#13:レベル上げ
なぜなに三時間。
Q.
回復魔法ってないの?
A.
ありません。
個人的な――とても個人的な意見になりますが、RPGに回復魔法は必要ないと思っています。
理由の一つに、パーティの枠を一つとるという事。
重要度が高すぎて絶対にヒーラーという枠が必要になるのが良くないです。
もう一つは、戦闘が短調になるという事。
回復魔法を使って耐える戦闘になりやすくなります。
状態異常が効かないボス戦だったりした時に「あれ? 回復と通常攻撃しかしてないな」ってなったりします。
なので、回復手段には上限を用意し、個人に与えました。
あくまで個人的な意見なのであしからず。
「…なんかHPがオーバーフローしてる」
宿を出たサトーがふと【アカシック・ガイドブック】を確認したら、HPが上限突破していた。
本来なら35のはずが、39になっている。
「何それ? 宿の効果? こっちはそんなのないんだけど」
「オレのも無いな。差別か」
「…さっき確認した時は、俺も普通だったんだ」
そもそもサトーは松の部屋に入った時にステータスの確認を取っている。
その時にはHPはやはり35だった。
なのに今は増えている。
松の部屋に入ってからした事と言えば、【アカシック・ガイドブック】の確認と、服の洗濯と、入浴位で。
「まあ温泉効果だよね。多分。そういうゲームってあるし」
そういう事だった。
服の洗濯という事もありえなくは無いが、その可能性は限りなく低い。
だとすれば温泉に入った事が作用したのだろう。
入った時間は一瞬だったが、それでも効果はあるらしい。
松でも梅でも、部屋に入った瞬間HPが回復するのだから、そこを言うのは野暮かもしれない。
「ゲームの中でオンセン入ってんじゃねーよ」
「…ほんとだよ、まったく」
本当はゆっくり温泉に浸かりたかったサトーだが、二人を待たせてまでする事ではない。
少なくともゲームの中では。
そういうのは現実の世界の方で。
イトーの言う事はごもっとも過ぎた。
それをサトーは他人事のように頷いた。
「っていうかさ、なんで39なんだろ? なんか中途半端じゃない?」
上がるには上がったが、4しか上がっていないのは何故だろうか。
これではあまりにも中途半端すぎる。
5か10の倍数なら何の抵抗も無く受け入れられるのに。
キリの良い数字として。
「…レベルと同じ数字だな」
サトーは何となく気づいた。
二人は納得した。
「しかし、レベル分の上昇ってのもどうなんだ? 一発か二発、余分に受けれる程度だろ?」
「…それって結構でかくないか?」
「それに今はしょっぱくても、レベルが上がればどんどん多くなってくよ?」
今はレベルが4なのでHPも4しか増えないが、もしレベルが100にでもなればHPも100上昇するだろう。
仮説が正しければ。
このまま1レベルで5ずつ上がっていけば、レベル100になった時にはHPは515になるので、100という数字はそれなりに大きい。
当たり前かも知れないが、大体5分の1程上昇する。
「まあ、300Gの価値は無いと思うけど」
「だろ?」
だが、金の余裕の無い今の所、300Gというのは重い。
ポーションで事足りる内は利用の必要も無いのかもしれない。
「そういえば竹の部屋って、どういう効果があるんだろう?」
梅の部屋は10GでHPの回復だけだった。
松の部屋は300Gで上限突破をした。
では竹は?
