#1:今日は朝から遊びましょう
イトーはカタカナが多め。
サトーは…が"一つ"頭に付く。
ゴトーは語尾に~~さ。とか、~~よね。がよく付く。
主役は三人だけど、主人公はサトー。
主人公はサトーだけど、三人が主役。
多分無理。
今の状況を一言で説明するとそうなる。
「ヤベーぞ!」
「…やばいのはわかってる」
「や、あのさ、これ、結構本当にやばいやつだよね?」
イトー、サトー、ゴトーの三人は今、モンスターに追われて走っていた。
追ってきているのは、2m40cmはあろうかという大柄なモンスター。
一つ目の巨人で、棍棒を担いでいる。
確認する余裕は無いが、恐らくサイクロプスの一種だと思われる。
ゲーム、漫画、映画などのファンタジー物で度々見かけるモンスターだ。
そのモンスターは土で出来ていた。
あるいはゴーレムと呼ぶべき土人形である。
「一つ言わせて欲しい。オレは悪くない」
「…いや、お前だよ」
「誰のせいかって聞かれたら、イトー君のせいだと思う」
そんな土のモンスターから三人は逃げていた。
本当は普通に戦うつもりだった。
最初、奇襲のつもりで背後から飛びかかったイトーが、振り向きざまに棍棒をなぎ払われ、そのまま宙を舞った。
HPは即レッドゾーン。
『これはダメだ』とサトーは思った。ゴトーも思った。
宙を舞いながらイトーも思った。
撤退を決意した。
だが、逃げる三人よりもそのサイクロプスは少しだけ速く、段々とその距離を縮めてきている。
「…これバラバラに逃げたら、イトーを追うのでは?」
「連帯責任! 連帯責任!」
「それ、やらかした人が使う言葉じゃないと思う」
攻撃を加えたのはイトーだけなので、MMORPGで言うところのヘイト値を稼いだのがイトーだけなら、おそらくはイトーを追いかけるのだろう。
おそらくは。
「あのさ、どっちでもいいけど、そろそろゴーレム来てるから先行くね。ごめんね」
ゴトーは申し訳なさそうに、しかし容赦なく【ゲートホール】の魔法を使う。
すると前方に黒く楕円形のゲートが現れ、そのゲートを潜ったかと思うと、ゴトーはいつの間にか10m程先に居た。
普段ならサトー達もその魔法の恩恵に授かれるところなのだが、今は疾走中の並走中だったので、一歩二歩でゲートは後方へと流れ去る。
既にUターンしてくぐり直す余裕はない。
「あの野郎。一人で行きやがった!」
「…あいつ、後で殺す」
ゲームのシステムにより、三人は同じ速度で走る。
イトーとサトーは横並びに。
ゴトーは前方10m。
――そして、モンスターはすぐ後ろに。
「…イトー」
「あ?」
「…すまん」
「あっ、オイッ! マジかよ!」
しびれを切らしたサトーが、イトーから離れるように退路を変える。
申し訳ないという気持ちはあるが、背に腹は変えられなかった。
無意味に自己を犠牲にする事は出来なかった。
そこまでをする義理はなかった。
しかし、サトーの後ろをついてくる一つ目のモンスター。
「ザマみろ」
イトーは悪態をついた。
サトーの後ろには一つ目のモンスター。
その距離は既に手を伸ばせば届くほどの位置で。
「…なむさん」
まるで人の名前でも呼ぶかのように、自分の行動と保持スキルに後悔を残して、
――サトーは命を落とした。
#####
「は? 何がゲートボールだよ。くたばれ」
日曜日。
太陽を冠する大抵の人がお休みの日。
イトーは悪態をついた。
普段利用している公園に老人達がやって来て、場所を取られてしまったからだ。
なんでも広場の利用申請もしてあるとかで、追いやられてしまった。
遊ぶだけのスペースがなくなってしまった。
「イトー君、あれはターゲット・バードゴルフって言うんだよ」
「うるせーボケ」
「…老人とか普段暇なんだから平日にやってくれよ」
つむじが前の方にある、少し三白眼の14歳。イトー。
ヌードルのような天パで、少し濁った目の14歳。そしてメガネ。サトー。
フワフワとした短髪で、少し眠そうな目の14歳。ゴトー。
全員が155~165cm程で、太ってもいなければ、ガリガリに痩せているわけでもない。
ごく平均的な体型をしている。
そんな中学も二年生になった三人は、段々と世の中を窮屈なものだと思うようになっていた。
何をするにしても規制だのなんだのと、遊ぶ場所がない。
一応、公園などはある。
けれど、今回みたいに追い出されてしまったり、アレをしてはダメ、コレをしてはダメと制約をかけられてしまう。
それこそがやりたいのに。
「んで、どうする?」
急に予定の空いた三人にはやる事がなかった。
遊ぶ事だけは確定しているが、どこで、何をするかが決まらない。
「海でも行くか?」
「こんな時期に? 泳ぐにはまだ早いよ?」
「…遠出の気分じゃないな」
今はもう冬も過ぎ、段々と暖かくなって来たが、それでもまだ泳ぐような時期ではない。
