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#12:渡り鳥の身支度

 なぜなに三時間。


Q.

 破壊力を高めて、弱い奴を叩いたらどうなるの?


A.

 爆散します。

 スカっとします。

 イメージが浮かばない人は『寄生獣』という漫画の『ゴトー』の最後を思い浮かべてみて下さい。あんな感じです。






#####3日目。プレイ時間、6時間





 ログイン地点である教会を出ると猫背で黒ずくめの男がいた。

 機械を構えて立っていた。

 例の不審者だ。


「あたしはチンケなケチでして。ええ」

「…ひ」

「出待ちやめろや」


 前回のログアウトを森の中でしたからだろうか。

 村に入るというアクションを省略した所為だろうか。


 本来なら、と断言できる程の経験も無いが、外から村に入ったタイミングで発生するはずのイベントが、教会前で起こっていた。


「こういうの心臓が悪くなるからやめてほしい」

「それでですね、もし、御札のような物を拾っていたら、買い取らせて頂きたいんですが。ええ」

「聞けや」


 このやり取りも既に二度目なので、サトーは特に渋ることもなく森で拾った札を差し出す。

 雪スライムと他二種の札。

 一種はあのサル型のゴーレムで、一種は初見の三段タイプの雪だるまだった。


 スケールコングは戦闘こそしたが、倒せていないので札は拾っていない。


「これは、初めて見る札ですね。ええ、100Gで買い取らせていただきます」


 どうやら雪スライムの札は100Gで買い取ってくれるらしい。

 サル型のゴーレムの時は150Gだったので、種類によって違うようだ。

 強さで変わるのだろうか。

 雪スライムに比べれば、サル型のゴーレムは強かった。

 厄介さで言えば、どちらも同じようなものだが。


「おっと、この札は全部で15枚ですね。残りは一枚10Gの240Gで買い取らせていただきます。ええ」

「…ん? 露骨に安くなったぞ」


 何故か急に安くなった。

 あっという間に10分の1だ。


「研究用って言ってたし、二枚目以降は安いとかか?」

「…むしろ、研究用だからこそ数を集めるべきだろう」


 研究の基本は実験結果の差を比べる事だ。

 前よりも良い結果が出た。悪い結果が出た。どこが良かったのか。何が悪かったのか。

 そういうものの積み重ねが研究だと言える。


 だから量が必要なはずだと言いたいサトー。

 でも一枚あたりは安い。


「ちょっと待って、思ってたのと違う。

 これだと今後の買い物に影響出るんだけど」

「…予定が狂ったな」


 三段の雪だるまの札は100Gで、サル型のゴーレムの札は50Gで買い取って貰った。

 サル型のゴーレムの札も二回目の買取だったので前回より安い。


 単純に10分の1になるわけでもないようだ。

 グループを組むゴーレムは安いのだろうか。

 でも、群れを成すモンスターこそ厄介だから高く買うべきだろうに。


 もうどういう計算式なのかわからない。


「またのご縁があれば。では」


 そして前回と同じ言葉を残し、チンケなケチは去っていった。


「あいつケチだな」

「ケチだよね」

「…チンケなケチだ」


 三人は陰口を言った。








#####









「レベルを上げよう」


 猫背の不審者が去るのを見届けた後、ゴトーは確認するように言った。

 レベルを上げたい、と。


「…スケールコング、駄目だったもんな」

「うん」

「ダメじゃ無かったが」

「…けど、レベルを上げて楽勝、ってのもなんか違う気が」

「そうも言ってられないよ、これを見て」


 ゴトーは【アカシック・ガイドブック】を開き、サトーとゴトーの二人に戦闘ログのページを見せる。


「…真っ白だ」

「リセットされてるんだが?」