「破壊力とか防御力とかアレか。ステアップとかか?」
「…松よりご利益あるな、それ」
100Gで利用した竹の部屋が、300Gの松の部屋より良い効果を得るという事はないだろう。
そうなれば誰も松の部屋を利用しなくなる。
「…時間制限……は、違うよな」
「宿から戦場に行くまにタイムラグあるしな」
仮に10分とかだと宿から森に出向き、戦闘を始める頃に効果が切れてしまってもおかしくない。
仮に30分とか1時間も効果が続けばそれはそれで、長すぎる。
松の部屋の効果よりも強くなってしまう。
「ステータスアップ以外の効果とかは?」
「…というと?」
「や、なんも思いつかないけど」
宿に泊まるというアクションに付随するサービスで、ステータスがアップする以外の効果をゴトーは思いつかなかった。
例えば朝食が付いてくるとか、アメニティグッズが貰えるとか。
そういう現実的なサービスだとも思えない。
「下手な効果にすると、松の枠を食うからムズいな」
松と竹の効果を別にすると、松の部屋に泊まりつつ竹の部屋にも泊まる、という馬鹿らしい事をする必要が出てくる。
効率を求めるとそうなってしまう。
逆にそれを避けようとすると、松と竹を同じ効果にする必要があるのだが、そうすると松の部屋に意味がなくなってしまう。
「つまりこれは、あれかな? 完全下位互換な感じにするのかな?」
「…松の半分だけ、HPアップとかか」
「松ですら微妙なのに、そっから更に半分とか微妙すぎるだろ」
「でもさ、レベル10になれば5も上がるよ?」
しかし松なら10上がる。
しかし竹より200G高い。
つまりは用途の問題なのだろう。
数字で見れば5と10は大きいかも知れないが、一回の攻撃で吹き飛ぶならどっちも同じようなものだ。
重要なのは、上げる意味があるのかどうか。
200Gの差額を払って同じ意味しか持たなかったら勿体無い。
「とにもかくにもレベルですよ、レベル」
「…まあ、4のままじゃ低いな」
「始めて三日目のレベルじゃーない事はたしかだな」
「でしょ?」
レベルを上げれば、HPが伸びる。
HPが上がれば宿の効果も増す。
三人は森に出向きレベル上げに勤しむ事にした。
#####
「…この森ってやっぱりダンジョンなのか?」
「迷う要素があったらダンジョンだろ」
「…始めて聞く理屈なんだが」
「それって迷宮的な?」
「…偶にある一本道的な奴はどうなんだ?」
「ダンジョン」
「あ、それでもダンジョンなんだ」
三人は迷いの森に来た。
「だから、サルは左右のフェイントでサイドに揺さぶってだな」
「や、トライアングルに囲んでタコ殴りでしょ」
「…カウンターこそ至高」
ゴーレムを狩り。
「そういえば、雪だるまって海外のだと3段だよね。日本だと二段なのに、なんでだろ?」
「…足の解釈だろ? 多分。
日本は元々ダルマ文化があるから、足を省略してるだけで」
「なるほど」
「オイコラ、敵が雑魚いからってオレに任せんな」
「イトー君、ちょっと一番下の段だけ壊してみてよ」
「テメーでやれや!」
ゴーレムを狩り。
「何これ、キノコ? え? キノコのゴーレム?」
「土で笠の色を表現してんのか」
「…製作者は何でキノコをゴーレムにしようと思ったんだ? 森だからか?」
「わからん」
「もしかしてウッドゴーレムのつもりなのかな?」
「イヤなウッドゴーレムだな。マジで」
ゴーレムを狩り。
「…そうだ。森に火をつけるってのはどうだろう」
「そうだ。じゃねーよ。またトチ狂ったのか」
「どうしたの? ヤケになっちゃった?」
「…まあ聞け。ゴーレムの身体は雪で出来てて、札は紙だろ?」
「うん」
「…つまり、森に火をつける。ゴーレムは溶ける。札は焼ける。俺達はレベルアップする。な?」
「さてはバカだな、コイツ」
「サトー君って、あれだよね。段階を踏んだ理論ならなんでも良いと思ってるようなとこあるよね」
経験値の糧にした。
#####3日→4日目
「この森のゴーレムは大体狩ったわ。オレが」
「や、リポップするでしょ」
「…全種コンプリートしたって事だろ」
一日と少しの間、ほとんどの時間をゴーレム狩りに費やした三人のレベルは8になっていた。
本当は10まで上げようとしたのだが、思ったよりレベルが上がりにくく断念した。
飽きたわけではない。
あまりレベル上げばかりに専念するのもどうかと思っただけだ。
特に時間が限られてるわけでもないので専念しても良いのだが、三人はキリの良い所でやめることにした。
「…連戦を重ねて、わかったことがいくつかあります」
三人は森での戦闘を続けていくつかのシステムを理解した。
「…一つ、ゴーレムを倒す方法は二種類」
「ある程度の破壊をするか、御札に一撃入れる。だね」
それはゴーレムの倒し方。
一つは、ある程度ゴーレムの身体を削れば倒せるという事。
体感の話になるが、体積の半分の半分――つまり、4分の1も破壊すればゴーレムは倒せる事がわかった。
もう一つは、『emeth』の札に一撃でも加える事。
すると『emeth』の文字が『meth』へと変わり、ゴーレムは沈黙する。
何度か検証したから多分間違いないだろう。と三人は判断した。
仮に間違っていたらまた検証し直せばいい。
「…次に、札の配置はゴーレムによって違う」
「逆だろ。種類によっては位置が違げーけど、同じ種類なら同じ位置に札があるって事だ」
