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1 二人の関係


 夕日が差し込む教室で少女が居残り作業をしている。和花である。

 長い黒髪は重力に沿って流れ落ちる。灰色の瞳は作業に集中して、手に握った色鉛筆が紙の上を忙しなく動いている。ポスターに色塗りをしている作業中なのだ。

 濃藍色の背景に花火を描いていく。夏祭りを報せるためのポスターの絵。安易な発想だとは思うが、夏祭りに花火というのは分かりやすいと思う。

 和花は神社の跡取り娘だ。祖母が亡くなるまで神様と呼ばれる存在を肉眼で視ていた。いや、視ていた気がする。しかし、祖母が亡くなるのと同時に和花はその力を失った。

 その時以来、和花は心にぽっかり穴が空いたような気がしている。

 色鉛筆を置いて、和花は背伸びをした。

 固まっていた関節が痛む。パキポキと鳴っていたが、気にしないことにする。

 オレンジ色に染まった教室はがらんとしていて、どこか物悲しさを覚える。誰もいない教室にはエアコンが動く音だけが響いている。

 窓の外から微かに蝉の声が聞こえる。

 自分の心臓の音さえ聞こえそうで、和花は落ち着かなくなった。

「大丈夫、寂しいのも今だけ。今年の夏はきっと忙しくなるんだから」

 和花は自分に言い聞かせるように言葉にして立ち上がった。

 息を吸い込んでまっすぐ前を向いた。体の底からやる気がこみ上げてくる。

その時だった。

「まだそんなこと言ってるのかよ」

 割りと低めの声が和花の耳に刺さった。

 和花は振り向いた。

 そこには和花と同じクラスの幼馴染が立っていた。

 サラサラの茶色の髪と焦げ茶の瞳。学校の制服の上着の内側にピンクのパーカーを着ている。黄緑色のヘッドホンを肩に下げ、呆れたと言いたげな表情で、和花を見つめている。

 和花は相手にも分かるぐらいに顔をしかめてみせた。嫌なやつに会った、という顔だ。

「一学期最終日なのにご苦労なことで」

 少年が嫌味のように言った。

 和花のことを馬鹿にするような調子だ。

「止めとけよ、夏祭りなんて今更流行らないぜ」

静かな教室に少年の言葉はやけに響いた。

 夕暮れが妖しく教室を染めている。

和花は少年をキッと睨みつけた。

「そんなのやってみないと分からないでしょ。嫌味を言いに着たのなら先に帰ってもいいのよ、颯太」

 和花は自分の帰り支度をしながら、颯太の方をちらりとも見ずに言い放った。色鉛筆を片付け、ポスターをファイルに入れ、折り目が付かないように慎重にカバンに入れる。

 蒼汰が和花の後ろ姿を見ながら、大きな溜息を吐き出す。大きな音では無かったのだが、和花の耳にはハッキリと届いていた。

「あのな、だったこうやって部活終わりに迎えに来てないわ」

 さっぱりと言って、その辺の椅子に座る颯太。

 座り方一つとってみても雑だ。部活終わりということもあって、疲れているのだろう。ぐたっとした雰囲気で背もたれに腕を置いて、頭を乗せている。焦げ茶の瞳でどうでも良さそうに和花を見つめていた。

 和花は全てをカバンに詰め込んで後ろを振り向いた。

「誰も迎えに来て欲しいなんて言ってないでしょ?」

 喧嘩腰で言い終わると、和花はカバンを持ち上げた。

 和花が歩きだすと颯太も半歩後ろを歩きだす。

二人の家は幼馴染だけあって近い。学校からは少し距離があるため、こうして二人は共に帰ることが多いのだ。というよりも、そうするように和花の父親が口を酸っぱくして言っている、というのもある。

 二人共、別に並んで帰りたい訳ではない。癖みたいになって下校する時は二人で帰っている訳だが、何となくである。

 二人の仲は悪いとも良いとも言えない。

しかし、結局、こうやっていつも一緒に帰っているのだ。

「だったら、和花こそ先に帰ればいいだろうが」

 和花の後ろを付いてきながらも颯太はまだ文句を言っている。

 それでも、二人は並んで帰るのだ。

和花は現状に対して溜息を吐き出す。なんだかんだ言いながらも、幼馴染というわけである。

仲が良いのか悪いのか。真相は誰にもわからないままである。

 下校時刻の鐘が鳴る。

 夕日に染まる坂を二人して下る。

 村の様子を見れば、最近建設された近代科学のビルが橙色の光を反射させていた。のどかな田んぼが広がる村には不釣り合いな光景だ。

 昔は森林も田畑も豊かでもっと緑の多い村だった。

 しかし。

 近年、この村は村長の熱心な政治のおかげで、急成長を遂げている。

 村の人達がこの都市化を必ずしも喜んでいるわけではないが。

「嫌になっちまうよな」

 和花の視線に気がついて颯太がポツリと言葉をこぼした。

 黄緑色のヘッドホンをいじりながら、村へと視線を投げている。

 和花はそんな颯太に苦笑することしか出来ない。

「……大変だもんね」

 そう返す。無難な答えだ。

 颯太にとって、この都市開発は忌み嫌うものでしかない。いや、その象徴と言ってもいいようなものだ。

 村長の唯一の息子が彼、颯太なのである。父子家庭なのだが、和花の知る限り家族の仲は冷え切ったものだ。特に颯太は父親に対して嫌悪に近い感情を抱いている。

 その感情は和花がどうこう言って変わるものではない。そもそも口を出して良い範囲ではない。

 だから、和花は濁すしか出来ない。

 蝉がうるさいぐらいに鳴いているのが煩わしく思えた。

 二人は無言のまま足を進めた。

 段々薄暗くなっていく。二人は何も言わないまま足を早めた。

「それじゃ、また今度」

 神社の前まで来たところで、颯太が足を止めた。和花を見ながら、追い払うように手を振ってくれた。

 和花も歩みを止めた。

「夏休みだもんね。でも、まあ、何だかんだ言いながらもしょっちゅう会うんだろうけどね」

 和花は明るく笑ってみせた。颯太が落ち込んでいるのは妙な心地がするのだ。

 和花まで変に落ち着かなくなるから、少しでも元気になればいいと願うばかりだ。

 しかし、颯太は余計に気分を害したようだった。不機嫌そうに眉根を寄せ、フン、と短く鼻を鳴らす。

「その態度はないでしょ」

 ぽそりと呟けば、颯太の耳に届いたらしい。ジロッと面倒くさそうに睨まれる始末である。

 和花は弱々しく笑う。

「じゃあ、またね」

 短く挨拶をする。

 おう、と短い返事が和花の耳に聞こえた。

道を挟んで向かい側の家の中に消えていく颯太の背中が小さく見える。扉の影が颯太の背中を飲み込んだように見えた。

 元気を出してくれると良いんだけど、と和花はその背を見送った。

 父親の話を出すと、決まって颯太は不機嫌になる。いや、颯太が自分の父親について考えるときはいつだってそうだ。和花が話を振らなくても、勝手に不機嫌になることが多い。

 だが、今日は失敗したな。和花は少しばかり反省した。

 颯太の前で近代科学のビルを見るべきではなかったかもしれない、と。颯太があのビルを嫌っていることは知っていたはずなのに。

 心配で、和花はちらり、と颯太の家を見やった。

 誰も居なかったのであろう、颯太の部屋に電気がついた。

 颯太の部屋に電気が灯ったのを見てから、和花はその場を後にした。


 ぎりぎりで滑り込みですが、二日連続で更新できました。

 頑張ります。


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