 一度ログアウトを挟んだ為に、戦闘ログは消えていた。


「これは違うんですよ。あのですね――」


 簡潔に言うと、スケールコングからの攻撃で9のダメージを受けている。

 そういうことだった。


「今のレベルが4でHPが35なのね。だから――」

「…4発受けたら死ぬって事か」

「うん。ぶっちゃけ、足切りラインにも乗れてないと思う」


 一撃で9のダメージを受けたら、HP35は4発で超えてしまう。


 それはつまり、一発か二発受けたらポーションを使用しなければならないと言うことだ。

 ただし、ポーションは戦闘中に飲む事ができない。

 厳密には出来るが、その暇もないという事だ。


 それに所持上限もある為、乱用はできない。


「全部避ければいいんだろ?」

「避けれるの?」

「…イトーなら奇跡を見せてくれるさ」


 全部避ければHPなんて1あれば十分。

 という理想論。

 そうすればポーションなんて必要ない。


 だが、たまに本当に実践する人が居たりする。

 とりあえずイトーには無理だろう。昨日の事を考えれば。


「…HPよりも防具が必要なんじゃないか?」

「盾? 盾?」

「盾以外にもあんだろ、防具が。……あんだろ?」

「…あるよ」

「そもそも、防御の計算式ってよくわかってないんだよね」


 今現在、三人の防御力は0である。

 サトーが防具屋で服を買ったが、防御力に変化はなかった。


 店で売っている防具は、高めの数値でも3とか4だった。

 つまり防御力が3になったり、4になったりする。


 そのままダメージ数から引き算してくれるならわかりやすいが、実際にどうなのかわからない。

 流石に3割カットとか3%カットなんて事はないだろう。


 割合カットであれば10を超えただけでダメージが0か1になってしまう。

 盾と防具を合わせればすぐに届くだろう。


 逆に3%や4%ではなんの役にも立たない。

 防具を揃えて、ダメージが1や2減ったところで、コストに見合わない。

 防具に使う金を他に回した方が、よっぽど有意義になる。


「まずはHPだよ。HPは絶対の安心感」

「オシ、まずはレベル上げっか」

「…まあ、防具を買うにしても金ないからな」


 三人はレベルを上げる為に森へ向かう事にした。





#####





「の、前にHPの回復をしないとね」


 昨日の戦闘で三人のHPは減ったままだった。

 特にイトーは瀕死だ。


「…なんらかのアクションでHP回復すればいいのにな」

「なんらかってなんだよ。最近曖昧な言葉が多いぞ、オマエら」

「かもね」


 曖昧な言葉。


 それはある意味仕方がないのかもしれない。

 いつもとは違う場所と環境で、常識も物理法則も違う。

 普段使わない表現をしようとすると、普段使わないような言葉を使う必要も出てくる。


 それらを完璧に行うには、三人の頭の回転が足りない。


「…例えばレベルアップした時に、とか。

 村に入った時、とか。

 あとはログアウトしたタイミング、とか」


 戦闘が終わったタイミングにHPが全回復、なんて多くは求めないが、金を使わなくても回復出来る手段が欲しかった。

 そうでないと消耗が激しい。

 逆を言えば、このゲームは金を使わせたいのかもしれない。


「一応、回復手段は今のところ3つかな」

「一つはポーションだろ?」

「…それに、このマップにある飯屋っぽいのと」

「あとは、この宿屋っぽいのだね」


 普通のビデオゲームであれば何もおかしくないが、明らかにおかしいのが一つあった。


「…宿屋?」

「宿屋って泊まるの?」

「つーか、ゲームの中で寝んのかよ」

「…強制徹夜かもよ」


 ゲームの世界で寝るというのはどういう状態なのだろう。

 意識はどこにいくのだろうか。

 ログアウトにはならないのだろうか。

 

