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20 泣き虫なあいつの

「何やってんだよ、俺……」

 和花を見送った颯太は前髪をくしゃりと握り潰した。

 本当は倒れたと聞いて、お見舞いに来たはずだった。

 だけど、結局、やったことと言えば、捕まえて、怒鳴り散らして。

 ぎりぎりと歯を食いしばる。

 颯太だって、和花の体調を一番に考えてやりたかった。

 だが、感情が先に走ってしまった。

「神なんて居ないんだよ」

 小さく言葉を繰り返す。

 颯太だって神が居ると信じていた時期があった。本気で祈っていたことがある。心底いて欲しいと願った。

 だけど。

 颯太の願いは打ち砕かれた。

 痛切な祈りは誰にも届かず、砕かれた信仰心は未だ戻らず。だけど、それが悪いことには思えない。

「神様なんていていねえよ。いて溜まるか」

 吐き捨てるように繰り返し、御神木を殴りつける。

 そして、皮肉げに笑う。

 神様を信じていない颯太が神社の神主一家と幼馴染とはなんとも不思議な話で。

 馬鹿らしいと笑い飛ばせれば、気持ちも楽になる。割り切って幼馴染は幼馴染だからと考えればいいだけの話のはずだ。だけど、そんな力もない。

 縁を切る勇気すら無い。

 だというのに、神はいないと喧嘩を売って。

「ホントに何してんだ……」

 呟いた言葉に答えなど無い。

 誰も答えを持っているはずもない。

 ずるずる、と御神木により掛かるようにして座り込む。

 と、頭に誰かの手が乗った。驚いて、颯太は目を白黒させる。

 バッと振り払って相手を見れば、龍現がその場に立っていた。神主見習いらしく、白い和服に淡い緑色の袴。そして、ギリギリで結べる髪の毛を結んでいる。

 その目は颯太を見ていない。ただ、ぼうっと前を向いているだけだった。

 憐れみや同情がなくて、颯太は心の何処かで安心した。もし、少しでも可哀想と思われていたら、それは我慢ならない。

 颯太にとって龍現は兄のような存在で。困ったときにそばに居てくれるのは有り難い。馬鹿やって怒られた時も、家出した時もいつも黙って迎えに来てくれた。可哀想だから、とか、馬鹿にしてる、とか、そんな感情は持たず、ただ真っ直ぐに颯太を見てくれる。

 颯太は龍現を尊敬している。だからこそ、憐れまれるのは嫌なのだ。同じ土俵の上に立っていたい。

 颯太は切に願う。

 だが、龍現の目には一切、憐れみや同情の色を浮かべては居なかった。。

 それが単に有難かった。

「龍現の兄貴は神様、信じてるの?」

 不意に颯太は質問した。

 龍現はこの段階になってようやく、颯太を見つめた。黄金を溶かし込んだような金色の瞳が颯太をまっすぐ捉えた。

「そうだな、俺は居ると思う」

 短く、龍現が答えた。

 颯太は俯いた。

「逆に考えてみるか?」

 俯いた颯太に上から問いが投げられた。

 意味が分からなくて、颯太は龍現を見上げた。

 龍現はまたまっすぐ前を向きながら、言葉を探しているようだった。それから、口を開く。

「八百万の神が居ると言われている日本だが、あんたは神なんて居なければいいと思うか?」

 神なんて居ない、ではなく、神なんて居なければいい。

 そんな風に思ったことは一度もない。

 居ないかもしれない、と思ったことは何度もある。

 不安が募って、願いが叶わなくて、神様なんていないに転じてしまっただけで。

 神なんて居なければいいと思ったことはない。

 居てほしくて、でも、願いは叶わなくて。それでも、居てくれれば少しは縋れる。縋る何かが欲しいと思う。

「そういうことだ」

 沈黙の果てに龍現が言葉を零した。

 考えを見透かされているようだった。でも、不思議と嫌な気分ではなかった。

 颯太はこの寡黙な龍現を信頼している。だからなのだろう。簡単に言葉が溢れていってしまうのは。

「それでも、あいつを苦しませるのが神だって言うんなら、俺は神を信じない。あいつの前では絶対、信じない」

 颯太の言葉に龍現が金色の瞳を柔らかくした。

「そうか」

 肯定でも否定でもなく、龍現は返答した。

 颯太は頷く。

 和花は昔から危なかっしい存在だ。誰かが護ってやらなければ、手の届かない所へひょいひょい行ってしまいそうで。

 だから、颯太が腕を引っぱってやらなければならない。

 和花が迷子にならないように。一人になって泣かないように。

「あいつ、泣き虫だから」

 颯太の言葉に龍現がフッと笑った。

 それだけで充分だった。二人はそのまま、何をするわけでもなく、ぼんやりと同じ時間を共有した。

 和花を守りたいのはきっと誰もが同じことで。だけど、護り方がそれぞれ違う。

 思いはすれ違ったり、ぶつかり合ったり、様々だ。

 夏祭りの日にちは刻一刻と近づいてきていた。


 今日の分の更新になります。

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