなに人が居るとちょっと無理」
「…まあ、あんまり期待してなかった」
「ひどい」
ゴトーは注目されるのが苦手だ。
視線の中で言葉を発するのは苦手だ。
友達ならいい。一人や二人の少人数ならまだいい。
けれど、大勢に注目されるのが苦手だった。
あの、自分に意識が向いて居ながら、何を考えているのかわからない感じが苦手だった。
早く喋れよ、とか。
こいつの話なんか別に聞きたくないんだけど、とか。
流石にそこまでな事は思わないが、なんとなく快く思われてないような気が、何故かしてしまう。
要するに、ゴトーは内弁慶だった。
「と、いうわけでサトーくん。宝石よろしく」
「…え?」
「え?」
宝石を要求するゴトーに、首をかしげるサトー。
ネコババする理由が無くなったのだから、もう宝石に用はないハズ。
サトーが宝石に狂っていて、どうしても自分の物にしたいとか、そんな馬鹿な事はないハズ。
何故そこでハテナマークを浮かべるのかわからない。
「宝石、拾ったんでしょ? だから連絡をしてきたんじゃないの?」
サトーが宝石を手に入れたから、だから連絡を入れてきたものだとゴトーは思っていた。
この拾った宝石をお金に替えて、ネコババしてしまおう、と。
「え? もしかして拾ってない?」
「…まあ、あるけど。これだろ?」
実は拾っていた。
サトーは一応、コレ、と思う物をイトーとの通話をしている最中に見つけていた。
「? 何これ」
「…インディゴライトの原石」
サトーが岩場で拾ったのは、インディゴライト・ルチルと呼ばれるブルートルマリンの原石だった。
結晶体が露出していないタイプの原石で、藍色か紺色っぽい普通の石に見える。
大きさは大体、握りこぶしより少し小さい程度。
他の転がっている石より少し大きい程度。
これでは闇雲に探しても見つからないのも頷ける。
たしかに知らなければ参考資料が必要かもしれない。
「そっか。そうだよね。1カラット2カラットの宝石なんて米粒みたいなものだし、そんなの本気で探させたりしないよね」
「そりゃそーだ」
もちろん宝石の種類にもよるが、高価な物は大抵爪の先のような小ささで、宝飾品として使ったりする。
仮に真珠ほどの大きさがあったとしても、転がる石の中から見つけるのは困難だ。
そう考えてみれば、原石なことにも頷ける。
むしろ原石であることが正しい。
「じゃあこれを――」
「…これを?」
これを渡して、終わり?
ゴトーは自分の言いかけた言葉に首をかしげた。
拾った原石を渡して――ありがとう。お礼に借金はチャラにしてあげる?
なんて――。
そんな無茶苦茶があるだろうか。
いくらなんでも都合が良すぎではないだろうか。
「うわ……え? どうするの?」
宝石を商会の人に渡せば、それでクエストがクリアになるとゴトーは思い込んでいた。
だが、改めて考えてみるとおかしい。
まるで童話のような都合の良さだ。
仮にそれが成立するのであれば、宝石に物凄い価値がある場合か。
もしくは三人に借りがある場合か。
もちろん、貸し借りも無ければ、恩もない。
かと言って、原石であるこの石にそれ程の価値があるとも思えない。
「どこまで考えてんのか知らねーけど。深く考えすぎなんだよ、オマエら。たかがゲームだぞ?」
「…なら、どうする? イチかバチかしてみるか?」
「そっちに賭ける位なら、ロンダリングに賭けた方がいいと思う」
サトーが差し出した宝石を拒否して、ゴトーは首を振った。
できれば少女シュブニグラを助けたいと思ってはいるが、それはゴトーのワガママだ。
二人の提案を切り捨てておきながら、自分の都合を押し通す程恥知らずではなかった。
引き止めておく、という役割も全うしていないのに。
それをする位なら、欲の焦点をお金に合わせて35万Gを得た方が良い。
今はまだ、どうすれば良いかもわからないが。
どうすれば良いのだろう。本当に。
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「宝石を人質にして時間を稼ぐってのはどうだ?」
「返して欲しくば、的な?」
「イエス」
イトーが提案を一つ上げた。
この宝石を使って時間を稼ごう、と。
「…クエストアイテムを担保にしても大丈夫なのか?」
「大丈夫だろ、多分」
それで稼いだ時間で何をするのか。
不正を暴く? それとも、本来進める予定だったルートで解決策を探す?