 そもそも寝る事は出来るのだろうか。


「オシ、メシ屋行くか」


 三人はHPの回復に飯屋に行く事にした。






#####






 宿屋に来た。


「…俺、この後夕飯あるし」


 そういうことだった。


 今こんな所で飯を食べたら、姉の作った夕飯が食べられなくなってしまう。

 もしかしたらこの世界でご飯を食べても腹は膨れないかもしれない。

 でも膨れるかもしれない。

 それはサトーにとって死活問題だ。


 なので微妙に謎の残る宿屋に三人は来た。


「外観は宿屋っぽくねーな」


 宿屋は他の施設と同じで四角い建物。

 入口の横には温泉のマークが付いている。


 よくよく考えれば、こんな辺境の村の宿泊施設など誰が使うのかと思う所もあるが、細かい事は気にしない。

 現実の世界でもたまにある。


 中は和風の宿泊施設だった。

 旅館というべきだろうか。


 玄関には段差があって、木製の床で、下足箱があって。

 壁には『ねるとん』の文字が書かれた額文字と、謎の壺が置いてある。


 壺の中身は何もなかった。


「うわー。ないわー」

「…なにが?」

「ほら、ここってさ、なんか外国風な村なのに"和"丸出しの旅館じゃん。

 こういう統一感のなさって嫌い」

「オタクは面倒くせーな」


 思えば『ノック』の魔法は英語だった。

 司祭が言っていた創造主の『クレアトゥール』はフランス語だ。

 外はファンタジーを思わせるような雪の町並み。


「ようこそいらっしゃいました」


 そして出迎えてくれる着物の女性。


 こうして見るとゴトーが憤る理由も少しわかる。

 詰めたいものを詰め込んだ感がある。


「ね? わかるでしょ?」

「京の都にインドカレー屋があるようなもんだろ」

「…それはそれで怒る奴いそうだな」


 三人でペラペラ喋っていると、女将が笑顔で黙っているのが気になったので、お邪魔する事にした。

 靴を脱いで下足箱に入れ、スリッパを履く。

 すると待ち構えていたように女将が話しかけてきた。

 三つ指とかいう座礼はないらしい。


「どちらのお部屋にいたしますか?」


 ―松― 300G

 ―竹― 100G

 ―梅― 10G


「…値段的には松がホテルのスイート的な感じか」

「あれ? サトー君、松竹梅しらない?」

「…グレードなのは何となくわかる」

「A級B級C級の日本バージョンだろ」

「今の子ってこういうのあんまり知らないのかな」

「…同い歳なのにこういうこと言う」


 松竹梅は現代の日本ではあまり触れる機会がない言葉なのかもしれない。

 お寿司を頼む時に見かけるくらいだろうか。


 サトーはお寿司を頼むとき、好きなネタを勝手に頼むのでメニューをあまり見ない。だから知らない。

 全然関係無いが、サトーが玉子を頼むと何故か姉が笑みを浮かべる。

 言うまでもなく、それは嘲笑うような笑みではなくて。


「で、どれにするの?」

「梅か竹だな。どうせHPの回復だけが目的なんだから」

「…これ、梅の安さでも回復するのか?」

「しますよ」

「…全回復?」

「しますよ」


 女将が横から答えてくれた。

 NPCは『雑談』と『話しかける』の微妙な機微をあまり分かってくれないように思う。


 それにHPとか全回復とか、明らかにおかしな単語に相槌を打たれると違和感を覚える。

 かといって、ここでその手の話が通じないと、それはそれで困ってしまう。


「自分は梅かな」


 どの部屋でもHPの回復はするらしい。

 だとするなら、きっと部屋の豪華さが違うのだろう。

 これだけリアルな世界なら、豪華さが違うだけでも意味があるように思える。


「…俺は松で。じゃあな貧乏人ども」


 そして少しばかりの優越感を得る為にサトーは松の部屋を選んだ。

 二人は馬鹿にしたが、サトーの曇った目には悔しがっているように見えた。

 それだけで300Gの価値はあった。


「ではこちらへ」


 料金をカードで支払うと中へと通される。

 手前から梅、竹、松だ。

 奥に行くほどグレードが高い。