泳がない遊びもあるにはあるが、中学生の三人は海に行くなら泳ぎたい。
それに、三人の現在地から海までは自転車を使っても二時間近くかかる。
じゃあ行こう。で行くには少々遠い。
「ボウリングは?」
「…あんま金が掛かるのはノーグッドなんだが」
中学生である三人にとって、金が掛かる遊び場はあまり選択肢に入らない。
ちょっと遊ぶ場所がないから。とお金の掛かる場所で遊んでいたら、あっという間に小遣いがなくなってしまう。
アルバイトでもできれば、また別なのだが。
「…新宿のアミューズメントカジノでバカラとか」
「どんだけ遠いんだよ」
「入店禁止じゃないの?」
三人の住んでいる場所から新宿までは遠い。
しかもお金が掛かる。
それに20歳未満は入店禁止である。
「やる事ねーな、オレら」
「…他の奴らは何して遊んでるんだろうな」
三人は困った。
遊ぶにしても場所や道具が必要なものばかりで、考えれば考えるほど思いつかない。
仮に思いついても、楽しめそうにないものばかりだった。
部活やスポーツにでも打ち込めばいいのだろうが、三人はあまりスポーツが好きではない。
運動自体は出来るし嫌いではないのだが、スポーツともなると話は違った。
なんというか、スポーツのあの必死さが嫌いだった。
声を出さないと駄目とか、チームワークとか、年功序列とか。
部活でもそれは同じで。
朝練なんてあったらもう、それだけでNG判定が入る。
じゃあ文化部はどうかと言われればそれも違う。
やりたい事が見つからない。
そもそも活動目標とかそういうのが要らないのだ。
ただ運動を楽しむだけの部活があればいいのに。
あっても多分入らないが。
「うちでゲームでもする?」
ゴトーはとうとう外で遊ぶことを諦めて、自分の家で遊ぶ事を提案した。
外が駄目なら内にしよう。
「…昨日怒られたばかりだろうに」
「だって二人の家はダメなんでしょ?」
ゴトーの部屋には遊具がいくつかあり、ゴトーの部屋に集まって遊ぶ事が多々ある。
しかし親は元気よく外で遊べと言う。怒られる。
どこで遊べと言うのか。
サトーの部屋はうるさくすると姉が怒るのでダメで、イトーの部屋は色々ダメ。
「まあ、怒られるまでは、って事でさ」
#####
人目を盗むように、ゴトーの部屋に忍び込む三人。
部屋に入ると、イトーが落ちているタブレットを目ざとく見つけた。
「新しいスマホ買ったんか」
先ほど外でゴトーがスマホを弄っているのを見たので、部屋に落ちている2台目のタブレットは新しい物だろう。
もしくはこちらが古い方で、先ほど持っていたのが新しい物。
「あ、それ? 綺麗なのがリサイクルショップに売ってたから買ったんだけど」
両方古かった。
「…いくら?」
「200円」
「安ッ!」
普通に使える物だったら数千円~万円はするだろうタブレットが200円は明らかにおかしい。
「まあ、ジャンクコーナーにあった奴だし。バグってるよ」
「…まったく動かない?」
「無理。電源も入らないし、うんともすんとも」
「ならそれ、ハードオフに売りにいこーぜ。
たしか1000円買取保証とかしてたと思うんだが」
転売を勧めるイトー。
「ジャンクでもいいの?」
「保証だからな」
「壊れてても?」
「保証だからな」
「…現代の錬金術師だな」
保証というのはそういうものだ。
あれこれ理由を付けて拒否されるのなら、それはもう保証ではない。
イトーはそう思っている。
実際には違うと、本当はわかっている。
「…あれ? これ、おかしくないか?」
サトーがそのタブレットを手に取ってみると、おかしな事に気づいた。
作りはしっかりしていて、よくある子供用のオモチャということもなさそうだが、ボタンもなければ端子がどこにもない。
液晶とカバーらしき本体との境界線はあるが、それ以外にはなに一つ”繋ぎ”のようなものがない。
これでは電源も入れられなければ、電池も入れられない。
分解すら困難だ。
「…これって携帯ショップにある展示用とかか?」
「かな? ちょっと壊れてる程度なら修理しようと思ったんだけど、そういうレベルじゃなかった」
「どうやってこの形にしたんだろーな、コレ」
当然のように話しているが、ゴトーにタブレットを修理出来るだけの技術も設備もない。
出来る事といえば断線をハンダで繋ぐ程度だ。
「…ゲームするか」
サトーはタブレットを置き、静かに床に座り込む。
そもそもここへはゲームをやりに来たのだ。
「何がいい? アナログ? デジタル?」
「デジタル一択」
「…まあ、デジタルだな」
「なんで? アナログもいいじゃん」
ゲームというとデジタルゲームを思い浮かべる人が多い、とゴトーは思う。
アナログゲームも面白い物は面白いのに。
ゴトーの今のイチオシはドミニオンだ。
Action(アクションカードの使用)、
Buy(カードの購入)、
