8 お兄さんのような存在
雨上がりの夕日は恐ろしくなるぐらい綺麗だった。茜色に染まった空を眺めながら、和花はあぜ道を歩いた。
目的はない。
ブラブラと散歩をしたい気分だったのだ。
先程降った雨のせいだろう。地面はぬかるみ、足跡が残っていく。
考えがまとまらない。それゆえに、何をして良いのかも分からない。
視野を広く持つこと。スイのこと。神様のこと。自分で無くしてしまった記憶。颯太のこと。そして、夏祭りのこと。
どれも和花にとって大事なことだ。そして、どれも中途半端になってしまっているものだ。
今から何をするべきなのか、和花はどうして良いかも分からず立ち止まった。
夕日に向かって烏が飛んで行く。
和花はそこから一歩も進めずにその場に立ち止まったのだった。
田畑の間を一台のバイクが走ってくる。
和花はそのバイクを何気なく眺めた。
バイクは和花の前で止まる。和花がしげしげ見ている前で頭をすっぽり覆っていたヘルメットが外される。
赤い髪がパサリと音を立てた。
和花は驚いて瞬いた。
「夕方だぞ」
開口一番、龍現に帰るように促された。
だが、帰る気にはなれなくて、和花は首を振る。
龍現の金色の瞳は静かに和花を見つめてくる。そして、無言でバイクから降りる。何も言わずにバイクを押しながら、和花の後ろをついてきてくれた。
和花は行くあてもなくブラブラする。龍現はただ、その後をバイクを押してついていく。
長い影が伸びて、田んぼに落ちる。
「せっかくの休みなのに、良いんですか?」
ポツリ、と和花は言葉を零す。
言葉にいつもの元気はない。夕日に溶けていきそうな言葉だった。灰色の瞳にもいつものような光はない。
「別にいい」
龍現は短く言葉を返す。
和花はまた、黙り込む。行くあてもなく、道を右に左にウロウロと足を進める。
龍現は静かについてくる。無言で重そうなバイクを押して道を進んでいく。
「生きるって難しいですね」
和花はまた、言葉を零す。誰に言ったつもりでもない。ただ。感じた言葉を述べただけだ。
龍現は足を止めた。
和花も足を止めた。そのままの流れで沈みゆく太陽を見つめる。都市開発が進む村を無機質に照らしている。
和花の目には美しいはずの夕日が、酷く安っぽいものに映った。
「どうして、何もうまくいかないんだろう? 私が駄目なのかな?」
弱音が漏れた。
神様が視えるだけの只の人間。ただ、それだけ。
祭りを開催することも、幼馴染のことも上手くいかない。自分がやることが全て変な方向に行っている気がする。
「娘さんは何がしたいんだ?」
黙って聞いていた龍現が金色の瞳を細めて、和花に問う。
和花は龍現を見つめた。
金色の瞳を伏せ、静かに夕日に目を向けた。
「何事も挑戦だ。失敗も、成功も全部自分の中に積み重ねるものだ。駄目なことなんて何一つ無い」
龍現は単調な声で言葉を選びながら、話していく。低い声が和花の耳にすんなり入ってきた。
「誰が駄目なんて決めるんだ? それを決めてるのは娘さん自身じゃないか」
和花は龍現の言葉に目を見開いた。
龍現はもう、何も言わない。静かに和花を見つめている。
太陽が沈む間際の美しい光を村に落とした。全ての物が黄金色に染まる。隣りにいる龍現の頬も、バイクも、おそらく和花自身も太陽の前では一つの景色に違いなかった。
和花は拳を握りしめた。自問自答を重ねる。
私は何をしたいのか、と。
全てのことを一度に片付けることは出来ない。視野を広く持ったとしても、いっぺんに片付けるのは無理すぎる。
和花はしばらく考え込む。
今、何がしたいのか。今年こそは、やろう、と思ったことがある。それをやり遂げる、と和花は夏休み前に決めたはずなのだ。
夏祭り。今年こそはやろうと決めたのだ。
時間も期限もある。それに、夏祭りをちゃんと成功させたら、颯太を誘える。誘ったらちゃんと話す機会も出来るだろう。それに、祭りをすればスイのことも知ることができる。つまり、スイとちゃんと向き合えるのじゃ無いだろうか。
和花の一番、やりたいことは決まった。
ギュッと拳を握る。
夕日が沈んでいく。
「ありがとう」
龍現に向かって一言言えば、龍現は軽く目を伏せただけだった。
夕闇の中に蝉の声が響く。
「帰ろう」
しばらく虫の声に耳を傾けてから、龍現が呟いた。
和花は黙って頷いた。さっぱりした気分で帰り道を歩き始めた。
踏みしめた地面は固まっていた。