 そしてなぜか松の部屋はいくつか種類があるようだ。

 赤松の部屋や黒松の部屋。傘松の部屋なんて物もある。


 イトーとゴトーの二人が、当然のように梅の部屋を通り抜けるが、女将の妨害が入ったので諦めた。

 流石に料金をちょろまかして女将とバトル、なんて厚かましさはなかったようだ。

 サトーだけは優雅に松の部屋へと入る。





#####





「…ほお」


 い草の香る畳の床に、薄い柿色の塗り壁。

 艶のある丸い柱。

 中央には木製のローテーブルがあり、その上には花瓶と活け花。

 壁には松の絵の水墨画が飾ってある。


 外には垣根に囲まれた庭園があり、脱衣所越しに小さいながら温泉まである。

 そして雪を被った垂れ柳。


 しかし布団はない。

 寝る場所では無いようだ。


 宿、というのは名前だけのようだ。

 ねるとん、というのは名前だけのようだ。


「…その内、VR旅行なんてのも出来るかもな」


 それでも、中々気分が良い部屋だった。


 サトーは和風な椅子に座り、【アカシック・ガイドブック】を開く。

 ステータスのページを見ると既にHPが回復していた。

 レベルは上がっていない。4のままだ。

 経験値は40%を指している。つまりあと60%稼げばレベルが上がる。


「…意外と暇だ」

 

 【アカシック・ガイドブック】の確認を終えると、いきなりやることがなくなった。

 いい部屋だとは思うが、かと言って退屈を潰せるでもなく、サトーは困った。


 例えば、一人で旅館に泊まりに来る人はどうやって暇を潰しているのだろう。

 もちろん外を出歩くのも良いし、温泉に浸かるのも良いが、ずっそればかりということも無いハズで。


 るるぶでも読む? テレビで暇を潰す? スマホ?

 わからない。


「…やっぱ、これしかないか」


 わからないサトーは温泉に入る事にした。


 脱衣所には脱衣カゴがあり、それをシャッター奥に預けると洗濯をしてくれるようだ。

 VRとはいえ、外を出歩いた後だと何となく清潔感が消える気がするので、こういうのは有難い。


 だが、着ている物を全部預けるのはどうだろう。

 もしそのまま取られてしまったら……。


「…まあ、その時はその時だ」


 もし本当に取られたら大暴れしてやればいい。

 悪意にはより大きな悪意で返せばいい。


「…別に寒くないが、雪景色の中で脱ぐとなんか寒い気がしてくるな」


 サトーはアバター服を残し、買った方の服を預ける。

 雪は冷たくないのに、お湯は温かいというのは不思議な感覚だった。


 温度を消すほど雪が邪魔なら、雪国なんて設定をやめればいいのに。なんて思う。

 でも、そうするとゴーレムが雪の塊である説得力がなくなってしまう。


『オイ、いつまで居るんだよ。早くしろ』

『まだー? ちんちん』


 温泉に入った途端、【アカシック・ガイドブック】からのコール音。

 二人からのグループ通信だった。

 早く出ろとのお達しである。


「…温泉に入ったばかりなんだが」

『温泉? そんなのあるんだ。こっちは六畳一間の何もなし』

『は? のんびり浸かってんじゃねーぞ』


 どうやら二人の梅の部屋には温泉なんて物は無いらしい。

 だとすると余計に何もする事がないので、すぐ出たのだろう。


 サトーは渋々温泉を出ると、先ほどのシャッターの所に畳んだ状態で服が置いてあった。

 あっという間だ。


 元々汚れていなかったので見た目は何も変わってないが、乾燥機をかけたように温かい。

 それに微かに洗剤の匂いがする。

 

「…香水が欲しいな。CK-oneとか」


 ちょっと適当な事を言ってみた。


 もちろんRPGにそこまで求めるのはどうかと思うが、これだけリアルと見紛う世界だと、リアルで欲しい物はVRでも欲しくなってくる。

 汚れてない服だってキレイにしたいし、匂いにだって気を使いたい。

 例え冒険を目的としたゲームの中でも。


 欲しいものは欲しいのだ。


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