しかし、それには宝石を使うという手順が必要なハズで。
宝石を必要としている人に、クエストアイテムとして渡してしまう事も出来なくなる。
では、自力で35万Gを用意する?
それこそ雲を掴むような話だ。
それができるなら、そもそもこんなクエストはしていない。
つまるところ、時間が足りなかった。
――残り5分。
「アレか? 大暴れするか?」
「大暴れしてどうするの?」
「ウヤムヤにする」
「ちょっと待って、力技すぎない? っていうかそれで報酬貰えたら逆にビビる」
「…お好きにどうぞ。俺は見てる」
例えば、大暴れして商会の人間をやっつけるのどうだろうか。
大げさにすればウヤムヤにできるのではないだろうか。
もし商会が不正をしていたなら、それで解決する道もあったのかもしれない。
だが、今のところ商会が不正をしていた証拠はどこにもない。
それで解決するかは本当にイチかバチかになる。
もしダメだった場合、本当の犯罪者だ。
「あ」
いよいよ出発の時間らしく、少女シュブニグラが馬車に乗り込んだ。
本当にもう、タイムリミットのようだ。
少女は馬車に乗る前、こちらを向いて小さくお辞儀をした。
三人に向かってしたわけではなく、家族や青年ヨグソトス、あるいは村全体に向かってお辞儀をした。
そして『何でも無いよ』と言いたそうな表情で、淀むことなく馬車に乗り込んだ。
空は青くて、太陽は出てなくて、周りは白くて、空気は重い。
三人は視界の端に、青年ヨグソトスの姿を見た。
今にも崩れ落ちそうな様子で、少女シュブニグラを眺めていた。
「ヨグソトス君。あれ、大丈夫? あっちこそ身投げしない?」
「…クエスト終わった後にNPCがひっそり身投げとか」
「ネコみたいなヤツだな」
「そういえばヨグソトス君のお家とか、どこにあるかも知らない」
結局三人は、この青年がどういう存在だったのかを知ることはとうとう無かった。
少女シュブニグラの彼氏であること、宝石を探していたこと。それくらいだ。
本来なら、ここに来るまでに色々とイベントがあったはずなのだが、初対面未満なのでなんとも言えない。
何も言えない。
よくよく考えてみると三人は、青年ヨグソトスとも少女シュブニグラとも一言も交わしていない。
どこから見ても第三者だった。
関係者にすらなれていない。
「…諦めついでに、一つ、やってみたい事があるんだが」
「何? 妙案?」
「大暴れか? ヤるか?」
「…違う」
サトーは【アカシック・ガイドブック】を呼び出し、クエストのページを開き、指を添えた。
もう一度ある一文を確認する。
それから。
「…ついでに、この人も買って貰うってできますか?」
イチかバチかに出た。
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最果てよりも更に奥。
村の外れには細い道があり、奥へ進むと池がある。
湖と呼ぶには小さなもので、泉と呼ぶには大きい。
寒々しい白に囲まれた池。
「ここがいいね」
青年ヨグソトスと少女シュブニグラ。
人の寄り付かないこの場所は、人目を忍ぶのに都合が良く、今日も逢瀬を重ねる二人。
「君がいい……」
「うん」
「君が居れば、それだけでいいのに……」
「……うん」
そうです。商会の名前はウトゥルス商会です。
さて、実はの話になるんですが、シュブニグラちゃんとヨグソトス君には元ネタが居ます。
知っている人は最初に名前が出た時点で気づいたと思いますが。
みんなでやろうウィクロス。




