6 不完全な存在
和花はもんもんとした日々を送ることになった。
家を出れば、スイに会う。しかし、昔のように会話が弾むことは無かった。
和花は無言で足を進める。その半歩斜め後ろをスイが後から付いて来るのだ。
正直、気が散って仕方がないのだが、和花はそれを言う気にもなれない。また、要らない嘘を聞くのは嫌だった。
夏の日差しの中、無言でポスターを貼っていく和花。汗を袖で拭い、黙々と作業を続ける。
唐突に自転車のベルが鳴らされた。
通行の邪魔にはなっていないはずだ。和花は何事かと顔を上げた。
そこにはよく見知った顔があった、夏休みに入る前、しばらくは会わないだろうと告げたはずの幼馴染、颯太である。
「そんなところで何してんだ?」
夏の日差しを受け、和花を自転車の上から見下ろしてくる。
「別に。颯太には関係無いでしょ」
普段のイライラも混ざって、いつも以上につっけんどんな言い方をしてしまう。
颯太はそこにカチン、と来たようだ。
「何だよ、その言い方。てか、まだ、夏祭りなんてやろうと思ってたわけ?」
和花はキッと颯太を睨みつけた。
視界の隅でスイがスッと一歩下がるのを捉える。
スイはいつだってそうだった。和花が人間同士で何をしようとどこ吹く風だ。それで怪我しようが、泣かされようが何もせず見てるだけ。
──人間のことが大嫌いで愛おしいんだ。
スイが昔言っていた言葉を思い出す。
嫌いなのに愛おしい。今でも言葉の意味を捕まえそこねている。
だけど、スイらしいとも思う。
スイが和花と颯太の言い合いに入らない理由もきっとそこにあるに違いない、と頭では分かっている。
だけど、傍観されるのはされるでムカつくのだ。
和花は動きを止めた。颯太に何か言い返すことすらせず、一瞬蘇ったスイの言葉の真意を探ろうとした。
「今更、祭りなんか流行らないっての。てか、まだ神様が居るなんて信じてんのかよ?」
颯太の声が和花の鼓膜を打った。
和花は考え事から現実へと引き戻された。
一瞬、頭が真っ白になる。言われた言葉を一度分解して作り直して、ようやく理解する。
颯太は神が居ない、と言ったのだ。
和花は手を握りしめた。
「神様は居るよ」
静かな声で告げる。和花の灰色の瞳が、黒い髪の毛の下で鋭い光を帯びた。
和花の目に映るもの。現し世に有りながら、実体化しないもの。違う世界からの来訪者にして、人々の救世主。
和花の一番近しい者だ。
それを居ない、などと言われたくない。
颯太は負けじと和花を睨み返している。自転車のハンドルを握る手には力がこもり、白くなっている。
「居ねえよ、そんなもん」
吐いて捨てるような口調で颯太が言い放った。
「居るよ。視たこともない癖に勝手な事言わないでくれる?」
負けじと言い返してしまった。
颯太はぐっと唇を引き結んだようだった。それから、ハンドルを力一杯殴った。
「居るんなら、どうして助けてくれねぇんだよ!? 祈っても祈っても祈っても、何にも変わらねぇじゃん! だったら祈るだけ無駄だ!」
颯太は自転車の上で怒鳴った。その声は田んぼに、畑に、森に、消えていく。
蝉が煩いほど、鳴いている。
「神様なんていやしない。所詮、人間が作ったおとぎ話だ」
吐き捨てるように颯太は告げた。
そして、和花の方を見向きもしないまま、自転車のペダルを踏み込む。何も言わずに走り去ってしまった。
陽炎が揺れている。
スイの足元が歪んで見えた。
口の中がカラカラで、和花はのそり、とその場を動き出した。
颯太に何も言い返せなかった。神様は人を見守るだけ。ただ、祈りを聞いてるだけ。気まぐれで助けはするかもしれないが、必ず祈りを聞き届けるわけではない。
その神様の信仰にあった分だけの祈りしか聞き届けられない。
それはスイも変わらない。
和花は俯く。ちゃんと頭では理解している。分かっている。分かっているけど、それを受け入れたくない。
颯太に何か言ってやりたかった。だけど、言い返すことはできなかった。
照りつける日差しを浴びて、和花はトボトボと歩いていく。
スイが途中で立ち止まり、森の方を睨んだことにも気が付かずに。