Cleanup(手札の入れ替え)のABCの手順で点数を稼いでいくパーティゲーム。
Aで手札を増やし、Bで点数のカードを購入し、Cで手札のリセットをする。
これが基本的な一連の流れとなる。
もちろんAで対戦者を攻撃したり、Bでアクションカードを購入したりもできる。
トランプやウノのようにワンセットあれば4人まで遊べるカードゲームだ。
基本セットだけでも遊べるが、拡張パックでカスタマイズも出来る。
オススメのプレイスタイルは堀(防御カード)を買い占めて、魔女(攻撃カード)を連発するスタイル。
対戦相手は憤怒する。
ゲーム自体は大体負ける。
「アナログは待ち時間が多いんだよ」
「…自分のターンくるまで待つからな」
どのアナログゲームも基本的にターンと言うものがあり、他人のターンの間は待つことになる。
その最たるものがカードゲームだろう。
長いと5分位ターンが回ってこないこともある。
「なんかさ、マジになれるやつがいいよね」
「…なんだよ、マジになれるやつって」
「対戦ゲーの事だろ」
しばらくあれこれ何をするか話し合い、結局ガチャフォースをする事になった。
ゴトーはカチャカチャと何かAV機器を操作した後、GCの電源を入れる。
「…マジになれる対戦ゲー来たな」
「オレ、アクセルニンジャ使うから」
「…じゃあ俺はデスICBM使う」
「ちょっと待てや、コラ」
ガチャフォースというのは、ゲームキューブのロボットゲーだ。
およそ200種類のガチャボーグの中から、数体を選び戦わせ合う。
イトーはこのゲームをする時、もっぱらニンジャボーグを使う。
その中でもアクセルニンジャは使いやすく、名前の通り高速移動が出来、ヒット&アウェイ戦法を得意とするガチャボーグだ。
それに対してサトーはマップ全域攻撃、一撃滅殺のキャラを選ぶと言う。
「流石にデスICBMは無しでしょ。
ドリルロボの地面潜る攻撃って無敵時間あったっけ?」
今はまだ昼前といったところで、今日という時間は売る程にあった。
#####
「はいクソゲー」
「やっぱ後半になってくると、みんな手段を選ばなくなってくるね」
「…インフレとエスカレートは人のサガって事か」
三人がコントローラーを置いた頃には、太陽も沈み始める午後の4時といった時間になっていた。
少しだけ開いた窓からカレーの匂いが漂ってくる。きっとご近所さんの今日の夕食だ。
「…そろそろ行くか?」
サトーが立ち上がる。
「え? どこへ?」
「…スマホもどきを売りに行くんだろ?」
「あー、そういえばそんなこと言ってたね」
イトーの言うタブレット転売のことを、ゴトーはすっかり忘れていた。
それだけゲームが楽しかったのだろう。
時間を忘れると他の事も忘れてしまう。
「あれ?」
ゴトーは言われてそのタブレットを探すが、見つからない。
二人も一緒になって探すが見つからない。
「あれ? どこ置いたっけ?」
「…俺、門限7時だから、それまでに帰りたいんだけど」
今の時刻を考えると7時まではまだあるが、ハードオフまで行くとなると少し足を伸ばさないといけない。
探すのにそこまで時間が掛かるとは思えないが、サトーは余裕を持って行動したかった。
「最後に触ったのサトーだろ?」
「…そういやそうだ。どこに置いたかな?」
「あ、こんなところにあった」
そのタブレットが見つかった場所は非接触充電器の上。
サトーはスマホと間違えて、そのタブレットを充電器の上に置いていたようだ。
「時間もないし、そろそろ行こうぜ」
「だね。こっちは準備できたよ」
「…いや、そもそも俺らじゃ売れないのでは? 親の同意書貰わないと」
「あー、ほんとだ」
「なら今日は同意書の用紙だけ貰いに行くか」
イトーの言葉にゴトーがタブレットを手に持つと、不自然なことに気がついた。
タブレットの電源が入っている。
「あれ、ちょっと二人共見て。タブレットの電源が入ってる」
ゴトーの言葉に二人もその不思議さに気づく。
端子も無く、ボタンも無く、スイッチも無く、何かをする機能どころか、充電すらできるとは思っていなかったタブレット。
しかし今、電源が入っていて、液晶画面に何かが映っている。
覗き込んだ液晶にはボタンパネルと【GAME START】の文字。
「ゴトーの充電器で充電できたのか」
なんの操作もしていないので、その画面が最初の画面なのだろう。
きっとこれは一昔前にあったミニテトリスのようなゲーム機なのだ。
それを今のタブレット風に作ったゲームなのだ。
そう、3人は判断した。
「…なんか不気味だな」
どんなゲームなのかもわからないし、なぜ非接触充電なんて作りにしたのかもわからない。
ゴトーの充電器で充電出来た理由もわからない。
三人はその不思議なゲームに興味が湧き、【GAME START】のボタンを押した。
次の瞬間、三人は洞窟の中にいた。