「…だから、そう言ってる」
「言葉って難しいね」
『emeth』の札はゴーレム毎に位置が決まっているようだった。
もちろん札はゴーレムの身体の内部に配置されている為、ある程度破壊しないと露出しないが。
「…この二つを合わせれば、ゴーレム退治の手間を短縮出来る」
「札の配置を確認しないと駄目だけどね」
「二回戦以降はラクチンってことだな」
一度戦闘で札の配置が分かってしまえば、二度目以降はそこを集中的に狙えば素早く撃破出来る事がわかった。
これはきっと、同じ敵と何度も戦う面倒臭さを軽減する為の物だろう。
ただし、雪スライムのように小さいと札を露出させる前に破壊仕切ってしまう。
それにどのゴーレムがどの配置かを憶える必要がある。
が、三人の脳みそはまだ若いので、割とすんなりとおぼえた。
今のところは。
「…あと、ポーションの使い方とかな」
今までは飲む、というアクションで使う物だと思っていたポーションだったが、実は地面に落とすだけでも使える事がわかった。
ポーションの入った試験管のような容器を地面に落とすと、中から煙のような物が出てきて、近くの人を回復してくれる。
きっとその煙のようなソレは、前に道具屋の店主が言っていた妖精なのだろう。
仕組みはわからないが、地面に落とした容器も普通にどこかへ消えてしまう便利仕様。
まるで自然分解するバイオBB弾のような。
しかも、この方法だと他人にもポーションが使えるようだ。
「これで、後衛の奴らがオレに貢げるようになったな」
前衛で消費の激しいイトーには有難い話だった。
サトーとゴトーは聞こえないフリをした。
#####
「金がねえ」
レベル上げの過程でゴーレムをそれなりに倒し、チンケなケチからお金を貰ったはいいが、全然足りない。
一回目ならまだしも、二回目以降の報酬があまりにも少なすぎる。
まさしくチンケなケチだ。
雀の涙よりはマシだが、ポーションや装備を買えばあっという間に吹き飛んでしまう。
「防具買ったもんね」
イトーはレベル上げの途中で、革の胸当てを買っていた。
胸当てと言いながら腹まで覆い、しかも肩の部分まである防具。
それをアバター服の上から着ている。
両手のハンマーも合わさって、まるでグラディエーターのような様相だ。
サトーのように普通の服は買わなかった。
買った所で、防御力が上がる訳でも無く。
無駄遣いする余裕が無かった。
「明日の路銀にも困る始末だわ」
「…そんなにかよ。なんだかんだで稼いだだろ」
「いや、カツカツ」
三人は実はお互いの所持金を知らない。
【アカシック・ガイドブック】でもお互いの残金を見ることは出来ないので、本人に聞くか、収支から計算するしかない。
なので、二人は実際のイトーの所持金を知らない。
ただ、二人より少ない事はわかっていた。
それだけ多くの買い物をしているのはわかっていた。
「…ちょっとジャンプしてみ?」
「チャリンチャリン」
「え? 何の音?」
電子マネーの弾む音がした。
かくいう二人も武器やカバンを買ったりして、その所持金を減らしている。
余裕があるわけではない。
「…やっぱりクエストしないと駄目か」
「シュブニグラちゃんのクエだね。報酬も良いし」
つまりそうなる。
「つーか、残り時間あるのか?」
少女シュブニグラのクエストは5時間という制限時間があった。
間にゴーレム狩りをしていた為、その時間を大きく減らしているはずで。
「残り時間、あと48分だって」
「思ったよりあんな」
「…48分でクリアできるクエストなのか?」
少女シュブニグラのクエストは少し複雑で、ゴーレムを討伐して「はい、終わり」とはならないだろう。
そもそもこのクエストにゴーレム出てこない。
関わってくる要素が見えない。
仮にあるとしたら、金貸しがゴーレムを使役し、返済の手を貸そうとする三人の妨害をするとかそういうのだが。
それはつまりゴーレムを制御できるという意味で、商会がゴーレムの札を研究する意味が薄れる。
しかもナヴィがゴーレムを操る魔女として忌み嫌われる理由もなくなってしまう。
だとすると、残り48分は余裕があるのかないのかわからない。
「とりあえずやってみて駄目なら駄目でお開きだろ。その分の時間は無駄になるが」
所詮はキャンセルできるサブクエストなので、仮に駄目だったら諦めればいい。
もしかしたら前のクエストのように、失敗しても報酬が貰えるかもしれない。
少女シュブニグラのクエスト報酬は1400Gと多めなので、できれば欲しい。
やるにこしたことはない。
「まあ、残り48分しかないからね。しょうがないね」
「…?」
ゴトーの含んだ言い方がサトーは妙に気になった。
具体的には、付け加えられた『しょうがない』の一文に心の残りを感じた。
「…ゴトー、もしかしてこのクエストやりたかった感じか?」
「や、まー、けど、ほら、言いだしっぺがどうとか言われたら嫌だったし」
それはつまりアレだった。
前に断念する理由になった、事情を聞くという難題。
問題なのは、身売りする少女シュブニグラの関係者は気落ちしているという事。
憂鬱な雰囲気の中、事情を聞くというのは強い意思と強いメンタルが必要なわけで。
「…それについては案があったりする」
そしてまた、サトーが期待させるような事を言い出した。




